第十章
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「っ、土方さん?」
驚いた紗己が後ろを振り返ろうとしたが、自分よりも大きな身体に肩から抱き締められ、首筋に顔を寄せられているため、全く身動きが出来ない。
(土方さん・・・・・・)
紗己は吐息すると、肩から回された土方の腕にそっと触れた。着物の袖が捲れてむき出しになっている逞しい腕を、白く細い指先できゅっと掴む。
窓の外に見えるしんしんと降る雪が、夕暮れの町も、募る不安も、全て薄灰色に染めていく。
自身の腕を掴む、言葉に出来ない想いを託した紗己の手の温もりに、今彼女が欲しているのは安心なのだと土方は改めて思い知る。
「大丈夫だ、紗己」
甘い花の匂いがほのかに香る、温かな首筋に顔を埋めながらそう言うと、紗己を抱き締める腕に力を込めた。
「お前は何も心配しなくていい。安心してろ」
「・・・・・・」
紗己は何も答えないが、小さく頷く。
こんな状況で安心しろなんて、どだい無理な話だ。自分で言っておきながら心の内で否定する。
それでも。たとえ仮初めの言葉であっても、信じていればそれは本物に変わる。
願いを込めた『約束』に変わるんだ――。
土方は紗己の軟らかな髪を堪能するように甘い花の香りを胸いっぱいに吸い込むと、普段彼女と接する時と同じ、穏やかな声音で話し掛けた。
「次の非番の時、一緒にどっか出掛けるぞ」
「えっ・・・」
「昨夜行けなかっただろ。だからその着物着て、今度一緒に出掛けてくれるか」
少し照れ臭そうに、紗己の耳の後ろに額を擦り付けるようにして言うと、艷やかな髪の束がはらりと流れて、白いうなじが姿を見せた。
首筋が露わになり、そこにかかる土方の熱い息に肩を強張らせつつも紗己は、
「約束、してくれるんですか・・・・・・?」
上擦った声で訊き返した。夫のくれた言葉の意味を理解したのだ。
「ああ、約束だ。俺が出来ない約束はしねェ男だって、お前ちゃんと知ってるだろ」
「はい・・・っ、知ってま、す・・・」
紗己の首筋から少し顔を上げて、自信に満ちた声音で告げれば、彼女は土方の腕を先程よりも強く掴み、半月型の瞳に涙を堪え、震える声で答えた。
小刻みに震える紗己の肩を抱き締めながら、これで良かったんだ――土方は胸中で呟いた。
ちゃんと安心を与えてやることが出来た。残していく紗己の心を覆う不安が、少しでも軽くなれば良い。
そう願いながら、彼女と交わした約束に想いを巡らせ、土方はきつく目を閉じた。
此度対峙することとなった敵は、幕府に仕える土方にとってはかなり厄介な相手だ。
敵が攘夷浪士であれば、それこそいくらでも好き放題暴れられる。だが相手が幕府の高官となれば、そう簡単にはいかない。
強欲な者には、同じように私利私欲に走る者が寄ってくるものだ。敵がどれだけ幕府内に根回しをしているか分からない限り、下手な動きを見せるわけにはいかない。
そう、下手を打てば自分の身はともかく、真選組の存続も危ぶまれる事態になりかねない。だからこそ土方は、もしもの時のために紗己をここに預けたのだ。
だがそれは、愛しい妻を確実に護りきるための選択であって、決して諦めではない。
出来ない約束はしない。だからこそ、交わした約束は希望になる。
それを必ず守らなければならないと、自分自身を奮い立たせる糧にもなる。
(必ず迎えに来る。そのために約束をしたんだ)
紗己を抱き締める腕に力を込めると、より一層柔らかさと温もりが伝わってくる。
幸せを感じるその心地良い感触が、土方の秘めたる想いに火を点けた。
(そうだ、必ず叶えたいと思える約束をすればいい――)
不条理に仕掛けられた戦いに勝つために、今こそこの 約束が必要なんだと、土方は濃藍色の衿から覗く愛しい妻の儚げな白いうなじに、そっと唇を這わせた。
「っ・・・あ、」
腕の中の紗己が艶めいた声を上げ、首筋から広がる快感から逃れようと身をくねらすが、土方もまた逞しい腕に更に力を込めて、その動きを制する。
紗己が甘い吐息を漏らす中、滑らかなうなじに吸い付いては音を立てて小さな口付けを何度も落とす。そして感情の昂りをぶつけるように、唇を開いて愛しい妻の白肌に激しく吸い付いた。
「は・・・っ、んっ」
耳の後ろから聴こえる湿り気を帯びた音と、首筋に感じるピリピリとした甘い痛み。漏れ出てしまう声を抑えようと紗己が必死に自身の指で口元を押さえていると、ようやく抱き締められていた腕から力が抜かれ、首筋に感じていた熱からも解放された。
「っ、土方、さん・・・」
熱に潤んだ瞳で振り返ると、男らしい色気を纏った土方が片側の口角を上げて言った。
「これも、約束な」
「え、何が・・・ですか?」
言葉の意味が分からずに、眉を寄せて首を傾げていると、愉しそうな笑みを浮かべた土方が、紗己の首筋にスッと手を伸ばした。
「この痕が消えるまでには迎えに来る」
「え、痕って・・・え、あっ!」
言われた意味に気付き、紗己は慌てて紅い痕が残る首筋に手を当てた。
「強く付けたから、あと一日は消えねーよ」
喉を鳴らして笑うと、目の前の紗己は恥ずかしそうに頬を赤らめ、
「髪、上げられないじゃないですか・・・・・・」
俯きながら呟いた。
「寒いんだし、下ろしとけばいいじゃねーか」
悪びれもせずに言ってから、土方は片手を腰に当てて大きな背中を丸めると、俯く紗己の耳元に顔を近付けた。
「続きは屯所に帰ってから、な」
耳の中に少し掠れた声が低く響いて、思わず紗己は顔を上げて瞬きを繰り返す。
「もも、もう!土方さんったら・・・」
「これも約束 だぞ」
照れている紗己が可愛くて、彼女が恥ずかしがる様をついつい見たくなってしまう。だが、本格的に時間が無いことを思い出した土方は、諦めたように嘆息してから紗己の頭を軽く撫でた。
「それじゃあ、もう行くな」
「はい」
触れ合いの時間が気を紛らせてくれたとは言え、別れの言葉を掛けられると途端に不安が胸の中を侵食し始める。
それでも紗己は、その不安を胸に押し込めて笑顔を作った。
妻の表情の変化に気付いてはいるものの、彼女の気持ちを汲んで土方も平静を保つ。
「心配すんな、大丈夫だ」
それだけ言うと、部屋の入口へと歩を進めて襖に手を掛ける。
「悪ィ、遅くなった・・・」
言いながら和室から出た途端、背後から「あっ!」と紗己の焦りを含んだ声が土方の耳に飛び込んできた。
驚いた土方は妻の様子を確認しようと、すぐさま後ろを振り向く。
すると紗己は、土方の真後ろで口を半分開いたまま、自身の腹を両手で押さえて立ち尽くしていた。
驚いた紗己が後ろを振り返ろうとしたが、自分よりも大きな身体に肩から抱き締められ、首筋に顔を寄せられているため、全く身動きが出来ない。
(土方さん・・・・・・)
紗己は吐息すると、肩から回された土方の腕にそっと触れた。着物の袖が捲れてむき出しになっている逞しい腕を、白く細い指先できゅっと掴む。
窓の外に見えるしんしんと降る雪が、夕暮れの町も、募る不安も、全て薄灰色に染めていく。
自身の腕を掴む、言葉に出来ない想いを託した紗己の手の温もりに、今彼女が欲しているのは安心なのだと土方は改めて思い知る。
「大丈夫だ、紗己」
甘い花の匂いがほのかに香る、温かな首筋に顔を埋めながらそう言うと、紗己を抱き締める腕に力を込めた。
「お前は何も心配しなくていい。安心してろ」
「・・・・・・」
紗己は何も答えないが、小さく頷く。
こんな状況で安心しろなんて、どだい無理な話だ。自分で言っておきながら心の内で否定する。
それでも。たとえ仮初めの言葉であっても、信じていればそれは本物に変わる。
願いを込めた『約束』に変わるんだ――。
土方は紗己の軟らかな髪を堪能するように甘い花の香りを胸いっぱいに吸い込むと、普段彼女と接する時と同じ、穏やかな声音で話し掛けた。
「次の非番の時、一緒にどっか出掛けるぞ」
「えっ・・・」
「昨夜行けなかっただろ。だからその着物着て、今度一緒に出掛けてくれるか」
少し照れ臭そうに、紗己の耳の後ろに額を擦り付けるようにして言うと、艷やかな髪の束がはらりと流れて、白いうなじが姿を見せた。
首筋が露わになり、そこにかかる土方の熱い息に肩を強張らせつつも紗己は、
「約束、してくれるんですか・・・・・・?」
上擦った声で訊き返した。夫のくれた言葉の意味を理解したのだ。
「ああ、約束だ。俺が出来ない約束はしねェ男だって、お前ちゃんと知ってるだろ」
「はい・・・っ、知ってま、す・・・」
紗己の首筋から少し顔を上げて、自信に満ちた声音で告げれば、彼女は土方の腕を先程よりも強く掴み、半月型の瞳に涙を堪え、震える声で答えた。
小刻みに震える紗己の肩を抱き締めながら、これで良かったんだ――土方は胸中で呟いた。
ちゃんと安心を与えてやることが出来た。残していく紗己の心を覆う不安が、少しでも軽くなれば良い。
そう願いながら、彼女と交わした約束に想いを巡らせ、土方はきつく目を閉じた。
此度対峙することとなった敵は、幕府に仕える土方にとってはかなり厄介な相手だ。
敵が攘夷浪士であれば、それこそいくらでも好き放題暴れられる。だが相手が幕府の高官となれば、そう簡単にはいかない。
強欲な者には、同じように私利私欲に走る者が寄ってくるものだ。敵がどれだけ幕府内に根回しをしているか分からない限り、下手な動きを見せるわけにはいかない。
そう、下手を打てば自分の身はともかく、真選組の存続も危ぶまれる事態になりかねない。だからこそ土方は、もしもの時のために紗己をここに預けたのだ。
だがそれは、愛しい妻を確実に護りきるための選択であって、決して諦めではない。
出来ない約束はしない。だからこそ、交わした約束は希望になる。
それを必ず守らなければならないと、自分自身を奮い立たせる糧にもなる。
(必ず迎えに来る。そのために約束をしたんだ)
紗己を抱き締める腕に力を込めると、より一層柔らかさと温もりが伝わってくる。
幸せを感じるその心地良い感触が、土方の秘めたる想いに火を点けた。
(そうだ、必ず叶えたいと思える約束をすればいい――)
不条理に仕掛けられた戦いに勝つために、今こそ
「っ・・・あ、」
腕の中の紗己が艶めいた声を上げ、首筋から広がる快感から逃れようと身をくねらすが、土方もまた逞しい腕に更に力を込めて、その動きを制する。
紗己が甘い吐息を漏らす中、滑らかなうなじに吸い付いては音を立てて小さな口付けを何度も落とす。そして感情の昂りをぶつけるように、唇を開いて愛しい妻の白肌に激しく吸い付いた。
「は・・・っ、んっ」
耳の後ろから聴こえる湿り気を帯びた音と、首筋に感じるピリピリとした甘い痛み。漏れ出てしまう声を抑えようと紗己が必死に自身の指で口元を押さえていると、ようやく抱き締められていた腕から力が抜かれ、首筋に感じていた熱からも解放された。
「っ、土方、さん・・・」
熱に潤んだ瞳で振り返ると、男らしい色気を纏った土方が片側の口角を上げて言った。
「これも、約束な」
「え、何が・・・ですか?」
言葉の意味が分からずに、眉を寄せて首を傾げていると、愉しそうな笑みを浮かべた土方が、紗己の首筋にスッと手を伸ばした。
「この痕が消えるまでには迎えに来る」
「え、痕って・・・え、あっ!」
言われた意味に気付き、紗己は慌てて紅い痕が残る首筋に手を当てた。
「強く付けたから、あと一日は消えねーよ」
喉を鳴らして笑うと、目の前の紗己は恥ずかしそうに頬を赤らめ、
「髪、上げられないじゃないですか・・・・・・」
俯きながら呟いた。
「寒いんだし、下ろしとけばいいじゃねーか」
悪びれもせずに言ってから、土方は片手を腰に当てて大きな背中を丸めると、俯く紗己の耳元に顔を近付けた。
「続きは屯所に帰ってから、な」
耳の中に少し掠れた声が低く響いて、思わず紗己は顔を上げて瞬きを繰り返す。
「もも、もう!土方さんったら・・・」
「これも
照れている紗己が可愛くて、彼女が恥ずかしがる様をついつい見たくなってしまう。だが、本格的に時間が無いことを思い出した土方は、諦めたように嘆息してから紗己の頭を軽く撫でた。
「それじゃあ、もう行くな」
「はい」
触れ合いの時間が気を紛らせてくれたとは言え、別れの言葉を掛けられると途端に不安が胸の中を侵食し始める。
それでも紗己は、その不安を胸に押し込めて笑顔を作った。
妻の表情の変化に気付いてはいるものの、彼女の気持ちを汲んで土方も平静を保つ。
「心配すんな、大丈夫だ」
それだけ言うと、部屋の入口へと歩を進めて襖に手を掛ける。
「悪ィ、遅くなった・・・」
言いながら和室から出た途端、背後から「あっ!」と紗己の焦りを含んだ声が土方の耳に飛び込んできた。
驚いた土方は妻の様子を確認しようと、すぐさま後ろを振り向く。
すると紗己は、土方の真後ろで口を半分開いたまま、自身の腹を両手で押さえて立ち尽くしていた。