序章③
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――――――
勝手口を開け、紗己はそっと首だけ出して外の様子を窺おうとした。
だがすぐに、車を横付けして停め、運転席で腕を組んでいた沖田と、しっかりと目が合ってしまった。
実は、紗己は沖田の言う『隊長命令』というものに従うかどうか、決断をしかねていたのだ。
別について行くのは構わない。どうせ買出しに行かなければならないのだから、外出することに変わりは無いのだ。
だがあまり遅くになってしまうと、今日の夕飯の準備に差し支えてしまう。
本日の炊事当番である紗己は、そのことだけが気掛かりだった。どうやら、沖田に対して警戒心が働いているというわけではないらしい。
「どうした、早く乗りな」
助手席側の窓が開き、その奥の運転席から沖田が声を掛けてきた。
依然勝手口から首だけを覗かせていた紗己は、言われるがままおずおずと全身を現し、困惑を帯びた表情で車まで近付くと、助手席のドアの前でぴたりと足を止めた。
眉を寄せて自分を見つめる紗己に沖田は嘆息しつつ、
「・・・取って食いやしねェから、安心しろ」
一応の気遣いを見せる。
だがその言葉に紗己は僅かに首を傾げると、半分開いた助手席の窓に顔を寄せて言った。
「今日私炊事当番なんで、夕方までには帰りたいんですけど、大丈夫そうですか」
「・・・・・・」
そっちの心配かィ。コイツといるとどうにも調子が出ないと思いながら、沖田は呆れ顔で内側から助手席の扉を開ける。
「それまでには帰らせるから、早く乗ってくんねーか」
「はあ、それなら・・・」
分かりましたと小さく答えると、紗己はぎこちない動きで車に乗り込んだ。
慣れない手付きでシートベルトを引っ張る紗己を横目で見ながら、沖田はこの後の予定を脳内で組み立て始める。
(早く帰れるかどうかはアンタ次第だがねィ)
思いつつ、紗己がベルトを締めたのを確認すると、沖田は車を発進させた。
――――――
「万事屋の旦那に会うなって言われたんだってなァ」
運転席も助手席もどちらも窓が半分開けられているため、風で乱れる髪を少し気にして手で押さえていた紗己の耳に、ハンドルを握る沖田の言葉が届いた。
前を向いたままそう言ったので、一瞬独り言かとも思ったが、すぐに横目で見られたので、紗己は自分に話し掛けられたのだと認識する。
「ええっと・・・副長さんに、ですか?」
「こんなガキみてーな事、他に誰が言うんでェ」
「副長さんから、聞いたんですか?」
「・・・山崎が言ってただけだ」
バックミラーで後方を確認しながら沖田は言った。
話の出所を訊かれれば、そう言うしかない。確かにそれは事実ではあるが、本当は山崎から無理やり訊きだしたのだ。
沖田はなおも無表情で、助手席の紗己を見ることもなく話し掛ける。
「ほんとつまんねェ男でさァ。アンタもあんな男やめたらどうだ」
「え?」
沖田の発言の意味が分からず、きょとんとした表情を見せる紗己。それに気付きながらも彼は言葉を続ける。
「あのヤローは、女一人幸せに出来ねェような情けない野郎なんでィ」
常より低めのテンションで吐き捨てるように言うと、少しだけ乱暴にハンドルを切る。
「わっ・・・沖田、さん?」
信号の直前で車が突如右折レーンに寄ったため、反動で身体が助手席のドアに押し付けられ驚きの声を上げる紗己。すると沖田は、
「悪ィ、余所見しちまった」
小さく呟くと、そのまま少し走らせてから道沿いに車を停めた。
背中を丸めてハンドルに寄り掛かるようにすると、伏せ気味の顔を紗己に向ける。その表情はとても苦々しいものだ。
「・・・俺はアンタのために言ってやってんだぜ、紗己」
きっとこんな事を言っても、意味など通じはしないのだろう。思いはするも、沖田はどうしても言わずにはいられなかった。
だが紗己は、やはりと言うべきか予想通りの言葉を返す。
「・・・ごめんなさい、沖田さんの言ってること、難しすぎてよく分からないです。でも・・・」
副長さん、良い人ですよ――そう言って紗己はにこり微笑んだ。
その様子に、思わず沖田はプッと吹き出してしまった。
ハンドルに寄り掛からせていた身体を起こすと、運転席側の窓の外に顔を向け吐息する。参ったぜ、こりゃ。胸中で呟いた。
「・・・本当に変な女だ、アンタ。まァいいや、とりあえず降りてくれ」
先程よりスッキリとした表情になった沖田が、助手席に座る紗己を一瞥して言った。
「・・・?」
彼の意図するところは不明だが、降りろと言われれば降りるしかない。
紗己が車から降りるために不慣れな手付きでシートベルトを外していると、沖田はフロントガラスの向こう側を指差した。
「あそこのファミレスに入ってしばらく待ってな」
「付き合ってほしい所って、あそこだったんですか?」
「まァね。アンタの言う『いい人』ってのを、今から連れてきてやるから」
不敵な笑みを見せる沖田に対し、その行動がさっぱり読めない紗己は一瞬不安気な表情を浮かべた。
だがシートベルトも外し終え、このまま乗っているわけにもいかず、仕方なしに車を降りるためにドアを開ける。
着物の裾を気にしながら車から降りた紗己に、運転席から沖田が声を掛けた。
「ちゃんと待ってろ、アンタの悩みが晴れるようにしてやるからねィ。ああそうだ、分かりやすいように窓際の席に座ってな」
それだけ言い残すと、沖田は紗己の反応も見ずに車を急発進させて行ってしまった。
勝手口を開け、紗己はそっと首だけ出して外の様子を窺おうとした。
だがすぐに、車を横付けして停め、運転席で腕を組んでいた沖田と、しっかりと目が合ってしまった。
実は、紗己は沖田の言う『隊長命令』というものに従うかどうか、決断をしかねていたのだ。
別について行くのは構わない。どうせ買出しに行かなければならないのだから、外出することに変わりは無いのだ。
だがあまり遅くになってしまうと、今日の夕飯の準備に差し支えてしまう。
本日の炊事当番である紗己は、そのことだけが気掛かりだった。どうやら、沖田に対して警戒心が働いているというわけではないらしい。
「どうした、早く乗りな」
助手席側の窓が開き、その奥の運転席から沖田が声を掛けてきた。
依然勝手口から首だけを覗かせていた紗己は、言われるがままおずおずと全身を現し、困惑を帯びた表情で車まで近付くと、助手席のドアの前でぴたりと足を止めた。
眉を寄せて自分を見つめる紗己に沖田は嘆息しつつ、
「・・・取って食いやしねェから、安心しろ」
一応の気遣いを見せる。
だがその言葉に紗己は僅かに首を傾げると、半分開いた助手席の窓に顔を寄せて言った。
「今日私炊事当番なんで、夕方までには帰りたいんですけど、大丈夫そうですか」
「・・・・・・」
そっちの心配かィ。コイツといるとどうにも調子が出ないと思いながら、沖田は呆れ顔で内側から助手席の扉を開ける。
「それまでには帰らせるから、早く乗ってくんねーか」
「はあ、それなら・・・」
分かりましたと小さく答えると、紗己はぎこちない動きで車に乗り込んだ。
慣れない手付きでシートベルトを引っ張る紗己を横目で見ながら、沖田はこの後の予定を脳内で組み立て始める。
(早く帰れるかどうかはアンタ次第だがねィ)
思いつつ、紗己がベルトを締めたのを確認すると、沖田は車を発進させた。
――――――
「万事屋の旦那に会うなって言われたんだってなァ」
運転席も助手席もどちらも窓が半分開けられているため、風で乱れる髪を少し気にして手で押さえていた紗己の耳に、ハンドルを握る沖田の言葉が届いた。
前を向いたままそう言ったので、一瞬独り言かとも思ったが、すぐに横目で見られたので、紗己は自分に話し掛けられたのだと認識する。
「ええっと・・・副長さんに、ですか?」
「こんなガキみてーな事、他に誰が言うんでェ」
「副長さんから、聞いたんですか?」
「・・・山崎が言ってただけだ」
バックミラーで後方を確認しながら沖田は言った。
話の出所を訊かれれば、そう言うしかない。確かにそれは事実ではあるが、本当は山崎から無理やり訊きだしたのだ。
沖田はなおも無表情で、助手席の紗己を見ることもなく話し掛ける。
「ほんとつまんねェ男でさァ。アンタもあんな男やめたらどうだ」
「え?」
沖田の発言の意味が分からず、きょとんとした表情を見せる紗己。それに気付きながらも彼は言葉を続ける。
「あのヤローは、女一人幸せに出来ねェような情けない野郎なんでィ」
常より低めのテンションで吐き捨てるように言うと、少しだけ乱暴にハンドルを切る。
「わっ・・・沖田、さん?」
信号の直前で車が突如右折レーンに寄ったため、反動で身体が助手席のドアに押し付けられ驚きの声を上げる紗己。すると沖田は、
「悪ィ、余所見しちまった」
小さく呟くと、そのまま少し走らせてから道沿いに車を停めた。
背中を丸めてハンドルに寄り掛かるようにすると、伏せ気味の顔を紗己に向ける。その表情はとても苦々しいものだ。
「・・・俺はアンタのために言ってやってんだぜ、紗己」
きっとこんな事を言っても、意味など通じはしないのだろう。思いはするも、沖田はどうしても言わずにはいられなかった。
だが紗己は、やはりと言うべきか予想通りの言葉を返す。
「・・・ごめんなさい、沖田さんの言ってること、難しすぎてよく分からないです。でも・・・」
副長さん、良い人ですよ――そう言って紗己はにこり微笑んだ。
その様子に、思わず沖田はプッと吹き出してしまった。
ハンドルに寄り掛からせていた身体を起こすと、運転席側の窓の外に顔を向け吐息する。参ったぜ、こりゃ。胸中で呟いた。
「・・・本当に変な女だ、アンタ。まァいいや、とりあえず降りてくれ」
先程よりスッキリとした表情になった沖田が、助手席に座る紗己を一瞥して言った。
「・・・?」
彼の意図するところは不明だが、降りろと言われれば降りるしかない。
紗己が車から降りるために不慣れな手付きでシートベルトを外していると、沖田はフロントガラスの向こう側を指差した。
「あそこのファミレスに入ってしばらく待ってな」
「付き合ってほしい所って、あそこだったんですか?」
「まァね。アンタの言う『いい人』ってのを、今から連れてきてやるから」
不敵な笑みを見せる沖田に対し、その行動がさっぱり読めない紗己は一瞬不安気な表情を浮かべた。
だがシートベルトも外し終え、このまま乗っているわけにもいかず、仕方なしに車を降りるためにドアを開ける。
着物の裾を気にしながら車から降りた紗己に、運転席から沖田が声を掛けた。
「ちゃんと待ってろ、アンタの悩みが晴れるようにしてやるからねィ。ああそうだ、分かりやすいように窓際の席に座ってな」
それだけ言い残すと、沖田は紗己の反応も見ずに車を急発進させて行ってしまった。