第十一章
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――――――
(眠れない・・・・・・)
胸中で呟くと、紗己は長い睫毛に縁取られた瞼をゆっくりと開いた。
窓の外から薄っすらと差し込む月明かりのおかげで、灯りを落としているとはいえ、室内はそう暗くは無い。
徐々に夜の闇に慣れてきた視界に、見慣れない天井が映り込む。
ここは万事屋なんだ――そう思った瞬間、ドクンと心臓が波打った。
紗己は焦燥に駆られながらも、静かな所作で掛け布団を胸の下辺りまでそっとずらす。
ひんやりとした空気が胸元から急速に熱を奪っていくが、それが紗己にはちょうど心地よかった。
鼓動が少し落ち着いたところで、紗己は熱い息をハアっと吐き出すと、出来るだけ音を出さないように、ゆっくりと身体を起こした。
布団の上に座った状態で自身の右側に視線を向けると、隣の布団には神楽が、その更に奥の布団には、銀時と新八が並んで寝息を立てている。
この万事屋で普段生活をしているのは銀時と神楽で、布団はその人数分しかない。
そのために土方は、紗己の分の布団も買えと、安くはない額を依頼料として銀時に渡し、新八と神楽が買い出しの際に紗己の分の布団を購入した。
だが現在、万事屋に居るのは四人。
念のためにと新八が泊まり込むことになったため、結局布団は一人分足りないままだった。
三組分の布団で四人、どうやって寝るか――その話が出た時、紗己はある提案をした。
私と神楽ちゃんが一つの布団で一緒に寝るのはどうでしょう、と。
だがその提案は、男性陣によって即座に却下された。
もしも寝ている間に、神楽の腕や足が紗己の腹を直撃してしまったら・・・・・・そんなことは決してあってはならない、と。
とすると、残る選択肢は一つしかない。
こうしてこの中で一番体躯の大きな銀時と、小柄ではあるが紗己や神楽よりは体格の良い新八が、背中を合わせて一つの布団で寝るという結末に至ったのだ。
紗己は隣の布団でぐっすりと眠っている神楽の、元気よくはみ出している左腕と左足にそっと布団を掛けてやった。
誰にも聞こえない音量でフフッと小さく笑い、静かに立ち上がり布団から出る。
すぐ側に畳んで置いておいた半纏を羽織ると、誰も起こさぬよう、慎重な足取りで和室を後にした。
――――――
厠から出て洗面で手を洗っていた紗己の耳に、カチャカチャと金属音が聴こえてきた。
(なんだろう・・・・・・)
物音が気になり廊下に出ると、台所から明かりが漏れている。
誘われるように台所へと向かうと、
「眠れねーのか」
冷蔵庫から取り出したばかりの牛乳パックを手に、いつにも増してやる気の無さそうな表情の銀時が、台所の入口に立っている紗己に声を掛けてきた。
「銀さん・・・・・・? どうしたんですか、こんな夜中に」
「あー。野郎とくっついてちゃ、寝苦しくて堪んねーからな。安眠剤でも飲もうと思って」
そう言うと銀時は、ニヤッと笑いながら手にしていた牛乳パックを鍋の上で傾けた。
一人分にしては多過ぎる量が、とぽとぽと鍋の中に注がれていく。
「ホットミルクですか?」
「おー。これなら妊婦でも飲めんだろ」
恐らくは二人分の牛乳が入った鍋を、コンロの上に載せてカチャッと火を点ける。
冬の夜の寒い台所に、ボッと暖かな音が響いた。
「すぐに出来っから、ソファで待ってろよ」
食器棚からマグカップを取り出した銀時にそう言われ、紗己は柔らかな笑みを浮かべながら「はい」と嬉しそうに返事をした。
――――――
「熱いから気を付けろよ」
そう言って銀時は、出来たてのホットミルクの入ったマグカップを、ソファに座る紗己に手渡した。
「ありがとうございます」
冷えた両手で包むように持ったマグカップに、そっと顔を近付け中を覗き込む。
優しい色をしたそこから立ち上る湯気が、紗己の視界を一瞬だけ白い世界に変えた。
温かな気持ちで顔を上げると、その白い世界の向こう側に銀時が居ない。
テーブルの上にはもう一つのマグカップがあるのだが。
あれ? と疑問に思っていると、いつの間にか和室に移動していた銀時が、先程まで紗己が使用していた毛布を片手に、部屋から出てきた。
「ここ冷えるからな。ほら、暖かくしとけよ」
「あ、は、はい」
紗己は慌ててマグカップをテーブルに置くと、差し出された毛布を受け取り下半身を覆った。
空気の流れが遮断され、じんわりと足元から体温が上がっていくのが分かる。
向かい側のソファに腰を下ろした銀時に、紗己は少し申し訳無さそうな表情でぺこっと頭を下げた。
「何から何までお世話になっちゃって・・・・・・。ごめんなさい、銀さん」
「まァた謝ってんのかよ、礼だけでいーんだって。つーか、むしろ礼を言うのはこっちの方だしな」
銀時の言葉に、それがどういう意味なのか分からない紗己が首を傾げてみせる。
すると銀時は、自身のマグカップを手に取って甘いホットミルクを一口飲み、穏やかに吐息した。
「お前が来てくれたおかげで、金はたんまりと入ったし旨い飯は食えるし、おまけにこんな真夜中に美人としっぽりホットミルクが飲めんだぜ」
大きな背中をソファの背もたれに預けて、足を組んだ銀時がにやりと笑う。
どこまで本気なのかは読めないが、こちらに気を遣わせないようにしてくれていることは紗己にも分かった。
紗己はマグカップへと手を伸ばし、ふぅっと息を吹き掛けてから一口飲む。
少し砂糖を入れているのだろう、優しい甘さが口内に広がっていく。
「ふふ、ありがとう銀さん・・・」
温かいミルクが、毛布が、不安に苛まれていた紗己の心と身体を優しく包み込んでいく。
愛する夫を思い出すようなその温もりが、喉の奥をキュッと詰まらせ、ぼやけ出した視界を湯気で隠しながら紗己は、その熱を押しやるためにまた一口、甘いミルクを飲み込んだ。
(眠れない・・・・・・)
胸中で呟くと、紗己は長い睫毛に縁取られた瞼をゆっくりと開いた。
窓の外から薄っすらと差し込む月明かりのおかげで、灯りを落としているとはいえ、室内はそう暗くは無い。
徐々に夜の闇に慣れてきた視界に、見慣れない天井が映り込む。
ここは万事屋なんだ――そう思った瞬間、ドクンと心臓が波打った。
紗己は焦燥に駆られながらも、静かな所作で掛け布団を胸の下辺りまでそっとずらす。
ひんやりとした空気が胸元から急速に熱を奪っていくが、それが紗己にはちょうど心地よかった。
鼓動が少し落ち着いたところで、紗己は熱い息をハアっと吐き出すと、出来るだけ音を出さないように、ゆっくりと身体を起こした。
布団の上に座った状態で自身の右側に視線を向けると、隣の布団には神楽が、その更に奥の布団には、銀時と新八が並んで寝息を立てている。
この万事屋で普段生活をしているのは銀時と神楽で、布団はその人数分しかない。
そのために土方は、紗己の分の布団も買えと、安くはない額を依頼料として銀時に渡し、新八と神楽が買い出しの際に紗己の分の布団を購入した。
だが現在、万事屋に居るのは四人。
念のためにと新八が泊まり込むことになったため、結局布団は一人分足りないままだった。
三組分の布団で四人、どうやって寝るか――その話が出た時、紗己はある提案をした。
私と神楽ちゃんが一つの布団で一緒に寝るのはどうでしょう、と。
だがその提案は、男性陣によって即座に却下された。
もしも寝ている間に、神楽の腕や足が紗己の腹を直撃してしまったら・・・・・・そんなことは決してあってはならない、と。
とすると、残る選択肢は一つしかない。
こうしてこの中で一番体躯の大きな銀時と、小柄ではあるが紗己や神楽よりは体格の良い新八が、背中を合わせて一つの布団で寝るという結末に至ったのだ。
紗己は隣の布団でぐっすりと眠っている神楽の、元気よくはみ出している左腕と左足にそっと布団を掛けてやった。
誰にも聞こえない音量でフフッと小さく笑い、静かに立ち上がり布団から出る。
すぐ側に畳んで置いておいた半纏を羽織ると、誰も起こさぬよう、慎重な足取りで和室を後にした。
――――――
厠から出て洗面で手を洗っていた紗己の耳に、カチャカチャと金属音が聴こえてきた。
(なんだろう・・・・・・)
物音が気になり廊下に出ると、台所から明かりが漏れている。
誘われるように台所へと向かうと、
「眠れねーのか」
冷蔵庫から取り出したばかりの牛乳パックを手に、いつにも増してやる気の無さそうな表情の銀時が、台所の入口に立っている紗己に声を掛けてきた。
「銀さん・・・・・・? どうしたんですか、こんな夜中に」
「あー。野郎とくっついてちゃ、寝苦しくて堪んねーからな。安眠剤でも飲もうと思って」
そう言うと銀時は、ニヤッと笑いながら手にしていた牛乳パックを鍋の上で傾けた。
一人分にしては多過ぎる量が、とぽとぽと鍋の中に注がれていく。
「ホットミルクですか?」
「おー。これなら妊婦でも飲めんだろ」
恐らくは二人分の牛乳が入った鍋を、コンロの上に載せてカチャッと火を点ける。
冬の夜の寒い台所に、ボッと暖かな音が響いた。
「すぐに出来っから、ソファで待ってろよ」
食器棚からマグカップを取り出した銀時にそう言われ、紗己は柔らかな笑みを浮かべながら「はい」と嬉しそうに返事をした。
――――――
「熱いから気を付けろよ」
そう言って銀時は、出来たてのホットミルクの入ったマグカップを、ソファに座る紗己に手渡した。
「ありがとうございます」
冷えた両手で包むように持ったマグカップに、そっと顔を近付け中を覗き込む。
優しい色をしたそこから立ち上る湯気が、紗己の視界を一瞬だけ白い世界に変えた。
温かな気持ちで顔を上げると、その白い世界の向こう側に銀時が居ない。
テーブルの上にはもう一つのマグカップがあるのだが。
あれ? と疑問に思っていると、いつの間にか和室に移動していた銀時が、先程まで紗己が使用していた毛布を片手に、部屋から出てきた。
「ここ冷えるからな。ほら、暖かくしとけよ」
「あ、は、はい」
紗己は慌ててマグカップをテーブルに置くと、差し出された毛布を受け取り下半身を覆った。
空気の流れが遮断され、じんわりと足元から体温が上がっていくのが分かる。
向かい側のソファに腰を下ろした銀時に、紗己は少し申し訳無さそうな表情でぺこっと頭を下げた。
「何から何までお世話になっちゃって・・・・・・。ごめんなさい、銀さん」
「まァた謝ってんのかよ、礼だけでいーんだって。つーか、むしろ礼を言うのはこっちの方だしな」
銀時の言葉に、それがどういう意味なのか分からない紗己が首を傾げてみせる。
すると銀時は、自身のマグカップを手に取って甘いホットミルクを一口飲み、穏やかに吐息した。
「お前が来てくれたおかげで、金はたんまりと入ったし旨い飯は食えるし、おまけにこんな真夜中に美人としっぽりホットミルクが飲めんだぜ」
大きな背中をソファの背もたれに預けて、足を組んだ銀時がにやりと笑う。
どこまで本気なのかは読めないが、こちらに気を遣わせないようにしてくれていることは紗己にも分かった。
紗己はマグカップへと手を伸ばし、ふぅっと息を吹き掛けてから一口飲む。
少し砂糖を入れているのだろう、優しい甘さが口内に広がっていく。
「ふふ、ありがとう銀さん・・・」
温かいミルクが、毛布が、不安に苛まれていた紗己の心と身体を優しく包み込んでいく。
愛する夫を思い出すようなその温もりが、喉の奥をキュッと詰まらせ、ぼやけ出した視界を湯気で隠しながら紗己は、その熱を押しやるためにまた一口、甘いミルクを飲み込んだ。
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