第十章
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沖田は困惑する土方に一瞥をくれると、冷笑を浮かべて襖に寄り掛かった。
「新婚早々女と遊んで朝帰りたァ、さすが甲斐性のあるお人はやることが違いますねィ」
「なっ、何言ってんだ・・・てかお前それ誰から訊いた!」
「朝っぱらから屯所に芸者が押し掛けてくりゃ、目撃情報の一つ二つあるのは当然でさァ」
片肘をついて慌てて上体を起こした土方とは対象的に、沖田は普段通りの実に飄々とした態度で言葉を投げる。
「そ、そりゃアレだ、誰に何訊いたか知らねえが、それにはちょっとした訳があってだな・・・」
「あ、俺ァ生憎聞く耳持ってねーんで。アンタの言い訳聞くためにわざわざ来たんじゃないんでね」
「・・・じゃあ何の用で来たんだ」
本当に口の減らねェ野郎だ。思いながら中途半端に起こしていた上体を腹筋で持ち上げ、布団の上で胡座をかくと、ムッとした表情で沖田を睨んだ。
しかし睨んだところで怯むような男でもない沖田は、わざとらしい言い間違いを交えて話を進める。
「紗己の浮気・・・じゃなかった、上着を取りに来たんでさァ」
「ああ? 何で上着なんかいるんだよ」
「このクソ寒い中上着も着ずに外に出ろだなんて、まさしく鬼の副長、アンタは鬼だ」
「人聞き悪ィ言い方すんな! つーか・・・おい総悟、アイツ外に出るっつってんのか?」
謂われない非難につい語調を強めるも、気になるのは紗己の心情だ。上着を取りに戻るにも、顔を合わせたくない程度には怒りが持続しているのだと土方は判断した。
「まあね。ここには居たくないって言うモンだから、俺が連れ出してやるっつったんでさァ」
「チッ・・・余計なことすんじゃねーよ。俺が仕事に出たらどうせ一人なんだから、好きに戻ってくりゃいいだろ・・・」
決断の時は刻一刻と迫っているんだ、こんなことで頭を悩ませている場合じゃない。思えば思うほど、焦れば焦るほど胸の内で膨らみ始める不満。土方は舌打ちをして吐き捨てるように言った。
その言葉や態度からは、危機感の薄さがありありと見て取れて、紗己の涙とはあまりに深い隔たりがあることに沖田は呆れ混じりの吐息を漏らす。
「アンタは紗己が単に怒ってるって程度に思ってんだろうが、事はそんなに簡単じゃァねーぜ」
「あ? どういう意味だよ、それ」
「分からねえ人だ。紗己はこの部屋だけじゃなく、ここに、アンタを感じさせるこの屯所に居たくないって言ってんでさァ」
「なっ・・・」
沖田が語る紗己の本心に、土方は目を剥いて言葉を失った。
紗己が? あの紗己が? 嘘だろ? それじゃまるで家出じゃないか。背中にじとっと汗をかく。
「お、おい! まさか実家に帰るつもりじゃ・・・」
「さあ、そこまでは考えてねーと思いますけどね。少なくとも俺ァ、実家に送り届けるなんて面倒な真似するつもりねーんで」
「な、ならどこに連れ出すつもりなんだ!」
焦って立ち上がろうとするが、敷布が足に絡み付いてつんのめってしまい布団に片手を付いた。無様な自分に苛々する。
沖田もまた、そんな土方を見下すように腕を組んでにやりと笑う。
「うってつけの場所があるでしょう」
「っ、まさか万事屋じゃねェだろうな!?」
「ご名答ー」
「じょっ・・・冗談じゃねーぞ! お前何考えてんだっ」
「アンタの女房のお守りしてるほど、俺ァ暇じゃねーんでね。その点万事屋の旦那なら、紗己とは気心知れた仲だしまさに適任だ」
淡々と言われ、土方は眩暈すら覚えた。血圧が上がったのか下がったのか、また頭痛がしてきた。もうこれは絶対に二日酔いなんかじゃない、山積している問題のせいだ!
「ふざっけんなっ! どこにテメーの女房を他所の男に預ける馬鹿がいる!! 俺ァ絶対行かせねーからなっ、もう話はしめぇだ!」
亭主の自分がノーと言えば、それ以上話が進むこともない。ぞんざいに言い放った土方に、沖田はいやに冷静な声音で言葉を返す。
「アンタにそんなこと言える資格があんのか」
「・・・なんだと?」
「信じていたアンタに裏切られ、紗己は今や悲しみのどん底だ。このくそ寒い中、厠で、縁側でずっと泣きじゃくってたんだぜ」
「え・・・」
「誰にも見られずに済む場所なんてここにはありゃしねェ。それにここにいれば、嫌でもアンタのこと考えちまう。あんまりにも気の毒だったもんだから、外に連れ出してやることにしたんでさァ」
「・・・・・・」
呪文でも掛けられたように固まってしまった土方を尻目に、沖田はすたすたと部屋の奥に行き、吊り箪笥の扉を開いた。中を物色する沖田の姿を目にして、ようやく土方は我に返る。
「お、おい何してんだ!」
「何って、人の話聞いてなかったんですかィ? 紗己の上着を取りにきたって言ったでしょう・・・あ、あったこれか」
「待てって、ちょっ・・・ちっ、違うんだ!」
「んなこと俺に言われてもねェ」
焦る土方を一瞥すると、紗己の上着を腕に掛け、箪笥の扉をばたんと閉める。そのまま部屋を横切られ、見捨てられた気分の土方は何とか行かせまいと声を荒らげた。
「聞けって! 俺は別にアイツを裏切ってなんかねーよ!!」
必死の呼び止めに、座卓の横でようやく沖田は立ち止まった。ゆっくりと振り返り、土方を見据えて冷たく言い放つ。
「だったら何で言い訳してやらなかった。何で本気で追い掛けなかったんでェ」
「そ、それは・・・」
「どうせアンタのことだ、紗己が行動に出るわけ無ェと高括ってたんでしょう。テメーの女房がどれだけ傷付いてるか、テメーの女房をどれだけ傷付けたか気付きもしねェで、それを今更亭主面たァ笑わせるぜ」
「っ・・・」
ぐうの音も出ないとはまさにこのことで、全て沖田の言う通りなのだ。紗己がそこまで傷付いているとは思いもしなかった。
身勝手な自分を思い知らされ反論もできない悔しさに、土方はぐっと歯を食い縛る。
自分にとっては目の上の瘤とも言える男の落ち込む姿に満足したのか、沖田は踵を返して歩を進め障子戸に手を掛けると、身体半分廊下に出たところで立ち止まり、項垂れる土方に声を掛けた。
「ま、あそこにはガキ共やバカでけェ犬もいるし、ちったァ気も落ち着くでしょうよ。頃合い見てちゃんと迎えに行ってやんな」
「けど、アイツは・・・」
俺の顔も見たくないくらいに傷付いてるんだ、そんな俺に会いたいわけがない。口にするのも何だか虚しくて、胸中で呟いた。
だがいくら言葉にしていなくとも、一目見れば後悔をしていると分かる姿に、沖田は呆れたように鼻で笑う。
「ほんと分かってねーなァ・・・」
泣こうが喚こうがアンタをずっと待ってんだよと言ってやろうとも思ったが、何だか勿体無いような気がして沖田は言うのを止めた。
「・・・なんだよ」
「いや、なんでもありやせん。本当にシロだってんなら、俺じゃなく本人にそう言いなせェ。とにかくちゃんと迎えに行けよ土方コノヤロー」
訝しげに眉を寄せる土方を残し、やけにさっぱりとした表情で沖田は部屋を出て行った。
「新婚早々女と遊んで朝帰りたァ、さすが甲斐性のあるお人はやることが違いますねィ」
「なっ、何言ってんだ・・・てかお前それ誰から訊いた!」
「朝っぱらから屯所に芸者が押し掛けてくりゃ、目撃情報の一つ二つあるのは当然でさァ」
片肘をついて慌てて上体を起こした土方とは対象的に、沖田は普段通りの実に飄々とした態度で言葉を投げる。
「そ、そりゃアレだ、誰に何訊いたか知らねえが、それにはちょっとした訳があってだな・・・」
「あ、俺ァ生憎聞く耳持ってねーんで。アンタの言い訳聞くためにわざわざ来たんじゃないんでね」
「・・・じゃあ何の用で来たんだ」
本当に口の減らねェ野郎だ。思いながら中途半端に起こしていた上体を腹筋で持ち上げ、布団の上で胡座をかくと、ムッとした表情で沖田を睨んだ。
しかし睨んだところで怯むような男でもない沖田は、わざとらしい言い間違いを交えて話を進める。
「紗己の浮気・・・じゃなかった、上着を取りに来たんでさァ」
「ああ? 何で上着なんかいるんだよ」
「このクソ寒い中上着も着ずに外に出ろだなんて、まさしく鬼の副長、アンタは鬼だ」
「人聞き悪ィ言い方すんな! つーか・・・おい総悟、アイツ外に出るっつってんのか?」
謂われない非難につい語調を強めるも、気になるのは紗己の心情だ。上着を取りに戻るにも、顔を合わせたくない程度には怒りが持続しているのだと土方は判断した。
「まあね。ここには居たくないって言うモンだから、俺が連れ出してやるっつったんでさァ」
「チッ・・・余計なことすんじゃねーよ。俺が仕事に出たらどうせ一人なんだから、好きに戻ってくりゃいいだろ・・・」
決断の時は刻一刻と迫っているんだ、こんなことで頭を悩ませている場合じゃない。思えば思うほど、焦れば焦るほど胸の内で膨らみ始める不満。土方は舌打ちをして吐き捨てるように言った。
その言葉や態度からは、危機感の薄さがありありと見て取れて、紗己の涙とはあまりに深い隔たりがあることに沖田は呆れ混じりの吐息を漏らす。
「アンタは紗己が単に怒ってるって程度に思ってんだろうが、事はそんなに簡単じゃァねーぜ」
「あ? どういう意味だよ、それ」
「分からねえ人だ。紗己はこの部屋だけじゃなく、ここに、アンタを感じさせるこの屯所に居たくないって言ってんでさァ」
「なっ・・・」
沖田が語る紗己の本心に、土方は目を剥いて言葉を失った。
紗己が? あの紗己が? 嘘だろ? それじゃまるで家出じゃないか。背中にじとっと汗をかく。
「お、おい! まさか実家に帰るつもりじゃ・・・」
「さあ、そこまでは考えてねーと思いますけどね。少なくとも俺ァ、実家に送り届けるなんて面倒な真似するつもりねーんで」
「な、ならどこに連れ出すつもりなんだ!」
焦って立ち上がろうとするが、敷布が足に絡み付いてつんのめってしまい布団に片手を付いた。無様な自分に苛々する。
沖田もまた、そんな土方を見下すように腕を組んでにやりと笑う。
「うってつけの場所があるでしょう」
「っ、まさか万事屋じゃねェだろうな!?」
「ご名答ー」
「じょっ・・・冗談じゃねーぞ! お前何考えてんだっ」
「アンタの女房のお守りしてるほど、俺ァ暇じゃねーんでね。その点万事屋の旦那なら、紗己とは気心知れた仲だしまさに適任だ」
淡々と言われ、土方は眩暈すら覚えた。血圧が上がったのか下がったのか、また頭痛がしてきた。もうこれは絶対に二日酔いなんかじゃない、山積している問題のせいだ!
「ふざっけんなっ! どこにテメーの女房を他所の男に預ける馬鹿がいる!! 俺ァ絶対行かせねーからなっ、もう話はしめぇだ!」
亭主の自分がノーと言えば、それ以上話が進むこともない。ぞんざいに言い放った土方に、沖田はいやに冷静な声音で言葉を返す。
「アンタにそんなこと言える資格があんのか」
「・・・なんだと?」
「信じていたアンタに裏切られ、紗己は今や悲しみのどん底だ。このくそ寒い中、厠で、縁側でずっと泣きじゃくってたんだぜ」
「え・・・」
「誰にも見られずに済む場所なんてここにはありゃしねェ。それにここにいれば、嫌でもアンタのこと考えちまう。あんまりにも気の毒だったもんだから、外に連れ出してやることにしたんでさァ」
「・・・・・・」
呪文でも掛けられたように固まってしまった土方を尻目に、沖田はすたすたと部屋の奥に行き、吊り箪笥の扉を開いた。中を物色する沖田の姿を目にして、ようやく土方は我に返る。
「お、おい何してんだ!」
「何って、人の話聞いてなかったんですかィ? 紗己の上着を取りにきたって言ったでしょう・・・あ、あったこれか」
「待てって、ちょっ・・・ちっ、違うんだ!」
「んなこと俺に言われてもねェ」
焦る土方を一瞥すると、紗己の上着を腕に掛け、箪笥の扉をばたんと閉める。そのまま部屋を横切られ、見捨てられた気分の土方は何とか行かせまいと声を荒らげた。
「聞けって! 俺は別にアイツを裏切ってなんかねーよ!!」
必死の呼び止めに、座卓の横でようやく沖田は立ち止まった。ゆっくりと振り返り、土方を見据えて冷たく言い放つ。
「だったら何で言い訳してやらなかった。何で本気で追い掛けなかったんでェ」
「そ、それは・・・」
「どうせアンタのことだ、紗己が行動に出るわけ無ェと高括ってたんでしょう。テメーの女房がどれだけ傷付いてるか、テメーの女房をどれだけ傷付けたか気付きもしねェで、それを今更亭主面たァ笑わせるぜ」
「っ・・・」
ぐうの音も出ないとはまさにこのことで、全て沖田の言う通りなのだ。紗己がそこまで傷付いているとは思いもしなかった。
身勝手な自分を思い知らされ反論もできない悔しさに、土方はぐっと歯を食い縛る。
自分にとっては目の上の瘤とも言える男の落ち込む姿に満足したのか、沖田は踵を返して歩を進め障子戸に手を掛けると、身体半分廊下に出たところで立ち止まり、項垂れる土方に声を掛けた。
「ま、あそこにはガキ共やバカでけェ犬もいるし、ちったァ気も落ち着くでしょうよ。頃合い見てちゃんと迎えに行ってやんな」
「けど、アイツは・・・」
俺の顔も見たくないくらいに傷付いてるんだ、そんな俺に会いたいわけがない。口にするのも何だか虚しくて、胸中で呟いた。
だがいくら言葉にしていなくとも、一目見れば後悔をしていると分かる姿に、沖田は呆れたように鼻で笑う。
「ほんと分かってねーなァ・・・」
泣こうが喚こうがアンタをずっと待ってんだよと言ってやろうとも思ったが、何だか勿体無いような気がして沖田は言うのを止めた。
「・・・なんだよ」
「いや、なんでもありやせん。本当にシロだってんなら、俺じゃなく本人にそう言いなせェ。とにかくちゃんと迎えに行けよ土方コノヤロー」
訝しげに眉を寄せる土方を残し、やけにさっぱりとした表情で沖田は部屋を出て行った。