第十一章
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肌をピリッと刺すような緊張した空気が流れる中、互いを制するように睨み合っていた土方と近藤だったが、数十秒の後、ほぼ同時に互いから目を逸らし、二人して嘆息した。
近藤の手首を制するように掴んでいた自身の左手から、土方がスッと力を抜く。
程なくして近藤も、土方の胸ぐらを掴み上げていた手から力を抜いた。
それを合図に、二人は互いから手を離して姿勢を正し座り直した。
土方はベストの裾から内側へと手を突っ込みシャツを下方向へと引っ張って、首周りと胸元の乱れも直すと、はみ出たスカーフの裾をベストの内側に仕舞い込み、静かに吐息してから近藤を一瞥した。
鋭いその双眸にはもう憤りは無く、代わりに不安な色が見え隠れしている。
「なあ、近藤さん。どういうことだよ、どれほどの覚悟って・・・・・・あんた、アイツから何か聞いてるのか・・・・・・?」
真実を知るのが怖いのか、躊躇いがちに訊ねてきた土方を、近藤もまた肩を落として一瞥した。
おもむろに腕を組み、記憶を辿る様にゆっくりと話し出す。
「先月の終わりに、お前怪我しただろ。ほら、左腕に刀傷を負って」
「ん? ああ、したけど・・・それが何か関係あんのか」
突然怪我の話を振られ、それが紗己の話と何の関係があるんだと土方は首を捻りつつ、自身の左腕にふと視線を落とす。
左の上腕に出来た刀傷――それは先月の終わりに負ったものだった。
その日、攘夷志士を騙るテロ組織と対峙していた真選組。
乱戦の最中に怪我をして動けなくなった隊士を見つけた土方は、とどめを刺されそうになっていたその隊士の元に駆け付け、すんでのところで敵の刃を跳ね除け斬り付けた。
だが、ほぼ同時に別方向から斬り掛かってきた敵の攻撃は躱しきれず、致命傷を避けるための瞬時の判断で、土方は己の左上腕にその刃を受けたのだ。
かすり傷とは言えないまでも、そこまでの深傷ではなかったので、すぐさま自身に傷を負わせた敵を斬り伏せた。
結果、十余名の怪我人を出しつつも、死者を出すことなく真選組は無事に任務を完遂した。
土方が当時の事を思い出していると、屯所へと戻る際の車中でのひと幕に近藤が触れた。
「お前、帰りの車の中でずっと気にしてただろ? 腕の傷を見て、紗己ちゃんが怯えたり泣いたりしないかって」
「そっ、そうだったか? 全然覚えてねーけどっ」
慌てて記憶に無いフリを装った土方だが、その時のことは詳細まで、当然しっかりと覚えている。
戦いの中では、一太刀浴びれば死に直結するかも知れないからこそ、その刃を避けるために全身全霊をかけ、斬られる前に敵を斬る。
だからこそ、打ち身や擦り傷は頻繁にあれども、余程の手練れと対峙するか、誰かを庇うなど例外的状況、あとは圧倒的に不利な人数差で戦う場合を除けば、土方が刀傷を負うことは滅多に無い。
そんな滅多に無い刀傷を、例外的状況のもとで負ってしまった土方は、その傷を紗己に見せることに大変な焦りと不安を感じていた。
他の隊士達が負った刀傷の手当てを紗己が手伝ってくれたことは、これまでにも何度かある。
その際、傷を見て痛そうな表情を浮かべている彼女を目にしたことはあるが、そこに怯えている様子は見られなかった。
だが、今回の怪我人は夫だ。
土方自身も打ち身や擦り傷の手当てをこれまでにも紗己にしてもらったことはあるが、刀傷を見せるのは今回が初めてだ。
こんな生々しい傷を夫である自分が負ってきたのを目にしたら、紗己は相当なショックを受けるのではないか。
どうにもならないことだと分かっていても、帰りの車中で土方は気もそぞろだった。
妻に対しての心配性な一面を近藤に見せていたことを、今更ながら気恥ずかしく思う土方だったが、そのことを近藤は特に気にするでもなく話を続ける。
「あの日屯所に戻ってからお前が風呂に行ってる間に、医務室に傷薬と包帯を取りに来た紗己ちゃんと、廊下で偶然出くわしたんだよ」
「ああ、あの時か――」
言いながら、土方は屯所に戻ってからの事を思い出していた。
紗己を心配させることに気まずさを感じつつも、ひとまず自室へと戻った土方。
そんな彼を出迎えた紗己は、袖を通さずに羽織るように肩に掛けられていた、左腕部分が破けた隊服の上着を見て、ハッと息を呑んだ。
すぐに無言のまま土方の肩から上着を外すと、応急処置をされただけの腕を見つめ、僅かに唇を震わせながらも気丈な声で、「大丈夫ですか」と訊ねてきた。
それに対し土方が「大丈夫だ」と答えると、紗己はホッとした表情を浮かべ、良かった、と呟き、いつも通りの穏やかな笑みを湛えて「お帰りなさい」と言ったのだ。
思いの外落ち着いた様子の紗己に安心した土方は、手当の前に汗と血汚れを流したいと、先に風呂へと向かった。
近藤が紗己と会ったのは、その間のことなのだろう。
「それでその時に、アイツと何か話したのか?」
そう訊ねてから、土方はちらりと灰皿を見やった。
先程まで吸っていた煙草は、灰皿の中でいつの間にか灰になっていた。
仕方なく新しい煙草を取り出した土方を前に、近藤は腕組みを少し崩すと、
「ああ。お前が車の中で紗己ちゃんの様子を心配してたもんだから、俺も気になっちまってなァ。だからその時に、色々と訊いてみたんだよ」
左手で顎髭を触りながら、当時の事を語りだした。
近藤の手首を制するように掴んでいた自身の左手から、土方がスッと力を抜く。
程なくして近藤も、土方の胸ぐらを掴み上げていた手から力を抜いた。
それを合図に、二人は互いから手を離して姿勢を正し座り直した。
土方はベストの裾から内側へと手を突っ込みシャツを下方向へと引っ張って、首周りと胸元の乱れも直すと、はみ出たスカーフの裾をベストの内側に仕舞い込み、静かに吐息してから近藤を一瞥した。
鋭いその双眸にはもう憤りは無く、代わりに不安な色が見え隠れしている。
「なあ、近藤さん。どういうことだよ、どれほどの覚悟って・・・・・・あんた、アイツから何か聞いてるのか・・・・・・?」
真実を知るのが怖いのか、躊躇いがちに訊ねてきた土方を、近藤もまた肩を落として一瞥した。
おもむろに腕を組み、記憶を辿る様にゆっくりと話し出す。
「先月の終わりに、お前怪我しただろ。ほら、左腕に刀傷を負って」
「ん? ああ、したけど・・・それが何か関係あんのか」
突然怪我の話を振られ、それが紗己の話と何の関係があるんだと土方は首を捻りつつ、自身の左腕にふと視線を落とす。
左の上腕に出来た刀傷――それは先月の終わりに負ったものだった。
その日、攘夷志士を騙るテロ組織と対峙していた真選組。
乱戦の最中に怪我をして動けなくなった隊士を見つけた土方は、とどめを刺されそうになっていたその隊士の元に駆け付け、すんでのところで敵の刃を跳ね除け斬り付けた。
だが、ほぼ同時に別方向から斬り掛かってきた敵の攻撃は躱しきれず、致命傷を避けるための瞬時の判断で、土方は己の左上腕にその刃を受けたのだ。
かすり傷とは言えないまでも、そこまでの深傷ではなかったので、すぐさま自身に傷を負わせた敵を斬り伏せた。
結果、十余名の怪我人を出しつつも、死者を出すことなく真選組は無事に任務を完遂した。
土方が当時の事を思い出していると、屯所へと戻る際の車中でのひと幕に近藤が触れた。
「お前、帰りの車の中でずっと気にしてただろ? 腕の傷を見て、紗己ちゃんが怯えたり泣いたりしないかって」
「そっ、そうだったか? 全然覚えてねーけどっ」
慌てて記憶に無いフリを装った土方だが、その時のことは詳細まで、当然しっかりと覚えている。
戦いの中では、一太刀浴びれば死に直結するかも知れないからこそ、その刃を避けるために全身全霊をかけ、斬られる前に敵を斬る。
だからこそ、打ち身や擦り傷は頻繁にあれども、余程の手練れと対峙するか、誰かを庇うなど例外的状況、あとは圧倒的に不利な人数差で戦う場合を除けば、土方が刀傷を負うことは滅多に無い。
そんな滅多に無い刀傷を、例外的状況のもとで負ってしまった土方は、その傷を紗己に見せることに大変な焦りと不安を感じていた。
他の隊士達が負った刀傷の手当てを紗己が手伝ってくれたことは、これまでにも何度かある。
その際、傷を見て痛そうな表情を浮かべている彼女を目にしたことはあるが、そこに怯えている様子は見られなかった。
だが、今回の怪我人は夫だ。
土方自身も打ち身や擦り傷の手当てをこれまでにも紗己にしてもらったことはあるが、刀傷を見せるのは今回が初めてだ。
こんな生々しい傷を夫である自分が負ってきたのを目にしたら、紗己は相当なショックを受けるのではないか。
どうにもならないことだと分かっていても、帰りの車中で土方は気もそぞろだった。
妻に対しての心配性な一面を近藤に見せていたことを、今更ながら気恥ずかしく思う土方だったが、そのことを近藤は特に気にするでもなく話を続ける。
「あの日屯所に戻ってからお前が風呂に行ってる間に、医務室に傷薬と包帯を取りに来た紗己ちゃんと、廊下で偶然出くわしたんだよ」
「ああ、あの時か――」
言いながら、土方は屯所に戻ってからの事を思い出していた。
紗己を心配させることに気まずさを感じつつも、ひとまず自室へと戻った土方。
そんな彼を出迎えた紗己は、袖を通さずに羽織るように肩に掛けられていた、左腕部分が破けた隊服の上着を見て、ハッと息を呑んだ。
すぐに無言のまま土方の肩から上着を外すと、応急処置をされただけの腕を見つめ、僅かに唇を震わせながらも気丈な声で、「大丈夫ですか」と訊ねてきた。
それに対し土方が「大丈夫だ」と答えると、紗己はホッとした表情を浮かべ、良かった、と呟き、いつも通りの穏やかな笑みを湛えて「お帰りなさい」と言ったのだ。
思いの外落ち着いた様子の紗己に安心した土方は、手当の前に汗と血汚れを流したいと、先に風呂へと向かった。
近藤が紗己と会ったのは、その間のことなのだろう。
「それでその時に、アイツと何か話したのか?」
そう訊ねてから、土方はちらりと灰皿を見やった。
先程まで吸っていた煙草は、灰皿の中でいつの間にか灰になっていた。
仕方なく新しい煙草を取り出した土方を前に、近藤は腕組みを少し崩すと、
「ああ。お前が車の中で紗己ちゃんの様子を心配してたもんだから、俺も気になっちまってなァ。だからその時に、色々と訊いてみたんだよ」
左手で顎髭を触りながら、当時の事を語りだした。