第十一章
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紗己は泣いていた。降り止まない雨のように、彼女の瞳から止めどなく涙が溢れている。
けれど、嗚咽を上げたりはしない。その涙は音もなく、ただ静かに紗己の頬を濡らし続ける。
どう声を掛ければいいか考えあぐねている銀時に、紗己はただ切なげに微笑んでみせた。
「ありがとう、銀さん」
「紗己・・・・・・」
「私、すごく腑に落ちました。こんなにも怖かった理由・・・」
言いながら、まだ微かに震えている自身の手に視線を落として、吐息しながら言葉を繋ぐ。
「土方さんは、私のために戦ってくれるのに・・・・・・。私、駄目ですね・・・侍の妻として、まだまだですね、私・・・っ」
言い終えた途端、喉元に一気に熱が込み上げてきて、それを何とか抑えようと紗己はきつく目を閉じた。
それでも涙は止められず、両手で顔を覆って俯く紗己の姿は、あまりにも痛ましい。
銀時は彼女との距離を詰めるために、両手を床について、ずいと身体を前に移動させると、小刻みに揺れる肩にそっと手を乗せた。
「んなことねーよ。お前、アイツを見送る時も泣かなかったじゃねーか」
「・・・・・・」
「ちゃんと笑顔で見送ってただろ。立派に侍の女房してるよ、お前は」
大きな背中を丸めて、俯く紗己の顔を覗き込むと、その気配を感じてゆっくりと彼女は顔を上げた。
赤らんだ頬を濡らす涙を拭ってやりたい気持ちをぐっと堪え、銀時は紗己の右肩に乗せた自身の左手に力を込める。
「銀、さ・・・ごめ・・・っな、さ・・・・・・」
「だーからァ、謝んなくていいって。泣きたきゃ泣け泣け、ここでくらい・・・」
言いかけて銀時は瞬時に言葉を飲み込んだ。玄関の向こう側に気配を感じたからだ。
そして首を伸ばして玄関引き戸を見やった瞬間、ガラガラと引き戸が開かれ、そこに姿を現したのは新八と神楽、そして定春だった。
「あ、お、おかえり・・・・・・?」
「え、ちょ・・・何してんですか、アンタ」
外からの冷たい空気に負けないくらいの冷ややかな三つの視線が、泣き顔も明らかな紗己の直ぐ側で、額に汗を浮かべる銀時へと向けられた。
「え、なにコレこの空気・・・ちょっとお前ら勘違いしてない・・・・・・?」
「何が勘違いアルか! 大丈夫か紗己! 見境なしかこの天パァっ!!!」
今にも飛び掛かりそうな勢いの神楽に対し、心配の目を向けられた紗己は、状況が飲み込めずに目を丸くしている。
これは確実にあらぬ勘違いをされていると理解した銀時は、慌てて紗己の肩から手を退けると、彼女から距離を取るようにその場を後退った。
「お、おいおい違うんだってこれはっ、俺は何もしてねーよ!?」
「「じゃあ何でこんな玄関先で人妻泣かせてんだァァァ!!!」」
「ワォォォンッ」
銀時の否定も虚しく、新八と神楽の息の合った怒鳴り声と定春の鳴き声が、引き戸を開けたままの玄関先に響き渡るのだった。
――――――
「副長。門前の敵の見張り、未だこちらを偵察中とのことです」
屯所に一番近い交差点で停車中、無線で本部とやり取りをしていた運転席の隊士が、後部座席に座る土方に声を掛けた。
「隊士達には気付かねーフリするよう、周知してるんだな?」
「はい、全隊に伝達済みです」
「了解。引き続き監視しといてくれ」
指示を出し終えると、土方は指に挟んだ煙草を口元に持っていき、最後のひと吸いをしてから窓の外に煙を吐き出した。
信号が青に変わり車が動き出す。
手元の煙草を携帯灰皿に押し付けた土方は、窓を閉めておもむろに腕組みをする。
(もうすぐ屯所に着く。計画通り敵に餌を撒かなきゃな)
自身が立てた計画を滞りなく遂行するため、目を閉じて意識を集中させる。
まずは、屯所に紗己が戻ってきたと敵に思わせなければ。
そのために自分が取るべき行動を脳内で組み立てているうちに、土方を乗せたパトカーが屯所の門前に到着した。
「さ、降りるぞ山崎」
「はい。あ、副長!」
「あ? なんだ、どうした」
ドアを開けて右足だけ地に付けた土方を、隣に座ったままの山崎が呼び止める。
「今から俺は、紗己ちゃんですからね。ちゃんと夫婦らしく見えるよう、普段通りに接してくださいよ」
真面目な顔でそう言われ、土方は低く唸ってから車を降りた。
普段通りと言われても、普段自分が紗己に対してどんな態度を取っているかなんて、土方には正直なところ分からない。
だが、ここから勝手口までの短い距離を、紗己に扮装した山崎と歩く姿を敵に見せ付けなければならない。
計画を立てた張本人である土方は、眉間に皺を寄せながらパトカーの後ろを回り込み、反対側のドアへと向かった。
中からドアを開けて降りようとする山崎に視線を落として、これは紗己だ、紗己なんだと何度も自身に言い聞かせる。
もしこれが本当に紗己だったとしたら、自分はどういった行動に出るだろうかと一瞬で判断した土方は、山崎が降りやすいように車のドアを外側からしっかりと開ききってやった。
「ありがとうございます」
側に立つ土方にしか聞こえない程の小さな声だが、口元はしっかりと動かしながら山崎は言った。声まで似せることは出来ないが、ちゃんと喋っていると見えるように演技をしているのだ。
車から降りてきた山崎が手にしている荷物を受け取った土方が、山崎の背中に手を当てて、彼を道の奥側――屯所を囲む高い塀の方へと先導する。
その隣に土方が立つことで、敵の見張りから山崎を見えにくくする考えだ。
紗己になりきっている山崎は、身長も彼女と同じくらいになるように、軽く膝を落としながらゆっくりと歩いている。
その歩幅に土方も合わせて二人並んで歩いていると、山崎が土方の左腕に軽く触れて立ち止まった。
「何だよ」
隣に顔を向けてボソッと声を落として訊ねると、山崎は土方にだけ聞こえる小さな声で、
「副長、手ェ繋いでください。あと顔が硬いです」
なかなかにハードな注文をつけてきた。
「なっ、おま・・・っ」
「駄目ですよ副長。俺は今紗己ちゃんなんですから、ちゃんと夫婦っぽく見せてくれないと」
「うっ・・・」
それを言われると反論出来ない土方は、何とも複雑な面持ちで、両手に提げていた荷物を右手に持ち替えると、空いた左手で山崎の右手を取りそのまま手を繋いだ。
身長は山崎が膝を落としているので紗己と同じくらい、下ろした髪の長さも大体同じ。着ている着物も半纏も、紗己自身の物。
これらだけなら隣にいるのは紗己だと錯覚してしまいそうだが、繋いだ手の感触は明らかに男のモノだ。
混乱しかけた脳内に、「これは男だ」と正確な情報を送り込むことに土方が注力していると、
「副長、顔。紗己ちゃん相手にそんな顔してないでしょ」
「・・・・・・」
またしても注文をつけられてしまった。
しかし山崎にこの格好をさせているのも自分自身なので、ここはしっかりと演技をするしかない。
そう腹を決めた土方は、隣を歩く山崎をとても穏やかな表情で見つめると、その表情を何とか保ったまま歩を進めた。
(あぁ、早く中に入りてェ・・・・・・)
作り笑顔のまま肩を落とす土方には、本来短いはずの勝手口までの距離が、いやに遠く感じられた。
けれど、嗚咽を上げたりはしない。その涙は音もなく、ただ静かに紗己の頬を濡らし続ける。
どう声を掛ければいいか考えあぐねている銀時に、紗己はただ切なげに微笑んでみせた。
「ありがとう、銀さん」
「紗己・・・・・・」
「私、すごく腑に落ちました。こんなにも怖かった理由・・・」
言いながら、まだ微かに震えている自身の手に視線を落として、吐息しながら言葉を繋ぐ。
「土方さんは、私のために戦ってくれるのに・・・・・・。私、駄目ですね・・・侍の妻として、まだまだですね、私・・・っ」
言い終えた途端、喉元に一気に熱が込み上げてきて、それを何とか抑えようと紗己はきつく目を閉じた。
それでも涙は止められず、両手で顔を覆って俯く紗己の姿は、あまりにも痛ましい。
銀時は彼女との距離を詰めるために、両手を床について、ずいと身体を前に移動させると、小刻みに揺れる肩にそっと手を乗せた。
「んなことねーよ。お前、アイツを見送る時も泣かなかったじゃねーか」
「・・・・・・」
「ちゃんと笑顔で見送ってただろ。立派に侍の女房してるよ、お前は」
大きな背中を丸めて、俯く紗己の顔を覗き込むと、その気配を感じてゆっくりと彼女は顔を上げた。
赤らんだ頬を濡らす涙を拭ってやりたい気持ちをぐっと堪え、銀時は紗己の右肩に乗せた自身の左手に力を込める。
「銀、さ・・・ごめ・・・っな、さ・・・・・・」
「だーからァ、謝んなくていいって。泣きたきゃ泣け泣け、ここでくらい・・・」
言いかけて銀時は瞬時に言葉を飲み込んだ。玄関の向こう側に気配を感じたからだ。
そして首を伸ばして玄関引き戸を見やった瞬間、ガラガラと引き戸が開かれ、そこに姿を現したのは新八と神楽、そして定春だった。
「あ、お、おかえり・・・・・・?」
「え、ちょ・・・何してんですか、アンタ」
外からの冷たい空気に負けないくらいの冷ややかな三つの視線が、泣き顔も明らかな紗己の直ぐ側で、額に汗を浮かべる銀時へと向けられた。
「え、なにコレこの空気・・・ちょっとお前ら勘違いしてない・・・・・・?」
「何が勘違いアルか! 大丈夫か紗己! 見境なしかこの天パァっ!!!」
今にも飛び掛かりそうな勢いの神楽に対し、心配の目を向けられた紗己は、状況が飲み込めずに目を丸くしている。
これは確実にあらぬ勘違いをされていると理解した銀時は、慌てて紗己の肩から手を退けると、彼女から距離を取るようにその場を後退った。
「お、おいおい違うんだってこれはっ、俺は何もしてねーよ!?」
「「じゃあ何でこんな玄関先で人妻泣かせてんだァァァ!!!」」
「ワォォォンッ」
銀時の否定も虚しく、新八と神楽の息の合った怒鳴り声と定春の鳴き声が、引き戸を開けたままの玄関先に響き渡るのだった。
――――――
「副長。門前の敵の見張り、未だこちらを偵察中とのことです」
屯所に一番近い交差点で停車中、無線で本部とやり取りをしていた運転席の隊士が、後部座席に座る土方に声を掛けた。
「隊士達には気付かねーフリするよう、周知してるんだな?」
「はい、全隊に伝達済みです」
「了解。引き続き監視しといてくれ」
指示を出し終えると、土方は指に挟んだ煙草を口元に持っていき、最後のひと吸いをしてから窓の外に煙を吐き出した。
信号が青に変わり車が動き出す。
手元の煙草を携帯灰皿に押し付けた土方は、窓を閉めておもむろに腕組みをする。
(もうすぐ屯所に着く。計画通り敵に餌を撒かなきゃな)
自身が立てた計画を滞りなく遂行するため、目を閉じて意識を集中させる。
まずは、屯所に紗己が戻ってきたと敵に思わせなければ。
そのために自分が取るべき行動を脳内で組み立てているうちに、土方を乗せたパトカーが屯所の門前に到着した。
「さ、降りるぞ山崎」
「はい。あ、副長!」
「あ? なんだ、どうした」
ドアを開けて右足だけ地に付けた土方を、隣に座ったままの山崎が呼び止める。
「今から俺は、紗己ちゃんですからね。ちゃんと夫婦らしく見えるよう、普段通りに接してくださいよ」
真面目な顔でそう言われ、土方は低く唸ってから車を降りた。
普段通りと言われても、普段自分が紗己に対してどんな態度を取っているかなんて、土方には正直なところ分からない。
だが、ここから勝手口までの短い距離を、紗己に扮装した山崎と歩く姿を敵に見せ付けなければならない。
計画を立てた張本人である土方は、眉間に皺を寄せながらパトカーの後ろを回り込み、反対側のドアへと向かった。
中からドアを開けて降りようとする山崎に視線を落として、これは紗己だ、紗己なんだと何度も自身に言い聞かせる。
もしこれが本当に紗己だったとしたら、自分はどういった行動に出るだろうかと一瞬で判断した土方は、山崎が降りやすいように車のドアを外側からしっかりと開ききってやった。
「ありがとうございます」
側に立つ土方にしか聞こえない程の小さな声だが、口元はしっかりと動かしながら山崎は言った。声まで似せることは出来ないが、ちゃんと喋っていると見えるように演技をしているのだ。
車から降りてきた山崎が手にしている荷物を受け取った土方が、山崎の背中に手を当てて、彼を道の奥側――屯所を囲む高い塀の方へと先導する。
その隣に土方が立つことで、敵の見張りから山崎を見えにくくする考えだ。
紗己になりきっている山崎は、身長も彼女と同じくらいになるように、軽く膝を落としながらゆっくりと歩いている。
その歩幅に土方も合わせて二人並んで歩いていると、山崎が土方の左腕に軽く触れて立ち止まった。
「何だよ」
隣に顔を向けてボソッと声を落として訊ねると、山崎は土方にだけ聞こえる小さな声で、
「副長、手ェ繋いでください。あと顔が硬いです」
なかなかにハードな注文をつけてきた。
「なっ、おま・・・っ」
「駄目ですよ副長。俺は今紗己ちゃんなんですから、ちゃんと夫婦っぽく見せてくれないと」
「うっ・・・」
それを言われると反論出来ない土方は、何とも複雑な面持ちで、両手に提げていた荷物を右手に持ち替えると、空いた左手で山崎の右手を取りそのまま手を繋いだ。
身長は山崎が膝を落としているので紗己と同じくらい、下ろした髪の長さも大体同じ。着ている着物も半纏も、紗己自身の物。
これらだけなら隣にいるのは紗己だと錯覚してしまいそうだが、繋いだ手の感触は明らかに男のモノだ。
混乱しかけた脳内に、「これは男だ」と正確な情報を送り込むことに土方が注力していると、
「副長、顔。紗己ちゃん相手にそんな顔してないでしょ」
「・・・・・・」
またしても注文をつけられてしまった。
しかし山崎にこの格好をさせているのも自分自身なので、ここはしっかりと演技をするしかない。
そう腹を決めた土方は、隣を歩く山崎をとても穏やかな表情で見つめると、その表情を何とか保ったまま歩を進めた。
(あぁ、早く中に入りてェ・・・・・・)
作り笑顔のまま肩を落とす土方には、本来短いはずの勝手口までの距離が、いやに遠く感じられた。