第一章
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――――――
「紗己!」
名前を呼ぶと同時に襖を開ける。そこには、布団を被って横になっている紗己の姿があった。
「副長さん・・・・・・」
激しい足音が廊下に響き渡っていたので、もしかしてと思っていた紗己は、そう驚いた表情も見せずにゆっくりと身体を起こそうとした。
しかし、布団の横に腰を下ろした土方に、そっと両肩を押されてもう一度寝かされる。
「風邪なんだろ、いいから寝てろ」
「あ・・・平気です、本当に・・・」
「ったく、平気平気言ってんなよ。熱は? 倒れたらしいじゃねーか」
どんな時もすぐに「平気」だと言う紗己に呆れた様子ながらも、それもまた彼女らしいと思い、口元を綻ばせると紗己の額に手を乗せた。
「っ・・・」
「なんだ、熱はそんなに無いみたいだが・・・紗己? どうした、おい紗己!」
紗己の額から自身の骨張った手を退けて、泣きそうになっている彼女の顔を覗き込む。すると紗己は、瞳を真っ赤に潤ませてふるふると首を横に振った。
「なんでもない、です・・・から・・・・・・」
「おい、ほんとどうしたんだよ! なんでもねェならなんでそんな面してんだ」
首を振ったことにより顔にかかってしまった髪を、背中をグッと曲げて払ってやる。その際土方の大きな手が、長い指が耳に触れ、その優しい刺激に紗己はたまらず、掛布団を頭まで引っ張り上げて顔を隠した。
突然の紗己の行動に驚いた土方は、今しがた紗己に触れたばかりの、行き場の無くなった自身の右手に視線を落とす。
「紗己、どうした・・・なんか怒ってんのか?」
困惑気味に訊ねてみると、それに対し紗己は、まだ掛布団をすっぽりと被ったまま、くぐもった声を漏らす。
「怒ってなんて、いません・・・・・・」
「じゃあなんでそんな態度してんだ。お前が風邪引いたって聞いたから心配になって飛んで来たんだが、迷惑だったか?」
「・・・・・・」
何も答えない紗己に、土方は深く溜息をついた。
しかし、風邪でしんどいのかもしれない、それならば仕方が無いと、立ち上がろうと腰を上げかけた瞬間。
布団の中からスッと白い腕が伸びてきて、土方のズボンの裾を掴んだ。
「・・・どっちなんだよ、居てもいいのか?」
呆れつつも嬉しそうな声音で言いながら腰を下ろし、自分に伸びている紗己の手をそっと握った。訊ねておきながら、そもそも立ち去る気は無かったらしい。
握られたままの手が温かくて、振りほどくことも出来ない紗己は、掛布団を少しだけ剥いで、熱く高鳴る胸を落ち着かせようと冷たい空気を吸い込んだ。
「副長さん・・・私・・・」
「なんだ?」
優しく答える。土方にしてみれば、今の紗己は非常に可愛らしく見えるのだ。風邪を引いて、少し心細くなって拗ねたり甘えたりしているようにしか思えない。
しかしそんな土方の甘い思い込みは、ものの五分も持たなかった。
「あの、お話が・・・」
「なんだよ、改まって」
「私、風邪じゃないんです・・・・・・」
「え? それじゃあ、倒れたって・・・どっか悪いのか・・・・・・?」
只ならぬ様子の紗己に、だんだんと不安が募る。土方はごくり息を呑んで、彼女が口を開くのを待った。
「病気じゃ、なくて・・・その・・・妊娠、しちゃったんです・・・・・・」
「・・・にんしん・・・・・・? って、にんしんって・・・妊娠っ!?」
驚きのあまり手に強い力を込めてしまい、紗己が痛い、と小さく声を上げた。
それに気付き慌てて手を離すと、そのままその手で自身の口元を覆う。
手の平にかかる息をやけに熱く感じる程に、その手からは血の気が引いて冷たくなっていた。
「おい紗己・・・それ、冗談、だよな? 俺を驚かそうとして言ってるだけ、だろ・・・・・・?」
「・・・違います・・・・・・」
「嘘だろ・・・」
口元にあった手をそのまま自身の額へと移動させ、唇を震わせながら吐息する。
土方のその言葉、仕草に紗己は胸を抉られるような息苦しさを覚え、何とかそれを抑え込もうと、数回に分けて短く息を吸っては吐き出す。
だが、動転している今の土方にはそんな紗己の姿は見えておらず、彼女を気遣う余裕もまるでない。
見事なまでの顔面蒼白のまま、狭い部屋のどこを見ているのか宙を彷徨う視線は、目の前の紗己を映さずに、隊服の袖のほつれた糸におさまった。
あの夜だけの話だろ・・・・・・? あれっきり手は出してねえんだ、じゃああれが当たっちまったってのか・・・・・・?
なんでなんだっ・・・なんでどうしてあれで妊娠しちまうんだよ!!
夢だと思っていたから、無論避妊などしなかった。半分寝ているような状態だったのだから、その記憶さえもあやふやなものなのだが。
不確かな記憶だが、土方には身に覚えがある。そしてそれは、彼にとっては消し去りたい記憶でもあるのだ。
今となっては、土方にとって紗己はとても大きな存在だ。顔を見れば幸せな気持ちになれるし、声を聴けばそれだけで癒される。
だからこそ、一度の過ちが悔やまれてならない。どうせ抱くなら、ちゃんと『紗己』だと理解った上で抱きたかった――と。
それなのに、無情にも紗己は妊娠してしまった。昔の恋人と勘違いして抱いた夜、植えつけられた種は見事に芽を出したのだ。
(こんなのってあるかよ・・・あんまりだろ・・・・・・)
ひどく情けない顔をしているように見えたのだろう。紗己は自分の辛さよりも、声を失っている土方を心配している。いや、心配よりも、彼のそんな姿を見ているのが怖くてたまらないのだ。
ゆっくりと身体を起こすと、紗己は土方の膝頭にそっと手を乗せて、出来るだけ気を遣わせないような声を繕った。
「大丈夫ですか、副長さん・・・・・・?」
「・・・いや、あんま・・・大丈夫じゃねーな・・・・・・」
素直でなくていいところだけ下手に素直になってしまう。
わざとではないのだが、膝の温もりをあまり優しくない動作で畳に退けると、少し上擦った声で、
「と、とにかく・・・その、ちょっと考えさせてくれ・・・・・・」
ふらふらと立ち上がると、見ているだけで胸が痛むほどに頼りない足取りで部屋を後にした。
「紗己!」
名前を呼ぶと同時に襖を開ける。そこには、布団を被って横になっている紗己の姿があった。
「副長さん・・・・・・」
激しい足音が廊下に響き渡っていたので、もしかしてと思っていた紗己は、そう驚いた表情も見せずにゆっくりと身体を起こそうとした。
しかし、布団の横に腰を下ろした土方に、そっと両肩を押されてもう一度寝かされる。
「風邪なんだろ、いいから寝てろ」
「あ・・・平気です、本当に・・・」
「ったく、平気平気言ってんなよ。熱は? 倒れたらしいじゃねーか」
どんな時もすぐに「平気」だと言う紗己に呆れた様子ながらも、それもまた彼女らしいと思い、口元を綻ばせると紗己の額に手を乗せた。
「っ・・・」
「なんだ、熱はそんなに無いみたいだが・・・紗己? どうした、おい紗己!」
紗己の額から自身の骨張った手を退けて、泣きそうになっている彼女の顔を覗き込む。すると紗己は、瞳を真っ赤に潤ませてふるふると首を横に振った。
「なんでもない、です・・・から・・・・・・」
「おい、ほんとどうしたんだよ! なんでもねェならなんでそんな面してんだ」
首を振ったことにより顔にかかってしまった髪を、背中をグッと曲げて払ってやる。その際土方の大きな手が、長い指が耳に触れ、その優しい刺激に紗己はたまらず、掛布団を頭まで引っ張り上げて顔を隠した。
突然の紗己の行動に驚いた土方は、今しがた紗己に触れたばかりの、行き場の無くなった自身の右手に視線を落とす。
「紗己、どうした・・・なんか怒ってんのか?」
困惑気味に訊ねてみると、それに対し紗己は、まだ掛布団をすっぽりと被ったまま、くぐもった声を漏らす。
「怒ってなんて、いません・・・・・・」
「じゃあなんでそんな態度してんだ。お前が風邪引いたって聞いたから心配になって飛んで来たんだが、迷惑だったか?」
「・・・・・・」
何も答えない紗己に、土方は深く溜息をついた。
しかし、風邪でしんどいのかもしれない、それならば仕方が無いと、立ち上がろうと腰を上げかけた瞬間。
布団の中からスッと白い腕が伸びてきて、土方のズボンの裾を掴んだ。
「・・・どっちなんだよ、居てもいいのか?」
呆れつつも嬉しそうな声音で言いながら腰を下ろし、自分に伸びている紗己の手をそっと握った。訊ねておきながら、そもそも立ち去る気は無かったらしい。
握られたままの手が温かくて、振りほどくことも出来ない紗己は、掛布団を少しだけ剥いで、熱く高鳴る胸を落ち着かせようと冷たい空気を吸い込んだ。
「副長さん・・・私・・・」
「なんだ?」
優しく答える。土方にしてみれば、今の紗己は非常に可愛らしく見えるのだ。風邪を引いて、少し心細くなって拗ねたり甘えたりしているようにしか思えない。
しかしそんな土方の甘い思い込みは、ものの五分も持たなかった。
「あの、お話が・・・」
「なんだよ、改まって」
「私、風邪じゃないんです・・・・・・」
「え? それじゃあ、倒れたって・・・どっか悪いのか・・・・・・?」
只ならぬ様子の紗己に、だんだんと不安が募る。土方はごくり息を呑んで、彼女が口を開くのを待った。
「病気じゃ、なくて・・・その・・・妊娠、しちゃったんです・・・・・・」
「・・・にんしん・・・・・・? って、にんしんって・・・妊娠っ!?」
驚きのあまり手に強い力を込めてしまい、紗己が痛い、と小さく声を上げた。
それに気付き慌てて手を離すと、そのままその手で自身の口元を覆う。
手の平にかかる息をやけに熱く感じる程に、その手からは血の気が引いて冷たくなっていた。
「おい紗己・・・それ、冗談、だよな? 俺を驚かそうとして言ってるだけ、だろ・・・・・・?」
「・・・違います・・・・・・」
「嘘だろ・・・」
口元にあった手をそのまま自身の額へと移動させ、唇を震わせながら吐息する。
土方のその言葉、仕草に紗己は胸を抉られるような息苦しさを覚え、何とかそれを抑え込もうと、数回に分けて短く息を吸っては吐き出す。
だが、動転している今の土方にはそんな紗己の姿は見えておらず、彼女を気遣う余裕もまるでない。
見事なまでの顔面蒼白のまま、狭い部屋のどこを見ているのか宙を彷徨う視線は、目の前の紗己を映さずに、隊服の袖のほつれた糸におさまった。
あの夜だけの話だろ・・・・・・? あれっきり手は出してねえんだ、じゃああれが当たっちまったってのか・・・・・・?
なんでなんだっ・・・なんでどうしてあれで妊娠しちまうんだよ!!
夢だと思っていたから、無論避妊などしなかった。半分寝ているような状態だったのだから、その記憶さえもあやふやなものなのだが。
不確かな記憶だが、土方には身に覚えがある。そしてそれは、彼にとっては消し去りたい記憶でもあるのだ。
今となっては、土方にとって紗己はとても大きな存在だ。顔を見れば幸せな気持ちになれるし、声を聴けばそれだけで癒される。
だからこそ、一度の過ちが悔やまれてならない。どうせ抱くなら、ちゃんと『紗己』だと理解った上で抱きたかった――と。
それなのに、無情にも紗己は妊娠してしまった。昔の恋人と勘違いして抱いた夜、植えつけられた種は見事に芽を出したのだ。
(こんなのってあるかよ・・・あんまりだろ・・・・・・)
ひどく情けない顔をしているように見えたのだろう。紗己は自分の辛さよりも、声を失っている土方を心配している。いや、心配よりも、彼のそんな姿を見ているのが怖くてたまらないのだ。
ゆっくりと身体を起こすと、紗己は土方の膝頭にそっと手を乗せて、出来るだけ気を遣わせないような声を繕った。
「大丈夫ですか、副長さん・・・・・・?」
「・・・いや、あんま・・・大丈夫じゃねーな・・・・・・」
素直でなくていいところだけ下手に素直になってしまう。
わざとではないのだが、膝の温もりをあまり優しくない動作で畳に退けると、少し上擦った声で、
「と、とにかく・・・その、ちょっと考えさせてくれ・・・・・・」
ふらふらと立ち上がると、見ているだけで胸が痛むほどに頼りない足取りで部屋を後にした。