第一章
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――――――
今日は仕事を休んでいたために、紗己はいつもより遅めの朝食を済ませて、自室に戻るために廊下を歩いていた。
あまり食欲も無かったので軽くしか食べなかったが、胸の辺りが気持ち悪くて何度も唾を飲み込む。
身体も気持ちも重たいまま、ゆっくりとした足取りで自室へと向かっていると、自室前の廊下の突き当りで、壁に寄り掛かっている沖田の姿が紗己の目に留まった。
「沖田さん・・・どうかしたんですか?」
ここは女中部屋がある屯所の一角。用が無ければ、普段隊士達が通るような場所ではない。そこに気配を消して佇んでいた沖田に、紗己はもやっとした不安を感じる。
そんな彼女の不安を煽るように、沖田はいつにもまして読めない表情で紗己に近付いてきた。
「ちょっと中に入れてくれねェか? 土方さんのことで、アンタに話があるんでェ」
「副長、さんの・・・・・・?」
今の紗己には、きっと何よりも効果的な言葉。沖田は労せずして、彼女の部屋に入ることが出来た。
――――――
「体調はどうなんだ」
差し出された座布団に腰を下ろすと、ぐるっと部屋の中を見回してから沖田は紗己を一瞥した。
体調について訊かれたのは彼女も理解したのだが、何故彼がわざわざ体調を訊ねてきたのかいまいち分からず、紗己は曖昧に答えを濁す。
「・・・そんなに悪くはないですけど」
「ふぅん」
会話が途切れた。仲介役のいなくなった見合いのように、若い二人は互いに顔を向けたまま目線は逸らし、押し黙っている。
部屋の主である紗己は、この居心地の悪さを打破するため、さっと身体の向きを変えて、戸棚の前に置いてあった盆を引き寄せた。
「あ・・・お、お茶淹れますね!」
急須の蓋を開けて、茶葉を二杯すくって入れる。湯呑みに口を合わせるように急須を傾けると、思った以上に薄い茶に仕上がった。
沖田はぎこちない手付きで湯呑みを差し出す紗己に一瞥をくれると、
「なあ紗己、だから止めとけって言ったろ」
言ってから湯呑みに手を伸ばし、ずっと音を立てて茶を啜った。薄めの茶の入った湯呑みを戻すと、鋭い眼光を紗己に向ける。
だが紗己には、沖田が何を言いたいのかが分からない。ただ、今自分に向けられている鋭い双眸に、言い知れぬ不安だけが募る。
紗己は緊張から乾いた口腔を潤そうと、自分の湯呑みを手に取り不安気に訊き返す。
「あの、何が・・・ですか・・・・・・?」
「自分の子を孕んでるって聞かされて、何にも言えずにみっともなく部屋から逃げ出すような男なんだよ、あの野郎はな」
「・・・っ!」
思いがけない沖田の発言に、紗己は手にしていた自分の湯呑みを落としてしまった。
たっぷりと入っていた茶が紗己の手を、着物を濡らして、それにより我に返った紗己は慌てて手近にあった布巾で畳を拭く。
沖田はポケットからハンカチを取り出すと、ぐっと身を乗り出して紗己の間合いに入った。
「っ・・・沖田さん!?」
視界が暗くなるほどに距離を詰められて、紗己は怯えた声で彼の名を呼んだ。
しかし沖田に動じる気配は無く、無表情のまま紗己の濡れた手をハンカチで拭いていく。一見親切に思える行動だが、そこに優しさは微塵も感じられない。
元よりそこまで親しくはないが、それでも自分が知っている沖田と今目の前にいる男はあまりにも違っていて、その気迫に紗己は声も出せずにいる。
すると沖田は、深く嘆息してから、ハンカチを握り締めたままじっと紗己を見据えた。
「紗己。アンタなかなかの器量良しだし、まだ若いからコブ付きでもいいって男も現れるぜ。困ってる奴見たら放っとけねェ男も、世の中には案外いるもんだ」
鋭い目が自分に向けられ、紗己はびくっと肩を強張らせた。だが、彼の表情はどこか苦しそうにも見える。
「沖田、さん? あの・・・一体、どうしたんですか・・・・・・?」
「どうした・・・ねェ・・・・・・」
クッと小さく喉を鳴らすと、沖田は更に間合いを詰めるためにずいっと顔を近付け、口端を上げて紗己の顔を覗き込んだ。
「そう訊きたいのは俺の方だ・・・アンタなんでそんな・・・っ」
一瞬躊躇うように視線を落とし、言いかけた言葉を飲み込む。
決して紗己が憎いわけではない。けれど胸にもたげるこの深い憤りを、今は彼女にぶつけることでしか自分が楽になれない。
沖田は紗己の揺れる双眸をしっかり捉えると、そこに映る自分を睨むように言葉を繋いだ。
「紗己、アンタは身代わりで抱かれたんだぜ」
「え・・・・・・?」
「あの野郎が酔いつぶれた日、あの日はなァ・・・命日だったんだ・・・・・・。野郎は昔の女の一回忌に、アンタを抱いて孕ませた。アンタは結局身代わりでしかねェんだよ、紗己」
ひどく歪んだ笑みを浮かべる沖田の瞳に、紗己の姿が映り込む。声も出さず、涙で頬を濡らす紗己の姿が。
今日は仕事を休んでいたために、紗己はいつもより遅めの朝食を済ませて、自室に戻るために廊下を歩いていた。
あまり食欲も無かったので軽くしか食べなかったが、胸の辺りが気持ち悪くて何度も唾を飲み込む。
身体も気持ちも重たいまま、ゆっくりとした足取りで自室へと向かっていると、自室前の廊下の突き当りで、壁に寄り掛かっている沖田の姿が紗己の目に留まった。
「沖田さん・・・どうかしたんですか?」
ここは女中部屋がある屯所の一角。用が無ければ、普段隊士達が通るような場所ではない。そこに気配を消して佇んでいた沖田に、紗己はもやっとした不安を感じる。
そんな彼女の不安を煽るように、沖田はいつにもまして読めない表情で紗己に近付いてきた。
「ちょっと中に入れてくれねェか? 土方さんのことで、アンタに話があるんでェ」
「副長、さんの・・・・・・?」
今の紗己には、きっと何よりも効果的な言葉。沖田は労せずして、彼女の部屋に入ることが出来た。
――――――
「体調はどうなんだ」
差し出された座布団に腰を下ろすと、ぐるっと部屋の中を見回してから沖田は紗己を一瞥した。
体調について訊かれたのは彼女も理解したのだが、何故彼がわざわざ体調を訊ねてきたのかいまいち分からず、紗己は曖昧に答えを濁す。
「・・・そんなに悪くはないですけど」
「ふぅん」
会話が途切れた。仲介役のいなくなった見合いのように、若い二人は互いに顔を向けたまま目線は逸らし、押し黙っている。
部屋の主である紗己は、この居心地の悪さを打破するため、さっと身体の向きを変えて、戸棚の前に置いてあった盆を引き寄せた。
「あ・・・お、お茶淹れますね!」
急須の蓋を開けて、茶葉を二杯すくって入れる。湯呑みに口を合わせるように急須を傾けると、思った以上に薄い茶に仕上がった。
沖田はぎこちない手付きで湯呑みを差し出す紗己に一瞥をくれると、
「なあ紗己、だから止めとけって言ったろ」
言ってから湯呑みに手を伸ばし、ずっと音を立てて茶を啜った。薄めの茶の入った湯呑みを戻すと、鋭い眼光を紗己に向ける。
だが紗己には、沖田が何を言いたいのかが分からない。ただ、今自分に向けられている鋭い双眸に、言い知れぬ不安だけが募る。
紗己は緊張から乾いた口腔を潤そうと、自分の湯呑みを手に取り不安気に訊き返す。
「あの、何が・・・ですか・・・・・・?」
「自分の子を孕んでるって聞かされて、何にも言えずにみっともなく部屋から逃げ出すような男なんだよ、あの野郎はな」
「・・・っ!」
思いがけない沖田の発言に、紗己は手にしていた自分の湯呑みを落としてしまった。
たっぷりと入っていた茶が紗己の手を、着物を濡らして、それにより我に返った紗己は慌てて手近にあった布巾で畳を拭く。
沖田はポケットからハンカチを取り出すと、ぐっと身を乗り出して紗己の間合いに入った。
「っ・・・沖田さん!?」
視界が暗くなるほどに距離を詰められて、紗己は怯えた声で彼の名を呼んだ。
しかし沖田に動じる気配は無く、無表情のまま紗己の濡れた手をハンカチで拭いていく。一見親切に思える行動だが、そこに優しさは微塵も感じられない。
元よりそこまで親しくはないが、それでも自分が知っている沖田と今目の前にいる男はあまりにも違っていて、その気迫に紗己は声も出せずにいる。
すると沖田は、深く嘆息してから、ハンカチを握り締めたままじっと紗己を見据えた。
「紗己。アンタなかなかの器量良しだし、まだ若いからコブ付きでもいいって男も現れるぜ。困ってる奴見たら放っとけねェ男も、世の中には案外いるもんだ」
鋭い目が自分に向けられ、紗己はびくっと肩を強張らせた。だが、彼の表情はどこか苦しそうにも見える。
「沖田、さん? あの・・・一体、どうしたんですか・・・・・・?」
「どうした・・・ねェ・・・・・・」
クッと小さく喉を鳴らすと、沖田は更に間合いを詰めるためにずいっと顔を近付け、口端を上げて紗己の顔を覗き込んだ。
「そう訊きたいのは俺の方だ・・・アンタなんでそんな・・・っ」
一瞬躊躇うように視線を落とし、言いかけた言葉を飲み込む。
決して紗己が憎いわけではない。けれど胸にもたげるこの深い憤りを、今は彼女にぶつけることでしか自分が楽になれない。
沖田は紗己の揺れる双眸をしっかり捉えると、そこに映る自分を睨むように言葉を繋いだ。
「紗己、アンタは身代わりで抱かれたんだぜ」
「え・・・・・・?」
「あの野郎が酔いつぶれた日、あの日はなァ・・・命日だったんだ・・・・・・。野郎は昔の女の一回忌に、アンタを抱いて孕ませた。アンタは結局身代わりでしかねェんだよ、紗己」
ひどく歪んだ笑みを浮かべる沖田の瞳に、紗己の姿が映り込む。声も出さず、涙で頬を濡らす紗己の姿が。