第十一章
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屯所の門前から勝手口まで、実際には短い距離を歩ききると、土方はなおも穏やかな表情を浮かべたまま扉に手を掛けた。
先に山崎を中へと入らせ、自身も後に続いて屯所の敷地内へと足を踏み入れる。
勝手口の扉を閉め切った途端、土方と山崎はその場で顔を見合わせながら、同時に盛大に溜め息を落とした。
「はぁぁ・・・なんとかうまく誤魔化せましたかね、副長」
閉めた扉を振り返りつつ、山崎が控えめな声量で話し掛ける。
一方の土方は、まだ部下の手の感触が残る左手でガシガシと乱暴に頭を掻くと、着替え一式が詰まった荷物を持ち主である山崎の眼前に突き出した。
「おら、荷物」
「あ、ああはい」
不機嫌な声音に怯んだ様子の山崎を一瞥し、再度土方は溜め息を落とす。
「ハァ・・・奴等こっちを見張ってたが、あの距離からじゃ話し声も届かねーだろうし、お前が男だなんて気付かねえだろ」
僅かに不快感が滲む口元で言いながら、袂に手を突っ込み精神安定剤でもある煙草の箱を取り出す。
そこから抜き出した一本をすぐさま咥えて火を点けると、煙を吐き出しながら中庭の方向へと歩き出した。
万事屋を出てからしばらくの間は、視界を遮るほど勢いを増していた雪も、今ではハラハラと舞い落ちては青鈍色の夜に溶けて消える粉雪へと戻っている。
身に着けている着物が自分のものではないことを気にしてか、山崎は肩に降り掛かった雪を軽く払いながら、隣を歩く土方に声を掛けた。
「それにしても副長。さっきのアレ、演技硬すぎですよ」
「チッ・・・んだよ、ちゃんとやってただろうが」
必死の演技に駄目出しをされた土方は、不快感をあらわに反論する。
「わざわざ野郎と手まで繋いで過剰演出したってのに、駄目出しされる覚えはねーよ」
忌々しげに自身の左手に視線を落とし、腹立たしそうに言い放つ。
すると山崎は、やや呆れたような表情を見せたあと、機嫌の悪い上司にちらりと視線をやってから嘆息した。
「いやいや、俺が言わなきゃ手も繋がなかったでしょ。いつも紗己ちゃんに接するようにやってくれって頼んだのに」
「はあ? 阿呆かテメーは。こんなところじゃ普段から手なんざ繋がねーんだよ」
いつ隊士達に見られるか分からない場所で、そんな恥ずかしい真似出来るかと胸中で吐き捨てた土方は、苛立ちを抑え込むように指に挟んだ煙草を口元へと持っていく。
すると隣を歩く山崎が、目尻を下げながらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて言った。
「あれ、副長。『こんなところじゃ』ってことは、違う場所なら普段よく手ェ繋いでるってことなんじゃないんですかー」
「っ・・・」
これには土方も焦ってしまう。明らかに思い当たる節があるからだ。
紗己と口付けを交わして以来、土方は彼女に触れることを遠慮しなくてもいいのだと実感した。
そしてこれまでの我慢の日々の埋め合わせをするかのように、自室にいる時など人目が気にならない状況では、紗己との触れ合いの時間を満喫しているのだ。
口付けや抱擁は勿論のこと、就寝前には腕枕をしてやったり、時には手を繋いで眠ったりすることもある。
それに、非番の日に二人で出掛けた際も、混んでいる通りを歩く時などは、恥ずかしいながらも彼女とはぐれないように手を繋ぐこともあった。
そんなふうに甘い時間を過ごす自分がいるなんて、初めこそ想像もできなかった土方だが、まあ、慣れてしまえばどうってことはなかった――。
だが、そんな自分を紗己以外に知られてしまうとなると話は別だ。
山崎の指摘にすぐに反論しようと思ったのだが、図星をつかれてうまく言葉が出てこない土方は、反論どころか咥えたままの煙草の煙で咽てしまい咳き込む始末だ。
「ゲホッ・・・な、何ふざけたこと抜かしてんだテメー!」
恥ずかしさと腹立たしさから瞬時に頭に血が上り、顔を赤くしながら声を荒らげ、いつものように手なり足なり出して痛め付けてやろうと思ったのだが――
「ぐっ・・・」
土方は唸りながら、蹴り上げようとした脚をそのまま地面に戻した。
相手が部下であることは当然分かっているのだが、紗己の着物を身に着けられていると、どうにもやりにくくて仕方ない。
眉をひそめて舌打ちをすると、辿り着いた中庭の縁側に上がり、
「とにかくさっさとそれ着替えてこいっ」
強めの口調で言い放った。
山崎もまた、これ以上からかっては痛い目を見ると判断したのだろう。
「分かりました!」
土方に続いて縁側へと上がると、しっかりと足を揃えて背筋を伸ばし、正しい部下の姿勢で返事をした。
そうなると、土方もそれ以上は何も言わない。
脱いだ雪駄を拾い上げ、直立している山崎を一瞥してから玄関の方へと歩きつつ言葉を掛ける。
「俺も一旦部屋に戻って着替えてくる。終わったら近藤さんのとこに行って、それから・・・」
突然言葉を切って、土方は立ち止まった。
鉛色の空から僅かに降り落ちる粉雪をちらりと横目で見つつ、袂に手を差し入れて携帯電話を取り出し、ボタンに軽く触れディスプレイを表示させる。
(六時十五分・・・まあまあ予定通りか――)
土方は取り出したばかりの携帯電話をまた袂に戻しながら、首だけ後ろを振り返る。
「準備の時間を入れたら、作戦会議は七時開始が妥当だろう。おい山崎、着替え終わったらパソコン持ってお前も近藤さんの所に来い」
「分かりました! あ、副長。この着物どうします、後で持って行きましょうか」
また正しい部下の姿勢で返事をして、身に着けている着物の後始末について確認を取る。
何せ上司の妻の着物だ。脱ぎっぱなしで放って置くわけにはいかない。
どうすべきか訊ねられた土方は、一瞬眉を寄せて何かを考えるような表情をした後、普段部下と接する時と変わらぬ無表情で言葉を返した。
「そうだな。すぐじゃなくて構わねえが、手が空いたら持ってきてくれ」
「はい! それじゃ、着物一式後で持っていきます」
部下の返事に軽く手を上げると、土方はそのまま歩き出した。
山崎に着させていた愛しい妻の着物を、せめて襦袢だけでも洗っておくべきだろうかと考えながら。
先に山崎を中へと入らせ、自身も後に続いて屯所の敷地内へと足を踏み入れる。
勝手口の扉を閉め切った途端、土方と山崎はその場で顔を見合わせながら、同時に盛大に溜め息を落とした。
「はぁぁ・・・なんとかうまく誤魔化せましたかね、副長」
閉めた扉を振り返りつつ、山崎が控えめな声量で話し掛ける。
一方の土方は、まだ部下の手の感触が残る左手でガシガシと乱暴に頭を掻くと、着替え一式が詰まった荷物を持ち主である山崎の眼前に突き出した。
「おら、荷物」
「あ、ああはい」
不機嫌な声音に怯んだ様子の山崎を一瞥し、再度土方は溜め息を落とす。
「ハァ・・・奴等こっちを見張ってたが、あの距離からじゃ話し声も届かねーだろうし、お前が男だなんて気付かねえだろ」
僅かに不快感が滲む口元で言いながら、袂に手を突っ込み精神安定剤でもある煙草の箱を取り出す。
そこから抜き出した一本をすぐさま咥えて火を点けると、煙を吐き出しながら中庭の方向へと歩き出した。
万事屋を出てからしばらくの間は、視界を遮るほど勢いを増していた雪も、今ではハラハラと舞い落ちては青鈍色の夜に溶けて消える粉雪へと戻っている。
身に着けている着物が自分のものではないことを気にしてか、山崎は肩に降り掛かった雪を軽く払いながら、隣を歩く土方に声を掛けた。
「それにしても副長。さっきのアレ、演技硬すぎですよ」
「チッ・・・んだよ、ちゃんとやってただろうが」
必死の演技に駄目出しをされた土方は、不快感をあらわに反論する。
「わざわざ野郎と手まで繋いで過剰演出したってのに、駄目出しされる覚えはねーよ」
忌々しげに自身の左手に視線を落とし、腹立たしそうに言い放つ。
すると山崎は、やや呆れたような表情を見せたあと、機嫌の悪い上司にちらりと視線をやってから嘆息した。
「いやいや、俺が言わなきゃ手も繋がなかったでしょ。いつも紗己ちゃんに接するようにやってくれって頼んだのに」
「はあ? 阿呆かテメーは。こんなところじゃ普段から手なんざ繋がねーんだよ」
いつ隊士達に見られるか分からない場所で、そんな恥ずかしい真似出来るかと胸中で吐き捨てた土方は、苛立ちを抑え込むように指に挟んだ煙草を口元へと持っていく。
すると隣を歩く山崎が、目尻を下げながらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて言った。
「あれ、副長。『こんなところじゃ』ってことは、違う場所なら普段よく手ェ繋いでるってことなんじゃないんですかー」
「っ・・・」
これには土方も焦ってしまう。明らかに思い当たる節があるからだ。
紗己と口付けを交わして以来、土方は彼女に触れることを遠慮しなくてもいいのだと実感した。
そしてこれまでの我慢の日々の埋め合わせをするかのように、自室にいる時など人目が気にならない状況では、紗己との触れ合いの時間を満喫しているのだ。
口付けや抱擁は勿論のこと、就寝前には腕枕をしてやったり、時には手を繋いで眠ったりすることもある。
それに、非番の日に二人で出掛けた際も、混んでいる通りを歩く時などは、恥ずかしいながらも彼女とはぐれないように手を繋ぐこともあった。
そんなふうに甘い時間を過ごす自分がいるなんて、初めこそ想像もできなかった土方だが、まあ、慣れてしまえばどうってことはなかった――。
だが、そんな自分を紗己以外に知られてしまうとなると話は別だ。
山崎の指摘にすぐに反論しようと思ったのだが、図星をつかれてうまく言葉が出てこない土方は、反論どころか咥えたままの煙草の煙で咽てしまい咳き込む始末だ。
「ゲホッ・・・な、何ふざけたこと抜かしてんだテメー!」
恥ずかしさと腹立たしさから瞬時に頭に血が上り、顔を赤くしながら声を荒らげ、いつものように手なり足なり出して痛め付けてやろうと思ったのだが――
「ぐっ・・・」
土方は唸りながら、蹴り上げようとした脚をそのまま地面に戻した。
相手が部下であることは当然分かっているのだが、紗己の着物を身に着けられていると、どうにもやりにくくて仕方ない。
眉をひそめて舌打ちをすると、辿り着いた中庭の縁側に上がり、
「とにかくさっさとそれ着替えてこいっ」
強めの口調で言い放った。
山崎もまた、これ以上からかっては痛い目を見ると判断したのだろう。
「分かりました!」
土方に続いて縁側へと上がると、しっかりと足を揃えて背筋を伸ばし、正しい部下の姿勢で返事をした。
そうなると、土方もそれ以上は何も言わない。
脱いだ雪駄を拾い上げ、直立している山崎を一瞥してから玄関の方へと歩きつつ言葉を掛ける。
「俺も一旦部屋に戻って着替えてくる。終わったら近藤さんのとこに行って、それから・・・」
突然言葉を切って、土方は立ち止まった。
鉛色の空から僅かに降り落ちる粉雪をちらりと横目で見つつ、袂に手を差し入れて携帯電話を取り出し、ボタンに軽く触れディスプレイを表示させる。
(六時十五分・・・まあまあ予定通りか――)
土方は取り出したばかりの携帯電話をまた袂に戻しながら、首だけ後ろを振り返る。
「準備の時間を入れたら、作戦会議は七時開始が妥当だろう。おい山崎、着替え終わったらパソコン持ってお前も近藤さんの所に来い」
「分かりました! あ、副長。この着物どうします、後で持って行きましょうか」
また正しい部下の姿勢で返事をして、身に着けている着物の後始末について確認を取る。
何せ上司の妻の着物だ。脱ぎっぱなしで放って置くわけにはいかない。
どうすべきか訊ねられた土方は、一瞬眉を寄せて何かを考えるような表情をした後、普段部下と接する時と変わらぬ無表情で言葉を返した。
「そうだな。すぐじゃなくて構わねえが、手が空いたら持ってきてくれ」
「はい! それじゃ、着物一式後で持っていきます」
部下の返事に軽く手を上げると、土方はそのまま歩き出した。
山崎に着させていた愛しい妻の着物を、せめて襦袢だけでも洗っておくべきだろうかと考えながら。