第九章
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――――――
宿泊先の旅館の一室で、土方はぐっと伸びをしてから畳にドサッと寝転んだ。手にしていた携帯電話のディスプレイで、現在の時刻を確認する。
「八時半か・・・」
低く呟き再度伸びをすると、腹筋を使ってサッと身体を起こした。
今日は出張一日目。予定は滞りなく進み、もう夕飯も風呂も済ませたところだ。
共に出張に来ている護衛役の隊士二名は、隣の部屋に二人で宿泊することになっている。今頃はきっと、羽を休めるために缶ビール片手に過ごしていることだろう。
翌日の仕事に差し支えなければ、多少の息抜きくらいは問題無い。土方は部下達の部屋がある方の壁に視線を向けると、フッと小さく笑ってから座卓の上の煙草とライターに手を伸ばした。
火を点けた煙草を形の良い唇で咥え、フゥッと天井に向けて紫煙を吐き出す。煙が消えて徐々にくっきりと見えだした木目を鋭い双眸で追いながら、畳に置いていた携帯電話を手に取った。
そろそろ掛けるか。思いながら、ディスプレイに屯所の食堂直通の番号を出した。そこに掛けると自室を出る際に紗己には伝えておいたので、きっともう準備をして待っているはずだ。
本当は私室直通の電話があればいいのだが、今のところ妻との連絡手段は、屯所の電話のみ。自分には携帯電話があるが、紗己にも持たせたほうがいいだろうか。
そんなことを考えながら、通話ボタンを押してコール音に耳を傾ける。
数回プルルル・・・と鳴ってから、ノイズ音と共に電話が繋がった。
『もしもし』
スピーカーから聞こえてきた野太い声に、土方は眉をしかめる。
「土方だ」
『あっ、副長! お疲れ様っス!』
「おう。あーその、紗己はいるか」
『紗己ちゃんなら、今厠に行ってます! もうすぐ戻って・・・あ、戻ってきました!』
電話の向こう側で何やらゴソゴソと音がして、数秒ののち耳慣れた優しい声が土方の耳に届いた。
『お待たせしました、お疲れ様です』
「おう、お疲れ。今、話して大丈夫か?」
『はい、大丈夫ですよ』
「そうか。飯は食ったか?」
『はい、もういただきました。土方さんは、お夕飯済ませました?』
「ああ、もう飯も風呂も済ませたよ。お前は風呂入ったか?」
『いえ、お風呂はまだです』
「そうか」
短く答えると、指に挟んでいた煙草の灰を、灰皿にトン、と落とした。
いつ電話が掛かっても出られるように、風呂を後回しにしたのだろう。紗己の気遣いに表情をゆるませていると、電話の向こうからフフッと可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
「どうした?」
『いえ、こうして電話でお話しするのって、初めてだなぁって思いまして』
「あー、そういやそうだな」
言いながら、土方は紗己との日常を振り返る。
そもそも二人とも同じ屋根の下で働き暮らしているので、関係が進んでからもあえて電話という連絡手段を使う必要が無かったのだ。
まあ、これからは電話もあった方が何かと便利だよな。今後のことをぼんやりと考えていると、また電話の向こう側で紗己の可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
「紗己? どうした、随分と楽しそうだな」
『はい、こうして土方さんと話せるのが嬉しくって』
「そ、そうか」
『でも、なんだかちょっと・・・くすぐったい気分ですね』
声からもその照れた様子が伝わり、土方の携帯電話を握る手にも思わず力がこもる。
可愛すぎるだろ! 心の中で思い切り叫んでから、気持ちを落ち着かせて会話を続ける。
「あ、あーその、体調はどうだ」
『はい、いつも通りです。元気ですよ。土方さんは、お仕事順調ですか?』
「ああ、今日のところはまあまあ順調だな」
『そうですか、良かったです』
柔らかな声に耳を傾けつつ、土方は煙草をひと吸いして煙をゆっくりと吐き出した。胡座を崩して片膝を立て、室内をぐるりと見回す。
床の間を除きおよそ十畳程の和室には、座卓とテレビ、そして小さな冷蔵庫が備え付けられている。所謂、ごくごくありふれた旅館の一室だ。
土方は何気なく、冷蔵庫の横に置かれてある盆に目を向けた。そこには急須と湯呑み、そして木製の菓子器が載せられている。
そう言えば――訊かなければいけないことがあったのを思い出した。
「そういや紗己、今日万事屋に菓子折り持ってったのか?」
『はい、昼過ぎに行ってきましたよ』
「それで、ちゃんと籠屋で行ってすぐに帰って来たんだろうな?」
『あの・・・その、ちゃんと籠屋で行きました。でも・・・』
急に口籠りだした電話越しの紗己の様子に、土方の眉間に皺が寄り始める。
「でも・・・なんだよ」
『あの、ちゃんと車は待たせてたんです。でも、銀さんに上がって行けって言われて・・・新八君と神楽ちゃんにも誘われて、それで・・・』
「・・・ガキ共も居たのか?」
『ええ。お仕事の邪魔になったらいけないって思ったんですけど、今日は仕事入ってないから気にするなって言われて。それで私・・・みんなとお話ししたくて・・・』
そう言われてしまうと土方も弱い。手にしていた煙草を灰皿に休ませ、空いた右手で髪を掻き上げて嘆息する。
「・・・帰りはどうしたんだ」
『帰りは歩いたんですけど、 みんなで屯所の前まで送ってくれました』
「・・・そうか。分かった」
少し低めの声で返答すると、電話口の紗己の声が不安を帯びたものに変わった。
『あ、あの・・・土方さん、怒ってますか・・・・・・?』
「何でそう思うんだよ」
『それはその・・・私、すぐに帰らなかったから・・・』
愛しい妻の悲しげな声が耳に届き、どうにも居た堪れない気持ちになった土方は、大きな溜め息を一つ落としてから穏やかな口調を心掛けて話し出した。
「別に怒ってねーよ」
『ほんと・・・ですか?』
「ああ。仕事の邪魔になってなかったんなら、まあいいんじゃねェか」
仕事の邪魔をしちゃいけないなんて言った手前、仕事が無かったのなら文句の言いようがない。それに銀時と紗己が二人きりになったわけでもないのだから、これと言って怒る理由が土方には無いのだ。
とはいえ、紗己が銀時と会うことを快く思っている訳では無い。けれど、この出張中に紗己が少しでも寂しい思いをせずに過ごせるのなら、それに越したことはないとも思っている。
土方は銀時への僅かな嫉妬心を胸の内に仕舞い込むと、静かに吐息してスッと気持ちを切り替えた。
「ところで、このあとの予定は風呂に入ってあとはもう寝るだけか?」
『え? あ、はい、そうです』
受話器から聞こえる土方の声の調子は普段と変わらず、問い掛けられた内容に返答しながらも、本当に怒ってなかったんだと紗己は胸を撫で下ろす。
その様子を感じ取ったのだろう。土方は穏やかな表情で灰皿から煙草を摘み取ると、それを軽く吸ってから、
「これで一日目が終わるな」
煙を吐き出すと同時に言った。そして障子を開けた窓の向こう、夜に溶け込んだ町を青く照らす月を眺めながら言葉を続ける。
「あと二日だ。あと二日、今日と同じように過ごしたら、その翌日の夜には帰れる」
そう言って土方は煙草を燻らせて小さく笑った。
普段ならば、何も考えなくても一日なんてあっという間に過ぎていくのに、今はただ三日後の夜が待ち遠しくて堪らない。
『ふふ、そう考えるとあっという間ですね』
電話越しに紗己が、またクスクスと可愛らしく笑った。いつもと変わらない柔らかな声が聞けたことに、土方は内心安堵する。
紗己が寂しい思いをしていないか、土方にとってはそのことがこの出張での一番の気掛かりなのだ。
土方は短くなった煙草を最後にひと吸いしてから、それを灰皿に押し付け、静かな口調で訊ねる。
「紗己、寂しくねェか」
『・・・』
一瞬の沈黙の後、小さく吐息してから紗己は「大丈夫です」と言った。
穏やかな笑みを浮かべ、そう答える紗己の姿が容易に想像出来る。だからこそ土方は、彼女に本音を言わせたいのだ。自分が彼女を求めるように、彼女からももっと求められたいと思ってしまう。
「俺は寂しいよ、お前と離れてるのは」
そっと両目を閉じて、紗己の笑顔を思い出しながら言ってみる。すると感傷に浸る土方の耳に、紗己の驚きの声が届けられた。
『えっ、あ、あの・・・っ』
こんなふうに素直な気持ちを伝えられるとは思っていなかったのだろう。紗己は言葉を詰まらせつつ、小さく深呼吸をしてから恥ずかしそうに言葉を返す。
『わっ、私も・・・寂しい、です』
愛しい妻が自分と同じ気持ちで居てくれている。そう思わせてくれる言葉に顔を綻ばせた土方だったが、次の瞬間、その表情は引き攣り固まってしまった。
電話口の向こうで、何やら愉しげな男達の声が聞こえてくるではないか。よくよく耳を澄ましてみれば、自分達夫婦の会話を囃し立てられているようだ。
どうやら紗己が言った「私も寂しい」という言葉から、自分が紗己に対して「寂しい」と言っていたと推測されたのだろうと、改めて気付く。
「お、おい紗己・・・」
『はい?』
「今、食堂にお前以外何人くらいいるんだ・・・」
背中に嫌な汗をかきながら訊ねる。すると紗己は受話器を耳に当てたまま、くるりと振り返ってその場に居る隊士達の人数を数え始めた。
『えっと・・・今ここにいらっしゃるのは、十三人ですね』
「十三人っ!? な、なんでそんなに・・・」
紗己から伝えられた人数の多さに、土方は驚きを隠せない。
普段なら、この時間はもう殆どの隊士達が食事を終えて、風呂か各自部屋で寛いでいる。それなのに、何故そんなにも多くの隊士がそこに集まっているのかと考えた途端、土方は思わず言葉を飲み込んでしまった。
これ絶対、俺達の会話を推測して愉しんでんだろ!
食堂で何をするでもなく、紗己が電話をしている姿を眺めてニヤニヤとしている隊士達。そう、彼らは土方の予想通り、紗己が電話口で話す内容から、鬼の副長が妻相手に何を話しているのかを推測して楽しんでいたのだ。
まさかの事態に顔を真っ赤にして恥ずかしさに悶る土方だが、隊士達を一人ひとり電話口に出させて怒鳴り付けるわけにもいかない。
「紗己、お前気付かなかったのかよ・・・」
やや呆れ気味に呟くと、紗己はキョトンとした声で答える。
『え、何がですか?』
「いや、何でもねェ・・・」
力無くそう言うと、土方は髪を掻き上げながら背中を丸めて嘆息した。
――――――
その後、紗己との電話を早々に終わらせた土方は、すぐさま近藤と連絡を取り、この出張期間中のみという条件で近藤から許可を得て、隊内で緊急時に利用するための予備の携帯電話を一台、紗己に渡してもらった。
おかげでその後三日間は、自室に居る紗己と電話をすることが出来たため、夫婦のやり取りを隊士達に囃し立てられる事もなかった。
こうして携帯電話のありがたみを再認識した土方は、次の非番の際には何が何でも紗己の携帯電話を買いに行くぞと心に誓ったのであった。
宿泊先の旅館の一室で、土方はぐっと伸びをしてから畳にドサッと寝転んだ。手にしていた携帯電話のディスプレイで、現在の時刻を確認する。
「八時半か・・・」
低く呟き再度伸びをすると、腹筋を使ってサッと身体を起こした。
今日は出張一日目。予定は滞りなく進み、もう夕飯も風呂も済ませたところだ。
共に出張に来ている護衛役の隊士二名は、隣の部屋に二人で宿泊することになっている。今頃はきっと、羽を休めるために缶ビール片手に過ごしていることだろう。
翌日の仕事に差し支えなければ、多少の息抜きくらいは問題無い。土方は部下達の部屋がある方の壁に視線を向けると、フッと小さく笑ってから座卓の上の煙草とライターに手を伸ばした。
火を点けた煙草を形の良い唇で咥え、フゥッと天井に向けて紫煙を吐き出す。煙が消えて徐々にくっきりと見えだした木目を鋭い双眸で追いながら、畳に置いていた携帯電話を手に取った。
そろそろ掛けるか。思いながら、ディスプレイに屯所の食堂直通の番号を出した。そこに掛けると自室を出る際に紗己には伝えておいたので、きっともう準備をして待っているはずだ。
本当は私室直通の電話があればいいのだが、今のところ妻との連絡手段は、屯所の電話のみ。自分には携帯電話があるが、紗己にも持たせたほうがいいだろうか。
そんなことを考えながら、通話ボタンを押してコール音に耳を傾ける。
数回プルルル・・・と鳴ってから、ノイズ音と共に電話が繋がった。
『もしもし』
スピーカーから聞こえてきた野太い声に、土方は眉をしかめる。
「土方だ」
『あっ、副長! お疲れ様っス!』
「おう。あーその、紗己はいるか」
『紗己ちゃんなら、今厠に行ってます! もうすぐ戻って・・・あ、戻ってきました!』
電話の向こう側で何やらゴソゴソと音がして、数秒ののち耳慣れた優しい声が土方の耳に届いた。
『お待たせしました、お疲れ様です』
「おう、お疲れ。今、話して大丈夫か?」
『はい、大丈夫ですよ』
「そうか。飯は食ったか?」
『はい、もういただきました。土方さんは、お夕飯済ませました?』
「ああ、もう飯も風呂も済ませたよ。お前は風呂入ったか?」
『いえ、お風呂はまだです』
「そうか」
短く答えると、指に挟んでいた煙草の灰を、灰皿にトン、と落とした。
いつ電話が掛かっても出られるように、風呂を後回しにしたのだろう。紗己の気遣いに表情をゆるませていると、電話の向こうからフフッと可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
「どうした?」
『いえ、こうして電話でお話しするのって、初めてだなぁって思いまして』
「あー、そういやそうだな」
言いながら、土方は紗己との日常を振り返る。
そもそも二人とも同じ屋根の下で働き暮らしているので、関係が進んでからもあえて電話という連絡手段を使う必要が無かったのだ。
まあ、これからは電話もあった方が何かと便利だよな。今後のことをぼんやりと考えていると、また電話の向こう側で紗己の可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
「紗己? どうした、随分と楽しそうだな」
『はい、こうして土方さんと話せるのが嬉しくって』
「そ、そうか」
『でも、なんだかちょっと・・・くすぐったい気分ですね』
声からもその照れた様子が伝わり、土方の携帯電話を握る手にも思わず力がこもる。
可愛すぎるだろ! 心の中で思い切り叫んでから、気持ちを落ち着かせて会話を続ける。
「あ、あーその、体調はどうだ」
『はい、いつも通りです。元気ですよ。土方さんは、お仕事順調ですか?』
「ああ、今日のところはまあまあ順調だな」
『そうですか、良かったです』
柔らかな声に耳を傾けつつ、土方は煙草をひと吸いして煙をゆっくりと吐き出した。胡座を崩して片膝を立て、室内をぐるりと見回す。
床の間を除きおよそ十畳程の和室には、座卓とテレビ、そして小さな冷蔵庫が備え付けられている。所謂、ごくごくありふれた旅館の一室だ。
土方は何気なく、冷蔵庫の横に置かれてある盆に目を向けた。そこには急須と湯呑み、そして木製の菓子器が載せられている。
そう言えば――訊かなければいけないことがあったのを思い出した。
「そういや紗己、今日万事屋に菓子折り持ってったのか?」
『はい、昼過ぎに行ってきましたよ』
「それで、ちゃんと籠屋で行ってすぐに帰って来たんだろうな?」
『あの・・・その、ちゃんと籠屋で行きました。でも・・・』
急に口籠りだした電話越しの紗己の様子に、土方の眉間に皺が寄り始める。
「でも・・・なんだよ」
『あの、ちゃんと車は待たせてたんです。でも、銀さんに上がって行けって言われて・・・新八君と神楽ちゃんにも誘われて、それで・・・』
「・・・ガキ共も居たのか?」
『ええ。お仕事の邪魔になったらいけないって思ったんですけど、今日は仕事入ってないから気にするなって言われて。それで私・・・みんなとお話ししたくて・・・』
そう言われてしまうと土方も弱い。手にしていた煙草を灰皿に休ませ、空いた右手で髪を掻き上げて嘆息する。
「・・・帰りはどうしたんだ」
『帰りは歩いたんですけど、 みんなで屯所の前まで送ってくれました』
「・・・そうか。分かった」
少し低めの声で返答すると、電話口の紗己の声が不安を帯びたものに変わった。
『あ、あの・・・土方さん、怒ってますか・・・・・・?』
「何でそう思うんだよ」
『それはその・・・私、すぐに帰らなかったから・・・』
愛しい妻の悲しげな声が耳に届き、どうにも居た堪れない気持ちになった土方は、大きな溜め息を一つ落としてから穏やかな口調を心掛けて話し出した。
「別に怒ってねーよ」
『ほんと・・・ですか?』
「ああ。仕事の邪魔になってなかったんなら、まあいいんじゃねェか」
仕事の邪魔をしちゃいけないなんて言った手前、仕事が無かったのなら文句の言いようがない。それに銀時と紗己が二人きりになったわけでもないのだから、これと言って怒る理由が土方には無いのだ。
とはいえ、紗己が銀時と会うことを快く思っている訳では無い。けれど、この出張中に紗己が少しでも寂しい思いをせずに過ごせるのなら、それに越したことはないとも思っている。
土方は銀時への僅かな嫉妬心を胸の内に仕舞い込むと、静かに吐息してスッと気持ちを切り替えた。
「ところで、このあとの予定は風呂に入ってあとはもう寝るだけか?」
『え? あ、はい、そうです』
受話器から聞こえる土方の声の調子は普段と変わらず、問い掛けられた内容に返答しながらも、本当に怒ってなかったんだと紗己は胸を撫で下ろす。
その様子を感じ取ったのだろう。土方は穏やかな表情で灰皿から煙草を摘み取ると、それを軽く吸ってから、
「これで一日目が終わるな」
煙を吐き出すと同時に言った。そして障子を開けた窓の向こう、夜に溶け込んだ町を青く照らす月を眺めながら言葉を続ける。
「あと二日だ。あと二日、今日と同じように過ごしたら、その翌日の夜には帰れる」
そう言って土方は煙草を燻らせて小さく笑った。
普段ならば、何も考えなくても一日なんてあっという間に過ぎていくのに、今はただ三日後の夜が待ち遠しくて堪らない。
『ふふ、そう考えるとあっという間ですね』
電話越しに紗己が、またクスクスと可愛らしく笑った。いつもと変わらない柔らかな声が聞けたことに、土方は内心安堵する。
紗己が寂しい思いをしていないか、土方にとってはそのことがこの出張での一番の気掛かりなのだ。
土方は短くなった煙草を最後にひと吸いしてから、それを灰皿に押し付け、静かな口調で訊ねる。
「紗己、寂しくねェか」
『・・・』
一瞬の沈黙の後、小さく吐息してから紗己は「大丈夫です」と言った。
穏やかな笑みを浮かべ、そう答える紗己の姿が容易に想像出来る。だからこそ土方は、彼女に本音を言わせたいのだ。自分が彼女を求めるように、彼女からももっと求められたいと思ってしまう。
「俺は寂しいよ、お前と離れてるのは」
そっと両目を閉じて、紗己の笑顔を思い出しながら言ってみる。すると感傷に浸る土方の耳に、紗己の驚きの声が届けられた。
『えっ、あ、あの・・・っ』
こんなふうに素直な気持ちを伝えられるとは思っていなかったのだろう。紗己は言葉を詰まらせつつ、小さく深呼吸をしてから恥ずかしそうに言葉を返す。
『わっ、私も・・・寂しい、です』
愛しい妻が自分と同じ気持ちで居てくれている。そう思わせてくれる言葉に顔を綻ばせた土方だったが、次の瞬間、その表情は引き攣り固まってしまった。
電話口の向こうで、何やら愉しげな男達の声が聞こえてくるではないか。よくよく耳を澄ましてみれば、自分達夫婦の会話を囃し立てられているようだ。
どうやら紗己が言った「私も寂しい」という言葉から、自分が紗己に対して「寂しい」と言っていたと推測されたのだろうと、改めて気付く。
「お、おい紗己・・・」
『はい?』
「今、食堂にお前以外何人くらいいるんだ・・・」
背中に嫌な汗をかきながら訊ねる。すると紗己は受話器を耳に当てたまま、くるりと振り返ってその場に居る隊士達の人数を数え始めた。
『えっと・・・今ここにいらっしゃるのは、十三人ですね』
「十三人っ!? な、なんでそんなに・・・」
紗己から伝えられた人数の多さに、土方は驚きを隠せない。
普段なら、この時間はもう殆どの隊士達が食事を終えて、風呂か各自部屋で寛いでいる。それなのに、何故そんなにも多くの隊士がそこに集まっているのかと考えた途端、土方は思わず言葉を飲み込んでしまった。
これ絶対、俺達の会話を推測して愉しんでんだろ!
食堂で何をするでもなく、紗己が電話をしている姿を眺めてニヤニヤとしている隊士達。そう、彼らは土方の予想通り、紗己が電話口で話す内容から、鬼の副長が妻相手に何を話しているのかを推測して楽しんでいたのだ。
まさかの事態に顔を真っ赤にして恥ずかしさに悶る土方だが、隊士達を一人ひとり電話口に出させて怒鳴り付けるわけにもいかない。
「紗己、お前気付かなかったのかよ・・・」
やや呆れ気味に呟くと、紗己はキョトンとした声で答える。
『え、何がですか?』
「いや、何でもねェ・・・」
力無くそう言うと、土方は髪を掻き上げながら背中を丸めて嘆息した。
――――――
その後、紗己との電話を早々に終わらせた土方は、すぐさま近藤と連絡を取り、この出張期間中のみという条件で近藤から許可を得て、隊内で緊急時に利用するための予備の携帯電話を一台、紗己に渡してもらった。
おかげでその後三日間は、自室に居る紗己と電話をすることが出来たため、夫婦のやり取りを隊士達に囃し立てられる事もなかった。
こうして携帯電話のありがたみを再認識した土方は、次の非番の際には何が何でも紗己の携帯電話を買いに行くぞと心に誓ったのであった。