第十章
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「悪かった、本当に悪かった・・・もう言わねェよ」
「ふ・・・っ、う・・・」
「もう二度と言わねェから・・・許してくれ」
細い肩を抱き締めながら、軟らかな髪に顔を埋めて耳元で囁く。腕の中の紗己は一瞬ビクッと肩を震わせたが、すぐにこくんと頷き、ゆっくり土方から身体を離した。
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
「いや、俺が悪かった。嫌な思いさせちまったな」
乱れてしまった髪を手櫛で整えながら謝る紗己に、土方もまた彼女の肩を優しくさすりながら謝罪する。
まさかコイツがあんなに感情を露わにするとはな・・・・・・。
思いながら、着物越しに手の平へと伝わってくる柔らかい感触に、愛する者がそばに居る幸せを噛み締める。
だが、深く愛されていることに心が救われた思いである反面、胸の奥が鈍く疼く。彼女から受け取った幸せと同じだけの幸せを、自分は彼女に返せているだろうか――と。
胸の痛みに吐息しながら、土方は眉を寄せてきつく目を閉じる。
今やるべきことは、あれこれ思い悩むことじゃない。俺は何が何でもコイツを護るだけだ――そう自分を鼓舞すると、紗己の肩をさすっていた手を止めてゆっくりと目を開け、葛藤を抑え込んだ重く鋭い眼差しで彼女を見つめた。
「何があろうと、この件は俺の手で片付ける。俺が必ず終わらせる。だから、ここで待っててくれ」
「・・・はい」
両肩の力強い温もりが大丈夫だと言っているように思えて、紗己もまた土方を見つめながら頷き答えた。
だが、途端に不快な焦燥感が背中をぞわりと撫でていき、言い知れぬ不安が思考に纏わり付いて息が苦しくなる。
出会ってから今日まで、土方が攘夷浪士と対峙することは幾度もあったし、何なら傷を負って帰って来ることだってあった。かっちりとした隊服姿の背中を見送る時はいつだって多少の不安は感じていたが、それでも紗己は、きっと大丈夫だと、必ず無事に帰ってくると、いつでも信じて待っていられた。
なのにどうしてだろう、今は襲い掛かる不安に押し潰されそうになる。
怖い。行ってほしくない。行かないで! 置いていかないで――!
「紗己、おいどうした」
「・・・っ、あ、いえ」
頭の中にモヤのように不安が立ち込め、声を掛けられていたことにすぐに気付けなかった。これじゃいけない、しっかりしなければと紗己は胸中で自身を叱咤して、いつもと同じ笑顔を作って見せる。
「ご、ごめんなさい! もう時間ですよね・・・」
「ああ・・・・・・」
表面上はいつもと変わらないが、紗己の笑顔の奥には不安や動揺が見え隠れしている。それが今このタイミングで見せられたものだけに、不安や動揺の対象は自分なのだと土方は認識した。
「紗己」
愛しい妻の名を呼びながら、彼女の肩に乗せていた手に力を込めて、再び身体を引き寄せた。ぽてっと倒れ込んできた妻を、そう強くない力加減で抱き締めると、軟らかな髪に唇を寄せて静かに訊ねる。
「怖いか」
「え・・・」
「今から俺が行っちまうのが、怖いのか」
土方の言葉に紗己は、丸みを帯びた額を厚い胸板に押し付け吐息した。ああ、この人は気付いてるんだ・・・・・・。
怖い。行かないでほしい。そう言えたのなら少しは気持ちが楽になるのだろうか。
いいえ、そうはならない。紗己は胸の内で言葉を零した。
紗己は土方十四朗という人間を正しく理解している。彼は夫である前に、剣に生きる侍なのだ。その険しい道に迷いをもたらすような真似はしてはならない。
だからこそ、言葉に出来ない想いを胸の中に仕舞い込む。言ってはいけない。後ろ髪を引かれる思いをさせてはいけない。私は侍の妻だから――。
「平気、ですよ」
逞しい胸に頬擦りをしてそう言うと、紗己は両手を二人の間に割り込ませて上体を起こした。空気の玉がつかえているような喉元の苦しさを何とか堪えて、自分を見つめる土方に笑顔を見せる。
「怖くなんて、ないです。だって・・・私は、侍であるあなたの妻ですから」
「・・・・・・」
いつもよりぎこちない笑顔を前に、土方は言葉を飲み込んだ。
作られた笑みの中に滲んで見える恐れに、気付かないわけがない。けれどこれが彼女の決意なのだと、心置きなく戦えるように笑顔で見送ろうとしてくれていることが分かるから、優しい言葉を掛けて気持ちを吐き出させてやることも出来ない。
愛する妻に辛い決意をさせていることを心苦しく思う土方だったが、せめて安心くらいは与えてやりたいと、武骨な手で紗己の頭を撫でてから、その手を滑らせて彼女の頬を優しく包んだ。
「必ず迎えに来る。約束だ、絶対に迎えに来るから待ってろ」
常よりも低い、けれど熱い声音が静かな部屋に響く。愛する夫のその声が、紗己の心を覆っていた不安や恐れを飲み込み、強い熱となって彼女の胸に沁み渡っていく。
込み上げる熱に感情を揺さぶられながらも、紗己は必死に涙を堪え、声を震わせて言葉を紡いだ。
「っ、はい・・・待ってます、必ず、迎えに来てくれるって・・・信じて、ます・・・っ」
「ああ、約束だ」
しっかりと言い切ると、紗己の頬を包んだ手はそのままに、もう片方の手でも彼女の滑らかな頬を包み込んで、そのまま互いに顔を近付け唇を重ねた。
柔らかな弾力を確かめるように、何度も唇を合わせて感触を愉しむ。時折漏れる紗己の切なげな吐息混じりの声をもっと聴きたくて、上唇を食み、下唇を軽く吸い、そのどちらも甘噛みすればまた紗己が艷やかな声を漏らし、それが甘い電流となって土方の体内を駆け巡る。そうやって互いの口から漏れる息を混じり合わせながら、やがて二人は舌を絡ませ合った。
紗己の甘美な声と息遣い、口腔内から漏れ出るどちらのものとも分からない水音が、舌を絡ませ合う度に感じる溶けるような熱と相まって、もっと欲しい、全てが欲しいと土方の本能に働き掛ける。
「っ、紗己・・・」
唇を重ねたまま、荒い息で愛しい妻の名を呼ぶ。彼女の顔を見たくて一瞬だけ唇を離すと、紗己は恍惚とした表情を浮かべ、必死に土方の着物にしがみつきながら夫の名を呼び返した。
「土、方さ・・・ん・・・っ」
「っ、」
潤んだ瞳が、上気した頬が、もっと欲しいとせがんでいるように思えて、土方は堪らず彼女の熱い口腔内にまた舌を割り込ませる。
柔らかな舌を絡め取り、優しい加減で吸い付けば、紗己はその身をビクッと震わせ、熱い吐息を漏らした。
これ以上はマズいか・・・・・・。
愛しい妻との熱い口付けを存分に味わっていた土方だったが、時間は決して待ってくれない。それにそろそろ我慢の限界も近い。
土方は名残惜しそうに唇を離すと、これで最後だと、紗己の艶を帯びた紅い唇に軽く口付けを落とした。
「ふ・・・っ、う・・・」
「もう二度と言わねェから・・・許してくれ」
細い肩を抱き締めながら、軟らかな髪に顔を埋めて耳元で囁く。腕の中の紗己は一瞬ビクッと肩を震わせたが、すぐにこくんと頷き、ゆっくり土方から身体を離した。
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
「いや、俺が悪かった。嫌な思いさせちまったな」
乱れてしまった髪を手櫛で整えながら謝る紗己に、土方もまた彼女の肩を優しくさすりながら謝罪する。
まさかコイツがあんなに感情を露わにするとはな・・・・・・。
思いながら、着物越しに手の平へと伝わってくる柔らかい感触に、愛する者がそばに居る幸せを噛み締める。
だが、深く愛されていることに心が救われた思いである反面、胸の奥が鈍く疼く。彼女から受け取った幸せと同じだけの幸せを、自分は彼女に返せているだろうか――と。
胸の痛みに吐息しながら、土方は眉を寄せてきつく目を閉じる。
今やるべきことは、あれこれ思い悩むことじゃない。俺は何が何でもコイツを護るだけだ――そう自分を鼓舞すると、紗己の肩をさすっていた手を止めてゆっくりと目を開け、葛藤を抑え込んだ重く鋭い眼差しで彼女を見つめた。
「何があろうと、この件は俺の手で片付ける。俺が必ず終わらせる。だから、ここで待っててくれ」
「・・・はい」
両肩の力強い温もりが大丈夫だと言っているように思えて、紗己もまた土方を見つめながら頷き答えた。
だが、途端に不快な焦燥感が背中をぞわりと撫でていき、言い知れぬ不安が思考に纏わり付いて息が苦しくなる。
出会ってから今日まで、土方が攘夷浪士と対峙することは幾度もあったし、何なら傷を負って帰って来ることだってあった。かっちりとした隊服姿の背中を見送る時はいつだって多少の不安は感じていたが、それでも紗己は、きっと大丈夫だと、必ず無事に帰ってくると、いつでも信じて待っていられた。
なのにどうしてだろう、今は襲い掛かる不安に押し潰されそうになる。
怖い。行ってほしくない。行かないで! 置いていかないで――!
「紗己、おいどうした」
「・・・っ、あ、いえ」
頭の中にモヤのように不安が立ち込め、声を掛けられていたことにすぐに気付けなかった。これじゃいけない、しっかりしなければと紗己は胸中で自身を叱咤して、いつもと同じ笑顔を作って見せる。
「ご、ごめんなさい! もう時間ですよね・・・」
「ああ・・・・・・」
表面上はいつもと変わらないが、紗己の笑顔の奥には不安や動揺が見え隠れしている。それが今このタイミングで見せられたものだけに、不安や動揺の対象は自分なのだと土方は認識した。
「紗己」
愛しい妻の名を呼びながら、彼女の肩に乗せていた手に力を込めて、再び身体を引き寄せた。ぽてっと倒れ込んできた妻を、そう強くない力加減で抱き締めると、軟らかな髪に唇を寄せて静かに訊ねる。
「怖いか」
「え・・・」
「今から俺が行っちまうのが、怖いのか」
土方の言葉に紗己は、丸みを帯びた額を厚い胸板に押し付け吐息した。ああ、この人は気付いてるんだ・・・・・・。
怖い。行かないでほしい。そう言えたのなら少しは気持ちが楽になるのだろうか。
いいえ、そうはならない。紗己は胸の内で言葉を零した。
紗己は土方十四朗という人間を正しく理解している。彼は夫である前に、剣に生きる侍なのだ。その険しい道に迷いをもたらすような真似はしてはならない。
だからこそ、言葉に出来ない想いを胸の中に仕舞い込む。言ってはいけない。後ろ髪を引かれる思いをさせてはいけない。私は侍の妻だから――。
「平気、ですよ」
逞しい胸に頬擦りをしてそう言うと、紗己は両手を二人の間に割り込ませて上体を起こした。空気の玉がつかえているような喉元の苦しさを何とか堪えて、自分を見つめる土方に笑顔を見せる。
「怖くなんて、ないです。だって・・・私は、侍であるあなたの妻ですから」
「・・・・・・」
いつもよりぎこちない笑顔を前に、土方は言葉を飲み込んだ。
作られた笑みの中に滲んで見える恐れに、気付かないわけがない。けれどこれが彼女の決意なのだと、心置きなく戦えるように笑顔で見送ろうとしてくれていることが分かるから、優しい言葉を掛けて気持ちを吐き出させてやることも出来ない。
愛する妻に辛い決意をさせていることを心苦しく思う土方だったが、せめて安心くらいは与えてやりたいと、武骨な手で紗己の頭を撫でてから、その手を滑らせて彼女の頬を優しく包んだ。
「必ず迎えに来る。約束だ、絶対に迎えに来るから待ってろ」
常よりも低い、けれど熱い声音が静かな部屋に響く。愛する夫のその声が、紗己の心を覆っていた不安や恐れを飲み込み、強い熱となって彼女の胸に沁み渡っていく。
込み上げる熱に感情を揺さぶられながらも、紗己は必死に涙を堪え、声を震わせて言葉を紡いだ。
「っ、はい・・・待ってます、必ず、迎えに来てくれるって・・・信じて、ます・・・っ」
「ああ、約束だ」
しっかりと言い切ると、紗己の頬を包んだ手はそのままに、もう片方の手でも彼女の滑らかな頬を包み込んで、そのまま互いに顔を近付け唇を重ねた。
柔らかな弾力を確かめるように、何度も唇を合わせて感触を愉しむ。時折漏れる紗己の切なげな吐息混じりの声をもっと聴きたくて、上唇を食み、下唇を軽く吸い、そのどちらも甘噛みすればまた紗己が艷やかな声を漏らし、それが甘い電流となって土方の体内を駆け巡る。そうやって互いの口から漏れる息を混じり合わせながら、やがて二人は舌を絡ませ合った。
紗己の甘美な声と息遣い、口腔内から漏れ出るどちらのものとも分からない水音が、舌を絡ませ合う度に感じる溶けるような熱と相まって、もっと欲しい、全てが欲しいと土方の本能に働き掛ける。
「っ、紗己・・・」
唇を重ねたまま、荒い息で愛しい妻の名を呼ぶ。彼女の顔を見たくて一瞬だけ唇を離すと、紗己は恍惚とした表情を浮かべ、必死に土方の着物にしがみつきながら夫の名を呼び返した。
「土、方さ・・・ん・・・っ」
「っ、」
潤んだ瞳が、上気した頬が、もっと欲しいとせがんでいるように思えて、土方は堪らず彼女の熱い口腔内にまた舌を割り込ませる。
柔らかな舌を絡め取り、優しい加減で吸い付けば、紗己はその身をビクッと震わせ、熱い吐息を漏らした。
これ以上はマズいか・・・・・・。
愛しい妻との熱い口付けを存分に味わっていた土方だったが、時間は決して待ってくれない。それにそろそろ我慢の限界も近い。
土方は名残惜しそうに唇を離すと、これで最後だと、紗己の艶を帯びた紅い唇に軽く口付けを落とした。