第十章
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――――――
姿見が無いためヨレや乱れが無いか確認出来ないが、ある程度の勘と慣れで着替えを進めていく。
冬の夜空のような濃藍色の地に、白い雪の結晶が全体に描かれた着物に身を包んだ紗己は、とある記憶に思いを馳せながら、シュルシュルと音を立てて伊達締めを腹に巻き付けた。
――それは先月の終わりのこと。その日非番だった土方と二人で町へ出掛けた際、通り掛かった呉服屋の店先に並んでいた反物を目にした土方が、珍しく足を止めて紗己のためにと仕立てを依頼したのだ。そうして先日仕立て上がったのが、この濃藍色の着物だった。
昨夜、もしも予定がキャンセルにならなければ、この着物に初めて袖を通して土方と二人で出掛けることになっていた。そのために紗己は午前中から、雪華文様のこの着物とそれに合わせた銀色の帯を箪笥から出して準備していたのだが、急遽予定が無くなってしまったために、着物や帯などをそれぞれまた箪笥に仕舞っていた。
そういった経緯があったので、先程土方から渡された替えの着物一式が昨夜着るつもりだった組み合わせであったことに驚き、そして思わず涙が出そうになった。ちゃんと見ていてくれた、私と同じように出掛けることを楽しみにしてくれていたのだと。
最後の仕上げに銀色の帯を文庫結びにすると、紗己はふぅっと息をついてから襖を開けた。
「あの、お待たせしました・・・」
言いながら一歩前に出ると、ソファの背もたれに軽く腰を掛けて待っていた土方を見やった。
土方は腕組みを解いてすっと立ち上がり、開いた襖の上の壁に掛けられている時計をチラッと確認した。紗己が着替え始めてからまだ五分しか経っておらず、これならばまだまだ十分時間に余裕がある。
彼もまた一息つくと、着替えを済ませた妻に穏やかな目を向けた。
「ああ」
短く返事をして、目の前に立つ妻をじっと見つめる。思った通り、濃藍の着物が白い肌によく似合っている。雪華文様も雪が好きなコイツにぴったりだ。
自身の選んだ着物が予想通り妻に似合っていることに満足しつつ、昨日出掛ける前に紗己が言っていたことを思い出す。
雪が降るかもって天気予報で言っていましたよ――そう言って嬉しそうに微笑んでいた紗己。あまり雪に悩まされない土地で生まれ育ったことと、冬生まれということもあってか、どうやら雪が好きらしい。
江戸で迎える初めての冬。今月に入ってちらちらと雪が降る日も出てきたが、その度に紗己は嬉しそうに雪の存在を教えてくれていた。だからこそ、土方は替えの着物にこれを選んだのだ。本来ならば、昨夜着るはずだったこの組み合わせを。
よく似合っていると紗己に伝えてやりたいが、それには周囲の目が気になる状況だ。土方はひゅっと息を吸い込んで表情を引き締め、ソファに座り出番を待っていた山崎に声を掛ける。
「おい山崎、始めるぞ」
「あ、はい!」
ちょうど立っている土方の真裏の位置に座っていた山崎が、慌てて立ち上がり土方と紗己の元へとやってきた。その山崎の姿を目にした途端、紗己は思わず「あっ・・・」と驚きの声を漏らした。
それもそのはず、山崎は下着は着けているものの、上半身は裸に羽織を着ているだけだっだ。
「あの、え・・・・・・?」
困惑に満ちた表情で土方と山崎を交互に見やる紗己に、夫である土方が妻を更に困惑させるであろう事を口にする。
「さっきまでお前が着てた着物、あれを今から山崎に着せる。悪ィが着付け手伝ってやってくれるか」
「え、着物って・・・あの、え・・・何で、ですか?」
目を丸くして問い掛ける紗己に、土方はそりゃそう思うよなといった顔で嘆息した。いきなり半裸の男に自分の脱いだばかりの着物を着せろと言われれば、誰だって目を丸くするだろう。
「ちゃんと説明する。だが、さっきも言ったように時間が無いんでな。話は着替えをしながらで頼む」
真剣な面持ちでそう言われると、これは余程のことなのだろうと納得せざるを得ない。紗己は眉を寄せつつ、小さく頷いた。
布団の上に置いていた、先程まで自分が着ていた肌襦袢を手に取り、それを恥ずかしそうに山崎に手渡す。すると山崎も申し訳ないと思ったのか、
「ごめんね、紗己ちゃん。脱ぎたての着物を野郎に着られるのは嫌だろうけど、これも君を護るための作戦なんだ」
そう言って自分の羽織を脱ぎ捨てると、受け取った肌襦袢に袖を通した。
「私を護るための作戦・・・・・・?」
山崎の言葉に戸惑いつつ、紗己は肌襦袢を着付けるための腰紐を手に取り、それを山崎の腰にひと巻きして留める。次に淡紅色の小紋を広げ袖を通させると、別の腰紐を拾い上げてから土方に視線を向けた。
「土方さん、私を護るためって・・・それってどういう事ですか?」
紗己の瞳が不安気に揺れる。
出来ることなら巻き込みたくなかった。その思いを飲み込んで、土方は重々しく口を開く。
姿見が無いためヨレや乱れが無いか確認出来ないが、ある程度の勘と慣れで着替えを進めていく。
冬の夜空のような濃藍色の地に、白い雪の結晶が全体に描かれた着物に身を包んだ紗己は、とある記憶に思いを馳せながら、シュルシュルと音を立てて伊達締めを腹に巻き付けた。
――それは先月の終わりのこと。その日非番だった土方と二人で町へ出掛けた際、通り掛かった呉服屋の店先に並んでいた反物を目にした土方が、珍しく足を止めて紗己のためにと仕立てを依頼したのだ。そうして先日仕立て上がったのが、この濃藍色の着物だった。
昨夜、もしも予定がキャンセルにならなければ、この着物に初めて袖を通して土方と二人で出掛けることになっていた。そのために紗己は午前中から、雪華文様のこの着物とそれに合わせた銀色の帯を箪笥から出して準備していたのだが、急遽予定が無くなってしまったために、着物や帯などをそれぞれまた箪笥に仕舞っていた。
そういった経緯があったので、先程土方から渡された替えの着物一式が昨夜着るつもりだった組み合わせであったことに驚き、そして思わず涙が出そうになった。ちゃんと見ていてくれた、私と同じように出掛けることを楽しみにしてくれていたのだと。
最後の仕上げに銀色の帯を文庫結びにすると、紗己はふぅっと息をついてから襖を開けた。
「あの、お待たせしました・・・」
言いながら一歩前に出ると、ソファの背もたれに軽く腰を掛けて待っていた土方を見やった。
土方は腕組みを解いてすっと立ち上がり、開いた襖の上の壁に掛けられている時計をチラッと確認した。紗己が着替え始めてからまだ五分しか経っておらず、これならばまだまだ十分時間に余裕がある。
彼もまた一息つくと、着替えを済ませた妻に穏やかな目を向けた。
「ああ」
短く返事をして、目の前に立つ妻をじっと見つめる。思った通り、濃藍の着物が白い肌によく似合っている。雪華文様も雪が好きなコイツにぴったりだ。
自身の選んだ着物が予想通り妻に似合っていることに満足しつつ、昨日出掛ける前に紗己が言っていたことを思い出す。
雪が降るかもって天気予報で言っていましたよ――そう言って嬉しそうに微笑んでいた紗己。あまり雪に悩まされない土地で生まれ育ったことと、冬生まれということもあってか、どうやら雪が好きらしい。
江戸で迎える初めての冬。今月に入ってちらちらと雪が降る日も出てきたが、その度に紗己は嬉しそうに雪の存在を教えてくれていた。だからこそ、土方は替えの着物にこれを選んだのだ。本来ならば、昨夜着るはずだったこの組み合わせを。
よく似合っていると紗己に伝えてやりたいが、それには周囲の目が気になる状況だ。土方はひゅっと息を吸い込んで表情を引き締め、ソファに座り出番を待っていた山崎に声を掛ける。
「おい山崎、始めるぞ」
「あ、はい!」
ちょうど立っている土方の真裏の位置に座っていた山崎が、慌てて立ち上がり土方と紗己の元へとやってきた。その山崎の姿を目にした途端、紗己は思わず「あっ・・・」と驚きの声を漏らした。
それもそのはず、山崎は下着は着けているものの、上半身は裸に羽織を着ているだけだっだ。
「あの、え・・・・・・?」
困惑に満ちた表情で土方と山崎を交互に見やる紗己に、夫である土方が妻を更に困惑させるであろう事を口にする。
「さっきまでお前が着てた着物、あれを今から山崎に着せる。悪ィが着付け手伝ってやってくれるか」
「え、着物って・・・あの、え・・・何で、ですか?」
目を丸くして問い掛ける紗己に、土方はそりゃそう思うよなといった顔で嘆息した。いきなり半裸の男に自分の脱いだばかりの着物を着せろと言われれば、誰だって目を丸くするだろう。
「ちゃんと説明する。だが、さっきも言ったように時間が無いんでな。話は着替えをしながらで頼む」
真剣な面持ちでそう言われると、これは余程のことなのだろうと納得せざるを得ない。紗己は眉を寄せつつ、小さく頷いた。
布団の上に置いていた、先程まで自分が着ていた肌襦袢を手に取り、それを恥ずかしそうに山崎に手渡す。すると山崎も申し訳ないと思ったのか、
「ごめんね、紗己ちゃん。脱ぎたての着物を野郎に着られるのは嫌だろうけど、これも君を護るための作戦なんだ」
そう言って自分の羽織を脱ぎ捨てると、受け取った肌襦袢に袖を通した。
「私を護るための作戦・・・・・・?」
山崎の言葉に戸惑いつつ、紗己は肌襦袢を着付けるための腰紐を手に取り、それを山崎の腰にひと巻きして留める。次に淡紅色の小紋を広げ袖を通させると、別の腰紐を拾い上げてから土方に視線を向けた。
「土方さん、私を護るためって・・・それってどういう事ですか?」
紗己の瞳が不安気に揺れる。
出来ることなら巻き込みたくなかった。その思いを飲み込んで、土方は重々しく口を開く。