第十章
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――――――
吹き荒ぶ寒風に煽られ、捲れ上がった襟巻きを再度首に巻き直すと、土方は辺りを窺いながら手近なベンチに腰を下ろした。
夕方前の公園には、親子連れの姿がよく目につく。
土方は自分の周囲に幼い子供がいないことを確認してから、袂から煙草の箱を取り出し、そこから精神安定剤とも言える一本を抜き取り咥えると、肩を丸めて左手で風を避けつつ火を点けた。
体内に煙の侵入を許すと、少し疲れた表情でベンチの背に凭れ掛かり吐息する。
雪乃と別れてから既に小一時間が経っており、その間土方は何件かの電話を掛けていた。
最初に掛けた相手は近藤だった。
土方は昨夜から今に至るまでの、自分が巻き込まれている事件のあらましを説明し、今後の出方――出動のための作戦会議を開くので、必要な隊士達を集めてほしいと伝えた。
しかしあまりに人の出入りが激しいと敵の見張りに怪しまれてしまうので、会議の時刻は余裕を持って十九時頃とした。
それまでに、各隊とも分散しながら必要名屯所に戻るように指示を出して欲しいと頼んでおいた。
次の電話の相手は部下だった。彼にも事のあらましを伝え、今必要としている物を全て用意するよう指示を出した。
その準備しなければいけない物というのが一部ややこしい物だったため、互いに何度も電話を折り返す羽目になってしまったが、これも先程無事にやり取りを終えたところだ。
土方は各人に電話で話した内容を振り返りながら、同時に雪乃から聞いた話も脳内で再生していた。
(まさか、今夜とはな・・・・・・)
胸中で呟くと、今にも雪が降り出しそうな重たい灰色の空を険しい表情で見上げた。
雪乃から、いかにして復讐の機会を窺い、そして周到に証拠集めをしていたかを聞いた土方だったが、最後に聞いた話にはさすがの彼も驚きを隠せなかった。
その衝撃の内容とは――昨夜の宴席に居た武器商人が、攘夷浪士達との武器取引を今夜行うというものだった。
その現場を押さえれば、まずは現行犯で武器商人を挙げられる。ついでに攘夷浪士共も検挙できて、これは真選組にとっては美味しい話だ。
だが本来こういう事件の場合は、事前に時間を掛けて敵の動向を探り調べ上げ、確実に捕まえられると判断してから実際の行動に移るものである。
それをこんな性急に、何の下調べも準備も無い状態ともなれば、多少なりとも実行を躊躇う気持ちが出てきてしまう。
それでも、こんな絶好の機会はそうそう訪れるものではない。敵は自分達の手の内に内通者がいることを知らないのだ。
昨日の今日でまさか真選組が動き出すとは思ってもいまい。
だからこそ、何が何でも今夜の作戦を成功させなければいけない。敵が油断している今だからこそ。
土方は火の点いた煙草を咥えたまま、左の袂にそっと右手を差し入れた。
カサっと乾いた音とともに指先に触れた物――それは一枚の封筒だった。
そこにあるという確認だけをすると、右手を袂から引き抜き両眼を閉じた。
(大丈夫だ、いける)
そう自分に言い聞かせると、肩の力を抜いて煙を吐き出し、また雪乃との会話を思い返し始めた。
袂に入れてある封筒の中身、それは雪乃から受け取った公金横領の証拠だ。
安藤は不正の詳細を書き記した文書を雪乃の部屋に保管しており、その中から数件分にあたる文書を、雪乃は今日土方に渡すために持ってきていたのだ。
そして持ち運ぶには多過ぎた残りの証拠文書は、一枚一枚カメラで撮影しており、そのデータを収めたカードも文書と共に封筒に入れてあった。
両親の死の真相を一年前に知ってから、雪乃は不正の証拠となる文書を複製し続けていたという。
今彼女の部屋にある文書の半分程は複製で、本物は彼女の古い知り合いに頼んで預かってもらっているのだとも話していた。
それ以外にも証拠集めには余念が無く、昨夜の宴席での会話のやり取りも録音してあった。
自身の帯の中にレコーダーを隠していたため、彼女が動いている時の男達の音声はやや聞き取りにくいものの、不正を持ち掛けている発言や脅しとも取れる発言、そしてそれに反論する土方の声もちゃんと残されていた。
過去の不正の記録、そして昨夜のやり取りの記録。これなら奴の身柄を拘束するのに十分だ。これは千載一遇のチャンスだと、証拠を受け取った時に土方は思った。
いくら相手が幕府の高官とは言え、これだけの証拠を前に言い逃れは出来ないだろう。
たとえ連行の際に斬り合いが生じても、真選組が責めを負うことにはならない。
「・・・これで全部終いにしてやる」
低く呟くと、指に挟んでいた煙草をひと吸いしてから携帯灰皿に押し付けた。
突然罠に嵌められ、愛しい妻の身を危険に晒すまいと思案に暮れる中、一筋の光明が差したのだ。どんなことをしてでもこの作戦を成功させねばならない。
そのために必要な最後の段取りをつけようと、土方は携帯電話を取り出した。
ディスプレイにとある人物の番号を出し、深呼吸をしてから発信ボタンを押した。
(頼む、出てくれ)
祈る思いで電話が繋がるのを待っていると、スピーカーから相手の声が聞こえてきた。
よし、繋がった! 思わず片手で拳を作って、電話の相手に話し掛ける。
「もしもし、土方だ。悪ィが頼みがある、力を貸してもらえねェか」
言いながら立ち上がり、次の目的地へと歩き出した土方の冷え切った頬に、冷たい何かが触れた。
(雪か・・・・・・)
いつの間にかちらついていた雪に気付き、眉を寄せて濃灰色の雲に覆われた空を見上げた。
携帯電話を持つ手に力がこもる。もう突き進むしか道は無いのだ。
吹き荒ぶ寒風に煽られ、捲れ上がった襟巻きを再度首に巻き直すと、土方は辺りを窺いながら手近なベンチに腰を下ろした。
夕方前の公園には、親子連れの姿がよく目につく。
土方は自分の周囲に幼い子供がいないことを確認してから、袂から煙草の箱を取り出し、そこから精神安定剤とも言える一本を抜き取り咥えると、肩を丸めて左手で風を避けつつ火を点けた。
体内に煙の侵入を許すと、少し疲れた表情でベンチの背に凭れ掛かり吐息する。
雪乃と別れてから既に小一時間が経っており、その間土方は何件かの電話を掛けていた。
最初に掛けた相手は近藤だった。
土方は昨夜から今に至るまでの、自分が巻き込まれている事件のあらましを説明し、今後の出方――出動のための作戦会議を開くので、必要な隊士達を集めてほしいと伝えた。
しかしあまりに人の出入りが激しいと敵の見張りに怪しまれてしまうので、会議の時刻は余裕を持って十九時頃とした。
それまでに、各隊とも分散しながら必要名屯所に戻るように指示を出して欲しいと頼んでおいた。
次の電話の相手は部下だった。彼にも事のあらましを伝え、今必要としている物を全て用意するよう指示を出した。
その準備しなければいけない物というのが一部ややこしい物だったため、互いに何度も電話を折り返す羽目になってしまったが、これも先程無事にやり取りを終えたところだ。
土方は各人に電話で話した内容を振り返りながら、同時に雪乃から聞いた話も脳内で再生していた。
(まさか、今夜とはな・・・・・・)
胸中で呟くと、今にも雪が降り出しそうな重たい灰色の空を険しい表情で見上げた。
雪乃から、いかにして復讐の機会を窺い、そして周到に証拠集めをしていたかを聞いた土方だったが、最後に聞いた話にはさすがの彼も驚きを隠せなかった。
その衝撃の内容とは――昨夜の宴席に居た武器商人が、攘夷浪士達との武器取引を今夜行うというものだった。
その現場を押さえれば、まずは現行犯で武器商人を挙げられる。ついでに攘夷浪士共も検挙できて、これは真選組にとっては美味しい話だ。
だが本来こういう事件の場合は、事前に時間を掛けて敵の動向を探り調べ上げ、確実に捕まえられると判断してから実際の行動に移るものである。
それをこんな性急に、何の下調べも準備も無い状態ともなれば、多少なりとも実行を躊躇う気持ちが出てきてしまう。
それでも、こんな絶好の機会はそうそう訪れるものではない。敵は自分達の手の内に内通者がいることを知らないのだ。
昨日の今日でまさか真選組が動き出すとは思ってもいまい。
だからこそ、何が何でも今夜の作戦を成功させなければいけない。敵が油断している今だからこそ。
土方は火の点いた煙草を咥えたまま、左の袂にそっと右手を差し入れた。
カサっと乾いた音とともに指先に触れた物――それは一枚の封筒だった。
そこにあるという確認だけをすると、右手を袂から引き抜き両眼を閉じた。
(大丈夫だ、いける)
そう自分に言い聞かせると、肩の力を抜いて煙を吐き出し、また雪乃との会話を思い返し始めた。
袂に入れてある封筒の中身、それは雪乃から受け取った公金横領の証拠だ。
安藤は不正の詳細を書き記した文書を雪乃の部屋に保管しており、その中から数件分にあたる文書を、雪乃は今日土方に渡すために持ってきていたのだ。
そして持ち運ぶには多過ぎた残りの証拠文書は、一枚一枚カメラで撮影しており、そのデータを収めたカードも文書と共に封筒に入れてあった。
両親の死の真相を一年前に知ってから、雪乃は不正の証拠となる文書を複製し続けていたという。
今彼女の部屋にある文書の半分程は複製で、本物は彼女の古い知り合いに頼んで預かってもらっているのだとも話していた。
それ以外にも証拠集めには余念が無く、昨夜の宴席での会話のやり取りも録音してあった。
自身の帯の中にレコーダーを隠していたため、彼女が動いている時の男達の音声はやや聞き取りにくいものの、不正を持ち掛けている発言や脅しとも取れる発言、そしてそれに反論する土方の声もちゃんと残されていた。
過去の不正の記録、そして昨夜のやり取りの記録。これなら奴の身柄を拘束するのに十分だ。これは千載一遇のチャンスだと、証拠を受け取った時に土方は思った。
いくら相手が幕府の高官とは言え、これだけの証拠を前に言い逃れは出来ないだろう。
たとえ連行の際に斬り合いが生じても、真選組が責めを負うことにはならない。
「・・・これで全部終いにしてやる」
低く呟くと、指に挟んでいた煙草をひと吸いしてから携帯灰皿に押し付けた。
突然罠に嵌められ、愛しい妻の身を危険に晒すまいと思案に暮れる中、一筋の光明が差したのだ。どんなことをしてでもこの作戦を成功させねばならない。
そのために必要な最後の段取りをつけようと、土方は携帯電話を取り出した。
ディスプレイにとある人物の番号を出し、深呼吸をしてから発信ボタンを押した。
(頼む、出てくれ)
祈る思いで電話が繋がるのを待っていると、スピーカーから相手の声が聞こえてきた。
よし、繋がった! 思わず片手で拳を作って、電話の相手に話し掛ける。
「もしもし、土方だ。悪ィが頼みがある、力を貸してもらえねェか」
言いながら立ち上がり、次の目的地へと歩き出した土方の冷え切った頬に、冷たい何かが触れた。
(雪か・・・・・・)
いつの間にかちらついていた雪に気付き、眉を寄せて濃灰色の雲に覆われた空を見上げた。
携帯電話を持つ手に力がこもる。もう突き進むしか道は無いのだ。