序章③
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――――――
朝、紗己は炊事場にいた。
昨日の口論もあって土方と顔を合わせづらいという理由から、本当はこの場所から離れたかったのだが、今朝は炊事当番。仕事を放って逃げるわけにもいかず、やむなく食堂に入ったのだった。
淡々と仕事をしているうちに少しは気も紛れていたのだが、ふと壁に掛かっている時計を見た途端、激しい焦燥感に襲われた。
(どうしよう、そろそろ副長さんが来る時間だ・・・・・・)
比較的時間通りの行動をする男なため、ここへやってくる大体の頃合いが分かってしまう。
そんなことを思っている間に、他の隊士達に混じって少し癖のある、だが耳心地の良い声が食堂へと近付いてきた。
「・・・!」
勢いよく跳ね上がった鼓動に妙な高揚を感じつつも、今は気まずさの方がはるかに上回っている。
ど、どうしよう! どこか、隠れる場所なかったっけ!!
紗己は慌てて炊事場内をキョロキョロと見回す。
突如挙動不審になった彼女を同僚達が不思議そうに見ているのだが、とにかく必死な紗己はそんな視線も気に留めず、往生際悪く逃げ場所を探し続ける。けれど、場所柄人が入り込めるほどのデッドスペースなどない。
声が近付く。気持ちは焦る。どうしようも無くなった紗己は、仕方なく最終手段に出た。
「ご、ごめんなさいっ、私お手洗いに!」
乱暴に割烹着を脱ぐと、紗己は一目散に炊事場から逃げ出した。
――――――
昼過ぎ、紗己は洗濯場にいた。
朝食堂で逃げて以来、土方が紗己を捜している気配は無い。前回、どこへ逃げても追いかけて来られた経緯があるため、今日の土方の行動に紗己は少し寂しさを感じていた。
(まだ怒ってるのかな、副長さん・・・・・・)
洗剤の箱を棚に仕舞いつつ、溜息を落とす。
そもそも紗己が怒られること自体がおかしな話なのだが、理由はどうあれやはり土方の心境が気になってしまう。
ぐるぐると回転を続ける洗濯機をぼんやりと覗き込みながら、渦の中に思いを馳せていると。
「その中に土方のヤローでも映ってるのか?」
「っ、沖田さん!」
突然掛けられた声に驚いて顔を上げると、そこには洗濯場の出入口の扉に身体を寄り掛けている沖田がいた。
「なんでェ、俺からは逃げないんだねアンタ」
腕を組んで顔は軽く伏せながら、けれど視線だけはしっかりと紗己を捉えている。かわいい顔の造作なのに、その眼力たるやなかなかの威力だ。
ここで沖田が望んでいたのは、狼狽える紗己の姿だった。しかし彼女は、何故沖田がそんなことを言ってきたのかさえ分かっていない。
ただただ言われた言葉を額面通りに受け取った様子で、
「沖田さんから逃げる理由がないです」
不思議そうに小首を傾げ、でもはっきりとそう告げた。
「・・・こりゃァ、思ってた以上だ」
無表情ながら人差し指で頬を掻き、あのヤローに同情するぜと小さく吐き捨てる。
想像を絶する紗己の鈍感さに、さすがの沖田も肩を落とした。
「沖田さん、どうかしました?」
「いや、なんでもねェ。ところで紗己、アンタこの後の予定は?」
「・・・ここが終わったら、買出しに行きますけど。あ、何か買ってくるものありました?」
明後日の方に向いた紗己の気遣いに、やれやれという表情を露骨に浮かべると、沖田は気怠そうに言葉を吐いた。
「いや、買ってきてもらいたいモンは何もねェ。ただ、ちょっと付き合ってもらいたい所があってね」
「付き合ってもらいたい所?」
キョトンとした表情でオウム返しをする紗己に、沖田は話を続ける。
「ま、それは着いてからのお楽しみってヤツでさァ。それが終わったら勝手口から出てきな。車つけとくから」
小さく声を出して扉に凭れさせていた身体を起こすと、沖田は紗己に背を向けて洗濯場から立ち去ろうとした。
しかし要領の得ない会話を推し進められた紗己は、困惑の表情を浮かべて沖田を呼び止める。
「待って、沖田さん。その用事って何なんですか? あんまり時間掛かると、他の皆に迷惑が掛かる・・・」
「それなら心配いらねェ、これァ隊長命令だ」
紗己の言葉を遮るように言うと、沖田はニッと口端を上げ紗己を残して行ってしまった。
朝、紗己は炊事場にいた。
昨日の口論もあって土方と顔を合わせづらいという理由から、本当はこの場所から離れたかったのだが、今朝は炊事当番。仕事を放って逃げるわけにもいかず、やむなく食堂に入ったのだった。
淡々と仕事をしているうちに少しは気も紛れていたのだが、ふと壁に掛かっている時計を見た途端、激しい焦燥感に襲われた。
(どうしよう、そろそろ副長さんが来る時間だ・・・・・・)
比較的時間通りの行動をする男なため、ここへやってくる大体の頃合いが分かってしまう。
そんなことを思っている間に、他の隊士達に混じって少し癖のある、だが耳心地の良い声が食堂へと近付いてきた。
「・・・!」
勢いよく跳ね上がった鼓動に妙な高揚を感じつつも、今は気まずさの方がはるかに上回っている。
ど、どうしよう! どこか、隠れる場所なかったっけ!!
紗己は慌てて炊事場内をキョロキョロと見回す。
突如挙動不審になった彼女を同僚達が不思議そうに見ているのだが、とにかく必死な紗己はそんな視線も気に留めず、往生際悪く逃げ場所を探し続ける。けれど、場所柄人が入り込めるほどのデッドスペースなどない。
声が近付く。気持ちは焦る。どうしようも無くなった紗己は、仕方なく最終手段に出た。
「ご、ごめんなさいっ、私お手洗いに!」
乱暴に割烹着を脱ぐと、紗己は一目散に炊事場から逃げ出した。
――――――
昼過ぎ、紗己は洗濯場にいた。
朝食堂で逃げて以来、土方が紗己を捜している気配は無い。前回、どこへ逃げても追いかけて来られた経緯があるため、今日の土方の行動に紗己は少し寂しさを感じていた。
(まだ怒ってるのかな、副長さん・・・・・・)
洗剤の箱を棚に仕舞いつつ、溜息を落とす。
そもそも紗己が怒られること自体がおかしな話なのだが、理由はどうあれやはり土方の心境が気になってしまう。
ぐるぐると回転を続ける洗濯機をぼんやりと覗き込みながら、渦の中に思いを馳せていると。
「その中に土方のヤローでも映ってるのか?」
「っ、沖田さん!」
突然掛けられた声に驚いて顔を上げると、そこには洗濯場の出入口の扉に身体を寄り掛けている沖田がいた。
「なんでェ、俺からは逃げないんだねアンタ」
腕を組んで顔は軽く伏せながら、けれど視線だけはしっかりと紗己を捉えている。かわいい顔の造作なのに、その眼力たるやなかなかの威力だ。
ここで沖田が望んでいたのは、狼狽える紗己の姿だった。しかし彼女は、何故沖田がそんなことを言ってきたのかさえ分かっていない。
ただただ言われた言葉を額面通りに受け取った様子で、
「沖田さんから逃げる理由がないです」
不思議そうに小首を傾げ、でもはっきりとそう告げた。
「・・・こりゃァ、思ってた以上だ」
無表情ながら人差し指で頬を掻き、あのヤローに同情するぜと小さく吐き捨てる。
想像を絶する紗己の鈍感さに、さすがの沖田も肩を落とした。
「沖田さん、どうかしました?」
「いや、なんでもねェ。ところで紗己、アンタこの後の予定は?」
「・・・ここが終わったら、買出しに行きますけど。あ、何か買ってくるものありました?」
明後日の方に向いた紗己の気遣いに、やれやれという表情を露骨に浮かべると、沖田は気怠そうに言葉を吐いた。
「いや、買ってきてもらいたいモンは何もねェ。ただ、ちょっと付き合ってもらいたい所があってね」
「付き合ってもらいたい所?」
キョトンとした表情でオウム返しをする紗己に、沖田は話を続ける。
「ま、それは着いてからのお楽しみってヤツでさァ。それが終わったら勝手口から出てきな。車つけとくから」
小さく声を出して扉に凭れさせていた身体を起こすと、沖田は紗己に背を向けて洗濯場から立ち去ろうとした。
しかし要領の得ない会話を推し進められた紗己は、困惑の表情を浮かべて沖田を呼び止める。
「待って、沖田さん。その用事って何なんですか? あんまり時間掛かると、他の皆に迷惑が掛かる・・・」
「それなら心配いらねェ、これァ隊長命令だ」
紗己の言葉を遮るように言うと、沖田はニッと口端を上げ紗己を残して行ってしまった。