第十一章
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――――――
むき出しの首筋を吹き抜ける雪風に、土方はぶるっと身体を震わせた。
白い息を吐きながら、懐に手を差し入れ携帯電話を取り出す。ディスプレイに視線を落として時刻を確認すると、万事屋を出てから二十分が経ったところだった。
(たった二十分だ。それだけしか経っていない)
けれどもう何時間も、いや、それよりももっと長く離れているような気持ちになる。
今頃紗己はどうしているだろうか、暖かい部屋でゆっくり休んでいるだろうか。
別れ間際の妻の笑顔を思い出した土方は、じんわりと滲むように広がる胸の痛みに吐息した。
(今日だけで、一体何回泣かせちまったんだろうな・・・・・・)
ゆるりと色を変え続ける青灰色の町並みを眺めながら、土方は今朝からの紗己の涙を振り返る。
裏切りなどしていないと説明してやらなかったせいで、紗己を深く傷付けた。
その後も全てを説明することで怯え苦しませ、挙げ句紗己の幸せを勝手に決め付けて怒り悲しませた。散々なまでに泣かせてしまった。
それでも紗己は、別れ際には涙を見せることなく、引き止めるようなことも何一つ言わなかった。
不安に揺れる気持ちをひた隠して、最後まで笑顔を見せてくれていた。
もし行かないでと泣いて縋られていたら、決意も計画も変えることは出来なくても、後ろ髪を引かれる思いで離れなければならなかっただろう。
自分が紗己と同じ年の頃には、ここまで理解ある人間だっただろうかと、遠い過去の自分を振り返ろうとした土方だったが、記憶の扉を開くことなくやんわりと首を振った。
比べるまでもねえ。胸中で呟いた。
『私は好きで一緒にいるんです! 侍として生きるあなたと・・・そんなあなたが好きだから・・・っ、そばに、居たいんです・・・』
降りしきる粉雪が冷たい頬に落ちては溶けていき、それを拭いつつ土方は、紗己が涙ながらに告げた言葉を思い出す。
紗己が理解があって物分かりが良い女なのは、侍である土方にとってはありがたい話だ。
幕府に仕えている以上、上から命令されれば従わねばならないし、ましてや真選組という組織に身を置いているからには、命の危険とは常に隣り合わせだ。
どれだけ愛していようと、この生き様を変えることは出来ない。
それでも紗己は、それら全てを理解した上で、一緒に居たいのだと言ってくれた。
『他の人じゃ、駄目なの・・・っ、あなたじゃないと・・・他の誰とも、幸せになんてなれない・・・・・・!』
紗己の言葉がまた脳裏を掠め、冷えた指先を隠すように腕組みをした土方は、伏し目がちに背中を丸めて吐息した。
他の男とならもっと幸せになれたはずだと口にした土方に対し、紗己は怒りと悲しみを滲ませ、泣きながら思いの丈を告げた。
それが彼女の本心なのは明白で、どれだけ自分が愛されているのかを土方はちゃんと分かっている。
だがそれは、紗己にとって本当に幸せなことなのか――? そう思う自分がいる。
それを決めるのは紗己自身でしかないと分かっていても、自分の存在が彼女に無理を強いているという気持ちを、どうやっても消すことが出来ない。
勢いを増してきた雪に視界を遮られ、土方は俯き眉をひそめて嘆息した。
紗己、お前は俺とじゃなきゃ幸せなれないって言ってくれたが、そりゃァ俺だって同じだ。お前とじゃなきゃ俺は幸せにはなれねェよ。
でもな、紗己。お前が俺を想ってくれているように、俺もお前には・・・・・・本当に――
「幸せになって欲しいんだよ、紗己・・・・・・」
ゆっくりと顔を上げて掠れた声で呟けば、ふわっと白い温もりが目の前に広がってすぐに立ち消え、その儚さに紗己の笑顔が重なって見えた。
侍としての生き様は変えられない。けれど、何より大切な存在である紗己には、幸せに生きてほしい。
何があろうと、彼女とやがて生まれてくる子供を幸せにするという強い想いを持っていても、こんな生き方をしている自分にそれが本当に出来るのかと葛藤してしまう。
極端すぎる二択に思考が支配されていた土方だったが、背後に忍び寄る気配を察知すると、すっと姿勢を正し、冬の空気に似合いの鋭い双眸を更に鋭く細めた。
「副長、来ましたよ」
振り返ればそこには、愛しい妻に扮装した部下の山崎がいる。迎えの車が到着したことを伝えに来たのだ。
「ああ、今行く」
土方は何事もなかったかのように無表情を装うと、後方に停まっているパトカーへと向かった。
後部座席の扉を開け、土方と山崎がそれぞれ乗り込む。シートベルトを締め、運転席の隊士に屯所に向かうよう指示すると、土方は座席に深く背中を預けて大きく息をついた。
無性に煙草が吸いたくなり、袂から煙草の箱を取り出して中から一本摘み取ると、さっと咥えて火を点けた。
冷えた身体に、熱い煙が沁み渡っていく。
窓を開けて流れる町並みに紫煙を吐き出せば、だんだんといつもの冷静な思考が戻ってきた。
土方は指に挟んだ煙草に視線を落として嘆息すると、全ての情報を遮断するために、静かに両目を閉じた。
これ以上はもう考えるのは止めだ。堂々巡りを繰り返すのは、何もかもが終わったあとでいい。
必ず迎えに行くって約束しただろ――。
胸中で呟き、また煙を胸の奥まで吸い込む。深く深く、心の迷いを灰にするために。
むき出しの首筋を吹き抜ける雪風に、土方はぶるっと身体を震わせた。
白い息を吐きながら、懐に手を差し入れ携帯電話を取り出す。ディスプレイに視線を落として時刻を確認すると、万事屋を出てから二十分が経ったところだった。
(たった二十分だ。それだけしか経っていない)
けれどもう何時間も、いや、それよりももっと長く離れているような気持ちになる。
今頃紗己はどうしているだろうか、暖かい部屋でゆっくり休んでいるだろうか。
別れ間際の妻の笑顔を思い出した土方は、じんわりと滲むように広がる胸の痛みに吐息した。
(今日だけで、一体何回泣かせちまったんだろうな・・・・・・)
ゆるりと色を変え続ける青灰色の町並みを眺めながら、土方は今朝からの紗己の涙を振り返る。
裏切りなどしていないと説明してやらなかったせいで、紗己を深く傷付けた。
その後も全てを説明することで怯え苦しませ、挙げ句紗己の幸せを勝手に決め付けて怒り悲しませた。散々なまでに泣かせてしまった。
それでも紗己は、別れ際には涙を見せることなく、引き止めるようなことも何一つ言わなかった。
不安に揺れる気持ちをひた隠して、最後まで笑顔を見せてくれていた。
もし行かないでと泣いて縋られていたら、決意も計画も変えることは出来なくても、後ろ髪を引かれる思いで離れなければならなかっただろう。
自分が紗己と同じ年の頃には、ここまで理解ある人間だっただろうかと、遠い過去の自分を振り返ろうとした土方だったが、記憶の扉を開くことなくやんわりと首を振った。
比べるまでもねえ。胸中で呟いた。
『私は好きで一緒にいるんです! 侍として生きるあなたと・・・そんなあなたが好きだから・・・っ、そばに、居たいんです・・・』
降りしきる粉雪が冷たい頬に落ちては溶けていき、それを拭いつつ土方は、紗己が涙ながらに告げた言葉を思い出す。
紗己が理解があって物分かりが良い女なのは、侍である土方にとってはありがたい話だ。
幕府に仕えている以上、上から命令されれば従わねばならないし、ましてや真選組という組織に身を置いているからには、命の危険とは常に隣り合わせだ。
どれだけ愛していようと、この生き様を変えることは出来ない。
それでも紗己は、それら全てを理解した上で、一緒に居たいのだと言ってくれた。
『他の人じゃ、駄目なの・・・っ、あなたじゃないと・・・他の誰とも、幸せになんてなれない・・・・・・!』
紗己の言葉がまた脳裏を掠め、冷えた指先を隠すように腕組みをした土方は、伏し目がちに背中を丸めて吐息した。
他の男とならもっと幸せになれたはずだと口にした土方に対し、紗己は怒りと悲しみを滲ませ、泣きながら思いの丈を告げた。
それが彼女の本心なのは明白で、どれだけ自分が愛されているのかを土方はちゃんと分かっている。
だがそれは、紗己にとって本当に幸せなことなのか――? そう思う自分がいる。
それを決めるのは紗己自身でしかないと分かっていても、自分の存在が彼女に無理を強いているという気持ちを、どうやっても消すことが出来ない。
勢いを増してきた雪に視界を遮られ、土方は俯き眉をひそめて嘆息した。
紗己、お前は俺とじゃなきゃ幸せなれないって言ってくれたが、そりゃァ俺だって同じだ。お前とじゃなきゃ俺は幸せにはなれねェよ。
でもな、紗己。お前が俺を想ってくれているように、俺もお前には・・・・・・本当に――
「幸せになって欲しいんだよ、紗己・・・・・・」
ゆっくりと顔を上げて掠れた声で呟けば、ふわっと白い温もりが目の前に広がってすぐに立ち消え、その儚さに紗己の笑顔が重なって見えた。
侍としての生き様は変えられない。けれど、何より大切な存在である紗己には、幸せに生きてほしい。
何があろうと、彼女とやがて生まれてくる子供を幸せにするという強い想いを持っていても、こんな生き方をしている自分にそれが本当に出来るのかと葛藤してしまう。
極端すぎる二択に思考が支配されていた土方だったが、背後に忍び寄る気配を察知すると、すっと姿勢を正し、冬の空気に似合いの鋭い双眸を更に鋭く細めた。
「副長、来ましたよ」
振り返ればそこには、愛しい妻に扮装した部下の山崎がいる。迎えの車が到着したことを伝えに来たのだ。
「ああ、今行く」
土方は何事もなかったかのように無表情を装うと、後方に停まっているパトカーへと向かった。
後部座席の扉を開け、土方と山崎がそれぞれ乗り込む。シートベルトを締め、運転席の隊士に屯所に向かうよう指示すると、土方は座席に深く背中を預けて大きく息をついた。
無性に煙草が吸いたくなり、袂から煙草の箱を取り出して中から一本摘み取ると、さっと咥えて火を点けた。
冷えた身体に、熱い煙が沁み渡っていく。
窓を開けて流れる町並みに紫煙を吐き出せば、だんだんといつもの冷静な思考が戻ってきた。
土方は指に挟んだ煙草に視線を落として嘆息すると、全ての情報を遮断するために、静かに両目を閉じた。
これ以上はもう考えるのは止めだ。堂々巡りを繰り返すのは、何もかもが終わったあとでいい。
必ず迎えに行くって約束しただろ――。
胸中で呟き、また煙を胸の奥まで吸い込む。深く深く、心の迷いを灰にするために。