第十一章
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「あの・・・・・・副長。その、本当に信じて大丈夫なんですか、彼女のこと」
部下の発言を受けて土方は、手元の煙草を灰皿に休ませ、胸の前で太い腕を組んだ。
平時の無愛想な表情で、複雑な面持ちの山崎を見据える。
「心配いらねェよ。あの女はテメェが消されるリスクを負ってまで、奴等の不正の証拠を手に俺に接触してきたんだ。そうまでしてもあの男・・・・・・安藤に復讐したいんだろう」
「そりゃァまあ、彼女の生い立ちからこれまでの経緯を聞けば、復讐に燃えるのも分からないではないですけど・・・・・・」
雪乃への不信感を拭い切れない山崎を尻目に、腕組みを解いた土方が、灰皿の煙草へと手を伸ばしながら低い声音で呟いた。
「・・・俺には分かるぜ、アイツの気持ちがよ」
長い指で摘んだ煙草を形の良い唇に咥えて、煙を吐くと同時に言葉を放つ。
「俺も紗己を護るためなら、どんな手を使ってでも奴等を潰すし、誰にどう思われようが何にだって縋るさ」
「副長・・・」
山崎には返す言葉が思い付かなかった。
鬼の副長と呼ばれるに相応しい鋭さを持った土方の双眸に、激しい怒りの炎が宿っていたからだ。
複雑な面持ちの部下の視線を感じながら、土方は静かな動作で煙草をひと吸いして深く吐息した。
湧き上がる怒りを鎮めるためだ。
作戦通りに事を運ぶには、冷静でいなければならない――。
気を抜けばすぐに顔を出してくる行き場のない怒りの感情を、どうにか胸の内に押し込めた土方は、指に挟んだ煙草をくゆらせながら、こともなげに言い放つ。
「あの女は、復讐を果たすために俺に縋った。こっちはアイツの持ってる情報と証拠が無けりゃ、奴等を潰せねえ。利害は一致してんだ、裏切る理由はねーだろ」
「まあ、確かにそうですね。利害の一致・・・今は、彼女を信用するしかないですもんね」
言葉ほどには、完全に信用していないのだろう。
なおも複雑な表情を浮かべる部下に対し、土方は内心僅かに感心していた。
監察という立場に就いているため、その対象に簡単に飲まれてはいけないという意識が常に働いているのだろう。
疑うことを忘れず、一歩引いた立ち位置で居続ける山崎の在り方は、監察の本質と言える。
「・・・お前、結構使えるよな」
何気なくぽつり呟いてみると、その真意を知らない山崎が不思議そうに問い掛けてきた。
「え、何がですか」
「いや、何でもねーよ」
口端を上げてそう言うと、土方は手元の煙草を灰皿に押し付けた。
ジュッ・・・と火種が音を立てて消えていく。
土方は苦い匂いを纏った指先でトトンと座卓の天板を叩くと、静かに吐息してから鋭い眼差しを山崎に向けた。
「山崎、お前に一つ頼みがある。お前にしか言わねェから、心して聞いてくれ」
「えっ、どうしたんですか? そんな改まって・・・・・・」
神妙な面持ちの上官を前にすれば、きっと誰でも今の山崎と同じように臆してしまうことだろう。
それを理解した上で土方は、普段から滲み出ている威圧感を更に強調するが如く、ぐっと背筋を伸ばし胸を張り、強い眼差しで山崎を見据えた。
「俺ァ何が何でも、どんなことをしてでも奴等を潰す。二度と紗己に火の粉が降り掛からねェようにな。だが、今回の件で俺の存在が真選組の足枷になるようなら・・・・・・そん時は俺のことは見捨てろ」
「え、ちょっ、何言ってんですか副長・・・」
「敵は幕府の高官だ。どこまで根回ししてるか分からんが、場合によっちゃァ真選組そのものに圧を掛けてくるかもしれねえ」
狼狽する山崎を視界に収めつつ、淡々とした口調で話を続ける。
「そのせいで真選組にまで害が及ぶようなら、俺のことは見捨ててくれていい。お前達が護らなきゃならねェのは、何をおいても近藤さんだ。あの人さえいれば、真選組は無くならねェからな」
言いながら土方は、フッと小さく笑みをこぼして見せた。
話の内容とは裏腹に穏やかな表情を見せられ、山崎はどう返答したらいいのか正解が分からず、何も答えられないでいる。
そんな部下の心情を理解している土方もまた、静かに返答を待ち続ける。
束の間の沈黙の後、背中に嫌な汗をかきながらも山崎は意を決した。
自身の膝の上で握った拳に力を込め、すうっと息を吸ってから、しっかりと土方と視線を合わせる。
「・・・・・・分かりました。何があっても、必ず局長を護ります」
「ああ、頼んだぜ。話はこれで終わりだ。引き続き任務にあたってくれ」
「はい! それじゃあ失礼します」
正しい部下の姿勢で部屋を去る意を告げた山崎だったが、障子戸へと歩き出したところでふと足を止めた。
ある ことが気になってしまったからだ。
「あの・・・・・・副長、一つ訊いてもいいですか」
くるりと振り返り、怪訝な表情で自分を見つめている土方に声を掛ける。
「あ? なんだ、どうした」
「さっきの話なんですが・・・・・・その、副長にもしものことがあればって。どうして、沖田隊長には言わないんですか?」
どうして自分に、という気持ちも僅かながらある。
だがそれよりも、何故沖田にそれを頼まないのかと山崎は不思議に思ったのだ。
近藤を護るということなら、気持ちの上でも剣の腕でも、沖田の右に出る者はいないだろう。
山崎からの疑問を受けた土方は、盛大に溜息を落として言葉を返す。
「言うわけねーだろ。考えてもみろ、もしこんな頼みアイツにしたら・・・」
そのシチュエーションを想像したのだろうか。
分かりやすく眉間に皺を寄せて、呆れ混じりに言葉を繋げる。
「もしもの時じゃなくても、嬉々として俺を見捨てようとするだろうからな」
言い終えた途端、土方はクッと小さく笑いを漏らした。
その姿に気が緩んだ山崎もまた、込み上げる笑いを喉の奥で殺しながら、軽く頭を下げて部屋をあとにした。
部下の発言を受けて土方は、手元の煙草を灰皿に休ませ、胸の前で太い腕を組んだ。
平時の無愛想な表情で、複雑な面持ちの山崎を見据える。
「心配いらねェよ。あの女はテメェが消されるリスクを負ってまで、奴等の不正の証拠を手に俺に接触してきたんだ。そうまでしてもあの男・・・・・・安藤に復讐したいんだろう」
「そりゃァまあ、彼女の生い立ちからこれまでの経緯を聞けば、復讐に燃えるのも分からないではないですけど・・・・・・」
雪乃への不信感を拭い切れない山崎を尻目に、腕組みを解いた土方が、灰皿の煙草へと手を伸ばしながら低い声音で呟いた。
「・・・俺には分かるぜ、アイツの気持ちがよ」
長い指で摘んだ煙草を形の良い唇に咥えて、煙を吐くと同時に言葉を放つ。
「俺も紗己を護るためなら、どんな手を使ってでも奴等を潰すし、誰にどう思われようが何にだって縋るさ」
「副長・・・」
山崎には返す言葉が思い付かなかった。
鬼の副長と呼ばれるに相応しい鋭さを持った土方の双眸に、激しい怒りの炎が宿っていたからだ。
複雑な面持ちの部下の視線を感じながら、土方は静かな動作で煙草をひと吸いして深く吐息した。
湧き上がる怒りを鎮めるためだ。
作戦通りに事を運ぶには、冷静でいなければならない――。
気を抜けばすぐに顔を出してくる行き場のない怒りの感情を、どうにか胸の内に押し込めた土方は、指に挟んだ煙草をくゆらせながら、こともなげに言い放つ。
「あの女は、復讐を果たすために俺に縋った。こっちはアイツの持ってる情報と証拠が無けりゃ、奴等を潰せねえ。利害は一致してんだ、裏切る理由はねーだろ」
「まあ、確かにそうですね。利害の一致・・・今は、彼女を信用するしかないですもんね」
言葉ほどには、完全に信用していないのだろう。
なおも複雑な表情を浮かべる部下に対し、土方は内心僅かに感心していた。
監察という立場に就いているため、その対象に簡単に飲まれてはいけないという意識が常に働いているのだろう。
疑うことを忘れず、一歩引いた立ち位置で居続ける山崎の在り方は、監察の本質と言える。
「・・・お前、結構使えるよな」
何気なくぽつり呟いてみると、その真意を知らない山崎が不思議そうに問い掛けてきた。
「え、何がですか」
「いや、何でもねーよ」
口端を上げてそう言うと、土方は手元の煙草を灰皿に押し付けた。
ジュッ・・・と火種が音を立てて消えていく。
土方は苦い匂いを纏った指先でトトンと座卓の天板を叩くと、静かに吐息してから鋭い眼差しを山崎に向けた。
「山崎、お前に一つ頼みがある。お前にしか言わねェから、心して聞いてくれ」
「えっ、どうしたんですか? そんな改まって・・・・・・」
神妙な面持ちの上官を前にすれば、きっと誰でも今の山崎と同じように臆してしまうことだろう。
それを理解した上で土方は、普段から滲み出ている威圧感を更に強調するが如く、ぐっと背筋を伸ばし胸を張り、強い眼差しで山崎を見据えた。
「俺ァ何が何でも、どんなことをしてでも奴等を潰す。二度と紗己に火の粉が降り掛からねェようにな。だが、今回の件で俺の存在が真選組の足枷になるようなら・・・・・・そん時は俺のことは見捨てろ」
「え、ちょっ、何言ってんですか副長・・・」
「敵は幕府の高官だ。どこまで根回ししてるか分からんが、場合によっちゃァ真選組そのものに圧を掛けてくるかもしれねえ」
狼狽する山崎を視界に収めつつ、淡々とした口調で話を続ける。
「そのせいで真選組にまで害が及ぶようなら、俺のことは見捨ててくれていい。お前達が護らなきゃならねェのは、何をおいても近藤さんだ。あの人さえいれば、真選組は無くならねェからな」
言いながら土方は、フッと小さく笑みをこぼして見せた。
話の内容とは裏腹に穏やかな表情を見せられ、山崎はどう返答したらいいのか正解が分からず、何も答えられないでいる。
そんな部下の心情を理解している土方もまた、静かに返答を待ち続ける。
束の間の沈黙の後、背中に嫌な汗をかきながらも山崎は意を決した。
自身の膝の上で握った拳に力を込め、すうっと息を吸ってから、しっかりと土方と視線を合わせる。
「・・・・・・分かりました。何があっても、必ず局長を護ります」
「ああ、頼んだぜ。話はこれで終わりだ。引き続き任務にあたってくれ」
「はい! それじゃあ失礼します」
正しい部下の姿勢で部屋を去る意を告げた山崎だったが、障子戸へと歩き出したところでふと足を止めた。
「あの・・・・・・副長、一つ訊いてもいいですか」
くるりと振り返り、怪訝な表情で自分を見つめている土方に声を掛ける。
「あ? なんだ、どうした」
「さっきの話なんですが・・・・・・その、副長にもしものことがあればって。どうして、沖田隊長には言わないんですか?」
どうして自分に、という気持ちも僅かながらある。
だがそれよりも、何故沖田にそれを頼まないのかと山崎は不思議に思ったのだ。
近藤を護るということなら、気持ちの上でも剣の腕でも、沖田の右に出る者はいないだろう。
山崎からの疑問を受けた土方は、盛大に溜息を落として言葉を返す。
「言うわけねーだろ。考えてもみろ、もしこんな頼みアイツにしたら・・・」
そのシチュエーションを想像したのだろうか。
分かりやすく眉間に皺を寄せて、呆れ混じりに言葉を繋げる。
「もしもの時じゃなくても、嬉々として俺を見捨てようとするだろうからな」
言い終えた途端、土方はクッと小さく笑いを漏らした。
その姿に気が緩んだ山崎もまた、込み上げる笑いを喉の奥で殺しながら、軽く頭を下げて部屋をあとにした。