序章③
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「なっ、何見てんだ!! 見世物じゃねーぞこらっ」
唾を飛ばして周囲の野次馬たちに怒鳴り立てる。少し声が裏返ったのは動揺の表れだろう。
鬼の副長に凄まれて、逃げぬ者などいやしない。野次馬たちは散り散りとなり、二人の周りは逆に閑散としてしまった。
「ほら、紗己立て! 早く行くぞ!!」
さっさとこの場から逃げ出したい土方は、腰を上げるとそのまま紗己を立たせた。
紗己は帯から下に付いてしまった砂を軽く払うと、まだ赤い頬のままで土方を見つめる。その視線に照れながらも、土方はぶっきらぼうに声を掛けた。
「・・・怪我とかねえか」
「は、はい! 大丈夫です、ちょっと擦りむいただけですから」
「じゃあさっさと屯所に戻るぞ。ちゃんと手当てしとけよ」
本当は擦り傷だけで良かったと安堵の息をついたけれど、それを彼女に知られたくなくてすぐに背を向けた。
気まずさも恥ずかしさも未だ継続しているものの、今度はもう置いていくつもりはない。
紗己の様子を確認するために後ろを振り返ると、
「・・・ほら、行くぞ」
また、ぶっきらぼうに言った。
「はい!」
これ以上土方を待たせてはいけないと、紗己も歩きだそうと一歩踏み出したのだが。
「・・・きゃっ!」
また振り出しに戻ったかのように、土方に届いた紗己の小さい悲鳴。驚くと同時に、その硬い胸に紗己の身体が飛び込んできた。
柔らかな温もりをしっかりと受け止めつつ、盛大に溜め息を落とす。なんて鈍臭いヤツなんだ!
「おっ前・・・何度転けりゃ気が済むんだっ」
「ご、ごめんなさいっ! 草履が・・・」
「ああ? 草履?」
顎を引いて紗己の足元を見ると。目に入ったのは草履の脱げた左足、半歩後ろに鼻緒の切れたそれが佇んでいた。
「切れちまったか・・・・・・」
紗己の両肩を支えて身体を真っ直ぐにしてやると、土方は地面に残された草履に手を伸ばした。
修復出来そうか確認をするが、鼻緒は中途半端な位置で切れており、取り替えなければ履けそうに無い。
ちらり目線を動かすと、困り顔の紗己がこちらを見ている。その表情を見ていると、だんだんと笑いすら込み上げてきた。
なんて面してんだ、ったく。叱られ待ちのガキみてェだな。ほんと色んな顔見せてくれて・・・飽きる暇がねえよ。
紗己に気付かれないようにほくそ笑むと、土方は彼女の目の前に立ち、そのまま背を向けしゃがみ込んだ。
「しゃーねェな、ほら」
「え、ふ、副長さん!?」
目の前の土方の行動が何を指しているのか、さすがに鈍感な紗己でも分かる。
まさか土方がそんな行動に出るとは思っていなかったため、紗己は大層驚いた。
だが土方は、『人助け』という大義名分があるせいか、そう恥ずかしくはなさそうだ。
「それじゃ歩けねーだろ。おぶってやっから、ほら早くしろよ」
「え・・・でも屯所まで遠いし・・・」
「構わねえよ。お前程度なら歩ける距離だ。それに、どっか近くに履物屋があれば、それ直せるだろ」
もう一度早くしろと言うと、紗己は少し躊躇いながらも彼の背中におぶさった。
立ち上がり、少し勢いをつけてしっかりと背負いなおすと、土方は比較的ゆっくりと歩き出した。無意識のうちに、今のこの時を楽しみたいと思っているのだろう。
距離を置こうにも、ほっとけねえだろ。ああ違うか、構いたいのは俺の方かも知れねェ。コイツに放っとかれるのは、結構堪えるからな・・・・・・。
昨日の言い合いを思い出し、今朝の食堂での紗己のことも思い出す。
入るなり出て行かれたので、ショックを受けた土方は、その後を追い掛ける勇気が出なかったのだ。
それでも――なんだかんだで、こうして今一緒にいる。一日と経っていないのに、決意など簡単に姿を消してしまった。
背中に感じる程よい重さが心地良くて、不思議と素直な気持ちになれる。
「なあ紗己」
「はい?」
「悪かったな、その・・・今日もだが、昨日の・・・・・・。言い過ぎた、悪かったって思ってる」
口先だけではなく、一言一言思いを込めて伝えると、首の後ろが急に熱くなった。紗己が土方の首筋に顔を埋めたのだ。
「私も・・・分かってますから」
くぐもった声が耳に届く。土方の首に回されていた腕に、キュッと力が入った。
歩くたびに揺れる紗己の着物の袖から、甘い匂いがふわりふわりと二人を包む。それだけで雰囲気に流されてしまいそうで、土方は早く一服して気持ちを落ち着かせたいと思ってしまう。
なのに、いちごパフェよりも甘い声が、彼の耳元で囁いた。
「・・・副長さん・・・」
「っ・・・な、なんだ!?」
飛び跳ねる心臓に、何度も頭の中で落ち着けと言い聞かせる。何かを期待してしまう自分に、何度も落ち着けと言い聞かせる。
「私・・・」
なんだこれ・・・この雰囲気・・・もしかして、もしかしてコイツ――。
期待せずにはいられない。ごくり唾を飲むと、また首筋が熱くなった。紗己の息がかかる。
「私・・・」
「・・・あ、ああ」
「私・・・買出しにまだ行ってないんです」
「・・・は? 買出し?」
頓狂な声を出した土方に、紗己は買出しのための外出であったことを告げた。
(おいおい、またかよ・・・・・・)
どうしてか彼女といると、最終的にがっかりなオチがついて回る。勝手に期待していた自分が馬鹿だったと思うしかない。
土方は嘆息すると、軽く項垂れたまま訊ねた。
「・・・何が必要なんだよ」
「ソーセージです」
「・・・・・・」
はァ・・・まあ、無かったらあいつらうるせーしな。
俺、完全に振り回されてねーか。胸中で呟く。だが不思議と楽しい気分になってしまっている自分自身にも気付く。
「・・・あとで買ってきといてやるよ」
そう言うと、土方は小さく喉を鳴らして笑った。
唾を飛ばして周囲の野次馬たちに怒鳴り立てる。少し声が裏返ったのは動揺の表れだろう。
鬼の副長に凄まれて、逃げぬ者などいやしない。野次馬たちは散り散りとなり、二人の周りは逆に閑散としてしまった。
「ほら、紗己立て! 早く行くぞ!!」
さっさとこの場から逃げ出したい土方は、腰を上げるとそのまま紗己を立たせた。
紗己は帯から下に付いてしまった砂を軽く払うと、まだ赤い頬のままで土方を見つめる。その視線に照れながらも、土方はぶっきらぼうに声を掛けた。
「・・・怪我とかねえか」
「は、はい! 大丈夫です、ちょっと擦りむいただけですから」
「じゃあさっさと屯所に戻るぞ。ちゃんと手当てしとけよ」
本当は擦り傷だけで良かったと安堵の息をついたけれど、それを彼女に知られたくなくてすぐに背を向けた。
気まずさも恥ずかしさも未だ継続しているものの、今度はもう置いていくつもりはない。
紗己の様子を確認するために後ろを振り返ると、
「・・・ほら、行くぞ」
また、ぶっきらぼうに言った。
「はい!」
これ以上土方を待たせてはいけないと、紗己も歩きだそうと一歩踏み出したのだが。
「・・・きゃっ!」
また振り出しに戻ったかのように、土方に届いた紗己の小さい悲鳴。驚くと同時に、その硬い胸に紗己の身体が飛び込んできた。
柔らかな温もりをしっかりと受け止めつつ、盛大に溜め息を落とす。なんて鈍臭いヤツなんだ!
「おっ前・・・何度転けりゃ気が済むんだっ」
「ご、ごめんなさいっ! 草履が・・・」
「ああ? 草履?」
顎を引いて紗己の足元を見ると。目に入ったのは草履の脱げた左足、半歩後ろに鼻緒の切れたそれが佇んでいた。
「切れちまったか・・・・・・」
紗己の両肩を支えて身体を真っ直ぐにしてやると、土方は地面に残された草履に手を伸ばした。
修復出来そうか確認をするが、鼻緒は中途半端な位置で切れており、取り替えなければ履けそうに無い。
ちらり目線を動かすと、困り顔の紗己がこちらを見ている。その表情を見ていると、だんだんと笑いすら込み上げてきた。
なんて面してんだ、ったく。叱られ待ちのガキみてェだな。ほんと色んな顔見せてくれて・・・飽きる暇がねえよ。
紗己に気付かれないようにほくそ笑むと、土方は彼女の目の前に立ち、そのまま背を向けしゃがみ込んだ。
「しゃーねェな、ほら」
「え、ふ、副長さん!?」
目の前の土方の行動が何を指しているのか、さすがに鈍感な紗己でも分かる。
まさか土方がそんな行動に出るとは思っていなかったため、紗己は大層驚いた。
だが土方は、『人助け』という大義名分があるせいか、そう恥ずかしくはなさそうだ。
「それじゃ歩けねーだろ。おぶってやっから、ほら早くしろよ」
「え・・・でも屯所まで遠いし・・・」
「構わねえよ。お前程度なら歩ける距離だ。それに、どっか近くに履物屋があれば、それ直せるだろ」
もう一度早くしろと言うと、紗己は少し躊躇いながらも彼の背中におぶさった。
立ち上がり、少し勢いをつけてしっかりと背負いなおすと、土方は比較的ゆっくりと歩き出した。無意識のうちに、今のこの時を楽しみたいと思っているのだろう。
距離を置こうにも、ほっとけねえだろ。ああ違うか、構いたいのは俺の方かも知れねェ。コイツに放っとかれるのは、結構堪えるからな・・・・・・。
昨日の言い合いを思い出し、今朝の食堂での紗己のことも思い出す。
入るなり出て行かれたので、ショックを受けた土方は、その後を追い掛ける勇気が出なかったのだ。
それでも――なんだかんだで、こうして今一緒にいる。一日と経っていないのに、決意など簡単に姿を消してしまった。
背中に感じる程よい重さが心地良くて、不思議と素直な気持ちになれる。
「なあ紗己」
「はい?」
「悪かったな、その・・・今日もだが、昨日の・・・・・・。言い過ぎた、悪かったって思ってる」
口先だけではなく、一言一言思いを込めて伝えると、首の後ろが急に熱くなった。紗己が土方の首筋に顔を埋めたのだ。
「私も・・・分かってますから」
くぐもった声が耳に届く。土方の首に回されていた腕に、キュッと力が入った。
歩くたびに揺れる紗己の着物の袖から、甘い匂いがふわりふわりと二人を包む。それだけで雰囲気に流されてしまいそうで、土方は早く一服して気持ちを落ち着かせたいと思ってしまう。
なのに、いちごパフェよりも甘い声が、彼の耳元で囁いた。
「・・・副長さん・・・」
「っ・・・な、なんだ!?」
飛び跳ねる心臓に、何度も頭の中で落ち着けと言い聞かせる。何かを期待してしまう自分に、何度も落ち着けと言い聞かせる。
「私・・・」
なんだこれ・・・この雰囲気・・・もしかして、もしかしてコイツ――。
期待せずにはいられない。ごくり唾を飲むと、また首筋が熱くなった。紗己の息がかかる。
「私・・・」
「・・・あ、ああ」
「私・・・買出しにまだ行ってないんです」
「・・・は? 買出し?」
頓狂な声を出した土方に、紗己は買出しのための外出であったことを告げた。
(おいおい、またかよ・・・・・・)
どうしてか彼女といると、最終的にがっかりなオチがついて回る。勝手に期待していた自分が馬鹿だったと思うしかない。
土方は嘆息すると、軽く項垂れたまま訊ねた。
「・・・何が必要なんだよ」
「ソーセージです」
「・・・・・・」
はァ・・・まあ、無かったらあいつらうるせーしな。
俺、完全に振り回されてねーか。胸中で呟く。だが不思議と楽しい気分になってしまっている自分自身にも気付く。
「・・・あとで買ってきといてやるよ」
そう言うと、土方は小さく喉を鳴らして笑った。