第十章
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紗己の両頬を包み込んでいた大きな手をそっと下ろした土方は、満足気に吐息してからさっと前髪を掻き上げた。
「もうそろそろ、行かなきゃならねェ時間だ」
「は、はい!」
激しい口付けとは一転して普段通りの土方の様子に、かえって恥ずかしさが込み上げてきた。紗己は顔に集中してしまった熱を逃がそうと、紅い頬に自身の両手指をペチペチと何度も押し当てる。
先程までの艶っぽさは何処へやら、急に目の前であたふたと可愛らしい様子を見せる紗己に、思わず土方は眉を寄せて吹き出してしまった。
「っ、何やってんだ、お前」
「え、あ、そのっ、熱くって・・・」
「そうやってると熱は引くのか?」
少し口角を上げて意地悪く訊いてみると、紗己は恥ずかしそうに両手を頬から下ろして、「まだ、熱いです・・・」ぽつりぽつりと呟いた。
「だろうな。顔、赤いぞ」
にやりと笑って言ってやれば、目の前の紗己は上気したきめの細かい頬を少し膨らませ、潤んだ瞳で土方を見つめる。
「・・・ずるいです、土方さん」
恥じらいながらも、赤みを帯びた艷やかな唇を僅かに尖らせて、拗ねたように言う。
だがそんな表情をされても、ただただ可愛らしいとしか思えない土方は、
「何がだよ」
またも吹き出しそうになるのをぐっと堪えながら、涼しい顔をして訊き返した。
すると紗己は、太腿の上で両手の指をもじもじと動かしながら話し出す。
「だって、私だけ・・・土方さん、もういつも通りなんだもの」
「そりゃァ、まあ、そうだろ。お前はまだ慣れないみてーだな」
フッと軽く笑って見せると、紗己はますます恥ずかしそうに身を縮こまらせる。
「やだもう・・・言わないでください」
伏し目がちに言うと、はらはらと顔にかかった髪を耳に掛ける。濃藍色の着物から覗く紗己の白い首筋が、羞恥からか、それとも熱い口付けの余韻か、ほんのりと桃色に染まっている。その欲情をそそられる眺めに、土方は生唾を飲んだ。
ああ、今すぐにでも欲しい。全部が欲しい。めちゃくちゃにしてやりたくなる――狂おしいほどの愛しさに、本能が激しく揺さぶられる。
だがここは自室ではないし、仮に自室であったとしてもそんなことをしている状況ではない。そう、とにかく時間がない。とは言え、そんな状況ではない中で熱い口付けを交わしていたのだが。
二人が初めて正常な意識下で口付けをしたのは、先月のこと。祝言の翌週、出張に行く日の朝だった。
その後出張から戻った土方は、自身が正しいと思える順序を追ってゆっくりと時間を掛け、決して急かさないように紗己の気持ちを慮りながら、日々彼女との関係を深めてきた。そしてようやくここ最近になって、深く熱い口付けを交わし合うまでに至ったのだ。
何で今日に限って、こんなに欲しくて堪らねーんだ。そもそも出産を終えるまでは抱かねェって決めただろうが。
気を緩めるとタガが外れそうになってしまう自分に、いやいや待て、とにかく落ち着けと理性を総動員させる。
出産を終えるまで抱かないと決めたのは、紗己が出産に向けて万全の体制を整えたいと話していたからだ。それは、もう無茶をして倒れるようなことはしないという趣旨の発言なのだが、彼女が身体を繋げる事に不安を感じていると思い込んでいる土方は、彼女の決断に寄り添うために、そう決意した。
だが、愛しい妻と日々同じ部屋で過ごし、時に抱き締め合い口付けを交わせば、だんだんとその決意も揺らぐというもの。特に最近口付けが一段と深いものになってからは、沸き上がる欲望を爆発させないよう制御するのに必死だった。
そして、今のこの状況だ。これから土方は非常に厄介な敵と対峙せねばならない。斬り合いにおいては命の危険をそう感じることもない相手だが、下手を打てば自分の立場も真選組の立場も危うくなる。敵の手の回し具合によっては、幕府から非情な命令を下される可能性もある。
だが、紗己の命を護るためには形振り構っていられない。何が何でも敵を殲滅しなければならない。
窮地に立たされているからこそ、本能が生きるための欲を渇望しているのだ。
「土方さん? どうか、しましたか」
「・・・いや、何でもねェ」
頭の中で理性と本能がせめぎ合っていたが、勝利したのは理性の方だった。
体感では、そろそろ二十分は過ぎた頃だろう。戦いを前にした貴重な逢瀬の時であっても、さすがにこれ以上人を待たせるわけにはいかない。
土方は肩の力を抜いて嘆息すると、首の後ろを撫でながら紗己を見やった。
「もう時間だ。そろそろ行かねェと」
そう言って立ち上がると、紗己もそれに合わせるように裾を押さえて立ち上がった。
少しの間忘れていられた現実にまた引き戻され、恥ずかしそうに赤らんでいた頬も、今は不安の色に染まっている。
だが、これではいけないと思ったのだろう。紗己はゆっくりと息を吐き出すと、微かに震える唇をきゅっと引き締め、すぐにいつもと変わらない穏やかな笑顔を作って見せた。
「気を付けてくださいね」
「ああ」
「外は寒いですから、風邪引かないように・・・」
言いながらふと窓の外に目を向けると、紗己は僅かに目を細めて吐息した。
「雪、降ってたんですね・・・」
窓の方に二、三歩近付き、灰色の町に降り注ぐ雪を眺めて静かに呟く。
その後ろ姿はあまりにも切なく、儚げで。
困らせてはいけないと、不安を隠すために笑顔を見せる紗己の、それでも隠しきれない悲痛な想いがひしひしと伝わり、土方は堪らず後ろから彼女を抱き締めた。
「もうそろそろ、行かなきゃならねェ時間だ」
「は、はい!」
激しい口付けとは一転して普段通りの土方の様子に、かえって恥ずかしさが込み上げてきた。紗己は顔に集中してしまった熱を逃がそうと、紅い頬に自身の両手指をペチペチと何度も押し当てる。
先程までの艶っぽさは何処へやら、急に目の前であたふたと可愛らしい様子を見せる紗己に、思わず土方は眉を寄せて吹き出してしまった。
「っ、何やってんだ、お前」
「え、あ、そのっ、熱くって・・・」
「そうやってると熱は引くのか?」
少し口角を上げて意地悪く訊いてみると、紗己は恥ずかしそうに両手を頬から下ろして、「まだ、熱いです・・・」ぽつりぽつりと呟いた。
「だろうな。顔、赤いぞ」
にやりと笑って言ってやれば、目の前の紗己は上気したきめの細かい頬を少し膨らませ、潤んだ瞳で土方を見つめる。
「・・・ずるいです、土方さん」
恥じらいながらも、赤みを帯びた艷やかな唇を僅かに尖らせて、拗ねたように言う。
だがそんな表情をされても、ただただ可愛らしいとしか思えない土方は、
「何がだよ」
またも吹き出しそうになるのをぐっと堪えながら、涼しい顔をして訊き返した。
すると紗己は、太腿の上で両手の指をもじもじと動かしながら話し出す。
「だって、私だけ・・・土方さん、もういつも通りなんだもの」
「そりゃァ、まあ、そうだろ。お前はまだ慣れないみてーだな」
フッと軽く笑って見せると、紗己はますます恥ずかしそうに身を縮こまらせる。
「やだもう・・・言わないでください」
伏し目がちに言うと、はらはらと顔にかかった髪を耳に掛ける。濃藍色の着物から覗く紗己の白い首筋が、羞恥からか、それとも熱い口付けの余韻か、ほんのりと桃色に染まっている。その欲情をそそられる眺めに、土方は生唾を飲んだ。
ああ、今すぐにでも欲しい。全部が欲しい。めちゃくちゃにしてやりたくなる――狂おしいほどの愛しさに、本能が激しく揺さぶられる。
だがここは自室ではないし、仮に自室であったとしてもそんなことをしている状況ではない。そう、とにかく時間がない。とは言え、そんな状況ではない中で熱い口付けを交わしていたのだが。
二人が初めて正常な意識下で口付けをしたのは、先月のこと。祝言の翌週、出張に行く日の朝だった。
その後出張から戻った土方は、自身が正しいと思える順序を追ってゆっくりと時間を掛け、決して急かさないように紗己の気持ちを慮りながら、日々彼女との関係を深めてきた。そしてようやくここ最近になって、深く熱い口付けを交わし合うまでに至ったのだ。
何で今日に限って、こんなに欲しくて堪らねーんだ。そもそも出産を終えるまでは抱かねェって決めただろうが。
気を緩めるとタガが外れそうになってしまう自分に、いやいや待て、とにかく落ち着けと理性を総動員させる。
出産を終えるまで抱かないと決めたのは、紗己が出産に向けて万全の体制を整えたいと話していたからだ。それは、もう無茶をして倒れるようなことはしないという趣旨の発言なのだが、彼女が身体を繋げる事に不安を感じていると思い込んでいる土方は、彼女の決断に寄り添うために、そう決意した。
だが、愛しい妻と日々同じ部屋で過ごし、時に抱き締め合い口付けを交わせば、だんだんとその決意も揺らぐというもの。特に最近口付けが一段と深いものになってからは、沸き上がる欲望を爆発させないよう制御するのに必死だった。
そして、今のこの状況だ。これから土方は非常に厄介な敵と対峙せねばならない。斬り合いにおいては命の危険をそう感じることもない相手だが、下手を打てば自分の立場も真選組の立場も危うくなる。敵の手の回し具合によっては、幕府から非情な命令を下される可能性もある。
だが、紗己の命を護るためには形振り構っていられない。何が何でも敵を殲滅しなければならない。
窮地に立たされているからこそ、本能が生きるための欲を渇望しているのだ。
「土方さん? どうか、しましたか」
「・・・いや、何でもねェ」
頭の中で理性と本能がせめぎ合っていたが、勝利したのは理性の方だった。
体感では、そろそろ二十分は過ぎた頃だろう。戦いを前にした貴重な逢瀬の時であっても、さすがにこれ以上人を待たせるわけにはいかない。
土方は肩の力を抜いて嘆息すると、首の後ろを撫でながら紗己を見やった。
「もう時間だ。そろそろ行かねェと」
そう言って立ち上がると、紗己もそれに合わせるように裾を押さえて立ち上がった。
少しの間忘れていられた現実にまた引き戻され、恥ずかしそうに赤らんでいた頬も、今は不安の色に染まっている。
だが、これではいけないと思ったのだろう。紗己はゆっくりと息を吐き出すと、微かに震える唇をきゅっと引き締め、すぐにいつもと変わらない穏やかな笑顔を作って見せた。
「気を付けてくださいね」
「ああ」
「外は寒いですから、風邪引かないように・・・」
言いながらふと窓の外に目を向けると、紗己は僅かに目を細めて吐息した。
「雪、降ってたんですね・・・」
窓の方に二、三歩近付き、灰色の町に降り注ぐ雪を眺めて静かに呟く。
その後ろ姿はあまりにも切なく、儚げで。
困らせてはいけないと、不安を隠すために笑顔を見せる紗己の、それでも隠しきれない悲痛な想いがひしひしと伝わり、土方は堪らず後ろから彼女を抱き締めた。