第十章
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――――――
警戒というよりも、まるで恨みでもあるかのように周囲を睨み付けながら、土方は人気の少ない路地を足早に歩いていた。誰に聞かせるつもりもないが、舌打ちを度々繰返し柄の悪さを全面に打ち出している。
もはや抑える気もない苛立ちを、それでも少しは解消したくて煙草を吸おうと袂に手を差し入れた。かさっと音がする。煙草の箱でもライターでもない、紙切れが指先に触れたのだ。
わけが分からねえ。何が目的なんだ、あの女は・・・・・・。
「・・・やめた」
溜息混じりに呟くと、煙草を取ろうとしていた手を袂から引き抜いた。
行き場の失った右手で、鬱陶しそうに前髪を掻き上げ、少し前の事を思い返す。
自室を出て沖田を捜しに玄関に向かったのだが、門番の隊士等に訊けば、沖田はまだ外出から戻っていないとのことだった。
そう時間も経っていないから、恐らくまだ万事屋にいるか、そうか奴の事だから紗己を預けて今頃どこかでサボっているのかも知れない。
まあいい。呟いてその場を去ろうとした時。土方の常から鋭い双眸がギロっと門の外を睨み付けた。
(何かいる――こっちを見てる。一人か? いや、何人かいやがるな)
気を研ぎ澄ませ警戒したがそれらに殺気はなく、なんだ見張ってるだけかとつまらなさそうに胸中で吐き捨てる。
機嫌も悪かったし、一暴れすればスッキリして案外全てうまくいくんじゃないか。
一瞬物騒なことを考えたが、実際には全てうまくいくわけがないことも重々承知だ。
土方は物足りなさと安堵の合わさった複雑な心境で、踵を返して自室へと向かった。
戻らない沖田を待つ必要もなく、紗己が安全であればそれが何よりだと思い直し、さっと着替えを済ませて屯所を後にした。
その際も、念のためにと気配を消して裏口から、それも隊服ではなく着流しに羽織り姿で抜け出てきたのだが、特に尾行 られているようには感じなかった。
入りくんだ路地を曲がったところで襟巻きを緩めると、やはり我慢が出来ずに土方は立ち止まり煙草を取り出した。
箱を軽く振ってちょろっと顔を出した一本を咥えそのまま引き抜き、手持ちのライターで火を点け、肺の奥深くまで煙を送り込む。
紗己が妊娠したと知ってから彼女の前では煙草を吸わないでいるので、外出中の過剰喫煙がこのところ当たり前になっている。
手元の煙草に視線を落とした土方は、眉間に皺を寄せて深く溜息を落とした。
妊婦として身体に負担が掛からぬようにと、紗己が大好きな紅茶を断っていることをふと思い出したからだ。
それに比べて俺は――紫煙を吐きながら、軽く頭を振った。
冷静さを取り戻した今だからこそ、改めて思い知る。今朝自分が紗己に取った態度は、本当に最低なものだったと。
胸の奥が鈍く痛んだが、それを煙草のせいにしたい土方は、また深く深く煙を吸い込んだ。
まだ昼だと言うのに、どんよりとした重たい雲が低い空全体を覆い尽くし、それでなくても重苦しい気分を一層重苦しくさせる。
土方は顔を横に向けてふうっと煙を吐き出し、そこに光でも求めるように大して見甲斐のない空を目を細めて仰いだ。
厚い雲に隠れてはいるが、太陽の存在だけは見つけられる。
それだけで十分じゃねェか。胸中で静かに呟き、なおも歩を進め続ける。
そうして細い路地をいくつか通り過ぎ、やがて人々が行き交う通りへと行き着いた。彼はただ散歩をしていたのでも闇雲に歩いていたのでもなく、目的があってここまで来たのだ。
天気が悪いとはいえ年の瀬ともあり、立ち並ぶ商店もそれなりに活気づいている。
その一角に、あえて捜そうとせずともすぐに『目的』は見つけられた。
透けそうに白い肌とは対象的に、薄い唇を深紅で彩ったその姿は、灰色に包まれた薄曇りの町並みの中、水墨で描かれた美人画の掛軸からふらっと抜け出してきたようにも見える。
まあ、意識のどこか隅の方で客観的にそう思っただけで個人的感情は特になく、むしろ土方の感情の大半は、警戒心と不満で占められていた。
「あら、土方さん」
射抜くような視線に気付いたか、雪乃は小間物屋の前から離れ数歩こちらへ近付くと、藍色の肩掛けを胸の前で押さえながら偶然会ったくらいの気軽さで声を掛けてきた。
しかし土方はそれには答えず、渋面で距離を詰める。咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けると、形のよい唇から舌打ちが漏れ出た。
「チッ・・・どういう魂胆だ、なんで今朝うちに来た」
開口一番不満を露わにした土方に対し、挨拶を返してもらえなかった不満は雪乃にはないようで、
「なんでって、土方さんがお忘れになった財布を届けに行ったんじゃありませんか」
鈴の音のような声で笑う。
その姿に土方は、苦虫を噛み潰したような顔のまま嘆息した。
分かりやすい事実だけを取り上げれば、確かにその通りでしかない。
だが、紗己への態度や随分と色付けされた内容はあれはなんだと、土方の怒りを含んだ不満は喉元まで込み上げてきている。
とはいえ、こんな人目のある場所で話す内容ではないし、そもそも雪乃と二人で居るところを誰かに見られるのは本意ではない。
仕方なく土方は顎先を軽く上げて、場所を変えることを促した。
警戒というよりも、まるで恨みでもあるかのように周囲を睨み付けながら、土方は人気の少ない路地を足早に歩いていた。誰に聞かせるつもりもないが、舌打ちを度々繰返し柄の悪さを全面に打ち出している。
もはや抑える気もない苛立ちを、それでも少しは解消したくて煙草を吸おうと袂に手を差し入れた。かさっと音がする。煙草の箱でもライターでもない、紙切れが指先に触れたのだ。
わけが分からねえ。何が目的なんだ、あの女は・・・・・・。
「・・・やめた」
溜息混じりに呟くと、煙草を取ろうとしていた手を袂から引き抜いた。
行き場の失った右手で、鬱陶しそうに前髪を掻き上げ、少し前の事を思い返す。
自室を出て沖田を捜しに玄関に向かったのだが、門番の隊士等に訊けば、沖田はまだ外出から戻っていないとのことだった。
そう時間も経っていないから、恐らくまだ万事屋にいるか、そうか奴の事だから紗己を預けて今頃どこかでサボっているのかも知れない。
まあいい。呟いてその場を去ろうとした時。土方の常から鋭い双眸がギロっと門の外を睨み付けた。
(何かいる――こっちを見てる。一人か? いや、何人かいやがるな)
気を研ぎ澄ませ警戒したがそれらに殺気はなく、なんだ見張ってるだけかとつまらなさそうに胸中で吐き捨てる。
機嫌も悪かったし、一暴れすればスッキリして案外全てうまくいくんじゃないか。
一瞬物騒なことを考えたが、実際には全てうまくいくわけがないことも重々承知だ。
土方は物足りなさと安堵の合わさった複雑な心境で、踵を返して自室へと向かった。
戻らない沖田を待つ必要もなく、紗己が安全であればそれが何よりだと思い直し、さっと着替えを済ませて屯所を後にした。
その際も、念のためにと気配を消して裏口から、それも隊服ではなく着流しに羽織り姿で抜け出てきたのだが、特に
入りくんだ路地を曲がったところで襟巻きを緩めると、やはり我慢が出来ずに土方は立ち止まり煙草を取り出した。
箱を軽く振ってちょろっと顔を出した一本を咥えそのまま引き抜き、手持ちのライターで火を点け、肺の奥深くまで煙を送り込む。
紗己が妊娠したと知ってから彼女の前では煙草を吸わないでいるので、外出中の過剰喫煙がこのところ当たり前になっている。
手元の煙草に視線を落とした土方は、眉間に皺を寄せて深く溜息を落とした。
妊婦として身体に負担が掛からぬようにと、紗己が大好きな紅茶を断っていることをふと思い出したからだ。
それに比べて俺は――紫煙を吐きながら、軽く頭を振った。
冷静さを取り戻した今だからこそ、改めて思い知る。今朝自分が紗己に取った態度は、本当に最低なものだったと。
胸の奥が鈍く痛んだが、それを煙草のせいにしたい土方は、また深く深く煙を吸い込んだ。
まだ昼だと言うのに、どんよりとした重たい雲が低い空全体を覆い尽くし、それでなくても重苦しい気分を一層重苦しくさせる。
土方は顔を横に向けてふうっと煙を吐き出し、そこに光でも求めるように大して見甲斐のない空を目を細めて仰いだ。
厚い雲に隠れてはいるが、太陽の存在だけは見つけられる。
それだけで十分じゃねェか。胸中で静かに呟き、なおも歩を進め続ける。
そうして細い路地をいくつか通り過ぎ、やがて人々が行き交う通りへと行き着いた。彼はただ散歩をしていたのでも闇雲に歩いていたのでもなく、目的があってここまで来たのだ。
天気が悪いとはいえ年の瀬ともあり、立ち並ぶ商店もそれなりに活気づいている。
その一角に、あえて捜そうとせずともすぐに『目的』は見つけられた。
透けそうに白い肌とは対象的に、薄い唇を深紅で彩ったその姿は、灰色に包まれた薄曇りの町並みの中、水墨で描かれた美人画の掛軸からふらっと抜け出してきたようにも見える。
まあ、意識のどこか隅の方で客観的にそう思っただけで個人的感情は特になく、むしろ土方の感情の大半は、警戒心と不満で占められていた。
「あら、土方さん」
射抜くような視線に気付いたか、雪乃は小間物屋の前から離れ数歩こちらへ近付くと、藍色の肩掛けを胸の前で押さえながら偶然会ったくらいの気軽さで声を掛けてきた。
しかし土方はそれには答えず、渋面で距離を詰める。咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けると、形のよい唇から舌打ちが漏れ出た。
「チッ・・・どういう魂胆だ、なんで今朝うちに来た」
開口一番不満を露わにした土方に対し、挨拶を返してもらえなかった不満は雪乃にはないようで、
「なんでって、土方さんがお忘れになった財布を届けに行ったんじゃありませんか」
鈴の音のような声で笑う。
その姿に土方は、苦虫を噛み潰したような顔のまま嘆息した。
分かりやすい事実だけを取り上げれば、確かにその通りでしかない。
だが、紗己への態度や随分と色付けされた内容はあれはなんだと、土方の怒りを含んだ不満は喉元まで込み上げてきている。
とはいえ、こんな人目のある場所で話す内容ではないし、そもそも雪乃と二人で居るところを誰かに見られるのは本意ではない。
仕方なく土方は顎先を軽く上げて、場所を変えることを促した。