序章③
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――――――
「なあ紗己、お前なんで真選組で働こうと思ったの? あれか、やっぱ制服効果か? 女ってなーんでだか制服好きだねェ」
制服着てりゃそれだけで割り増しだからなー、なんてふてくされ気味に言うと、銀時は3つめのいちごパフェに手を出した。
やる気の無さそうな表情でありながら、満足気に甘味を口へ運び続ける銀時の姿にやや圧倒されつつ、紗己はミルクティーを一口飲んでからグラスをコースターへと戻す。
「制服? 隊服ってことですか? まさか、そんな事で仕事選んだりしませんよ。私が着るわけじゃないですから」
僅かに首を傾げながら答えた。
やはりというか、紗己の答えはどうにもポイントが少々ずれている。
これまで紗己との会話の際に時折感じていた違和感のようなものが、彼女の生来の鈍感さであることに、銀時はようやく気付き苦笑した。
「お前みたいなわっかい娘がさー、危険だよあんな野蛮な野郎どもの巣で暮らしてちゃあ」
「そんな・・・私、真選組の皆さんのお世話が出来て、毎日楽しいんです」
少しはにかんで、グラスに挿しているストローで中身をかき混ぜた。カラン、と氷が小さく音を立てる。
「お世話ねえー。んで、一番たくさんお世話してやってんのが、あのマヨネーズ馬鹿ってわけか」
スプーンに山盛り乗せた生クリームを頬張ると、銀時はにやけた顔を見せた。紗己の話というよりも、必然的についてくる、土方の紗己への態度にやたらと興味があるらしい。
「一番たくさんかは分からないけど、これも恩返しみたいなものですから」
穏やかな表情を浮かべる紗己だが、銀時の言った『マヨネーズ馬鹿』を、当然のように土方だと認識しているようだ。
「恩返し? なんだそれ、何かアイツに借りでもあんの?」
「以前、町中で危ないところを助けてもらったんです」
紗己の発言に、えらくしょっちゅう危険な目に遭う女だと銀時はうっすらと思った。しかしそのことに突っ込むと話が逸れて長くなりそうなので、要点だけを彼女に訊ねる。
「それがあのニコチン中毒だったってか」
「その時は着流し姿だったんで、真選組の方とは分からなかったんですけど」
当時のことを思い出しているのか、伏し目がちに柔らかく微笑む紗己。
出会いの経緯はいざ知らず、またも銀時の『ニコチン中毒』をちゃんと土方だと認識している。彼が他の者達になんと揶揄されているのか、知ってはいるらしい。
それは今年の春先の出来事だった。
紗己は江戸で働く同郷の友人に会うために、所用で江戸へ出向くことになっていた自身の父親と共に、江戸に出て来ていた。
友人と会うために、その時間帯は父親と別行動をしていた紗己は、待ち合わせ場所へ向かう途中、突然ガラの悪い連中に難癖を付けられた。
右も左も分からない田舎娘は、どうしていいか分からず恐怖に身を竦ませていた。そこに、腰に刀を携えた黒い着流し姿の男が通り掛かり、あっという間に連中を蹴散らしたのだという。
男は連中の姿が見えなくなったことを確認すると、呆然としている紗己を軽く一瞥し、「怪我はねーか」とだけ訊ねた。それに紗己がはいと返事をすると、「そうか」とだけ言い残してその場を去ったのだ。
紗己は当時のことを振り返り、周りにいた女性たちが『真選組の副長さんだわ!』と騒いでいたので、その男が土方十四郎と知ったのだと付け足した。
「へえ、そんな事があったのか」
「ええ。すごく感謝してるんです。だから御礼言いたかったんですけど、すぐに行ってしまわれたんで声も掛けられなくて」
紗己はその時の事を思い出すように、ゆっくりと瞳を閉じた。
「んじゃあ、もう礼は言ったのか」
銀時の問いに、紗己は静かに首を横に振る。
「まだ言えてないんです。あの時も言えずにその後家に戻ったら、父が真選組にいる遠い知り合いの方の話をしているのを偶然聞いて。それで父に何とかお願いして、真選組で女中として働けるように口添えしてもらったんです。御礼の代わりに、少しでもお役に立てればって思って」
「・・・父親ってのは、どうしてか娘のおねだりに弱いモンだねー。んで、何でまだ礼言えてねーの、アイツお前の事覚えてなかったの?」
昨日の土方の紗己への態度を思い出し、あれはどう見ても彼女に対し特別な感情を抱いているようにしか見えないと銀時は思っている。
春先の紗己との偶然の出逢いが、土方に何かしら影響を及ぼしたのかと思ったのだが。
「覚えてないと思いますよ。私、その頃今より髪も長くて、日本髪に結い上げてましたから」
言いながら、紗己は肩に掛かるくらいの長さの髪を、すっと耳に掛けた。
田舎に居た頃はずっと髪を結い上げていたのだが、女中として働くにあたり、手間の掛からない髪型にしようと日本髪をやめて髪も切ったのだと言う。
確かに、髪型がそうまで変われば、見た目の印象も全然違ってくるだろう。
気付かねーのも当然か。紗己の話に納得した銀時は、パフェのグラスを手に取ると、残り少なくなった中身をかき込んだ。
グラスは空になり、満足しきった銀時の口から甘い息が漏れる。
「それにしても、なかなか縁があるじゃねーかお二人さん。言ってやれば? あの馬鹿、単細胞だから喜ぶと思うぜ」
老婆心ながらも、銀時は彼女の健気な心に打たれてしまった。どうせ子をもつならこんな素直な娘がいい、とぼんやり思う。
だがすぐに、
「あー、でもやっぱ他の男に取られんのやだしなー」
言いながら、ソファの背もたれに大きな背中を預けた。
その一連の動作を向かいから見ていた紗己は、突然の銀時の発言に不思議そうに首を捻る。
「え、何がですか?」
「ああ、娘をもつ父親の気持ち」
娘も何も、子供を育てる生活基盤さえ怪しいのだが。
軽く父親気分を味わったところで銀時は、まだ意味が分からずに少し困った顔をしている紗己を見て小さく笑うと、元の話題へと軌道修正した。
「俺としてはあの野郎はあんまりオススメしたくはねーけど、紗己、お前アイツがいいんだろ?」
その言葉に、紗己は今日一番の笑顔を見せた。
「副長さんは、私の恩人で憧れの人なんです」
「なあ紗己、お前なんで真選組で働こうと思ったの? あれか、やっぱ制服効果か? 女ってなーんでだか制服好きだねェ」
制服着てりゃそれだけで割り増しだからなー、なんてふてくされ気味に言うと、銀時は3つめのいちごパフェに手を出した。
やる気の無さそうな表情でありながら、満足気に甘味を口へ運び続ける銀時の姿にやや圧倒されつつ、紗己はミルクティーを一口飲んでからグラスをコースターへと戻す。
「制服? 隊服ってことですか? まさか、そんな事で仕事選んだりしませんよ。私が着るわけじゃないですから」
僅かに首を傾げながら答えた。
やはりというか、紗己の答えはどうにもポイントが少々ずれている。
これまで紗己との会話の際に時折感じていた違和感のようなものが、彼女の生来の鈍感さであることに、銀時はようやく気付き苦笑した。
「お前みたいなわっかい娘がさー、危険だよあんな野蛮な野郎どもの巣で暮らしてちゃあ」
「そんな・・・私、真選組の皆さんのお世話が出来て、毎日楽しいんです」
少しはにかんで、グラスに挿しているストローで中身をかき混ぜた。カラン、と氷が小さく音を立てる。
「お世話ねえー。んで、一番たくさんお世話してやってんのが、あのマヨネーズ馬鹿ってわけか」
スプーンに山盛り乗せた生クリームを頬張ると、銀時はにやけた顔を見せた。紗己の話というよりも、必然的についてくる、土方の紗己への態度にやたらと興味があるらしい。
「一番たくさんかは分からないけど、これも恩返しみたいなものですから」
穏やかな表情を浮かべる紗己だが、銀時の言った『マヨネーズ馬鹿』を、当然のように土方だと認識しているようだ。
「恩返し? なんだそれ、何かアイツに借りでもあんの?」
「以前、町中で危ないところを助けてもらったんです」
紗己の発言に、えらくしょっちゅう危険な目に遭う女だと銀時はうっすらと思った。しかしそのことに突っ込むと話が逸れて長くなりそうなので、要点だけを彼女に訊ねる。
「それがあのニコチン中毒だったってか」
「その時は着流し姿だったんで、真選組の方とは分からなかったんですけど」
当時のことを思い出しているのか、伏し目がちに柔らかく微笑む紗己。
出会いの経緯はいざ知らず、またも銀時の『ニコチン中毒』をちゃんと土方だと認識している。彼が他の者達になんと揶揄されているのか、知ってはいるらしい。
それは今年の春先の出来事だった。
紗己は江戸で働く同郷の友人に会うために、所用で江戸へ出向くことになっていた自身の父親と共に、江戸に出て来ていた。
友人と会うために、その時間帯は父親と別行動をしていた紗己は、待ち合わせ場所へ向かう途中、突然ガラの悪い連中に難癖を付けられた。
右も左も分からない田舎娘は、どうしていいか分からず恐怖に身を竦ませていた。そこに、腰に刀を携えた黒い着流し姿の男が通り掛かり、あっという間に連中を蹴散らしたのだという。
男は連中の姿が見えなくなったことを確認すると、呆然としている紗己を軽く一瞥し、「怪我はねーか」とだけ訊ねた。それに紗己がはいと返事をすると、「そうか」とだけ言い残してその場を去ったのだ。
紗己は当時のことを振り返り、周りにいた女性たちが『真選組の副長さんだわ!』と騒いでいたので、その男が土方十四郎と知ったのだと付け足した。
「へえ、そんな事があったのか」
「ええ。すごく感謝してるんです。だから御礼言いたかったんですけど、すぐに行ってしまわれたんで声も掛けられなくて」
紗己はその時の事を思い出すように、ゆっくりと瞳を閉じた。
「んじゃあ、もう礼は言ったのか」
銀時の問いに、紗己は静かに首を横に振る。
「まだ言えてないんです。あの時も言えずにその後家に戻ったら、父が真選組にいる遠い知り合いの方の話をしているのを偶然聞いて。それで父に何とかお願いして、真選組で女中として働けるように口添えしてもらったんです。御礼の代わりに、少しでもお役に立てればって思って」
「・・・父親ってのは、どうしてか娘のおねだりに弱いモンだねー。んで、何でまだ礼言えてねーの、アイツお前の事覚えてなかったの?」
昨日の土方の紗己への態度を思い出し、あれはどう見ても彼女に対し特別な感情を抱いているようにしか見えないと銀時は思っている。
春先の紗己との偶然の出逢いが、土方に何かしら影響を及ぼしたのかと思ったのだが。
「覚えてないと思いますよ。私、その頃今より髪も長くて、日本髪に結い上げてましたから」
言いながら、紗己は肩に掛かるくらいの長さの髪を、すっと耳に掛けた。
田舎に居た頃はずっと髪を結い上げていたのだが、女中として働くにあたり、手間の掛からない髪型にしようと日本髪をやめて髪も切ったのだと言う。
確かに、髪型がそうまで変われば、見た目の印象も全然違ってくるだろう。
気付かねーのも当然か。紗己の話に納得した銀時は、パフェのグラスを手に取ると、残り少なくなった中身をかき込んだ。
グラスは空になり、満足しきった銀時の口から甘い息が漏れる。
「それにしても、なかなか縁があるじゃねーかお二人さん。言ってやれば? あの馬鹿、単細胞だから喜ぶと思うぜ」
老婆心ながらも、銀時は彼女の健気な心に打たれてしまった。どうせ子をもつならこんな素直な娘がいい、とぼんやり思う。
だがすぐに、
「あー、でもやっぱ他の男に取られんのやだしなー」
言いながら、ソファの背もたれに大きな背中を預けた。
その一連の動作を向かいから見ていた紗己は、突然の銀時の発言に不思議そうに首を捻る。
「え、何がですか?」
「ああ、娘をもつ父親の気持ち」
娘も何も、子供を育てる生活基盤さえ怪しいのだが。
軽く父親気分を味わったところで銀時は、まだ意味が分からずに少し困った顔をしている紗己を見て小さく笑うと、元の話題へと軌道修正した。
「俺としてはあの野郎はあんまりオススメしたくはねーけど、紗己、お前アイツがいいんだろ?」
その言葉に、紗己は今日一番の笑顔を見せた。
「副長さんは、私の恩人で憧れの人なんです」