第十章
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室内が急にしんと静まり返り、壁に掛けられている時計の音がその存在を主張している。
土方が何故明日紗己を迎えに来られないことを想定しているのか、彼の発言から銀時は理解した。武力の面では、敵は何の脅威でもないだろう。だが、真選組が幕府に仕える一組織である以上、この件は余程上手く立ち回らなければ足をすくわれる可能性があるということだ。
つくづく厄介な敵に目を付けられたもんだな、コイツも。銀時は胸中で呟く。
それでも土方は、愛する妻のために戦うしか道はない。ならばこちらは受けた依頼を完遂するだけだ。銀時は机に手を伸ばし、依頼料の入った封筒をその手に取った。
「依頼料、確かに受け取ったぜ。紗己のことは任しときな」
「・・・ああ、頼む」
銀時の言葉に土方はゆっくりと目を開けた。その表情からは強い覚悟が感じられる。
手にしていた封筒を懐に仕舞った銀時は、明日中に事が片付くようにと願いながら土方に問い掛ける。
「お前のことだから、ちゃんと勝算あるんだろ」
「まァな。策は講じた、あとは敵が餌に釣られてくれるのを待つだけだ」
前方の壁を睨み付けるように言うと、土方の口端がニィッと吊り上がった。
「俺のモンに手ェ出したらどうなるか・・・奴等にしっかりと思い知らせてやらねーとな」
地を這うような低い声で言い切った土方の表情は、とても正義を貫く側とは思えない迫力だ。並の者なら怯えて逃げてしまいそうなその鬼の形相に、銀時は呆れたように肩を竦める。
「おい、なんつー顔してんだよ。そんなツラ紗己に見せんなよ」
「あぁ? 余計な世話・・・」
反論の途中で土方は言葉を飲み込んだ。ガラガラと玄関引き戸が開く音が聴こえてきたからだ。
廊下をひたひたと歩く足音の主が、すぐにその姿を現した。
「お邪魔しますよ、旦那」
「・・・山崎か」
銀時が部屋の入口に視線をやると、そこには両手に紙袋を提げた、真選組監察・山崎退の姿が。山崎は挨拶もそこそこに土方の元へと近付き、両手に提げていた紙袋を上司に差し出した。
「副長、言われてた物全部用意出来ました」
「おう」
土方はソファから立ち上がり差し出された紙袋の中身を確認すると、二つの紙袋を受け取りそれをソファに置いた。
山崎は着ていた羽織を脱ぎながら室内をぐるりと見回して、そこにある人物が居ないことに気付く。
「あれ、紗己ちゃん居ないんですか?」
銀時と土方の双方を交互に見ながら訊ねると、部屋の主である銀時が隣室とを隔てる襖に目をやりながら口を開いた。
「ああ、紗己ならそっちの部屋で・・・」
言いかけて話を止めた。襖の向こうから、ゴソゴソと人の動く気配がする。そうも経たないうちに、二間を仕切る襖がスゥっと開いた。
「・・・えっ、あ、え、あの・・・」
中から姿を見せた紗己は、思わず言葉を詰まらせた。三人の男達から一斉に視線を浴びたからだ。
少し開いた襖に手を掛けたまま困惑している紗己に、土方は普段彼女と接する時と変わらぬ様子で声を掛ける。
「おい、体調大丈夫か? 張りは治まったのか」
「あ・・・え、ええ、もう大丈夫です・・・」
「・・・そうか」
ぎこちなく答える紗己の表情はどこか固く、まだ自分への疑いは晴れていなかったのだと改めて思い知る。
そりゃそうだよな。何も言ってやってないんだから当然だ。胸中で呟き嘆息すると、土方は気まずそうに自分を見つめている紗己を一瞥した。
「紗己」
「は、はい・・・」
真剣な声音で名を呼ばれ、紗己はその表情だけに留まらず肩をも強張らせる。そんな妻の姿に僅かな罪悪感を覚えるも、土方はなおも真剣な面持ちで話を切り出した。
「今朝のこと・・・昨夜のこともだが、ちゃんと説明する。だが、今はとにかく時間が無ェ」
言いながらソファに置いていた紙袋のうち一つを手に取ると、
「悪ィが、今すぐにその着物脱いでくれ」
実に堂々と言い切った。
「はっ?え・・・あの、え?」
いきなり着物を脱げと言われ、紗己は頬を赤らめながらも困惑に満ちた表情で土方を見つめる。そばで聞いていた銀時も、突然何言ってんだコイツはとでも言いたげな表情で、土方を凝視している。
まあ、それが普通の反応だよな。この中でただ一人、土方の発言の意図を知る山崎は、内心呆れつつも隣に立つ土方にこそっと耳打ちした。
「ちょっと副長、いきなり脱げはないでしょ! ほら、それ渡してから言わないと」
「あ、ああそうだな・・・」
気が急いているとは言え、確かに言葉足らずだった。部下の助言を受けて土方は、紙袋を手にしたままソファを回り込み、襖に手を掛け立ち尽くしている紗己の前で立ち止まった。
「紗己、本当に時間が無ェんだ。説明は後で必ずするから、とりあえず急いでこれに着替えてくれ」
そう言って、左手に持っていた紙袋を差し出した。
あまりに真剣な土方の様子、それを固唾を呑んで見ている山崎の姿。一体どうすればいいのかと戸惑う紗己だったが、意味もなくこんな行動をする夫ではないこともよく知っている。
着物を着替えることにどれほどの意味があるのかは分からないが、きっと余程の緊急事態なのだろう。紗己は複雑な面持ちで吐息すると、
「・・・分かりました、今すぐ着替えます」
差し出されていた紙袋を受け取った。
持ち手が手の平にぐっと食い込み、本当に着物一式入っているのだと思いつつ紙袋の中に視線を落とす。
「あっ・・・」
中に入っている着物を目にした途端、紗己が小さく声を上げて驚いたように土方を見つめた。
「土方さん、これ・・・」
「それに着替えてくれるか」
先程までの真剣な表情から一転して、いつも彼女にだけ見せる穏やかな笑みを浮かべた土方に、紗己は胸を熱くしながらこくり頷いた。
桜色の唇をキュッと噛み締める。また涙が零れてしまわないように。
土方が何故明日紗己を迎えに来られないことを想定しているのか、彼の発言から銀時は理解した。武力の面では、敵は何の脅威でもないだろう。だが、真選組が幕府に仕える一組織である以上、この件は余程上手く立ち回らなければ足をすくわれる可能性があるということだ。
つくづく厄介な敵に目を付けられたもんだな、コイツも。銀時は胸中で呟く。
それでも土方は、愛する妻のために戦うしか道はない。ならばこちらは受けた依頼を完遂するだけだ。銀時は机に手を伸ばし、依頼料の入った封筒をその手に取った。
「依頼料、確かに受け取ったぜ。紗己のことは任しときな」
「・・・ああ、頼む」
銀時の言葉に土方はゆっくりと目を開けた。その表情からは強い覚悟が感じられる。
手にしていた封筒を懐に仕舞った銀時は、明日中に事が片付くようにと願いながら土方に問い掛ける。
「お前のことだから、ちゃんと勝算あるんだろ」
「まァな。策は講じた、あとは敵が餌に釣られてくれるのを待つだけだ」
前方の壁を睨み付けるように言うと、土方の口端がニィッと吊り上がった。
「俺のモンに手ェ出したらどうなるか・・・奴等にしっかりと思い知らせてやらねーとな」
地を這うような低い声で言い切った土方の表情は、とても正義を貫く側とは思えない迫力だ。並の者なら怯えて逃げてしまいそうなその鬼の形相に、銀時は呆れたように肩を竦める。
「おい、なんつー顔してんだよ。そんなツラ紗己に見せんなよ」
「あぁ? 余計な世話・・・」
反論の途中で土方は言葉を飲み込んだ。ガラガラと玄関引き戸が開く音が聴こえてきたからだ。
廊下をひたひたと歩く足音の主が、すぐにその姿を現した。
「お邪魔しますよ、旦那」
「・・・山崎か」
銀時が部屋の入口に視線をやると、そこには両手に紙袋を提げた、真選組監察・山崎退の姿が。山崎は挨拶もそこそこに土方の元へと近付き、両手に提げていた紙袋を上司に差し出した。
「副長、言われてた物全部用意出来ました」
「おう」
土方はソファから立ち上がり差し出された紙袋の中身を確認すると、二つの紙袋を受け取りそれをソファに置いた。
山崎は着ていた羽織を脱ぎながら室内をぐるりと見回して、そこにある人物が居ないことに気付く。
「あれ、紗己ちゃん居ないんですか?」
銀時と土方の双方を交互に見ながら訊ねると、部屋の主である銀時が隣室とを隔てる襖に目をやりながら口を開いた。
「ああ、紗己ならそっちの部屋で・・・」
言いかけて話を止めた。襖の向こうから、ゴソゴソと人の動く気配がする。そうも経たないうちに、二間を仕切る襖がスゥっと開いた。
「・・・えっ、あ、え、あの・・・」
中から姿を見せた紗己は、思わず言葉を詰まらせた。三人の男達から一斉に視線を浴びたからだ。
少し開いた襖に手を掛けたまま困惑している紗己に、土方は普段彼女と接する時と変わらぬ様子で声を掛ける。
「おい、体調大丈夫か? 張りは治まったのか」
「あ・・・え、ええ、もう大丈夫です・・・」
「・・・そうか」
ぎこちなく答える紗己の表情はどこか固く、まだ自分への疑いは晴れていなかったのだと改めて思い知る。
そりゃそうだよな。何も言ってやってないんだから当然だ。胸中で呟き嘆息すると、土方は気まずそうに自分を見つめている紗己を一瞥した。
「紗己」
「は、はい・・・」
真剣な声音で名を呼ばれ、紗己はその表情だけに留まらず肩をも強張らせる。そんな妻の姿に僅かな罪悪感を覚えるも、土方はなおも真剣な面持ちで話を切り出した。
「今朝のこと・・・昨夜のこともだが、ちゃんと説明する。だが、今はとにかく時間が無ェ」
言いながらソファに置いていた紙袋のうち一つを手に取ると、
「悪ィが、今すぐにその着物脱いでくれ」
実に堂々と言い切った。
「はっ?え・・・あの、え?」
いきなり着物を脱げと言われ、紗己は頬を赤らめながらも困惑に満ちた表情で土方を見つめる。そばで聞いていた銀時も、突然何言ってんだコイツはとでも言いたげな表情で、土方を凝視している。
まあ、それが普通の反応だよな。この中でただ一人、土方の発言の意図を知る山崎は、内心呆れつつも隣に立つ土方にこそっと耳打ちした。
「ちょっと副長、いきなり脱げはないでしょ! ほら、それ渡してから言わないと」
「あ、ああそうだな・・・」
気が急いているとは言え、確かに言葉足らずだった。部下の助言を受けて土方は、紙袋を手にしたままソファを回り込み、襖に手を掛け立ち尽くしている紗己の前で立ち止まった。
「紗己、本当に時間が無ェんだ。説明は後で必ずするから、とりあえず急いでこれに着替えてくれ」
そう言って、左手に持っていた紙袋を差し出した。
あまりに真剣な土方の様子、それを固唾を呑んで見ている山崎の姿。一体どうすればいいのかと戸惑う紗己だったが、意味もなくこんな行動をする夫ではないこともよく知っている。
着物を着替えることにどれほどの意味があるのかは分からないが、きっと余程の緊急事態なのだろう。紗己は複雑な面持ちで吐息すると、
「・・・分かりました、今すぐ着替えます」
差し出されていた紙袋を受け取った。
持ち手が手の平にぐっと食い込み、本当に着物一式入っているのだと思いつつ紙袋の中に視線を落とす。
「あっ・・・」
中に入っている着物を目にした途端、紗己が小さく声を上げて驚いたように土方を見つめた。
「土方さん、これ・・・」
「それに着替えてくれるか」
先程までの真剣な表情から一転して、いつも彼女にだけ見せる穏やかな笑みを浮かべた土方に、紗己は胸を熱くしながらこくり頷いた。
桜色の唇をキュッと噛み締める。また涙が零れてしまわないように。