第十一章
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どんよりと、重たい空気が室内に立ち込める。
部屋の主である近藤は、この居心地の悪さをどう打破すべきかと思案していた。
そんな中、何か思い出したのだろうか、近藤は突然ハッとした表情を見せた。
逞しい腕を再び胸の前でガッチリと組み、複雑な面持ちで口を開く。
「そういやお前、さっき紗己ちゃんに全部話してきたって言ってたよな。それって・・・今朝のことだけじゃなくて、今回の事件についても全部話してきたってことなんだよな?」
真選組随一の偉丈夫も、紗己の話題になるとどうしても心配そうな顔を隠せない。まるで娘を想う父親のようだ。
そのことに若干の申し訳無さを感じつつも、土方は淡々と事実を告げる。
「ああそうだ、全部話した。俺が厄介な連中に目ェ付けられて巻き込まれたってことも、アイツ自身が奴等に狙われてるってこともな」
「・・・そうか。その、なんだ・・・・・・何もかも全部聞かされて、紗己ちゃんは不安がったりしていなかったか?」
予想通りの返答に溜め息を落として頷いた近藤は、少し考え込んでから、遠慮がちに紗己の様子を訊ねる。
その問いは、土方に再び罪悪感を抱かせるものだった。
曇らせた端正な顔を一旦伏せて、下唇をキュッと噛み締めると、常よりも低い声音で苦しげに答える。
「不安だったに違いねーよ。怖かったに違いねェ。なのにアイツ、俺に謝ってきたんだよ。泣きながら謝って・・・・・・何も知らないで酷いこと言ってごめんなさい、ってな」
後悔を滲ませた掠れ声が、しんとした和室に切なく響く。
土方は新たな煙草に火を点けると、軽くふかしただけでそのまま灰皿に休ませた。
形の良い唇を薄く開き、その隙間からゆっくりと煙を吐き出す。
「アイツは謝ることなんて何もしてねえ。そもそも俺があの時ちゃんと説明してやらなかったから、アイツは傷付いて出てったんだ。それなのに、こんな俺なんかを庇って・・・・・・」
「トシ・・・」
苦悶に満ちた表情で話す土方に、掛けるべき言葉が見つからない。
近藤もまた眉を寄せて吐息すると、再び室内が沈黙に包まれた。
土方は灰皿に休ませていた煙草を指に挟み、トントンと灰を落としてからそれを口元へと運んだ。
乾いた唇が吸口を咥え、口内に苦味が一気に広がっていく。
喉の奥へと送り込まれた煙を一旦肺に溜め込むと、眉間に皺を寄せて、それをゆっくりと吐き出していく。
胸の奥に感じる痛みを煙草のせいにしたいのに、ざわめく心が「お前のせいだ」と責め立てる。
その通りじゃねえか。土方は胸中で呟いた。
自分勝手に紗己を傷付け、その上こんな厄介な事件に巻き込んでしまった。
平穏に生きる紗己の人生を、この俺が奪っちまったんだ――。
諦めにも似た表情で手元に視線を落とすと、土方は嘆息しながら指に挟んだ煙草を灰皿へと戻し、空いた右手で額と目を覆う。
信念を貫くために剣を握ってきたこの手は、本当に護りたいものを護れているのだろうか。
溜め息と共に武骨な右手で拳を握ると、それを額に強く押し当てる。
「紗己は・・・アイツは何も悪くねえ。こんな事になったのも、全部俺の責任なんだ」
そう言うと土方は、握り拳から力を抜いてその手で垂れる前髪を掻き上げた。
こんなにも苦しんでいる土方の姿を見るのは初めてで、この嫌な流れを何とか止めなければと思った近藤は、両手を畳について土方との距離をずいっと詰めると、項垂れる土方の左肩に大きな手を乗せて、励ますようにぐっと力を込めた。
「おいおいどうしたんだよ、お前らしくねェじゃねーか! 今回の件は、勿論紗己ちゃんは何も悪くねえけど、お前だって悪くねえだろ」
「いや・・・・・・悪いのは俺なんだよ、近藤さん」
そう言って俯かせていた顔を僅かに上げると、普段は鋭い双眸を曇らせながら言葉を続ける。
「アイツはよ・・・俺なんかと一緒にならなけりゃ、危険な目に遭わずに済んだんだ。それなのに俺は、自分の置かれた立場も考えずに所帯を持って、アイツから平穏な幸せを奪っちまっ・・・」
「おい」
突然耳に飛び込んできた、地を這うような低い声。
前方から聞こえたそれが近藤の声なのはすぐに分かったが、話を遮るように呼び止められたことに、土方は少しばかり驚いた。
「え、近藤さん・・・・・・?」
「おいトシ、テメーそのこと紗己ちゃんに言ってねーだろうな・・・・・・!」
怒りを宿した近藤の双眸が、困惑する土方を真っ直ぐ見据える。
何でいきなり怒ってるんだと思ったのは一瞬のことで、近藤の言う『そのこと』とは、たった今自分が吐露した、紗己への罪悪感にまみれた心境のことであると土方は気付く。
つい先程まで自分を励まそうとしていた近藤の手が強く左肩を掴み、何故こんなにも怒っているんだと頭の片隅で思いながらも、
「・・・俺なんかと一緒にならなけりゃ、お前は幸せになれたって・・・実家で跡取り婿でももらって、穏やかに幸せに生きていけたって・・・」
口が勝手に真実を告げた。
その途端、近藤の右手が土方の左肩を離れ、すぐさま胸ぐらをグイッと掴み上げた。
スカーフもろとも強い力で掴まれた白いシャツの何処かから、ピシッと糸が切れる音がして、突然のことに土方は驚きながら眼前の近藤を見上げる。
すると近藤は、怒りを露わにしながらも苦しげに眉を寄せて土方を怒鳴り付けた。
「馬鹿野郎っ! テメーなんでんなこと言ったんだよ! 彼女がどれほどの覚悟でテメーと一緒に居るか・・・一番分かってなきゃならねえテメーが、なんでんなこと言ってんだっ」
「・・・っ、どういうことだよ、それ・・・・・・」
言いながら、自身の胸ぐらを掴む近藤の右手を制するように、土方の左手が近藤の手首をガシッと掴んだ。
声を荒らげた近藤に最初こそ戸惑いの表情を見せていた土方だったが、今はそこに憤りのようなものが垣間見える。
それが近藤に対してか自分への感情なのかは、恐らく土方自身も分からないのだろうが。
部屋の主である近藤は、この居心地の悪さをどう打破すべきかと思案していた。
そんな中、何か思い出したのだろうか、近藤は突然ハッとした表情を見せた。
逞しい腕を再び胸の前でガッチリと組み、複雑な面持ちで口を開く。
「そういやお前、さっき紗己ちゃんに全部話してきたって言ってたよな。それって・・・今朝のことだけじゃなくて、今回の事件についても全部話してきたってことなんだよな?」
真選組随一の偉丈夫も、紗己の話題になるとどうしても心配そうな顔を隠せない。まるで娘を想う父親のようだ。
そのことに若干の申し訳無さを感じつつも、土方は淡々と事実を告げる。
「ああそうだ、全部話した。俺が厄介な連中に目ェ付けられて巻き込まれたってことも、アイツ自身が奴等に狙われてるってこともな」
「・・・そうか。その、なんだ・・・・・・何もかも全部聞かされて、紗己ちゃんは不安がったりしていなかったか?」
予想通りの返答に溜め息を落として頷いた近藤は、少し考え込んでから、遠慮がちに紗己の様子を訊ねる。
その問いは、土方に再び罪悪感を抱かせるものだった。
曇らせた端正な顔を一旦伏せて、下唇をキュッと噛み締めると、常よりも低い声音で苦しげに答える。
「不安だったに違いねーよ。怖かったに違いねェ。なのにアイツ、俺に謝ってきたんだよ。泣きながら謝って・・・・・・何も知らないで酷いこと言ってごめんなさい、ってな」
後悔を滲ませた掠れ声が、しんとした和室に切なく響く。
土方は新たな煙草に火を点けると、軽くふかしただけでそのまま灰皿に休ませた。
形の良い唇を薄く開き、その隙間からゆっくりと煙を吐き出す。
「アイツは謝ることなんて何もしてねえ。そもそも俺があの時ちゃんと説明してやらなかったから、アイツは傷付いて出てったんだ。それなのに、こんな俺なんかを庇って・・・・・・」
「トシ・・・」
苦悶に満ちた表情で話す土方に、掛けるべき言葉が見つからない。
近藤もまた眉を寄せて吐息すると、再び室内が沈黙に包まれた。
土方は灰皿に休ませていた煙草を指に挟み、トントンと灰を落としてからそれを口元へと運んだ。
乾いた唇が吸口を咥え、口内に苦味が一気に広がっていく。
喉の奥へと送り込まれた煙を一旦肺に溜め込むと、眉間に皺を寄せて、それをゆっくりと吐き出していく。
胸の奥に感じる痛みを煙草のせいにしたいのに、ざわめく心が「お前のせいだ」と責め立てる。
その通りじゃねえか。土方は胸中で呟いた。
自分勝手に紗己を傷付け、その上こんな厄介な事件に巻き込んでしまった。
平穏に生きる紗己の人生を、この俺が奪っちまったんだ――。
諦めにも似た表情で手元に視線を落とすと、土方は嘆息しながら指に挟んだ煙草を灰皿へと戻し、空いた右手で額と目を覆う。
信念を貫くために剣を握ってきたこの手は、本当に護りたいものを護れているのだろうか。
溜め息と共に武骨な右手で拳を握ると、それを額に強く押し当てる。
「紗己は・・・アイツは何も悪くねえ。こんな事になったのも、全部俺の責任なんだ」
そう言うと土方は、握り拳から力を抜いてその手で垂れる前髪を掻き上げた。
こんなにも苦しんでいる土方の姿を見るのは初めてで、この嫌な流れを何とか止めなければと思った近藤は、両手を畳について土方との距離をずいっと詰めると、項垂れる土方の左肩に大きな手を乗せて、励ますようにぐっと力を込めた。
「おいおいどうしたんだよ、お前らしくねェじゃねーか! 今回の件は、勿論紗己ちゃんは何も悪くねえけど、お前だって悪くねえだろ」
「いや・・・・・・悪いのは俺なんだよ、近藤さん」
そう言って俯かせていた顔を僅かに上げると、普段は鋭い双眸を曇らせながら言葉を続ける。
「アイツはよ・・・俺なんかと一緒にならなけりゃ、危険な目に遭わずに済んだんだ。それなのに俺は、自分の置かれた立場も考えずに所帯を持って、アイツから平穏な幸せを奪っちまっ・・・」
「おい」
突然耳に飛び込んできた、地を這うような低い声。
前方から聞こえたそれが近藤の声なのはすぐに分かったが、話を遮るように呼び止められたことに、土方は少しばかり驚いた。
「え、近藤さん・・・・・・?」
「おいトシ、テメーそのこと紗己ちゃんに言ってねーだろうな・・・・・・!」
怒りを宿した近藤の双眸が、困惑する土方を真っ直ぐ見据える。
何でいきなり怒ってるんだと思ったのは一瞬のことで、近藤の言う『そのこと』とは、たった今自分が吐露した、紗己への罪悪感にまみれた心境のことであると土方は気付く。
つい先程まで自分を励まそうとしていた近藤の手が強く左肩を掴み、何故こんなにも怒っているんだと頭の片隅で思いながらも、
「・・・俺なんかと一緒にならなけりゃ、お前は幸せになれたって・・・実家で跡取り婿でももらって、穏やかに幸せに生きていけたって・・・」
口が勝手に真実を告げた。
その途端、近藤の右手が土方の左肩を離れ、すぐさま胸ぐらをグイッと掴み上げた。
スカーフもろとも強い力で掴まれた白いシャツの何処かから、ピシッと糸が切れる音がして、突然のことに土方は驚きながら眼前の近藤を見上げる。
すると近藤は、怒りを露わにしながらも苦しげに眉を寄せて土方を怒鳴り付けた。
「馬鹿野郎っ! テメーなんでんなこと言ったんだよ! 彼女がどれほどの覚悟でテメーと一緒に居るか・・・一番分かってなきゃならねえテメーが、なんでんなこと言ってんだっ」
「・・・っ、どういうことだよ、それ・・・・・・」
言いながら、自身の胸ぐらを掴む近藤の右手を制するように、土方の左手が近藤の手首をガシッと掴んだ。
声を荒らげた近藤に最初こそ戸惑いの表情を見せていた土方だったが、今はそこに憤りのようなものが垣間見える。
それが近藤に対してか自分への感情なのかは、恐らく土方自身も分からないのだろうが。
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