第十章
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――――――
いくつかの所用を済ませ、黙々と早足で歩き続けて辿り着いた目的の場所――そこは万事屋だった。
紗己が身を寄せているというその場所へ、階段を昇って一歩一歩近付いていく。
紗己は今どうしているだろうか。まだ怒っているだろうか。
(まさかアイツとおかしなことになってたり・・・いやいや、それはねェ)
嫌な想像を脳裏から引き剥がそうと頭を振り、それでも消えない苛立ちに舌打ちをする。
そうこうしているうちに辿り着いた玄関の前で深呼吸してから、土方は引手に手を掛けた。
ガラガラと引き戸が音を立てる。鍵は開いていた。
(チッ、不用心な野郎だ)
胸中で呟きつつ、挨拶代わりに声を出す。
「邪魔するぞ」
言いながら中へと入り、雪駄を脱いで廊下を進む。
そのまま居間へと入ると、愛読している漫画雑誌を手に、椅子に腰掛け両足を机の上にだらしなく乗せている銀時と目が合った。
「よう。やっと来たか色男」
読んでいたページを開いたまま机に伏せて置くと、やる気の無さ気な双眸が土方を見やった。
銀時の言った『色男』という言葉に土方は低く唸った。
きっと沖田からか紗己からか、もしくは両者から今朝の出来事について何か聞いているのだろう。
だが今はそのことについて弁明するつもりはない。まずは紗己に会う方が先だ。
そう思い黙って室内を見回すが、愛しい妻の姿はどこにも見当たらない。
「おい、紗己はどこだ」
厠にでも行っているのだろうかと思いながら訊ねた土方に対し、銀時の返した答えは全くもって予想外のものだった。
「寝てる」
立てた親指をくいっと襖の向こう側に向けて、やる気の無さそうな表情はそのままに銀時が言った。
「・・・寝てる?」
土方は怪訝な面持ちで言葉を繰り返す。
自分の知る限り、紗己は他所の家でそう簡単に寝てしまうような人間ではない。
一体どういうことだと不信感を露わに銀時を一瞥すると、銀時は机から両足を降ろして、椅子の背もたれにぐっと上体を預けた。ギィっと椅子が軋む音がする。
「腹が張って痛いっつってなー」
隣室とを仕切る襖に目をやりながら言うと、それを聞いた土方の顔色が突如焦りを含んだものに変わった。
「っ、だ・・・」
「デケー声出すなよ、起きんだろ」
大丈夫なのかと言おうとしたであろう土方に、銀時は人差し指を口の前で立てて静かにするよう注意を促し、話を続ける。
「病院に連れて行こうかと思ったんだけど、しばらく横になってれば治まるからって言うからさー」
落ち着いた口調で話すと、それを聞いている土方の表情から焦りは徐々に薄れていった。
それでもまだ、不安そうにちらちらと襖の方を見ている土方を一瞥して、銀時はにやりと含んだ笑みを浮かべる。
「で、実際十分くらいで治まったみたいだぜ。んで、そっからすぐに寝ちまったってわけ。もう一時間くらいは寝てるよ」
言い終えると、両腕を頭の後ろで組んで先程よりも深く椅子に身体を預けた。
「そ、そうか・・・すまねェな」
銀時から聞いた話に見るからに安堵の表情を浮かべた土方は、襟巻きを外しながらそう言った。
あらぬ疑いを一瞬でも抱いてしまったことと、紗己が世話になったことの両方に対しての申し訳無さが、彼を珍しく素直にさせたのだろう。
「何だよ、やけに素直じゃねーか」
「うるせェ」
ニヤニヤとからかいたそうな表情を見せる銀時に眉をひそめてそう言うと、土方は静かな足取りで和室へと向かい、慎重な手付きでそっと襖を開いた。
僅かな隙間から中の様子を窺う。
家具の少ない和室の真ん中に敷かれた布団の中で、紗己は静かな寝息を立てていた。
枕元には解いた帯と帯締めが丁寧に畳んで置かれている。横になる際、紗己が自分でそうしたのだろう。
今までにも数回、同じように腹が張ったために帯を解いてしばらく横になっているという事があったので、この光景に土方が慌てるようなことはなかった。
色々疲れてしまっただろう紗己を、もう少し休ませてやりたいと、土方はそっと襖を閉めてそこから離れた。
羽織を脱いで襟巻きと共にソファの背もたれに引っ掛け、刀を外して手前のソファの端――銀時に近い側に腰を下ろす。
「他の連中はいねーのか」
「用事で出てるよ。夕方には帰るっつってたから、もうすぐ帰ってくんじゃねえ?」
銀時は椅子を回転させて、背後の窓の外に目をやりながら答えた。
美しい夕日は拝めないが、日は傾き始めている。土方も同じように窓の外に視線を向けてから、「そうか」と短く答えた。
紗己の体調は気に掛かるものの、ひとまずは大丈夫だろう。
土方は静かに吐息すると、先程目にしたばかりの、襖一枚隔てた和室で眠る愛しい妻の姿を思い出す。
肩まで掛布団が掛かっていたのでしっかりとは見えなかったが、心持ち疲れたように見えた寝顔は、穏やかなものとは言い難かった。
他所の家ではあるものの、今このひと時だけでもゆっくり休んでほしい。
紗己の身体を心配する土方だったが、ふとある事が気になった。
(あの布団・・・誰のだ?)
いくつかの所用を済ませ、黙々と早足で歩き続けて辿り着いた目的の場所――そこは万事屋だった。
紗己が身を寄せているというその場所へ、階段を昇って一歩一歩近付いていく。
紗己は今どうしているだろうか。まだ怒っているだろうか。
(まさかアイツとおかしなことになってたり・・・いやいや、それはねェ)
嫌な想像を脳裏から引き剥がそうと頭を振り、それでも消えない苛立ちに舌打ちをする。
そうこうしているうちに辿り着いた玄関の前で深呼吸してから、土方は引手に手を掛けた。
ガラガラと引き戸が音を立てる。鍵は開いていた。
(チッ、不用心な野郎だ)
胸中で呟きつつ、挨拶代わりに声を出す。
「邪魔するぞ」
言いながら中へと入り、雪駄を脱いで廊下を進む。
そのまま居間へと入ると、愛読している漫画雑誌を手に、椅子に腰掛け両足を机の上にだらしなく乗せている銀時と目が合った。
「よう。やっと来たか色男」
読んでいたページを開いたまま机に伏せて置くと、やる気の無さ気な双眸が土方を見やった。
銀時の言った『色男』という言葉に土方は低く唸った。
きっと沖田からか紗己からか、もしくは両者から今朝の出来事について何か聞いているのだろう。
だが今はそのことについて弁明するつもりはない。まずは紗己に会う方が先だ。
そう思い黙って室内を見回すが、愛しい妻の姿はどこにも見当たらない。
「おい、紗己はどこだ」
厠にでも行っているのだろうかと思いながら訊ねた土方に対し、銀時の返した答えは全くもって予想外のものだった。
「寝てる」
立てた親指をくいっと襖の向こう側に向けて、やる気の無さそうな表情はそのままに銀時が言った。
「・・・寝てる?」
土方は怪訝な面持ちで言葉を繰り返す。
自分の知る限り、紗己は他所の家でそう簡単に寝てしまうような人間ではない。
一体どういうことだと不信感を露わに銀時を一瞥すると、銀時は机から両足を降ろして、椅子の背もたれにぐっと上体を預けた。ギィっと椅子が軋む音がする。
「腹が張って痛いっつってなー」
隣室とを仕切る襖に目をやりながら言うと、それを聞いた土方の顔色が突如焦りを含んだものに変わった。
「っ、だ・・・」
「デケー声出すなよ、起きんだろ」
大丈夫なのかと言おうとしたであろう土方に、銀時は人差し指を口の前で立てて静かにするよう注意を促し、話を続ける。
「病院に連れて行こうかと思ったんだけど、しばらく横になってれば治まるからって言うからさー」
落ち着いた口調で話すと、それを聞いている土方の表情から焦りは徐々に薄れていった。
それでもまだ、不安そうにちらちらと襖の方を見ている土方を一瞥して、銀時はにやりと含んだ笑みを浮かべる。
「で、実際十分くらいで治まったみたいだぜ。んで、そっからすぐに寝ちまったってわけ。もう一時間くらいは寝てるよ」
言い終えると、両腕を頭の後ろで組んで先程よりも深く椅子に身体を預けた。
「そ、そうか・・・すまねェな」
銀時から聞いた話に見るからに安堵の表情を浮かべた土方は、襟巻きを外しながらそう言った。
あらぬ疑いを一瞬でも抱いてしまったことと、紗己が世話になったことの両方に対しての申し訳無さが、彼を珍しく素直にさせたのだろう。
「何だよ、やけに素直じゃねーか」
「うるせェ」
ニヤニヤとからかいたそうな表情を見せる銀時に眉をひそめてそう言うと、土方は静かな足取りで和室へと向かい、慎重な手付きでそっと襖を開いた。
僅かな隙間から中の様子を窺う。
家具の少ない和室の真ん中に敷かれた布団の中で、紗己は静かな寝息を立てていた。
枕元には解いた帯と帯締めが丁寧に畳んで置かれている。横になる際、紗己が自分でそうしたのだろう。
今までにも数回、同じように腹が張ったために帯を解いてしばらく横になっているという事があったので、この光景に土方が慌てるようなことはなかった。
色々疲れてしまっただろう紗己を、もう少し休ませてやりたいと、土方はそっと襖を閉めてそこから離れた。
羽織を脱いで襟巻きと共にソファの背もたれに引っ掛け、刀を外して手前のソファの端――銀時に近い側に腰を下ろす。
「他の連中はいねーのか」
「用事で出てるよ。夕方には帰るっつってたから、もうすぐ帰ってくんじゃねえ?」
銀時は椅子を回転させて、背後の窓の外に目をやりながら答えた。
美しい夕日は拝めないが、日は傾き始めている。土方も同じように窓の外に視線を向けてから、「そうか」と短く答えた。
紗己の体調は気に掛かるものの、ひとまずは大丈夫だろう。
土方は静かに吐息すると、先程目にしたばかりの、襖一枚隔てた和室で眠る愛しい妻の姿を思い出す。
肩まで掛布団が掛かっていたのでしっかりとは見えなかったが、心持ち疲れたように見えた寝顔は、穏やかなものとは言い難かった。
他所の家ではあるものの、今このひと時だけでもゆっくり休んでほしい。
紗己の身体を心配する土方だったが、ふとある事が気になった。
(あの布団・・・誰のだ?)