第一章
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――――――
寝不足で回転の悪い頭のまま、土方は仕事の報告のため朝一番近藤の部屋に向かっていた。本当は朝礼の後でもいいのだが、余計な事を考える暇をなくすため、わざと自分を忙しくさせている。
「ちっ・・・」
勝手に紗己の部屋に向かいそうになった足を、仕事が先だろと舌打ちしてから拳で打った。
紗己のことが心配でたまらないくせに、理屈ばかりつけてなかなか素直にはなれない。
あと少し、角を曲がれば目的地である近藤の部屋――という時。その角からけたたましい足音とともに人影が飛び出してきた。
「うわぁっ!? ふ、副長!」
「っ、危ねーだろうがっ」
ぶつかりそうになり身体を無理やり捻る。突進してきたのは、額に脂汗を浮かべた山崎だった。
靴下を利用して廊下を滑るように距離をとる山崎に、土方は訝しげな表情のままじりじりと詰め寄る。逃げられると追い詰めたくなるのは何故だろうか。
「なんだ、何かあったのか? 近藤さんの部屋から出てき・・・」
「ち、違います! 俺は何にも知らない知らないですからっ!!」
言うと同時に床板を蹴って、猛スピードで走り出す。
部下のその明らかにおかしな様子に違和感を覚えた土方だったが、捕まえようと手を伸ばしたところ、惜しくも逃げられてしまった。
「・・・ちっ、逃げ足が速えなくそっ」
悔しそうに舌打ちしたが、すぐにそれもどうでもよくなる。
まあいいか、と呟くと、土方は頭をひと掻きしてまた歩き出した。
――――――
「近藤さん、入るぜ」
障子戸に手を掛け部屋に入った途端、土方の耳にやけに明るい声が飛び込んできた。
「おめでとう、トシ!」
満面の笑みでそう言われても、何が何だか分からない。
土方は怪訝な面持ちで近藤の向かい側まで進むと、眉をひそめて腰を下ろした。ポケットから煙草の箱を取り出し、軽く振って一本引き抜く。
「ああ? 何がめでたいんだ?」
「照れるなよこの~! 聞いたぞ、紗己ちゃん妊娠したんだって?」
「・・・!」
咥えようとしていた煙草が、指の間からぽとりと落ちた。
土方は頭の中が真っ白になり、まるで釣り上げられた魚のように口をぱくぱくとさせている。
(え・・・・・・? 今、なんつった・・・・・・?)
瞬きをするのも忘れて、見開いた双眸は近藤に向けられた。
そんな土方の、普段とは明らかに違う様子を気にも留めず、ただただ近藤は上機嫌だ。
「いやー、まさかお前らが付き合ってたなんてなー! 水臭いじゃないかトシ、もっと早くに言ってくれれば良かったのに! そうと決まれば結婚だな」
「ちょ、ちょっと待て・・・」
「紗己ちゃんはきっといい嫁さんになるぞ、花嫁姿を見るのが今から楽しみだな!」
「や、あの・・・ちょっ・・・」
「新居はどうする? 仕事もあるし彼女を一人にするのも心配だし、どうせならここのもっと広い部屋に移るか! よし、そうとなればすぐに・・・」
「おいっ! 聞けって!」
矢継ぎ早に話を続ける近藤に業を煮やし、土方は畳に両手をついて声を荒らげた。
「なんだ、どうした?」
「なんだ、じゃねーよ! なんで知ってんだ!?」
「ん? ああ、今朝山崎が持ってきた報告書に、お前たちのことが書かれててな」
何の気なしに話す。実際は、山崎が綴っていた観察日記が報告書に紛れていたのだ。薄手のノートを使っていたため、気付かずに近藤に渡してしまった。
当然、これはマズイと山崎は何とか誤魔化そうとした。だが、最後に記入したページが近藤の目にしっかりと留まっており、妊娠の事実はあっけなく知られるところとなったのだ。
(あ・・・んの野郎・・・・・・っ!)
瞬間湯沸かし器よろしく、顔を真っ赤にして歯軋りをする。今すぐにでも刀を振り回しそうな勢いだ。そんな土方の姿を見て、近藤は膝を打つと大きく笑った。
「トシ、本当におめでとう! なーに照れることはないさ、俺は嬉しいぞ?」
「照れてねーよっ! 大体なんでアンタそんなに嬉しそうなんだ!?」
やたらに喜ぶ近藤にだんだん腹の立ってきた土方は、中腰になって噛み付いた。
だが近藤は土方が照れているだけだと思っているので、その態度も特に気にしていない。
静かに吐息すると、自身の顎髭を触りながらとても優しい目で土方を見やった。
「そりゃあ嬉しいに決まってるだろう。大切な仲間であり家族同然のお前が、やっと掴んだ幸せなんだからな」
「っ・・・」
「女遊びがスマートなお前が妊娠させたってことは、それだけ本気だったってことだろう?」
「・・・・・・」
「正直安心したよ。いつまでも引きずってるんじゃないかってなあ、ずっと心配していたんだ」
お前はもう幸せになってもいい頃だろう、と話す近藤から目を逸らすと、土方はそろそろと畳に腰を下ろした。
嬉しいのか辛いのか、区別しやすいはずの感情は紙一重だと、頭の片隅でぼんやりと思っていた。
寝不足で回転の悪い頭のまま、土方は仕事の報告のため朝一番近藤の部屋に向かっていた。本当は朝礼の後でもいいのだが、余計な事を考える暇をなくすため、わざと自分を忙しくさせている。
「ちっ・・・」
勝手に紗己の部屋に向かいそうになった足を、仕事が先だろと舌打ちしてから拳で打った。
紗己のことが心配でたまらないくせに、理屈ばかりつけてなかなか素直にはなれない。
あと少し、角を曲がれば目的地である近藤の部屋――という時。その角からけたたましい足音とともに人影が飛び出してきた。
「うわぁっ!? ふ、副長!」
「っ、危ねーだろうがっ」
ぶつかりそうになり身体を無理やり捻る。突進してきたのは、額に脂汗を浮かべた山崎だった。
靴下を利用して廊下を滑るように距離をとる山崎に、土方は訝しげな表情のままじりじりと詰め寄る。逃げられると追い詰めたくなるのは何故だろうか。
「なんだ、何かあったのか? 近藤さんの部屋から出てき・・・」
「ち、違います! 俺は何にも知らない知らないですからっ!!」
言うと同時に床板を蹴って、猛スピードで走り出す。
部下のその明らかにおかしな様子に違和感を覚えた土方だったが、捕まえようと手を伸ばしたところ、惜しくも逃げられてしまった。
「・・・ちっ、逃げ足が速えなくそっ」
悔しそうに舌打ちしたが、すぐにそれもどうでもよくなる。
まあいいか、と呟くと、土方は頭をひと掻きしてまた歩き出した。
――――――
「近藤さん、入るぜ」
障子戸に手を掛け部屋に入った途端、土方の耳にやけに明るい声が飛び込んできた。
「おめでとう、トシ!」
満面の笑みでそう言われても、何が何だか分からない。
土方は怪訝な面持ちで近藤の向かい側まで進むと、眉をひそめて腰を下ろした。ポケットから煙草の箱を取り出し、軽く振って一本引き抜く。
「ああ? 何がめでたいんだ?」
「照れるなよこの~! 聞いたぞ、紗己ちゃん妊娠したんだって?」
「・・・!」
咥えようとしていた煙草が、指の間からぽとりと落ちた。
土方は頭の中が真っ白になり、まるで釣り上げられた魚のように口をぱくぱくとさせている。
(え・・・・・・? 今、なんつった・・・・・・?)
瞬きをするのも忘れて、見開いた双眸は近藤に向けられた。
そんな土方の、普段とは明らかに違う様子を気にも留めず、ただただ近藤は上機嫌だ。
「いやー、まさかお前らが付き合ってたなんてなー! 水臭いじゃないかトシ、もっと早くに言ってくれれば良かったのに! そうと決まれば結婚だな」
「ちょ、ちょっと待て・・・」
「紗己ちゃんはきっといい嫁さんになるぞ、花嫁姿を見るのが今から楽しみだな!」
「や、あの・・・ちょっ・・・」
「新居はどうする? 仕事もあるし彼女を一人にするのも心配だし、どうせならここのもっと広い部屋に移るか! よし、そうとなればすぐに・・・」
「おいっ! 聞けって!」
矢継ぎ早に話を続ける近藤に業を煮やし、土方は畳に両手をついて声を荒らげた。
「なんだ、どうした?」
「なんだ、じゃねーよ! なんで知ってんだ!?」
「ん? ああ、今朝山崎が持ってきた報告書に、お前たちのことが書かれててな」
何の気なしに話す。実際は、山崎が綴っていた観察日記が報告書に紛れていたのだ。薄手のノートを使っていたため、気付かずに近藤に渡してしまった。
当然、これはマズイと山崎は何とか誤魔化そうとした。だが、最後に記入したページが近藤の目にしっかりと留まっており、妊娠の事実はあっけなく知られるところとなったのだ。
(あ・・・んの野郎・・・・・・っ!)
瞬間湯沸かし器よろしく、顔を真っ赤にして歯軋りをする。今すぐにでも刀を振り回しそうな勢いだ。そんな土方の姿を見て、近藤は膝を打つと大きく笑った。
「トシ、本当におめでとう! なーに照れることはないさ、俺は嬉しいぞ?」
「照れてねーよっ! 大体なんでアンタそんなに嬉しそうなんだ!?」
やたらに喜ぶ近藤にだんだん腹の立ってきた土方は、中腰になって噛み付いた。
だが近藤は土方が照れているだけだと思っているので、その態度も特に気にしていない。
静かに吐息すると、自身の顎髭を触りながらとても優しい目で土方を見やった。
「そりゃあ嬉しいに決まってるだろう。大切な仲間であり家族同然のお前が、やっと掴んだ幸せなんだからな」
「っ・・・」
「女遊びがスマートなお前が妊娠させたってことは、それだけ本気だったってことだろう?」
「・・・・・・」
「正直安心したよ。いつまでも引きずってるんじゃないかってなあ、ずっと心配していたんだ」
お前はもう幸せになってもいい頃だろう、と話す近藤から目を逸らすと、土方はそろそろと畳に腰を下ろした。
嬉しいのか辛いのか、区別しやすいはずの感情は紙一重だと、頭の片隅でぼんやりと思っていた。