第十章
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「おい、紗己」
「っ・・・!?」
小刻みに肩を震わせて泣き続ける背中に馴染み深い声が突き刺さり、紗己は全身を強張らせながら声の主の名を呟く。
「沖田、さん・・・」
「何やってんでェ、そんな所に突っ立って」
「な、何でもな・・・」
「何でもねえってんなら、こっち向きな」
実に淡々とした口調で、振り向こうとしない紗己を急かす。見ずとも分かる強い視線に、このまま放っておいてはくれないと理解した紗己は、手や着物でごしごしと乱暴に涙を拭った。
「な、な・・・でも、ありませ・・・から」
ぐじゅっと鼻をすする音が辺りに広がる。
何でもないわけがないのは一目瞭然で、彼女が泣いていたと端から分かっていた沖田は、両手をポケットに突っ込んでゆっくりと紗己の元へと近付き、
「喧嘩して部屋から追い出されたか」
同情の色など一切感じない声音で問い掛けた。
だが紗己はまだ庭に身体を向けたまま、ゆるゆると首を横に振る。
「私が・・・勝手に、飛び出して・・・」
「へェ?」
思いがけない返答だったのか、沖田は軽く眉を上げた。これは珍しい。焦れったいほどに鈍感な女が行動に移すくらいだから、余程のことなんだろう。
だがこの状況においても、追い出されたのではないと土方を擁護しているところは、やっぱり『らしい』。
沖田は顎を引いて手にしていた携帯電話のディスプレイに視線を落とした。正午までにはあと一時間もない。
昼休憩は手の空いている者から順次取っていくため、これから二、三時間は隊士達の屯所への出入りも多くなる。紗己も否応なしに泣き顔を見られてしまうだろう。
「どうでもいーけどねィ、そろそろ他の奴らが戻ってくるぜ。こんな所でいつまでも突っ立ってねェで、野郎を追い出してアンタが部屋に戻れば・・・」
「嫌です!」
普段は話を遮ってまで自らを主張するようなことはしない紗己が、感情露わに涙声で沖田の言葉を遮った。そのことに僅かに驚いた表情を見せる沖田を前に、紗己は眉根を寄せて俯き、唇を震わせる。
「部屋、には・・・戻りたくないんです・・・っ」
絞り出すように言い終えた途端、廊下にポタポタと雫が落ちた。
こんな姿を誰にも見られたくないと思いながらも、流れ落ちる涙を止めることが出来ない。ならばせめて泣き顔だけは見られないようにと、紗己は手の平を目元に押し付けながらくるりと背を向けた。
浅い呼吸に合わせて小刻みに震える紗己の肩は、あまりにも頼りなく華奢に見える。その姿に例えようのないもどかしさを感じた沖田は、ズボンのポケットの中でぐっと拳を握った。苛立ちにも似た感情を吐き出すために小さく舌打ちをしてから、嘆息混じりに口を開く。
「おい、紗己」
「っ・・・は、はい・・・」
「俺の部屋、知ってんだろ」
「え・・・・・・?」
唐突な言葉がどういう意味を持つのか、紗己はゆっくりと後ろを振り返り、真っ赤に充血した双眸で沖田を見つめる。すると沖田は、
「匿ってやるっつってんだ。戻りたくねーんだろ」
常よりは格段に柔らかな声で言いながら、紗己の泣き顔を見ないようにか、庭へと身体を向けた。
突然の申し出を理解するまでに数秒を要し、ようやくその言葉の意味が分かったものの、紗己は戸惑いを隠せない。
「あ、あの・・・私、その・・・」
「嫌なら構わねーが、さっさと行かねェとその泣きっ面みんなに見られちまうぜ」
真っ直ぐ庭を見据えたままの沖田が、その整った顔に少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる。直接口にこそしないが、他に行く宛てなどないだろうと言われているように紗己には思えた。
確かに今の自分には自室以外に籠もる場所など無く、考えようによっては有り難い申し出だ。紗己は躊躇いながらも、こくりと頷いた。
「・・・ほら、さっさと行け。後から茶でも持ってってやるから、先に行ってな」
沖田は遠慮して動き出せないでいる紗己の肩を掴んで身体の向きを変えさせると、背中をとん、と指で押した。乱暴さは決してない。
とぼとぼと弱い足取りで角を曲がり、紗己が目的の場所へと向かったことを自身の目で確認すると、沖田は再び両手をズボンのポケットに突っ込んで抑揚無く言い放った。
「おい、隠れてねーで出て来い」
すると、紗己の向かった先とは真逆の廊下の角から、一人の男がそろそろと姿を現した。監察方の山崎退だ。
腰も引け気味に身震いしたのは寒さのせいではなく、無表情ながらも鋭さを秘めた沖田の双眸に捉えられたからだろう。
「い、いやっ、べ、別に隠れてたってわけじゃ・・・」
「んなこたァどうでもいいんでィ。テメーの知ってること、洗いざらい吐きやがれ」
有無を言わさぬ冷たい声が廊下に響いた。
――――――
微かな人の気配を感じ取ったと同時に、スゥーっと障子戸の開く音がした。土方はもう何度寝とも知れない微睡みから脱け出すため、目周りの筋肉にグッと力を込める。
ほらな、やっぱり戻ってきただろ。勝ち誇ったような胸中の呟きは、自分自身へのものなのか。
油断すればすぐに閉じようとする瞼の裏には、申し訳なさそうな顔をした紗己の姿が容易に浮かぶ。
さあ、こちらはどんな顔をして迎えようか。考えながら、冷気を引き連れずんずんと近付いてくる足音に耳を澄ます。
ずんずん、ってあれ? 紗己にしちゃ足音が乱暴すぎねーか?
これじゃまるで男の歩き方だと疑念を抱き薄っすら目を開けると、二間を仕切る襖の手前には、愛しい妻ではなく沖田が立っていた。
「なんだ、お前か総悟」
「真っ昼間までふて寝とはいい身分ですねィ。さっさと起きろ土方コノヤロー」
「うるせェ。勤務外に寝てようが何してようが俺の勝手・・・」
不機嫌に言い放つ最中、何かが頭の中で引っ掛かった。重要な事をさらっと聞き流してしまったような。
何だ、コイツ今なんつった? 確かふて寝って言わなかったか? 事情を知らなければ出てこないであろう言葉に、土方の顔色が変わる。
「っ・・・!?」
小刻みに肩を震わせて泣き続ける背中に馴染み深い声が突き刺さり、紗己は全身を強張らせながら声の主の名を呟く。
「沖田、さん・・・」
「何やってんでェ、そんな所に突っ立って」
「な、何でもな・・・」
「何でもねえってんなら、こっち向きな」
実に淡々とした口調で、振り向こうとしない紗己を急かす。見ずとも分かる強い視線に、このまま放っておいてはくれないと理解した紗己は、手や着物でごしごしと乱暴に涙を拭った。
「な、な・・・でも、ありませ・・・から」
ぐじゅっと鼻をすする音が辺りに広がる。
何でもないわけがないのは一目瞭然で、彼女が泣いていたと端から分かっていた沖田は、両手をポケットに突っ込んでゆっくりと紗己の元へと近付き、
「喧嘩して部屋から追い出されたか」
同情の色など一切感じない声音で問い掛けた。
だが紗己はまだ庭に身体を向けたまま、ゆるゆると首を横に振る。
「私が・・・勝手に、飛び出して・・・」
「へェ?」
思いがけない返答だったのか、沖田は軽く眉を上げた。これは珍しい。焦れったいほどに鈍感な女が行動に移すくらいだから、余程のことなんだろう。
だがこの状況においても、追い出されたのではないと土方を擁護しているところは、やっぱり『らしい』。
沖田は顎を引いて手にしていた携帯電話のディスプレイに視線を落とした。正午までにはあと一時間もない。
昼休憩は手の空いている者から順次取っていくため、これから二、三時間は隊士達の屯所への出入りも多くなる。紗己も否応なしに泣き顔を見られてしまうだろう。
「どうでもいーけどねィ、そろそろ他の奴らが戻ってくるぜ。こんな所でいつまでも突っ立ってねェで、野郎を追い出してアンタが部屋に戻れば・・・」
「嫌です!」
普段は話を遮ってまで自らを主張するようなことはしない紗己が、感情露わに涙声で沖田の言葉を遮った。そのことに僅かに驚いた表情を見せる沖田を前に、紗己は眉根を寄せて俯き、唇を震わせる。
「部屋、には・・・戻りたくないんです・・・っ」
絞り出すように言い終えた途端、廊下にポタポタと雫が落ちた。
こんな姿を誰にも見られたくないと思いながらも、流れ落ちる涙を止めることが出来ない。ならばせめて泣き顔だけは見られないようにと、紗己は手の平を目元に押し付けながらくるりと背を向けた。
浅い呼吸に合わせて小刻みに震える紗己の肩は、あまりにも頼りなく華奢に見える。その姿に例えようのないもどかしさを感じた沖田は、ズボンのポケットの中でぐっと拳を握った。苛立ちにも似た感情を吐き出すために小さく舌打ちをしてから、嘆息混じりに口を開く。
「おい、紗己」
「っ・・・は、はい・・・」
「俺の部屋、知ってんだろ」
「え・・・・・・?」
唐突な言葉がどういう意味を持つのか、紗己はゆっくりと後ろを振り返り、真っ赤に充血した双眸で沖田を見つめる。すると沖田は、
「匿ってやるっつってんだ。戻りたくねーんだろ」
常よりは格段に柔らかな声で言いながら、紗己の泣き顔を見ないようにか、庭へと身体を向けた。
突然の申し出を理解するまでに数秒を要し、ようやくその言葉の意味が分かったものの、紗己は戸惑いを隠せない。
「あ、あの・・・私、その・・・」
「嫌なら構わねーが、さっさと行かねェとその泣きっ面みんなに見られちまうぜ」
真っ直ぐ庭を見据えたままの沖田が、その整った顔に少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる。直接口にこそしないが、他に行く宛てなどないだろうと言われているように紗己には思えた。
確かに今の自分には自室以外に籠もる場所など無く、考えようによっては有り難い申し出だ。紗己は躊躇いながらも、こくりと頷いた。
「・・・ほら、さっさと行け。後から茶でも持ってってやるから、先に行ってな」
沖田は遠慮して動き出せないでいる紗己の肩を掴んで身体の向きを変えさせると、背中をとん、と指で押した。乱暴さは決してない。
とぼとぼと弱い足取りで角を曲がり、紗己が目的の場所へと向かったことを自身の目で確認すると、沖田は再び両手をズボンのポケットに突っ込んで抑揚無く言い放った。
「おい、隠れてねーで出て来い」
すると、紗己の向かった先とは真逆の廊下の角から、一人の男がそろそろと姿を現した。監察方の山崎退だ。
腰も引け気味に身震いしたのは寒さのせいではなく、無表情ながらも鋭さを秘めた沖田の双眸に捉えられたからだろう。
「い、いやっ、べ、別に隠れてたってわけじゃ・・・」
「んなこたァどうでもいいんでィ。テメーの知ってること、洗いざらい吐きやがれ」
有無を言わさぬ冷たい声が廊下に響いた。
――――――
微かな人の気配を感じ取ったと同時に、スゥーっと障子戸の開く音がした。土方はもう何度寝とも知れない微睡みから脱け出すため、目周りの筋肉にグッと力を込める。
ほらな、やっぱり戻ってきただろ。勝ち誇ったような胸中の呟きは、自分自身へのものなのか。
油断すればすぐに閉じようとする瞼の裏には、申し訳なさそうな顔をした紗己の姿が容易に浮かぶ。
さあ、こちらはどんな顔をして迎えようか。考えながら、冷気を引き連れずんずんと近付いてくる足音に耳を澄ます。
ずんずん、ってあれ? 紗己にしちゃ足音が乱暴すぎねーか?
これじゃまるで男の歩き方だと疑念を抱き薄っすら目を開けると、二間を仕切る襖の手前には、愛しい妻ではなく沖田が立っていた。
「なんだ、お前か総悟」
「真っ昼間までふて寝とはいい身分ですねィ。さっさと起きろ土方コノヤロー」
「うるせェ。勤務外に寝てようが何してようが俺の勝手・・・」
不機嫌に言い放つ最中、何かが頭の中で引っ掛かった。重要な事をさらっと聞き流してしまったような。
何だ、コイツ今なんつった? 確かふて寝って言わなかったか? 事情を知らなければ出てこないであろう言葉に、土方の顔色が変わる。