第十章
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――――――
立ち並ぶ商店から聴こえてくる個別のBGMと、通りを行き交う沢山の人々の話し声や笑い声。
時に喧嘩をしている声までそこに混じり、この町の活気溢れる姿はむしろ喧騒と言えるなと、自身も人混みの一員でありながら、土方は胸中で呟いて嘆息した。
今夜から明日の朝にかけての奇襲作戦に向けて、重要な役割を果たすであろう人物の力を借りるための電話も、少し前に終えていた。
すんなりと話が進むか内心不安だった土方だが、電話の相手は予想に反して協力は惜しまないと断言してくれた。
そうとなれば、この後はあそこに向かうだけだ。
土方は決して好きとは言えない人混みの中に身を投じて、目的の場所へと向かっていた。
こうして商店街を歩いていると、甘味処や花屋、小間物屋など、普段の市中見廻りの際には目に留まる事すらない店舗がよく目に付く。
そして、それらの店を楽しげに見て回る紗己の姿が目に浮かぶのだ。
(そういや、最近一緒に出掛けてなかったよな)
このところ仕事に忙殺されていて、紗己とゆっくり過ごす時間が取れていなかったことを、ふと思い出す。
それでも紗己は、不満を口にするでも態度に表すでもなく、いつだって笑顔を見せてくれていた。
雑踏の中物思いに耽っていると、「雪だ!」と明るい子供の声が土方の耳に飛び込んできた。
降っては止んでを繰り返していた雪が、またちらちらと空から舞い降り始めている。
歪みのない高い鼻梁に落ちては消えた雪の冷たさに、土方は今日最後に見た紗己の泣き顔を思い出した。
(きちんと説明してやらなかった、俺の落ち度だ・・・・・・)
そのせいであんなに悲しませてしまったのだと、苦い表情で深く吐息する。
けれど紗己を巻き込みたくなかった。穏やかに日々を過ごす紗己の笑顔を、不安に曇らせたくなかった。
(・・・いや、そんなの所詮言い訳に過ぎねェよな)
粉雪が舞う雑踏の中、後悔という胸の痛みに苛まれながら土方は歩を進める。
雪駄が巻き上げた砂を寒風がさらっていく中、いつもの柔らかな笑みを湛える紗己と、悲しみに打ちひしがれ涙する紗己の姿が、土方の脳裏に交互に浮かんでは消えていった。
いつだって笑顔でいて欲しくて、ずっと護りたいと、自分の人生を懸けて紗己を幸せにするとそう誓ったはずだ。悲しい思いをさせるために一緒になったわけじゃない。
そう思いはするも、そこに見える矛盾に目を背けていいのかと問い掛けてくる自分もいる。
(普通の野郎とは違うんだ。こんな生き方してりゃァ、いずれ悲しい思いさせちまうのは分かりきってたことじゃねーか・・・・・・)
歩く速度が弱まった。真っ直ぐ前を見据えていた鋭い双眸が、勢いをなくした自身の足元をじっと見つめる。
剣と共に生きていくと決めた時から、早死にするのは覚悟の上だ。
そんないつ死ぬとも知れない身で、おいそれと他人の人生を受け入れる事など出来ないと、これまで誰のことも受け入れようとはしなかった。
だが、紗己と出逢い惹かれ、その決意にも変化が生じた。若い頃とは違って気持ちにも余裕が生まれて、共に生きていきたいと思った。
紗己となら、そんなふうに生きていけると思った。
けれど、他人の人生を受け入れてはいけない理由はもっと別にあったのだと、土方はこうなってみて改めて気付く。
自身の立場やそれに伴う任務などを勘案してみれば、『真選組副長の妻』という存在は、危険に見舞われる可能性を大いに秘めていたのだ。
「あ、すみません」
「ああいや・・・こっちこそすまねえ」
考え込みながら歩いていたら、すれ違いざまに肩をぶつけてしまった。
相手は土方と同じくらいの年の頃の男で、早く行こうと手を引っ張る幼子に気を取られつつ、軽く頭を下げて行ってしまった。幼子のもう片方の手を繋いでいるのは男の妻だろう。
何となく動き出せず、土方はその場で立ち止まった。
徐々に遠ざかっていく、幸せそうな家族の後ろ姿――それを目で追っていると、胸の奥がざわめき立つのを感じた。
共に生きていきたいと思う程本気で愛しているのなら、危険な目に遭わせるような選択をしてはいけなかったのではないか。
本気で愛しているからこそ、受け入れてはいけなかったのではないか。
そうだ、もし俺と一緒にならなければ、アイツはその身に危険が迫るような人生を送らずに済んだはずなんだ。
あの家族のように、穏やかな幸せを掴めたはずなんだ――。
「・・・・・・」
これ以上何も考えたくないとかぶりを振るが、思考は乱れる一方だ。
これじゃいけないと、少しでも気持ちを落ち着かせようと、袂に手を差し入れ煙草を取ろうとしたが、不思議と子連れや妊婦ばかりが目について、土方は肩を落として袂から手を引き抜いた。
「何考えてんだ、俺ァ・・・」
呆れ混じりに呟くと、もう一度頭を振って深く吐息した。
(・・・今はこんなことで悩んでる場合じゃねえだろ)
土方は姿勢を正すと、不安定な気持ちを切り替えるべく、胸いっぱいに冷たい空気を吸い込んだ。
今優先すべきは、紗己の身の安全の確保――それと敵を完膚なきまで叩きのめすことだ。
固い決意を胸に、土方は睨み付けるように前を見据えて、早足に歩き出した。
雪駄が地面の砂を巻き上げる。
もう二度と、真選組とその家族を陥れようとする輩を生み出さないためにも、俺は今やるべきことをやるだけだ――。
立ち並ぶ商店から聴こえてくる個別のBGMと、通りを行き交う沢山の人々の話し声や笑い声。
時に喧嘩をしている声までそこに混じり、この町の活気溢れる姿はむしろ喧騒と言えるなと、自身も人混みの一員でありながら、土方は胸中で呟いて嘆息した。
今夜から明日の朝にかけての奇襲作戦に向けて、重要な役割を果たすであろう人物の力を借りるための電話も、少し前に終えていた。
すんなりと話が進むか内心不安だった土方だが、電話の相手は予想に反して協力は惜しまないと断言してくれた。
そうとなれば、この後はあそこに向かうだけだ。
土方は決して好きとは言えない人混みの中に身を投じて、目的の場所へと向かっていた。
こうして商店街を歩いていると、甘味処や花屋、小間物屋など、普段の市中見廻りの際には目に留まる事すらない店舗がよく目に付く。
そして、それらの店を楽しげに見て回る紗己の姿が目に浮かぶのだ。
(そういや、最近一緒に出掛けてなかったよな)
このところ仕事に忙殺されていて、紗己とゆっくり過ごす時間が取れていなかったことを、ふと思い出す。
それでも紗己は、不満を口にするでも態度に表すでもなく、いつだって笑顔を見せてくれていた。
雑踏の中物思いに耽っていると、「雪だ!」と明るい子供の声が土方の耳に飛び込んできた。
降っては止んでを繰り返していた雪が、またちらちらと空から舞い降り始めている。
歪みのない高い鼻梁に落ちては消えた雪の冷たさに、土方は今日最後に見た紗己の泣き顔を思い出した。
(きちんと説明してやらなかった、俺の落ち度だ・・・・・・)
そのせいであんなに悲しませてしまったのだと、苦い表情で深く吐息する。
けれど紗己を巻き込みたくなかった。穏やかに日々を過ごす紗己の笑顔を、不安に曇らせたくなかった。
(・・・いや、そんなの所詮言い訳に過ぎねェよな)
粉雪が舞う雑踏の中、後悔という胸の痛みに苛まれながら土方は歩を進める。
雪駄が巻き上げた砂を寒風がさらっていく中、いつもの柔らかな笑みを湛える紗己と、悲しみに打ちひしがれ涙する紗己の姿が、土方の脳裏に交互に浮かんでは消えていった。
いつだって笑顔でいて欲しくて、ずっと護りたいと、自分の人生を懸けて紗己を幸せにするとそう誓ったはずだ。悲しい思いをさせるために一緒になったわけじゃない。
そう思いはするも、そこに見える矛盾に目を背けていいのかと問い掛けてくる自分もいる。
(普通の野郎とは違うんだ。こんな生き方してりゃァ、いずれ悲しい思いさせちまうのは分かりきってたことじゃねーか・・・・・・)
歩く速度が弱まった。真っ直ぐ前を見据えていた鋭い双眸が、勢いをなくした自身の足元をじっと見つめる。
剣と共に生きていくと決めた時から、早死にするのは覚悟の上だ。
そんないつ死ぬとも知れない身で、おいそれと他人の人生を受け入れる事など出来ないと、これまで誰のことも受け入れようとはしなかった。
だが、紗己と出逢い惹かれ、その決意にも変化が生じた。若い頃とは違って気持ちにも余裕が生まれて、共に生きていきたいと思った。
紗己となら、そんなふうに生きていけると思った。
けれど、他人の人生を受け入れてはいけない理由はもっと別にあったのだと、土方はこうなってみて改めて気付く。
自身の立場やそれに伴う任務などを勘案してみれば、『真選組副長の妻』という存在は、危険に見舞われる可能性を大いに秘めていたのだ。
「あ、すみません」
「ああいや・・・こっちこそすまねえ」
考え込みながら歩いていたら、すれ違いざまに肩をぶつけてしまった。
相手は土方と同じくらいの年の頃の男で、早く行こうと手を引っ張る幼子に気を取られつつ、軽く頭を下げて行ってしまった。幼子のもう片方の手を繋いでいるのは男の妻だろう。
何となく動き出せず、土方はその場で立ち止まった。
徐々に遠ざかっていく、幸せそうな家族の後ろ姿――それを目で追っていると、胸の奥がざわめき立つのを感じた。
共に生きていきたいと思う程本気で愛しているのなら、危険な目に遭わせるような選択をしてはいけなかったのではないか。
本気で愛しているからこそ、受け入れてはいけなかったのではないか。
そうだ、もし俺と一緒にならなければ、アイツはその身に危険が迫るような人生を送らずに済んだはずなんだ。
あの家族のように、穏やかな幸せを掴めたはずなんだ――。
「・・・・・・」
これ以上何も考えたくないとかぶりを振るが、思考は乱れる一方だ。
これじゃいけないと、少しでも気持ちを落ち着かせようと、袂に手を差し入れ煙草を取ろうとしたが、不思議と子連れや妊婦ばかりが目について、土方は肩を落として袂から手を引き抜いた。
「何考えてんだ、俺ァ・・・」
呆れ混じりに呟くと、もう一度頭を振って深く吐息した。
(・・・今はこんなことで悩んでる場合じゃねえだろ)
土方は姿勢を正すと、不安定な気持ちを切り替えるべく、胸いっぱいに冷たい空気を吸い込んだ。
今優先すべきは、紗己の身の安全の確保――それと敵を完膚なきまで叩きのめすことだ。
固い決意を胸に、土方は睨み付けるように前を見据えて、早足に歩き出した。
雪駄が地面の砂を巻き上げる。
もう二度と、真選組とその家族を陥れようとする輩を生み出さないためにも、俺は今やるべきことをやるだけだ――。