第一章
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――――――
歩きながら、いつもよりスピードが遅いと自分でも思う。
紗己は今、一人で町に出ていた。山崎の説得もあり病院へ行こうと足を運んだのだが、まだ山崎には連絡をしていない。
途中で電話を掛けようかとも思ったが、仕事の邪魔をするのも気が引けて、結局掛けないまま今に至る。だが心配をかけているのは事実なので、診察結果だけはすぐに報告しようと考えていた。
「・・・こんなに遠かったっけ・・・・・・」
ぽつり呟く。歩き慣れた距離なのに、山登りでもしているのではないかと勘違いしてしまいそうになる。平坦な道ですら、今の紗己には急斜面並みに感じる。
気付かないうちに太っちゃったのかな。だからこんなにも身体が重いのかと思ってはみたが、このところあまり食欲が無く、むしろ痩せてしまったくらいだ。今朝も胃がむかついて、朝食を半分程残してしまった。
(ちゃんと食べなかったから貧血なのかも・・・)
そう結論づけて、紗己は一歩一歩前進する。
雑踏の中をゆっくりと歩いていると、少し先の方――人ごみの中に、真っ白い頭が抜き出ているのが目に付いた。
老人、ではないだろう。少し足を速めてみると、視線の先には腰に木刀を差した侍が一人。
「銀さ・・・」
やはり知り合いだと、声を掛けようとした瞬間。全身から力が抜けていく感覚が紗己を襲った。
(え、何これ・・・・・・? )
華やかな町並みが黄色く濁って見える。その様はまるで陽炎のようで、遠近感がつかめない。
視覚についで、聴覚にも異変を感じる。
水中に潜った時のように、頭の上の方から遥か遠くに聞こえる町の喧騒。その中に、聞き覚えのある男の声がした気がした。
「紗己・・・」
誰・・・・・・? あれ、私どうしちゃったの・・・何しようとしてたんだっけ――。
――――――
清潔感と緊張感を併せ持つ独特の匂いが、紗己の嗅覚を刺激する。
背中の乾いたシーツの感触に、ここが病室のベッドの上であると認識するのに、そう時間はかからなかった。
「ん・・・」
「大丈夫か、紗己」
「あ・・・銀さん・・・・・・」
首を動かすと、複雑な面持ちの銀時と目が合った。
「お前倒れたんだよ、覚えてるか?」
「・・・なんとなくは。銀さんが病院に連れてきてくれたんですか?」
「誰かに呼ばれた気がして振り返ったら、突然目の前でお前倒れるからさー。全速力で抱えて来たんだぜ、ここが近くて良かったわ」
「そっか、やっぱりあれ、銀さんだったんだ・・・ありがとうございます」
人違いで呼ばなくて良かった、と紗己は小さく笑った。
町中で倒れてしまい、そこに偶然居合わせた銀時が、近くの病院に運んでくれたのだと言う。
そういえば・・・病院に着いてからの事を紗己は薄っすらと思い出した。
簡易なベッドに寝かされ、検査をするから厠に行けるかと看護師に訊ねられ、支えられながら行ったような――。
「あ・・・」
紗己は自分の腕に点滴の管が繋がれているのにようやく気付いた。一定の速度で体内に流れ込む点滴の袋には、『栄養剤』とマジックで書かれてある。
「ねえ銀さん。それで私、風邪だったんですか」
視線を銀時に戻すと、彼は先程よりはるかに複雑な表情を見せた。
「・・・いや、そのなんつーか・・・」
「風邪じゃ、ないんですか?」
「えっ、ああいや、こういうのは俺からじゃないほうがさー・・・・・・」
頭を掻いて言い淀む銀時に、何やら胸騒ぎがする。紗己は口元をきゅっと結ぶと、無機質な天井を見上げた。
(私、ひょっとして何かの病気なの・・・・・・?)
堪らなく不安になってしまう。紗己は幼い頃に死んだ母親のことを思い出していた。
紗己の母親はあまり身体が丈夫ではなかったのだが、それを小さい娘には見せないように明るく振舞っていた。重い病気を患って亡くなったが、紗己はそれを突然のことだったように記憶している。
実際は何かしら予兆があったのだろうが、その辺りは覚えていない。ただ、遺された父親の背中がひどく悲しそうだったのは、今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
もし自分も母と同じように重い病に罹っているとしたら――どうしようもなく怖くなり、なんとか病名を訊き出そうと再度銀時を見つめたその時、緊張した空気を裂くように病室の扉が開いた。
「ああ、気が付きましたかぁー」
随分とのんびりした口調の医師が、スタスタと病室内に入ってきた。点滴のスタンドまで近付くと、医師は自身の腕時計を見ながら落ちる水滴の様子を確認している。
不安に急かされた紗己は、シーツをキュッと握り締めて、
「先生、あの、その私、風邪だったんですよね・・・・・・?」
そうだと言ってほしくて、風邪ありきの訊き方をした。
だが医師は、紗己の問いに軽く首を傾げると真実を口にする。
「いやぁ、風邪じゃなくて妊娠ですよー。全然気付かなかったんですかぁー?」
ここ内科だから、落ち着いたら産婦人科に行ってねーと言い残して、医師はスタスタと病室を出て行った。
歩きながら、いつもよりスピードが遅いと自分でも思う。
紗己は今、一人で町に出ていた。山崎の説得もあり病院へ行こうと足を運んだのだが、まだ山崎には連絡をしていない。
途中で電話を掛けようかとも思ったが、仕事の邪魔をするのも気が引けて、結局掛けないまま今に至る。だが心配をかけているのは事実なので、診察結果だけはすぐに報告しようと考えていた。
「・・・こんなに遠かったっけ・・・・・・」
ぽつり呟く。歩き慣れた距離なのに、山登りでもしているのではないかと勘違いしてしまいそうになる。平坦な道ですら、今の紗己には急斜面並みに感じる。
気付かないうちに太っちゃったのかな。だからこんなにも身体が重いのかと思ってはみたが、このところあまり食欲が無く、むしろ痩せてしまったくらいだ。今朝も胃がむかついて、朝食を半分程残してしまった。
(ちゃんと食べなかったから貧血なのかも・・・)
そう結論づけて、紗己は一歩一歩前進する。
雑踏の中をゆっくりと歩いていると、少し先の方――人ごみの中に、真っ白い頭が抜き出ているのが目に付いた。
老人、ではないだろう。少し足を速めてみると、視線の先には腰に木刀を差した侍が一人。
「銀さ・・・」
やはり知り合いだと、声を掛けようとした瞬間。全身から力が抜けていく感覚が紗己を襲った。
(え、何これ・・・・・・? )
華やかな町並みが黄色く濁って見える。その様はまるで陽炎のようで、遠近感がつかめない。
視覚についで、聴覚にも異変を感じる。
水中に潜った時のように、頭の上の方から遥か遠くに聞こえる町の喧騒。その中に、聞き覚えのある男の声がした気がした。
「紗己・・・」
誰・・・・・・? あれ、私どうしちゃったの・・・何しようとしてたんだっけ――。
――――――
清潔感と緊張感を併せ持つ独特の匂いが、紗己の嗅覚を刺激する。
背中の乾いたシーツの感触に、ここが病室のベッドの上であると認識するのに、そう時間はかからなかった。
「ん・・・」
「大丈夫か、紗己」
「あ・・・銀さん・・・・・・」
首を動かすと、複雑な面持ちの銀時と目が合った。
「お前倒れたんだよ、覚えてるか?」
「・・・なんとなくは。銀さんが病院に連れてきてくれたんですか?」
「誰かに呼ばれた気がして振り返ったら、突然目の前でお前倒れるからさー。全速力で抱えて来たんだぜ、ここが近くて良かったわ」
「そっか、やっぱりあれ、銀さんだったんだ・・・ありがとうございます」
人違いで呼ばなくて良かった、と紗己は小さく笑った。
町中で倒れてしまい、そこに偶然居合わせた銀時が、近くの病院に運んでくれたのだと言う。
そういえば・・・病院に着いてからの事を紗己は薄っすらと思い出した。
簡易なベッドに寝かされ、検査をするから厠に行けるかと看護師に訊ねられ、支えられながら行ったような――。
「あ・・・」
紗己は自分の腕に点滴の管が繋がれているのにようやく気付いた。一定の速度で体内に流れ込む点滴の袋には、『栄養剤』とマジックで書かれてある。
「ねえ銀さん。それで私、風邪だったんですか」
視線を銀時に戻すと、彼は先程よりはるかに複雑な表情を見せた。
「・・・いや、そのなんつーか・・・」
「風邪じゃ、ないんですか?」
「えっ、ああいや、こういうのは俺からじゃないほうがさー・・・・・・」
頭を掻いて言い淀む銀時に、何やら胸騒ぎがする。紗己は口元をきゅっと結ぶと、無機質な天井を見上げた。
(私、ひょっとして何かの病気なの・・・・・・?)
堪らなく不安になってしまう。紗己は幼い頃に死んだ母親のことを思い出していた。
紗己の母親はあまり身体が丈夫ではなかったのだが、それを小さい娘には見せないように明るく振舞っていた。重い病気を患って亡くなったが、紗己はそれを突然のことだったように記憶している。
実際は何かしら予兆があったのだろうが、その辺りは覚えていない。ただ、遺された父親の背中がひどく悲しそうだったのは、今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
もし自分も母と同じように重い病に罹っているとしたら――どうしようもなく怖くなり、なんとか病名を訊き出そうと再度銀時を見つめたその時、緊張した空気を裂くように病室の扉が開いた。
「ああ、気が付きましたかぁー」
随分とのんびりした口調の医師が、スタスタと病室内に入ってきた。点滴のスタンドまで近付くと、医師は自身の腕時計を見ながら落ちる水滴の様子を確認している。
不安に急かされた紗己は、シーツをキュッと握り締めて、
「先生、あの、その私、風邪だったんですよね・・・・・・?」
そうだと言ってほしくて、風邪ありきの訊き方をした。
だが医師は、紗己の問いに軽く首を傾げると真実を口にする。
「いやぁ、風邪じゃなくて妊娠ですよー。全然気付かなかったんですかぁー?」
ここ内科だから、落ち着いたら産婦人科に行ってねーと言い残して、医師はスタスタと病室を出て行った。