第十章
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――――――
「ちょっとは落ち着いたか」
優しく肩をさすっていた銀時が、その手を止めて問い掛ける。常よりも低めの声音が耳元へと静かに降り掛かり、それに驚いた紗己はビクッと身体を強張らせた。
「は、はいあの・・・もう、平気ですから」
少し焦ったように顔を上げてそう言うと、銀時は軽く腰を上げて紗己から身体を離した。そして僅かに距離を開けて座り直し、二人はまたソファに横並びになる。
涙に濡れた頬に張り付いた髪を耳に掛けている仕草を、複雑な心境の中銀時は横目で見やる。
思い切り泣いた事で、気持ちが少しは落ち着いたのだろう。ちらりとこちらを見た紗己は、照れたようにぎこちなく笑った。
先程までの絶望に満ちた表情はもう浮かんではいないが、まだ睫毛の根元は濡れていて、瞼もはっきりと浮腫んでいる。
「あの・・・ごめんなさい、取り乱してしまって」
「あー、気にすんなって。たまには溜め込んでるモン全部吐き出すのも必要だろ」
軽く背中を丸めて両手をだらんと自身の太腿に乗せ、申し訳無さそうな顔を見せる紗己から視線を外して銀時は言った。
「なんだか・・・」
「ん?」
ぽつりと呟いた紗己の方に銀時が顔を向けると、彼女はふふ、と小さく笑ってテーブルの上のコップに手を伸ばす。
「思い出しちゃって」
そう言ってコップの中身を一口飲み、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて紗己は言った。
「前にもこんなふうに、銀さんに泣きついちゃった事があったなーって、思い出してたんです」
手の中のコップをテーブルに戻し、少し乱れた襟元を直すと、自分をジッと見つめたまま何も言わない銀時を見つめ返した。潤みを帯びた半月型の瞳の中には、困惑の色を纏った銀時が映り込んでいる。
「銀さん? どうか、しました?」
「・・・いや、悪かったなって思ってな」
何が? といった表情の紗己から視線を外すと、銀時はソファの背に身体を預けて吐息しながら天井を見上げた。
同じ事、思い出してたんだな――胸中で呟く。
だが、思い出の捉え方はきっと違う。銀時は紗己に触れる言い訳を、大切な思い出に求めたのだ。
紗己はどうだろう? 自分と同じはずが無い。そう思うと、自分に都合の良い状況を作るために彼女を泣かせたような気がしてきて、またしても罪悪感に胸が痛んだ。
こんなにも紗己に悲しい思いをさせている原因は主に土方にあって、自分を頼ってきた紗己を慰めているのはこの俺だ。
それが正しい事の流れだとしても、彼女のために出来うる事を全うしたわけではないのだから、いつまでも自分を正当化していても仕方が無い。
罪滅ぼし、というわけではない。けれど、彼女の支えになれともう一人の自分が心の内で訴え掛けてくる。
あっちに寄ったりこっちに寄ったり、結局俺はどうしたいんだ。自分自身に呆れる銀時だったが、先程紗己に触れたことで一つ確信を得た。
言うなれば、これは無い物ねだりだ。
これまで、紗己の土方への純粋な愛情を散々見せ付けられてきた銀時は、いつしかそんなふうに想われている土方を羨ましく思うようになっていた。
彼女と出逢い愛し愛され、これまでには得ようともしなかった『幸せ』を受け入れた土方の変化を目の当たりにし、もし自分にもこんな清らかで真っ直ぐな想いを向けられたら一体どんな気分になるのだろうかと、紗己の愛情に興味を持ってしまった。
それが決して自分のものにはならないと分かっているからこそ、余計に羨ましく思えてしまったのだ。
自分の幼稚さに呆れる銀時だったが、紗己に触れても恋だの愛だのといった甘い感情が一切わき起こらなかったことには、内心安堵していた。結局、隣の芝生が青々と見えていただけだったのだ。
それでも、何故か妹のように思えてしまう紗己を、助けてやりたいと思う気持ちに変わりはない。
さて、いい加減切り替えなきゃな。銀時は天井に向けて大きく嘆息すると、元々の髪型をさらに乱すように頭を掻いて、ソファに凭れていた背中をぐっと起こした。
隣に座る紗己を一瞥して、落ち着いた声で問い掛ける。
「なあ紗己。お前、土方が浮気したと思ってんだろ?」
「・・・・・・」
せっかく落ち着きを取り戻していた紗己だったが、銀時の言葉にすっかり現実を思い出さされ、またすぐに泣き出しそうな顔をして俯いてしまった。
「お、おい泣くなよ紗己。ほら、顔上げろって」
言いながら、泣いていないか確認するように紗己の顔を覗き込み、力加減をしつつ優しく彼女の細い肩を叩いた。それを合図に、紗己は下唇をキュッと噛んでゆっくりと顔を上げた。また泣いてしまわないように。
紗己の健気な姿を前に、銀時もこの非常にデリケートな問題に首を突っ込む覚悟を決めた。
「ざっくりとだけど、さっき沖田から話は聞いた。で、お前はなんでアイツが浮気なんかしたと思ったわけ?」
「それは・・・今朝、その、相手の方が屯所に来て・・・」
「昨夜、アイツと一緒に過ごしたって言った芸者なんだろ、その女は」
「・・・はい」
「で、その女がアイツと浮気したって言ったのか?」
「・・・そんな直接的には・・・けど、その・・・」
矢継ぎ早に問い掛ける銀時に答えるため、思い出したくないであろう今朝の出来事をぽつりぽつりと話し出す。そんな紗己の両手は、膝の上でギュッと拳を作っていた。
「ちょっとは落ち着いたか」
優しく肩をさすっていた銀時が、その手を止めて問い掛ける。常よりも低めの声音が耳元へと静かに降り掛かり、それに驚いた紗己はビクッと身体を強張らせた。
「は、はいあの・・・もう、平気ですから」
少し焦ったように顔を上げてそう言うと、銀時は軽く腰を上げて紗己から身体を離した。そして僅かに距離を開けて座り直し、二人はまたソファに横並びになる。
涙に濡れた頬に張り付いた髪を耳に掛けている仕草を、複雑な心境の中銀時は横目で見やる。
思い切り泣いた事で、気持ちが少しは落ち着いたのだろう。ちらりとこちらを見た紗己は、照れたようにぎこちなく笑った。
先程までの絶望に満ちた表情はもう浮かんではいないが、まだ睫毛の根元は濡れていて、瞼もはっきりと浮腫んでいる。
「あの・・・ごめんなさい、取り乱してしまって」
「あー、気にすんなって。たまには溜め込んでるモン全部吐き出すのも必要だろ」
軽く背中を丸めて両手をだらんと自身の太腿に乗せ、申し訳無さそうな顔を見せる紗己から視線を外して銀時は言った。
「なんだか・・・」
「ん?」
ぽつりと呟いた紗己の方に銀時が顔を向けると、彼女はふふ、と小さく笑ってテーブルの上のコップに手を伸ばす。
「思い出しちゃって」
そう言ってコップの中身を一口飲み、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて紗己は言った。
「前にもこんなふうに、銀さんに泣きついちゃった事があったなーって、思い出してたんです」
手の中のコップをテーブルに戻し、少し乱れた襟元を直すと、自分をジッと見つめたまま何も言わない銀時を見つめ返した。潤みを帯びた半月型の瞳の中には、困惑の色を纏った銀時が映り込んでいる。
「銀さん? どうか、しました?」
「・・・いや、悪かったなって思ってな」
何が? といった表情の紗己から視線を外すと、銀時はソファの背に身体を預けて吐息しながら天井を見上げた。
同じ事、思い出してたんだな――胸中で呟く。
だが、思い出の捉え方はきっと違う。銀時は紗己に触れる言い訳を、大切な思い出に求めたのだ。
紗己はどうだろう? 自分と同じはずが無い。そう思うと、自分に都合の良い状況を作るために彼女を泣かせたような気がしてきて、またしても罪悪感に胸が痛んだ。
こんなにも紗己に悲しい思いをさせている原因は主に土方にあって、自分を頼ってきた紗己を慰めているのはこの俺だ。
それが正しい事の流れだとしても、彼女のために出来うる事を全うしたわけではないのだから、いつまでも自分を正当化していても仕方が無い。
罪滅ぼし、というわけではない。けれど、彼女の支えになれともう一人の自分が心の内で訴え掛けてくる。
あっちに寄ったりこっちに寄ったり、結局俺はどうしたいんだ。自分自身に呆れる銀時だったが、先程紗己に触れたことで一つ確信を得た。
言うなれば、これは無い物ねだりだ。
これまで、紗己の土方への純粋な愛情を散々見せ付けられてきた銀時は、いつしかそんなふうに想われている土方を羨ましく思うようになっていた。
彼女と出逢い愛し愛され、これまでには得ようともしなかった『幸せ』を受け入れた土方の変化を目の当たりにし、もし自分にもこんな清らかで真っ直ぐな想いを向けられたら一体どんな気分になるのだろうかと、紗己の愛情に興味を持ってしまった。
それが決して自分のものにはならないと分かっているからこそ、余計に羨ましく思えてしまったのだ。
自分の幼稚さに呆れる銀時だったが、紗己に触れても恋だの愛だのといった甘い感情が一切わき起こらなかったことには、内心安堵していた。結局、隣の芝生が青々と見えていただけだったのだ。
それでも、何故か妹のように思えてしまう紗己を、助けてやりたいと思う気持ちに変わりはない。
さて、いい加減切り替えなきゃな。銀時は天井に向けて大きく嘆息すると、元々の髪型をさらに乱すように頭を掻いて、ソファに凭れていた背中をぐっと起こした。
隣に座る紗己を一瞥して、落ち着いた声で問い掛ける。
「なあ紗己。お前、土方が浮気したと思ってんだろ?」
「・・・・・・」
せっかく落ち着きを取り戻していた紗己だったが、銀時の言葉にすっかり現実を思い出さされ、またすぐに泣き出しそうな顔をして俯いてしまった。
「お、おい泣くなよ紗己。ほら、顔上げろって」
言いながら、泣いていないか確認するように紗己の顔を覗き込み、力加減をしつつ優しく彼女の細い肩を叩いた。それを合図に、紗己は下唇をキュッと噛んでゆっくりと顔を上げた。また泣いてしまわないように。
紗己の健気な姿を前に、銀時もこの非常にデリケートな問題に首を突っ込む覚悟を決めた。
「ざっくりとだけど、さっき沖田から話は聞いた。で、お前はなんでアイツが浮気なんかしたと思ったわけ?」
「それは・・・今朝、その、相手の方が屯所に来て・・・」
「昨夜、アイツと一緒に過ごしたって言った芸者なんだろ、その女は」
「・・・はい」
「で、その女がアイツと浮気したって言ったのか?」
「・・・そんな直接的には・・・けど、その・・・」
矢継ぎ早に問い掛ける銀時に答えるため、思い出したくないであろう今朝の出来事をぽつりぽつりと話し出す。そんな紗己の両手は、膝の上でギュッと拳を作っていた。