第一章
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――――――
(ああ・・・まただ・・・・・・)
ふあぁ・・・っと生欠伸をして、紗己は眠そうに目を擦った。
ここしばらく、ずっとこんな感じだなー・・・・・・。
どれだけ寝ても疲れが取れない。どれだけ寝ても眠くて仕方が無い。特に朝起きるのが辛くて、出来ることならずっと布団に籠もっていたい。
元々体内時計がしっかりしている方なだけに、この変化に紗己自身が驚いているくらいだ。
それでももう朝晩冷え込みだしているので、そのせいで軽い風邪でも引いたのではと思い、あまり気にしないようにはしていた。
そんな状態が、もう三週間以上も続いていた。
今日もスパッと冴えてくれない身体を引きずって、紗己は仕事をしていた。
働くのは嫌いではない。というよりもきっと好きな方だ。だから少し体調が優れないというだけでは、自ら休もうとはしない。
それに、あまり周囲の者に心配を掛けたくないという気持ちもある。特にそれは土方に対してなのだが。
以前、言い合いをしてその後仲直りをしてから、一ヶ月強が経っていた。以降、二人はそれそこそこにうまくやっている。
何をもって『うまくやっている』とするならば、彼らの場合『何の変化もなく、日々世間話をする関係』にあたる。
それでも、この平和すぎる日常に紗己は満足していた。
お茶を持っていくと、一旦仕事の手を休めて話し掛けてくれることが、とても嬉しい。
洗濯や掃除をしている時に通り掛かったら、足を止めて話し掛けてくれることが、ものすごく嬉しい。
その日の天気や日々のニュースになぞらえて、他愛も無い話をするだけ。だが物騒な事件が起きれば、必ず「お前も気を付けろよ」と言ってくれる。
他の女中にはそういった態度を見せていないだけに、特別気に掛けてくれていると紗己も感じている。だから余計に心配を掛けたくないのだ。
もっとも、ここしばらく土方は仕事に追われる毎日を過ごしており、出張などもあって屯所を離れることも多かった。
そのため、紗己が体調不良をわざわざ隠さずとも、それに気付けるような状況にすら無かったのだ。
(そうだ、今日副長さん帰ってくるんだった・・・・・・)
中庭で洗濯物を取り込みながら、紗己はぼんやりと土方のことを考えていた。
昨日、洗濯場で一人洗い終わった洗濯物を籠に移していると、そこに土方が現れた。そして、出張のために夕方から屯所を離れる事を紗己に告げたのだ。
「明日の夜には戻る」とだけ言うと、洗濯物が詰まった籠を中庭まで運んでいった土方。たまたま通り掛かるような場所でもないので、きっと屯所を離れる事を言いに来てくれたのだろうと紗己は思った。
洗濯籠を持って廊下を行く後ろ姿を思い出し、紗己はフフッと笑う。
昨日の夕方から屯所を離れている土方は、今日の夜には戻ってくる。それでなくとも疲れているだろう彼に、何か精のつく物を一品付けようか――夕飯の献立を考えていると、縁側から誰かが声を掛けてきた。
「紗己ちゃん」
「あら、山崎さん。洗濯物取り込んだんで、後で持っていき・・・ふあぁ・・・」
「はは、眠たそうだね」
「あ、やだ・・・ごめんなさい!」
顔を赤らめると、紗己は両手で頬をぱちんと叩いた。
「最近、ずっと眠くて・・・・・・。ちゃんと寝てはいるんですけどね」
「ふーん、風邪なのかなあ・・・熱は?」
「いえ、微熱程度です」
そう答える紗己のもとに近付くと、山崎はじっと彼女の顔を覗き込んだ。
「ちょっと顔赤いね、微熱はいつから?」
「いつ・・・んー、ひと月くらい前から・・・かなぁ」
「えっ、そんなに?」
驚いた山崎は、抱えていた洗濯物を紗己から取り上げると、腕を引っ張って縁側に座らせた。
「駄目だよ紗己ちゃん、それ長引きすぎだって! 風邪は万病の元って言うだろ? 他にどんな症状があるの」
珍しく強い言い方をする山崎に、大丈夫ですと言うのも躊躇われ、紗己は彼の言うとおり自分の身に起こった変化を伝える。
「とにかく、眠くて仕方ないんです。ちゃんと睡眠はとってるんですけど、生欠伸が絶えなくて」
「それ、このひと月ずっとなのか?」
訊ねると、こくり頷く。山崎は今聞いた症状を、頭の中で復唱しだした。
微熱、眠たい、生欠伸・・・ひと月続く風邪の初期症状・・・って、あれ? これってもしかして・・・え、でも・・・可能性は、無いことも無いんじゃ――。
「・・・ってマジで!?」
「えっ、何がですか!?」
いきなり大声を上げた山崎に驚き、紗己は肩をびくりと震わせた。
何事かと隣に目をやると、自分よりはるかに調子の悪そうな真っ青な顔をした男が一人。
ぎぎぎ・・・と油切れのロボットみたいな動きでこちらを向くと、山崎は紗己の肩に手を乗せてごくり息を呑んだ。
「・・・紗己ちゃん、病院行こう!」
「ど、どうしたんですか突然・・・」
「いや、ほんとマジで行こう! 病院! ねっ、大丈夫怖くないからね! 俺もついて行くからっ」
「はあ・・・」
そこまで言うのなら、まあ気にもなるし行ってみるか・・・と思い、頷きかける。すると、遠くの方から山崎を呼ぶ男の声が聞こえてきた。
「山崎さん、あれ局長さんじゃないですか?」
「あー・・・」
これはマズイといった表情で、山崎は額を覆った。おそらくは、まだ提出が済んでいない報告書のことだろう。
土方不在のためそこまで急かされることもないだろうと、何件もの報告書を白紙のままにしていたのだ。
「早く戻ったほうがいいんじゃないですか、山崎さん」
「あ、いやそれはそうなんだけど・・・」
勿論、仕事に戻る気ではいる。けれど紗己の身に起こっているかもしれない『問題』を、このまま放っておくわけにもいかない。
どうしたものかとあたふたしていると、紗己がにこり笑った。
「私なら大丈夫ですから。買出しのついでに、後で病院行ってきます」
「で、でも一人で行かせるわけには・・・」
かといって、病院に行くことを他の者たちに知られるのは絶対避けたい。
少しの間悩んでから、山崎は何か思い付いたのかポケットから手帳を取り出した。そこに殴り書きをすると、辺りをキョロキョロ見回してから、一枚破いて紗己の手に握らせた。
「それ俺の携帯電話の番号! いい紗己ちゃん、屯所出てからでいいからこの番号に電話してほしいんだ。そしたら俺一緒に病院行くから! ね! だから他の人には病院行くって言わないように! 心配掛けちゃ悪いからねっ」
早口に捲くし立てると、山崎はちらちらと紗己を気にしながらも廊下の奥へと走っていった。
(ああ・・・まただ・・・・・・)
ふあぁ・・・っと生欠伸をして、紗己は眠そうに目を擦った。
ここしばらく、ずっとこんな感じだなー・・・・・・。
どれだけ寝ても疲れが取れない。どれだけ寝ても眠くて仕方が無い。特に朝起きるのが辛くて、出来ることならずっと布団に籠もっていたい。
元々体内時計がしっかりしている方なだけに、この変化に紗己自身が驚いているくらいだ。
それでももう朝晩冷え込みだしているので、そのせいで軽い風邪でも引いたのではと思い、あまり気にしないようにはしていた。
そんな状態が、もう三週間以上も続いていた。
今日もスパッと冴えてくれない身体を引きずって、紗己は仕事をしていた。
働くのは嫌いではない。というよりもきっと好きな方だ。だから少し体調が優れないというだけでは、自ら休もうとはしない。
それに、あまり周囲の者に心配を掛けたくないという気持ちもある。特にそれは土方に対してなのだが。
以前、言い合いをしてその後仲直りをしてから、一ヶ月強が経っていた。以降、二人はそれそこそこにうまくやっている。
何をもって『うまくやっている』とするならば、彼らの場合『何の変化もなく、日々世間話をする関係』にあたる。
それでも、この平和すぎる日常に紗己は満足していた。
お茶を持っていくと、一旦仕事の手を休めて話し掛けてくれることが、とても嬉しい。
洗濯や掃除をしている時に通り掛かったら、足を止めて話し掛けてくれることが、ものすごく嬉しい。
その日の天気や日々のニュースになぞらえて、他愛も無い話をするだけ。だが物騒な事件が起きれば、必ず「お前も気を付けろよ」と言ってくれる。
他の女中にはそういった態度を見せていないだけに、特別気に掛けてくれていると紗己も感じている。だから余計に心配を掛けたくないのだ。
もっとも、ここしばらく土方は仕事に追われる毎日を過ごしており、出張などもあって屯所を離れることも多かった。
そのため、紗己が体調不良をわざわざ隠さずとも、それに気付けるような状況にすら無かったのだ。
(そうだ、今日副長さん帰ってくるんだった・・・・・・)
中庭で洗濯物を取り込みながら、紗己はぼんやりと土方のことを考えていた。
昨日、洗濯場で一人洗い終わった洗濯物を籠に移していると、そこに土方が現れた。そして、出張のために夕方から屯所を離れる事を紗己に告げたのだ。
「明日の夜には戻る」とだけ言うと、洗濯物が詰まった籠を中庭まで運んでいった土方。たまたま通り掛かるような場所でもないので、きっと屯所を離れる事を言いに来てくれたのだろうと紗己は思った。
洗濯籠を持って廊下を行く後ろ姿を思い出し、紗己はフフッと笑う。
昨日の夕方から屯所を離れている土方は、今日の夜には戻ってくる。それでなくとも疲れているだろう彼に、何か精のつく物を一品付けようか――夕飯の献立を考えていると、縁側から誰かが声を掛けてきた。
「紗己ちゃん」
「あら、山崎さん。洗濯物取り込んだんで、後で持っていき・・・ふあぁ・・・」
「はは、眠たそうだね」
「あ、やだ・・・ごめんなさい!」
顔を赤らめると、紗己は両手で頬をぱちんと叩いた。
「最近、ずっと眠くて・・・・・・。ちゃんと寝てはいるんですけどね」
「ふーん、風邪なのかなあ・・・熱は?」
「いえ、微熱程度です」
そう答える紗己のもとに近付くと、山崎はじっと彼女の顔を覗き込んだ。
「ちょっと顔赤いね、微熱はいつから?」
「いつ・・・んー、ひと月くらい前から・・・かなぁ」
「えっ、そんなに?」
驚いた山崎は、抱えていた洗濯物を紗己から取り上げると、腕を引っ張って縁側に座らせた。
「駄目だよ紗己ちゃん、それ長引きすぎだって! 風邪は万病の元って言うだろ? 他にどんな症状があるの」
珍しく強い言い方をする山崎に、大丈夫ですと言うのも躊躇われ、紗己は彼の言うとおり自分の身に起こった変化を伝える。
「とにかく、眠くて仕方ないんです。ちゃんと睡眠はとってるんですけど、生欠伸が絶えなくて」
「それ、このひと月ずっとなのか?」
訊ねると、こくり頷く。山崎は今聞いた症状を、頭の中で復唱しだした。
微熱、眠たい、生欠伸・・・ひと月続く風邪の初期症状・・・って、あれ? これってもしかして・・・え、でも・・・可能性は、無いことも無いんじゃ――。
「・・・ってマジで!?」
「えっ、何がですか!?」
いきなり大声を上げた山崎に驚き、紗己は肩をびくりと震わせた。
何事かと隣に目をやると、自分よりはるかに調子の悪そうな真っ青な顔をした男が一人。
ぎぎぎ・・・と油切れのロボットみたいな動きでこちらを向くと、山崎は紗己の肩に手を乗せてごくり息を呑んだ。
「・・・紗己ちゃん、病院行こう!」
「ど、どうしたんですか突然・・・」
「いや、ほんとマジで行こう! 病院! ねっ、大丈夫怖くないからね! 俺もついて行くからっ」
「はあ・・・」
そこまで言うのなら、まあ気にもなるし行ってみるか・・・と思い、頷きかける。すると、遠くの方から山崎を呼ぶ男の声が聞こえてきた。
「山崎さん、あれ局長さんじゃないですか?」
「あー・・・」
これはマズイといった表情で、山崎は額を覆った。おそらくは、まだ提出が済んでいない報告書のことだろう。
土方不在のためそこまで急かされることもないだろうと、何件もの報告書を白紙のままにしていたのだ。
「早く戻ったほうがいいんじゃないですか、山崎さん」
「あ、いやそれはそうなんだけど・・・」
勿論、仕事に戻る気ではいる。けれど紗己の身に起こっているかもしれない『問題』を、このまま放っておくわけにもいかない。
どうしたものかとあたふたしていると、紗己がにこり笑った。
「私なら大丈夫ですから。買出しのついでに、後で病院行ってきます」
「で、でも一人で行かせるわけには・・・」
かといって、病院に行くことを他の者たちに知られるのは絶対避けたい。
少しの間悩んでから、山崎は何か思い付いたのかポケットから手帳を取り出した。そこに殴り書きをすると、辺りをキョロキョロ見回してから、一枚破いて紗己の手に握らせた。
「それ俺の携帯電話の番号! いい紗己ちゃん、屯所出てからでいいからこの番号に電話してほしいんだ。そしたら俺一緒に病院行くから! ね! だから他の人には病院行くって言わないように! 心配掛けちゃ悪いからねっ」
早口に捲くし立てると、山崎はちらちらと紗己を気にしながらも廊下の奥へと走っていった。