第十章
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「お、おい紗己! どうしたんだ、腹が痛いのか!?」
敷居を跨いだ状態で土方は身体を半分和室に戻し、呆然としている紗己に焦り声で問い掛ける。
すると紗己は、突然眉を寄せた真剣な顔をして、
「・・・・・・・・・あ!」
数秒置いてからまた声を上げた。
どこかが痛むとか苦しいとかには見えないが、明らかに彼女の様子はおかしくて、ただただ妻が心配な土方は、オロオロとしながら一歩前に近付き紗己の顔を覗き込んだ。
「ど、どうしたんだよ、どこか痛むのか?」
「いえ? どこも痛くは・・・・・・あ!」
どこも痛くはないらしいが、また突然黙り込んだと思ったら、数秒置いて声を上げるという不自然な反応を繰り返す紗己。
そんな妻の様子に土方が訝しげに眉をひそめ首を傾げると、俯きながら帯の下辺りに両手を当てていた紗己がパッと顔を上げた。
「土方さん!」
「な、なんだ?」
珍しく興奮した様子で呼び掛けられ、一体どうしたのかと戸惑いながら返事をすると、目の前の紗己が喜びと驚きを合わせた声音で、事の真相を告げてきた。
「動いてます! お腹、赤ちゃん、動いてる!」
「え、ちょっ・・・それ本当かっ」
「はい! さっきからずっと、そんな感覚があって・・・あ、また!」
帯の下のおはしょりに手を当てて、興奮に目を輝かせた紗己が嬉しそうに微笑んだ。
「ね、土方さん。ほら、触ってみてください」
「あ、ああ・・・」
優しい声に導かれるように畳に膝を突き、膝立ちの姿勢で紗己と向かい合う。
好奇心と緊張が混じり合った複雑な気持ちのまま、そっと紗己の腹に手を伸ばす。跳ねる鼓動に、落ち着けと胸の内で言い聞かせながらおはしょりの上に硬い手のひらを当てると、頭上から紗己が優しく声を掛けてきた。
「おはしょり、捲ってください」
「わ、分かった」
言われるがままにおはしょりを捲り、その下へと息を呑んで慎重に手を差し込む。柔らかな曲線を描く妻の下腹の辺りに、土方はそっと右手を押し当てた。
季節は冬とあって、紗己は厚めの襦袢と袷の着物を着ている。おはしょりを捲ったとしても布地は何層にも重なっていて、果たして感覚が伝わってくるのか――緊張の面持ちで息を詰める。
――トンッ・・・
「・・・っ!」
土方は前髪を揺らして勢いよく顔を上げた。目が合った紗己は、嬉しそうに頷く。
「今の、だよな?」
「はい、動きましたよね・・・あ、また」
手の平に伝わる微かな感覚。それを感じた瞬間に紗己も胎動を伝えてきたので、やはりこの感覚は腹の中からの自己主張なのだと理解した土方は、興奮に胸を震わせながら感嘆の息を漏らした。
「はっ・・・すげェ・・・」
紗己の下腹に手を当てたまま、濃藍色の着物を凝視する。
本当にここにいるんだな・・・・・・。思わず胸中で呟いた。
紗己は現在、妊娠五ヶ月の後半だ。今月に入ってからの健診は、土方は仕事の都合で一緒に行くことが出来なかったが、帰宅した彼女にエコー写真を見せてもらい、何とも不思議な気分になった。
妊娠させた夜の記憶が無いという事情も影響しているのだろうが、彼女の腹の中に赤ん坊がいるという事実は、頭では理解していてもどこか現実味がないように感じていたのだ。
妊娠初期からつわりが重くて寝込んだり、体調不良で倒れたりしていた紗己を間近で見てきて、日々その身を案じていた土方にとっては、紗己がか弱い妊婦であることは重々承知していたが、そこに腹の中の赤ん坊が成長しているといった実感は無かった。
それがつわりも落ち着き安定期に入り、それまでほとんど目立たなかった腹も今では少し丸みを帯びて、ようやく腹の中に赤ん坊がいるのだと、その存在を僅かに感じ始めていたところだった。
「ここで、生きてるんだな・・・・・・」
銀色の帯にそっと額を当てて吐息混じりに呟くと、また紗己の下腹に当てていた手のひらに微かな感覚が届いた。
胸が詰まる思いで身動き出来ずに固まっている土方に、紗己がフフっと小さく笑って話し掛ける。
「赤ちゃんってね、声が分かるんですって」
「声?」
軽く顔を上げて訊き返すと、母性に満ちた表情を浮かべた紗己が言葉を続ける。
「ええ。今くらいの週数だと、私の心音とかが聴こえてて。あとひと月もしたら、お腹の外から話し掛けられた声が、ちゃんと聞き分けられるんですって」
下を向いて話しているために、はらはらと顔にかかる髪を耳に掛けて、自分を見上げている土方に優しく微笑んだ。
慈しみの眼差しはどこか面映ゆい。
そしてここが自室でもなければ二人きりでもないことを思い出した土方は、出来るだけ無表情を繕いながら、
「そりゃァ、ひと月後が楽しみだ」
あっさりとした声音で言うと、すくっと立ち上がった。
急に冷静な雰囲気を醸し出し背筋を伸ばす土方の姿に、紗己はくすりと笑ってから、自身の下腹にまた両手を当てる。
「もしかしたら、もう分かってるかも知れないですよ、土方さんの声」
優しい声で言われ、ますます気恥ずかしくなってしまった土方は、軽く咳払いをしてから胸を張って衿を正した。
「もうひと月は先の話だろ、そりゃ」
「いやいや、案外もう聞き分けれてんじゃねーの」
「っ!」
突然背後から聞こえた声に、土方は髪を揺らして勢いよく振り向き、和室を飛び出た。
するとそこには、二間を仕切る襖と同じ面の壁に、身体を凭れさせている銀時の姿が。
敷居を跨いだ状態で土方は身体を半分和室に戻し、呆然としている紗己に焦り声で問い掛ける。
すると紗己は、突然眉を寄せた真剣な顔をして、
「・・・・・・・・・あ!」
数秒置いてからまた声を上げた。
どこかが痛むとか苦しいとかには見えないが、明らかに彼女の様子はおかしくて、ただただ妻が心配な土方は、オロオロとしながら一歩前に近付き紗己の顔を覗き込んだ。
「ど、どうしたんだよ、どこか痛むのか?」
「いえ? どこも痛くは・・・・・・あ!」
どこも痛くはないらしいが、また突然黙り込んだと思ったら、数秒置いて声を上げるという不自然な反応を繰り返す紗己。
そんな妻の様子に土方が訝しげに眉をひそめ首を傾げると、俯きながら帯の下辺りに両手を当てていた紗己がパッと顔を上げた。
「土方さん!」
「な、なんだ?」
珍しく興奮した様子で呼び掛けられ、一体どうしたのかと戸惑いながら返事をすると、目の前の紗己が喜びと驚きを合わせた声音で、事の真相を告げてきた。
「動いてます! お腹、赤ちゃん、動いてる!」
「え、ちょっ・・・それ本当かっ」
「はい! さっきからずっと、そんな感覚があって・・・あ、また!」
帯の下のおはしょりに手を当てて、興奮に目を輝かせた紗己が嬉しそうに微笑んだ。
「ね、土方さん。ほら、触ってみてください」
「あ、ああ・・・」
優しい声に導かれるように畳に膝を突き、膝立ちの姿勢で紗己と向かい合う。
好奇心と緊張が混じり合った複雑な気持ちのまま、そっと紗己の腹に手を伸ばす。跳ねる鼓動に、落ち着けと胸の内で言い聞かせながらおはしょりの上に硬い手のひらを当てると、頭上から紗己が優しく声を掛けてきた。
「おはしょり、捲ってください」
「わ、分かった」
言われるがままにおはしょりを捲り、その下へと息を呑んで慎重に手を差し込む。柔らかな曲線を描く妻の下腹の辺りに、土方はそっと右手を押し当てた。
季節は冬とあって、紗己は厚めの襦袢と袷の着物を着ている。おはしょりを捲ったとしても布地は何層にも重なっていて、果たして感覚が伝わってくるのか――緊張の面持ちで息を詰める。
――トンッ・・・
「・・・っ!」
土方は前髪を揺らして勢いよく顔を上げた。目が合った紗己は、嬉しそうに頷く。
「今の、だよな?」
「はい、動きましたよね・・・あ、また」
手の平に伝わる微かな感覚。それを感じた瞬間に紗己も胎動を伝えてきたので、やはりこの感覚は腹の中からの自己主張なのだと理解した土方は、興奮に胸を震わせながら感嘆の息を漏らした。
「はっ・・・すげェ・・・」
紗己の下腹に手を当てたまま、濃藍色の着物を凝視する。
本当にここにいるんだな・・・・・・。思わず胸中で呟いた。
紗己は現在、妊娠五ヶ月の後半だ。今月に入ってからの健診は、土方は仕事の都合で一緒に行くことが出来なかったが、帰宅した彼女にエコー写真を見せてもらい、何とも不思議な気分になった。
妊娠させた夜の記憶が無いという事情も影響しているのだろうが、彼女の腹の中に赤ん坊がいるという事実は、頭では理解していてもどこか現実味がないように感じていたのだ。
妊娠初期からつわりが重くて寝込んだり、体調不良で倒れたりしていた紗己を間近で見てきて、日々その身を案じていた土方にとっては、紗己がか弱い妊婦であることは重々承知していたが、そこに腹の中の赤ん坊が成長しているといった実感は無かった。
それがつわりも落ち着き安定期に入り、それまでほとんど目立たなかった腹も今では少し丸みを帯びて、ようやく腹の中に赤ん坊がいるのだと、その存在を僅かに感じ始めていたところだった。
「ここで、生きてるんだな・・・・・・」
銀色の帯にそっと額を当てて吐息混じりに呟くと、また紗己の下腹に当てていた手のひらに微かな感覚が届いた。
胸が詰まる思いで身動き出来ずに固まっている土方に、紗己がフフっと小さく笑って話し掛ける。
「赤ちゃんってね、声が分かるんですって」
「声?」
軽く顔を上げて訊き返すと、母性に満ちた表情を浮かべた紗己が言葉を続ける。
「ええ。今くらいの週数だと、私の心音とかが聴こえてて。あとひと月もしたら、お腹の外から話し掛けられた声が、ちゃんと聞き分けられるんですって」
下を向いて話しているために、はらはらと顔にかかる髪を耳に掛けて、自分を見上げている土方に優しく微笑んだ。
慈しみの眼差しはどこか面映ゆい。
そしてここが自室でもなければ二人きりでもないことを思い出した土方は、出来るだけ無表情を繕いながら、
「そりゃァ、ひと月後が楽しみだ」
あっさりとした声音で言うと、すくっと立ち上がった。
急に冷静な雰囲気を醸し出し背筋を伸ばす土方の姿に、紗己はくすりと笑ってから、自身の下腹にまた両手を当てる。
「もしかしたら、もう分かってるかも知れないですよ、土方さんの声」
優しい声で言われ、ますます気恥ずかしくなってしまった土方は、軽く咳払いをしてから胸を張って衿を正した。
「もうひと月は先の話だろ、そりゃ」
「いやいや、案外もう聞き分けれてんじゃねーの」
「っ!」
突然背後から聞こえた声に、土方は髪を揺らして勢いよく振り向き、和室を飛び出た。
するとそこには、二間を仕切る襖と同じ面の壁に、身体を凭れさせている銀時の姿が。