第十一章
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――――――
「なるほどな。それでその芸者は、今朝紗己ちゃんに法螺を吹いたってわけか」
今朝雪乃が屯所に来た理由を、今しがた土方から詳しく説明された近藤は、太く逞しい腕を胸の前で組んで深く頷いた。
土方からの電話で、例の芸者とは何もないと聞いてはいたし、まさかコイツに限ってそんな間違いは起こさないだろうと近藤は信じてはいた。
とはいえ、本来ならば自分が行くはずであった場に、乗り気ではなかった土方を送り込んだ身としては気が気でなかったのも事実だ。
こうして当人の口から真実を聞くことが出来て、ようやく近藤は安堵の息をつく。
「それで、そのことを紗己ちゃんには話したのか?」
「ああ、全部話したよ。今朝のことは誤解だったって理解してくれてる」
「そうか、誤解は解けたんだな」
近藤はぐっと伸ばしていた背筋から力を抜き、見るからにほっとした表情を浮かべた。
だがその姿に、土方は心做しか違和感を覚え首を捻る。
何故ここまでの反応を見せるのか、と。
(ひょっとして、アイツから何か聞いてるのか――?)
「なあ近藤さん。もしかして、総悟から何か聞いてんのか」
疑念を滲ませた鋭い双眸を向かいに座る近藤に向けると、少し言い淀みながらも近藤は真相を明かす。
「え、あ、ああ・・・その、実はお前が屯所を出てる間に、紗己ちゃんが万事屋に居ることを俺に伝えに来たんだよ、アイツ。だから彼女の姿が見当たらなくても、心配しなくていいってな」
「へェ・・・・・・?」
これは意外だ。土方は内心驚いた。
何故沖田がそんな行動に出たのかを推測した上で、近藤の安堵の意味をも推測する。
今朝のことはあっという間に隊内で噂になっていたようだし、その上で紗己の姿が見当たらなければ、また騒動になるって考えたんだろうな、総悟のヤツは。
それに屯所を出るまでの紗己の様子も、近藤さんに話してるに違いねえ。そうでなきゃ、誤解が解けたことにあれ程の反応は見せねえだろうからな。
土方は眉間に皺を寄せて煙草を吸うと、顔を横に向けて紫煙を吐いた。
「何で紗己を万事屋に連れてったのか、その理由も総悟から聞いてんだろ」
目線だけを近藤に向けて、静かな口調で問い掛ける。
すると近藤は、一瞬気まずそうにしたものの、すぐに真面目な顔を土方に見せてその問いに答えた。
「ああ。お前と喧嘩して部屋を飛び出してから、ずっと泣いてたらしいな、紗己ちゃん。居場所が無くて気の毒だったから万事屋に預けてきたって言ってたぞ、総悟は」
「・・・そうか」
返事をしながら土方は、やっぱり思った通りだと胸中で呟いた。
沖田が近藤に伝えた内容は事実と何ら変わりなく、紗己を傷付けて泣かせたことを、今更隠しても仕方がない。
それどころか何故だろう、いっそのこと紗己への罪悪感を、今ここで全て吐き出してしまいたいとまで思っている。
そんな自分に呆れつつも、土方は近藤に心の内を打ち明ける。
「喧嘩ねェ・・・・・・いや、ありゃァ俺が一方的に悪かったんだ。説明してほしいってアイツに言われたのに、俺は何も言ってやらなかった」
背中を丸めて伏し目がちに言うと、垂れる前髪を掻き上げて言葉を続ける。
「紗己を巻き込みたくなくてな・・・いや、これも結局言い訳だ。状況が読めねェ中じゃ気持ちにも余裕が無くてな・・・・・・ちゃんとアイツと向き合おうとしなかったんだ」
溜め息混じりにそう言うと、土方は指に挟んだ煙草を灰皿の上に移動させ、火種を落とさず灰だけを散らした。
まるで粉雪のように、白い灰がはらはらと舞い落ちる。
少し短くなった煙草をまた口元に運ぶ。
だが土方は、先端から立ち昇る細い煙を目で追ったまま、それを咥えようとはせずに、項垂れ吐息した。
「そのせいで、アイツは泣きながら部屋を出てったってわけさ。おまけにその・・・・・・大嫌い、なんて言われたもんだからよ。俺もまあ・・・すぐに追い掛ける気になれなくてな」
苦笑いを浮かべて事の顛末を語る。するとそれを聞いていた近藤は、
「あの紗己ちゃんがそんなこと言ったのか!」
組んでいた腕を解いて自身の両膝に大きな手を置くと、やや前のめりになって驚いた様子を見せた。
近藤の驚きぶりに、まあ普通はそう思うよなと土方は思った。
紗己が穏やかさを絵に描いたような人物であることも、周囲にそう思われていることも十分承知しているからだ。
そんな穏やかな彼女が、外では鬼の副長と呼ばれ恐れられる夫に『大嫌い』と言ったなんて聞けば、彼女を知る誰もが驚くことだろう。
そしてそんな妻からの非難にショックを受けたことを近藤に明かしてしまった自分にも、土方は呆れたように小さく笑う。
だが、その笑みもすぐにかき消えた。
愛しい妻の涙が脳裏を掠めたからだ。
今朝の紗己の泣き顔を思い出す度に、鈍い痛みが胸の奥を浸食する。
沖田から悲嘆に暮れる紗己の様子を聞かされ、またこうして近藤からもその事実を伝えられ、あの時どれだけ自分勝手に彼女を傷付けてしまったのだろうと、改めて自身の不甲斐なさを痛感する。
いくら誤解が解けたとしても、紗己を傷付けた事実も紗己が傷付いた事実も変わりはしないのだ。
土方は首を横に振って嘆息した。
「あの穏やかなアイツにそこまで言わせる程、俺はアイツを傷付けちまったってことだよ。俺があの時、全部誤解なんだってちゃんと言ってやってたら、あんなにも泣かせずに・・・・・・無駄に傷付けずに済んだんだ」
言い終えると同時に、苦しげな表情を隠すように指に挟んだ煙草を咥え、有害な煙を肺の奥まで送り込んだ。
その姿を見れば、土方が妻を傷付けたことを後悔しているのは一目瞭然で、自責の念に苛まれている仲間の姿をこれ以上見ていられなかった近藤は、何とかしてこの場の空気を変えようと、明るい声色で話し出す。
「で、でもまあアレだ、誤解も解けたんだしもう済んだことじゃねーか、な!」
「・・・まあ、な」
また新たに煙を吐き出しながら、土方は苦々しい顔で短く答えた。
近藤が気を遣って、この話題を終わらせようとしていることに、勿論土方も気付いている。
これ以上後悔し続けたところで、何が変わるわけでもないということも。
土方は短くなった煙草を人差し指と親指で摘んで持つと、それを折るように灰皿に押し付けた。
どうやっても消すことの出来ない罪悪感を、この火種と共に消せたらいいのにと思いながら。
「なるほどな。それでその芸者は、今朝紗己ちゃんに法螺を吹いたってわけか」
今朝雪乃が屯所に来た理由を、今しがた土方から詳しく説明された近藤は、太く逞しい腕を胸の前で組んで深く頷いた。
土方からの電話で、例の芸者とは何もないと聞いてはいたし、まさかコイツに限ってそんな間違いは起こさないだろうと近藤は信じてはいた。
とはいえ、本来ならば自分が行くはずであった場に、乗り気ではなかった土方を送り込んだ身としては気が気でなかったのも事実だ。
こうして当人の口から真実を聞くことが出来て、ようやく近藤は安堵の息をつく。
「それで、そのことを紗己ちゃんには話したのか?」
「ああ、全部話したよ。今朝のことは誤解だったって理解してくれてる」
「そうか、誤解は解けたんだな」
近藤はぐっと伸ばしていた背筋から力を抜き、見るからにほっとした表情を浮かべた。
だがその姿に、土方は心做しか違和感を覚え首を捻る。
何故ここまでの反応を見せるのか、と。
(ひょっとして、アイツから何か聞いてるのか――?)
「なあ近藤さん。もしかして、総悟から何か聞いてんのか」
疑念を滲ませた鋭い双眸を向かいに座る近藤に向けると、少し言い淀みながらも近藤は真相を明かす。
「え、あ、ああ・・・その、実はお前が屯所を出てる間に、紗己ちゃんが万事屋に居ることを俺に伝えに来たんだよ、アイツ。だから彼女の姿が見当たらなくても、心配しなくていいってな」
「へェ・・・・・・?」
これは意外だ。土方は内心驚いた。
何故沖田がそんな行動に出たのかを推測した上で、近藤の安堵の意味をも推測する。
今朝のことはあっという間に隊内で噂になっていたようだし、その上で紗己の姿が見当たらなければ、また騒動になるって考えたんだろうな、総悟のヤツは。
それに屯所を出るまでの紗己の様子も、近藤さんに話してるに違いねえ。そうでなきゃ、誤解が解けたことにあれ程の反応は見せねえだろうからな。
土方は眉間に皺を寄せて煙草を吸うと、顔を横に向けて紫煙を吐いた。
「何で紗己を万事屋に連れてったのか、その理由も総悟から聞いてんだろ」
目線だけを近藤に向けて、静かな口調で問い掛ける。
すると近藤は、一瞬気まずそうにしたものの、すぐに真面目な顔を土方に見せてその問いに答えた。
「ああ。お前と喧嘩して部屋を飛び出してから、ずっと泣いてたらしいな、紗己ちゃん。居場所が無くて気の毒だったから万事屋に預けてきたって言ってたぞ、総悟は」
「・・・そうか」
返事をしながら土方は、やっぱり思った通りだと胸中で呟いた。
沖田が近藤に伝えた内容は事実と何ら変わりなく、紗己を傷付けて泣かせたことを、今更隠しても仕方がない。
それどころか何故だろう、いっそのこと紗己への罪悪感を、今ここで全て吐き出してしまいたいとまで思っている。
そんな自分に呆れつつも、土方は近藤に心の内を打ち明ける。
「喧嘩ねェ・・・・・・いや、ありゃァ俺が一方的に悪かったんだ。説明してほしいってアイツに言われたのに、俺は何も言ってやらなかった」
背中を丸めて伏し目がちに言うと、垂れる前髪を掻き上げて言葉を続ける。
「紗己を巻き込みたくなくてな・・・いや、これも結局言い訳だ。状況が読めねェ中じゃ気持ちにも余裕が無くてな・・・・・・ちゃんとアイツと向き合おうとしなかったんだ」
溜め息混じりにそう言うと、土方は指に挟んだ煙草を灰皿の上に移動させ、火種を落とさず灰だけを散らした。
まるで粉雪のように、白い灰がはらはらと舞い落ちる。
少し短くなった煙草をまた口元に運ぶ。
だが土方は、先端から立ち昇る細い煙を目で追ったまま、それを咥えようとはせずに、項垂れ吐息した。
「そのせいで、アイツは泣きながら部屋を出てったってわけさ。おまけにその・・・・・・大嫌い、なんて言われたもんだからよ。俺もまあ・・・すぐに追い掛ける気になれなくてな」
苦笑いを浮かべて事の顛末を語る。するとそれを聞いていた近藤は、
「あの紗己ちゃんがそんなこと言ったのか!」
組んでいた腕を解いて自身の両膝に大きな手を置くと、やや前のめりになって驚いた様子を見せた。
近藤の驚きぶりに、まあ普通はそう思うよなと土方は思った。
紗己が穏やかさを絵に描いたような人物であることも、周囲にそう思われていることも十分承知しているからだ。
そんな穏やかな彼女が、外では鬼の副長と呼ばれ恐れられる夫に『大嫌い』と言ったなんて聞けば、彼女を知る誰もが驚くことだろう。
そしてそんな妻からの非難にショックを受けたことを近藤に明かしてしまった自分にも、土方は呆れたように小さく笑う。
だが、その笑みもすぐにかき消えた。
愛しい妻の涙が脳裏を掠めたからだ。
今朝の紗己の泣き顔を思い出す度に、鈍い痛みが胸の奥を浸食する。
沖田から悲嘆に暮れる紗己の様子を聞かされ、またこうして近藤からもその事実を伝えられ、あの時どれだけ自分勝手に彼女を傷付けてしまったのだろうと、改めて自身の不甲斐なさを痛感する。
いくら誤解が解けたとしても、紗己を傷付けた事実も紗己が傷付いた事実も変わりはしないのだ。
土方は首を横に振って嘆息した。
「あの穏やかなアイツにそこまで言わせる程、俺はアイツを傷付けちまったってことだよ。俺があの時、全部誤解なんだってちゃんと言ってやってたら、あんなにも泣かせずに・・・・・・無駄に傷付けずに済んだんだ」
言い終えると同時に、苦しげな表情を隠すように指に挟んだ煙草を咥え、有害な煙を肺の奥まで送り込んだ。
その姿を見れば、土方が妻を傷付けたことを後悔しているのは一目瞭然で、自責の念に苛まれている仲間の姿をこれ以上見ていられなかった近藤は、何とかしてこの場の空気を変えようと、明るい声色で話し出す。
「で、でもまあアレだ、誤解も解けたんだしもう済んだことじゃねーか、な!」
「・・・まあ、な」
また新たに煙を吐き出しながら、土方は苦々しい顔で短く答えた。
近藤が気を遣って、この話題を終わらせようとしていることに、勿論土方も気付いている。
これ以上後悔し続けたところで、何が変わるわけでもないということも。
土方は短くなった煙草を人差し指と親指で摘んで持つと、それを折るように灰皿に押し付けた。
どうやっても消すことの出来ない罪悪感を、この火種と共に消せたらいいのにと思いながら。