第十一章
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――――――
「なあ紗己、お前疲れてねーのか。向こうで休んでても構わねーけど」
冷蔵庫から取り出した野菜を水洗いしている銀時が、隣で下処理の済んだ材料を切っている紗己に声を掛けた。
紗己は手際よく切り終えた食材をサッと鍋に移し入れると、銀時の方に向き直り、柔らかく微笑んだ。
「大丈夫です、疲れてないですよ。銀さんさえ迷惑でなければ、このままお手伝いしていたいんですけど、いいですか?」
「迷惑とかじゃねーけど。まァ、お前が大丈夫だったらそれでいいよ」
相変わらずのやる気の無さ気な表情で言葉を返し、軽く水を切った野菜を紗己に渡す。
彼女はありがとうございます、と言ってそれを受け取り、食べやすい大きさに切り始めた。
火に掛けた鍋が、コトコトと音をたてる。
温かな空気に包まれた台所で、紗己と銀時は二人で夕飯の支度をしていた。
紗己が握る包丁がトントンと軽快なリズムを奏で、それに合わせているのか無意識なのか、流し台の前に立つ銀時が爪先で床板をトントンと鳴らす。
とても穏やかな時間が流れる中、野菜を切り進めていた紗己が、一瞬手を止めてクスッと笑った。
「なに、どうした?」
水洗いを終えた人参を手にした銀時が、左隣に立つ紗己を見やって首を傾げる。すると紗己は、
「いえ、何だか面白くって」
フフッと小さく笑い、肩を竦めて言った。
「銀さんと一緒に料理してるって思ったら、ちょっと面白くなっちゃって」
腫れぼったさが僅かに残る瞳で、にっこりと笑ってみせた。
その目元さえ見なければ、普段と変わらぬ穏やかさだ。
そんな彼女と二人、肩を並べて台所に立っているというこの状況は、確かに面白いと言えば面白い。
だが、改めてそう言われるとどうにもくすぐったい気分の銀時は、持ったままだった人参をやや雑に作業台に置いた。
気まずい思いを振り払うように、咳払いをしてから話し出す。
「あー、あのマヨネーズ馬鹿からも、お前にちゃんと飯食わせろって言われてんだけど・・・なんか悪ィな、大した食材も無くて」
「そんな、気にしないでください。土方さんが依頼したのも、早い時間じゃなかったんですから」
まな板の横に置かれた人参に手を伸ばすと、紗己は少し申し訳無さそうな表情を見せた。
「新八君と神楽ちゃん、大丈夫でしょうか。外はもう真っ暗だし、大荷物で困ってないかな・・・・・・」
「アイツらは大丈夫だよ、心配しなくても。布団なんてそんなに重たいモンじゃねーし、定春が一緒だから何てこたねェよ。それより肉だ、肉。肉さえ買ってくりゃ、ちったァましな夕飯になるだろ」
「ふふ、銀さんったら」
気怠げな表情で冷蔵庫に凭れた銀時を見て、紗己は可愛らしく笑ってから、手にしていた人参をまな板に載せた。
小一時間程前。
玄関先で泣いていた紗己を慰めていたところを帰宅した新八と神楽に目撃され、あらぬ勘違いをされてしまった銀時だったが、その場で紗己が誤解を解いてくれたため、何とか事無きを得た。
その後、銀時は二人に事の経緯を説明し、取り急ぎ紗己用の布団を買ってくるよう指示を出した。
そしてそのついでに、足りない食料(主に肉)を買ってくるよう言っておいたのだ。
「銀さん、おたま出してもらっていいですか」
いつの間にか、全ての食材を鍋に投入し終えた紗己が、冷蔵庫に凭れたままの銀時へと振り返って言った。
紗己が奏でる調理音に耳を傾けつつ、彼女の背中をぼんやりと眺めていた銀時は、突然声を掛けられ我に返ったことを悟られないように、何でもないような顔をして返事をする。
「お、おう、おたまな」
ぐつぐつと鍋が煮立つ音に急かされるように、そそくさと流し台へと向かう。
そこに備え付けられている引き出しからおたまを取り出すと、コンロの前に立っている紗己にすっと差し出した。
「ありがとうございます」
紗己は柔らかい笑顔でおたまを受け取り、それを使って灰汁取りをし始めた。
鍋の中に視線を落としている紗己を、銀時は斜め後ろからじっと見つめながら、新八と神楽が買い出しに出る前の一場面を思い出していた。
夕飯をどうするかと、新八が訊ねてきた時のことだ。
銀時としては、依頼主である土方の希望に沿って、紗己に栄養のあるものをしっかり食べさせなければと考えていた。
だが、冷蔵庫には大した食材は入っていないし、かと言ってこの時間から大量の食材を購入して調理するとなると、さすがに時間がかかりすぎてしまう。
ならば、依頼料も入ったことだし、いっそ出前でも取ろうかと提案したのだが、これに異を唱えたのは、もてなしを受ける側の紗己だった。
彼女は「もし、私のためにということなら、その分のお金は使わずに取っておいてください」と言った。
そして、夕飯作りなら私に手伝わせてください、とも。
紗己のこの一連の発言が遠慮からのものだと思った銀時は、「お前の飯代も含めての依頼料だから気にすんな」と言った。
だが紗己は、「だったら尚更、そこを節約すれば万事屋の取り分が増えますよ」と言って笑ったのだ。
(考えてみりゃ商家の娘なんだし、金に関しての意識は高ェのかもな)
紗己の後ろ姿を眺めながら銀時は思う。
おっとりしているように見えて案外しっかりしているとは前々から思っていたが、それにしても知り合った今年の夏からすると、雰囲気が格段に落ち着いたように感じる。
きっと、結婚したことが彼女に大きな影響を与えたのだろう。
調理をするために髪をゆるく束ねている紗己の、衣紋から覗く白いうなじも、しっとりとした色気を纏っているように見える。
人妻――なんだよな
出会った頃の紗己を思い出し、銀時は何となく懐かしい気持ちになった。
まだたったの五ヶ月しか経っていないが、もう彼女は人妻であり妊婦なのだ。
(そうだ、ぼんやり見てる場合じゃなかった)
ついつい物思いに耽ってしまった自分に胸中で突っ込むと、銀時は長らく立ち仕事をしている紗己の隣に立って声を掛けた。
「なあ紗己、お前疲れてねーのか。向こうで休んでても構わねーけど」
冷蔵庫から取り出した野菜を水洗いしている銀時が、隣で下処理の済んだ材料を切っている紗己に声を掛けた。
紗己は手際よく切り終えた食材をサッと鍋に移し入れると、銀時の方に向き直り、柔らかく微笑んだ。
「大丈夫です、疲れてないですよ。銀さんさえ迷惑でなければ、このままお手伝いしていたいんですけど、いいですか?」
「迷惑とかじゃねーけど。まァ、お前が大丈夫だったらそれでいいよ」
相変わらずのやる気の無さ気な表情で言葉を返し、軽く水を切った野菜を紗己に渡す。
彼女はありがとうございます、と言ってそれを受け取り、食べやすい大きさに切り始めた。
火に掛けた鍋が、コトコトと音をたてる。
温かな空気に包まれた台所で、紗己と銀時は二人で夕飯の支度をしていた。
紗己が握る包丁がトントンと軽快なリズムを奏で、それに合わせているのか無意識なのか、流し台の前に立つ銀時が爪先で床板をトントンと鳴らす。
とても穏やかな時間が流れる中、野菜を切り進めていた紗己が、一瞬手を止めてクスッと笑った。
「なに、どうした?」
水洗いを終えた人参を手にした銀時が、左隣に立つ紗己を見やって首を傾げる。すると紗己は、
「いえ、何だか面白くって」
フフッと小さく笑い、肩を竦めて言った。
「銀さんと一緒に料理してるって思ったら、ちょっと面白くなっちゃって」
腫れぼったさが僅かに残る瞳で、にっこりと笑ってみせた。
その目元さえ見なければ、普段と変わらぬ穏やかさだ。
そんな彼女と二人、肩を並べて台所に立っているというこの状況は、確かに面白いと言えば面白い。
だが、改めてそう言われるとどうにもくすぐったい気分の銀時は、持ったままだった人参をやや雑に作業台に置いた。
気まずい思いを振り払うように、咳払いをしてから話し出す。
「あー、あのマヨネーズ馬鹿からも、お前にちゃんと飯食わせろって言われてんだけど・・・なんか悪ィな、大した食材も無くて」
「そんな、気にしないでください。土方さんが依頼したのも、早い時間じゃなかったんですから」
まな板の横に置かれた人参に手を伸ばすと、紗己は少し申し訳無さそうな表情を見せた。
「新八君と神楽ちゃん、大丈夫でしょうか。外はもう真っ暗だし、大荷物で困ってないかな・・・・・・」
「アイツらは大丈夫だよ、心配しなくても。布団なんてそんなに重たいモンじゃねーし、定春が一緒だから何てこたねェよ。それより肉だ、肉。肉さえ買ってくりゃ、ちったァましな夕飯になるだろ」
「ふふ、銀さんったら」
気怠げな表情で冷蔵庫に凭れた銀時を見て、紗己は可愛らしく笑ってから、手にしていた人参をまな板に載せた。
小一時間程前。
玄関先で泣いていた紗己を慰めていたところを帰宅した新八と神楽に目撃され、あらぬ勘違いをされてしまった銀時だったが、その場で紗己が誤解を解いてくれたため、何とか事無きを得た。
その後、銀時は二人に事の経緯を説明し、取り急ぎ紗己用の布団を買ってくるよう指示を出した。
そしてそのついでに、足りない食料(主に肉)を買ってくるよう言っておいたのだ。
「銀さん、おたま出してもらっていいですか」
いつの間にか、全ての食材を鍋に投入し終えた紗己が、冷蔵庫に凭れたままの銀時へと振り返って言った。
紗己が奏でる調理音に耳を傾けつつ、彼女の背中をぼんやりと眺めていた銀時は、突然声を掛けられ我に返ったことを悟られないように、何でもないような顔をして返事をする。
「お、おう、おたまな」
ぐつぐつと鍋が煮立つ音に急かされるように、そそくさと流し台へと向かう。
そこに備え付けられている引き出しからおたまを取り出すと、コンロの前に立っている紗己にすっと差し出した。
「ありがとうございます」
紗己は柔らかい笑顔でおたまを受け取り、それを使って灰汁取りをし始めた。
鍋の中に視線を落としている紗己を、銀時は斜め後ろからじっと見つめながら、新八と神楽が買い出しに出る前の一場面を思い出していた。
夕飯をどうするかと、新八が訊ねてきた時のことだ。
銀時としては、依頼主である土方の希望に沿って、紗己に栄養のあるものをしっかり食べさせなければと考えていた。
だが、冷蔵庫には大した食材は入っていないし、かと言ってこの時間から大量の食材を購入して調理するとなると、さすがに時間がかかりすぎてしまう。
ならば、依頼料も入ったことだし、いっそ出前でも取ろうかと提案したのだが、これに異を唱えたのは、もてなしを受ける側の紗己だった。
彼女は「もし、私のためにということなら、その分のお金は使わずに取っておいてください」と言った。
そして、夕飯作りなら私に手伝わせてください、とも。
紗己のこの一連の発言が遠慮からのものだと思った銀時は、「お前の飯代も含めての依頼料だから気にすんな」と言った。
だが紗己は、「だったら尚更、そこを節約すれば万事屋の取り分が増えますよ」と言って笑ったのだ。
(考えてみりゃ商家の娘なんだし、金に関しての意識は高ェのかもな)
紗己の後ろ姿を眺めながら銀時は思う。
おっとりしているように見えて案外しっかりしているとは前々から思っていたが、それにしても知り合った今年の夏からすると、雰囲気が格段に落ち着いたように感じる。
きっと、結婚したことが彼女に大きな影響を与えたのだろう。
調理をするために髪をゆるく束ねている紗己の、衣紋から覗く白いうなじも、しっとりとした色気を纏っているように見える。
人妻――なんだよな
出会った頃の紗己を思い出し、銀時は何となく懐かしい気持ちになった。
まだたったの五ヶ月しか経っていないが、もう彼女は人妻であり妊婦なのだ。
(そうだ、ぼんやり見てる場合じゃなかった)
ついつい物思いに耽ってしまった自分に胸中で突っ込むと、銀時は長らく立ち仕事をしている紗己の隣に立って声を掛けた。
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