第十章
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土方は尻の位置をずらしてソファに深く腰掛けると、足を組んで左腕をソファの背もたれに引っ掛けた。背もたれの裏側で、左手の人差し指が不規則なリズムを刻んでいる。
「証拠はこれだけじゃねェ。昨夜の宴席にその芸者も居たんだが、あの女――俺と敵のやり取りを録音しててな。不正の暴露に俺への脅迫、まるごとしっかり録れてたよ」
前方の壁を見据えながら話す土方の双眸が、ギラリと鋭く光った。それはまるで獲物に狙いを定めた虎のようで、敵を屠るための証拠を手に入れたことへの高揚感が見て取れる。
随分と好戦的に見える今の土方の姿に、多少は共感出来る部分もあると銀時は内心思う。
女房盾に取られて身動き取りづれー中、敵を一網打尽に出来るチャンスが転がってきたら、そりゃテンション上がるよな。
もし自分が土方の立場だったとしても、やはり何が何でも敵を消そうとするだろう。
だが、これまでの話の中で少し気になる事が銀時にはあった。それは件の芸者だ。
犯罪の証拠となる記録簿を部屋に預かっていたとなれば、例の高官とは相当深い関係なのだろう。それなのにその証拠もあっさりと土方に渡し、新たに別の証拠まで用意していると言う。
一体何があれば、そこまでの裏切りを遂行しようと思うのか。その疑問が引っ掛かり釈然としない銀時は、机に頬杖をついたまま土方に質問を投げ掛けた。
「それにしてもよー、そこまでズブズブな関係の男を裏切るたァよっぽどの恨みでもあんのか、その芸者」
「まァな。恨み骨髄に徹すってヤツだ」
そう言って土方は、雪乃から聞いた彼女の身の上話を記憶の引き出しから引っ張り出す。
「あの女、ガキの頃に借金のカタに遊郭に売られるところを安藤に助けられ、借金も肩代わりしてもらって芸者になるよう育てられたんだと」
話しながら左腕をソファの背もたれから離し、胸の前で腕組みをして吐息した。
「だが、その借金も実は安藤が仕組んだ罠で、借金を苦に心中した両親も実際は野郎の手の者に殺されたんだとよ。呉服商を営んでいた両親は、安藤からの不正の誘いを断って始末された。それを一年前に偶然知って、虎視眈々と仇を討つ準備をしてきたらしい」
「・・・なるほどな」
土方の話に低めの声音で相槌を打つと、銀時は頬杖をつくのを止めて椅子にぐっと凭れ掛かった。男女間の愛憎劇かと予想を立てていたのだが、真実は予想以上に重たいものだった。
自分の両親を殺されたとも知らず、恩義を感じてずっと犯罪の片棒を担がされてきたってわけか。銀時は苦々しい表情で嘆息する。
部屋を出入りするくらいなのだから、恐らく男女の関係もあったのだろう。その恩義が一転して激しい憎しみに変わるのにも頷けるというものだ。
「それでその芸者は、テメーに付いたって訳か。鬼の副長が味方になってくれりゃァ、一矢報いるどころか形勢逆転も有り得ると」
椅子をギシギシと鳴らしながら淡々と話す銀時に、土方もまたあっさりとした口調で言葉を返す。
「まァな。あの女にも奴等を裏切るだけの理由があって、俺と利害が一致したってわけだ」
すっきりとした表情で言い終えると、組んでいた足を下ろしてしっかりと床を踏み締め、眉を僅かに寄せて銀時を一瞥した。
「とにもかくにも、紗己のことは任せたぞ。くれぐれも丁重に扱えよ。金は十分渡してんだから、ちゃんと布団も用意して飯もしっかり食わせろよ」
あれ程好戦的だったと思えば、打って変わり心配性な夫の顔を見せる土方に、内心笑いを堪えつつ銀時は呆れ顔を作る。
「はいはい、分かってますよー。つーか、明日中には迎えに来れんだろ。たかだか一日でどんだけ心配してんだよ、紗己のこと」
少しニヤけた表情でからかうように言った銀時だったが、いつもならすぐさま反論してくる土方は俯き黙っている。これには一体どうしたことかと、銀時は怪訝な面持ちで土方を見やる。
「おーいどうしたんだよ、らしくねェ顔しちゃって」
銀時の問い掛けに答えるように、土方は俯かせていた顔をゆっくりと上げた。僅かに開いた唇の隙間から、紫煙を吐き出すように静かに長く吐息して、常より低い声音で話し出す。
「・・・もう一つ、テメーに頼みがある」
腕組みを解いて両の手の平を膝頭に乗せると、ぐっと背筋を伸ばして銀時を見据えた。
「もしも、明日になっても俺が迎えに来れなかったら・・・さっき渡した金の中から昨夜の飲み代払っといてくれ」
「は? え、昨夜の飲み代って・・・」
突然振られた話題に思考が即座に追い付かず、眉間に皺を寄せて昨夜の記憶を辿る。そうだ、飲み比べしてコイツが負けたんだった。
昨夜の屋台での出来事をしっかりと思い出した銀時に、土方は少しバツが悪そうに頭を掻きながら話を続ける。
「財布が無かったから、屋台の親父にツケてもらったんだよ。だから、俺の代わりにその金から払っといてくれ。飲み代は余分に入れてあっから」
そう言うと土方は、自身の携帯電話を取り出してディスプレイに視線を落とした。時間と通知を確認し終えると、また携帯電話を懐に戻す。
今しがた聞いたばかりの土方の言葉に、銀時は違和感を覚えた。
明日中に迎えに来れなかった場合の頼みにも関わらず、飲み代は既に余分に封筒に入れてあると言う。それはつまり、明日中に迎えに来れない可能性の方がはるかに高いということではないのか?
銀時は椅子に凭れさせていた身体を起こすと、
「端から、明日中には迎えに来れねェって思ってるってことか」
険しい表情で言葉を放った。
すると土方は一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐにいつも通りの鋭い双眸で銀時を見やった。
「俺は何があろうとこの問題を終わらせる。必ず紗己を奴等から護る。だが相手は幕府の高官だ、どこまで手ェ回してるか俺にも正直分からん。いくら証拠があっても、場合によっちゃァこっちの立場も危うくなるかも知れねェ」
そう言い終えると、険しい表情で眉間に皺を寄せたまま両目を閉じた。
「証拠はこれだけじゃねェ。昨夜の宴席にその芸者も居たんだが、あの女――俺と敵のやり取りを録音しててな。不正の暴露に俺への脅迫、まるごとしっかり録れてたよ」
前方の壁を見据えながら話す土方の双眸が、ギラリと鋭く光った。それはまるで獲物に狙いを定めた虎のようで、敵を屠るための証拠を手に入れたことへの高揚感が見て取れる。
随分と好戦的に見える今の土方の姿に、多少は共感出来る部分もあると銀時は内心思う。
女房盾に取られて身動き取りづれー中、敵を一網打尽に出来るチャンスが転がってきたら、そりゃテンション上がるよな。
もし自分が土方の立場だったとしても、やはり何が何でも敵を消そうとするだろう。
だが、これまでの話の中で少し気になる事が銀時にはあった。それは件の芸者だ。
犯罪の証拠となる記録簿を部屋に預かっていたとなれば、例の高官とは相当深い関係なのだろう。それなのにその証拠もあっさりと土方に渡し、新たに別の証拠まで用意していると言う。
一体何があれば、そこまでの裏切りを遂行しようと思うのか。その疑問が引っ掛かり釈然としない銀時は、机に頬杖をついたまま土方に質問を投げ掛けた。
「それにしてもよー、そこまでズブズブな関係の男を裏切るたァよっぽどの恨みでもあんのか、その芸者」
「まァな。恨み骨髄に徹すってヤツだ」
そう言って土方は、雪乃から聞いた彼女の身の上話を記憶の引き出しから引っ張り出す。
「あの女、ガキの頃に借金のカタに遊郭に売られるところを安藤に助けられ、借金も肩代わりしてもらって芸者になるよう育てられたんだと」
話しながら左腕をソファの背もたれから離し、胸の前で腕組みをして吐息した。
「だが、その借金も実は安藤が仕組んだ罠で、借金を苦に心中した両親も実際は野郎の手の者に殺されたんだとよ。呉服商を営んでいた両親は、安藤からの不正の誘いを断って始末された。それを一年前に偶然知って、虎視眈々と仇を討つ準備をしてきたらしい」
「・・・なるほどな」
土方の話に低めの声音で相槌を打つと、銀時は頬杖をつくのを止めて椅子にぐっと凭れ掛かった。男女間の愛憎劇かと予想を立てていたのだが、真実は予想以上に重たいものだった。
自分の両親を殺されたとも知らず、恩義を感じてずっと犯罪の片棒を担がされてきたってわけか。銀時は苦々しい表情で嘆息する。
部屋を出入りするくらいなのだから、恐らく男女の関係もあったのだろう。その恩義が一転して激しい憎しみに変わるのにも頷けるというものだ。
「それでその芸者は、テメーに付いたって訳か。鬼の副長が味方になってくれりゃァ、一矢報いるどころか形勢逆転も有り得ると」
椅子をギシギシと鳴らしながら淡々と話す銀時に、土方もまたあっさりとした口調で言葉を返す。
「まァな。あの女にも奴等を裏切るだけの理由があって、俺と利害が一致したってわけだ」
すっきりとした表情で言い終えると、組んでいた足を下ろしてしっかりと床を踏み締め、眉を僅かに寄せて銀時を一瞥した。
「とにもかくにも、紗己のことは任せたぞ。くれぐれも丁重に扱えよ。金は十分渡してんだから、ちゃんと布団も用意して飯もしっかり食わせろよ」
あれ程好戦的だったと思えば、打って変わり心配性な夫の顔を見せる土方に、内心笑いを堪えつつ銀時は呆れ顔を作る。
「はいはい、分かってますよー。つーか、明日中には迎えに来れんだろ。たかだか一日でどんだけ心配してんだよ、紗己のこと」
少しニヤけた表情でからかうように言った銀時だったが、いつもならすぐさま反論してくる土方は俯き黙っている。これには一体どうしたことかと、銀時は怪訝な面持ちで土方を見やる。
「おーいどうしたんだよ、らしくねェ顔しちゃって」
銀時の問い掛けに答えるように、土方は俯かせていた顔をゆっくりと上げた。僅かに開いた唇の隙間から、紫煙を吐き出すように静かに長く吐息して、常より低い声音で話し出す。
「・・・もう一つ、テメーに頼みがある」
腕組みを解いて両の手の平を膝頭に乗せると、ぐっと背筋を伸ばして銀時を見据えた。
「もしも、明日になっても俺が迎えに来れなかったら・・・さっき渡した金の中から昨夜の飲み代払っといてくれ」
「は? え、昨夜の飲み代って・・・」
突然振られた話題に思考が即座に追い付かず、眉間に皺を寄せて昨夜の記憶を辿る。そうだ、飲み比べしてコイツが負けたんだった。
昨夜の屋台での出来事をしっかりと思い出した銀時に、土方は少しバツが悪そうに頭を掻きながら話を続ける。
「財布が無かったから、屋台の親父にツケてもらったんだよ。だから、俺の代わりにその金から払っといてくれ。飲み代は余分に入れてあっから」
そう言うと土方は、自身の携帯電話を取り出してディスプレイに視線を落とした。時間と通知を確認し終えると、また携帯電話を懐に戻す。
今しがた聞いたばかりの土方の言葉に、銀時は違和感を覚えた。
明日中に迎えに来れなかった場合の頼みにも関わらず、飲み代は既に余分に封筒に入れてあると言う。それはつまり、明日中に迎えに来れない可能性の方がはるかに高いということではないのか?
銀時は椅子に凭れさせていた身体を起こすと、
「端から、明日中には迎えに来れねェって思ってるってことか」
険しい表情で言葉を放った。
すると土方は一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐにいつも通りの鋭い双眸で銀時を見やった。
「俺は何があろうとこの問題を終わらせる。必ず紗己を奴等から護る。だが相手は幕府の高官だ、どこまで手ェ回してるか俺にも正直分からん。いくら証拠があっても、場合によっちゃァこっちの立場も危うくなるかも知れねェ」
そう言い終えると、険しい表情で眉間に皺を寄せたまま両目を閉じた。