第十章
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銀時は眉根を寄せて、昨夜の記憶を脳内で辿る。
昨晩川沿いの屋台で銀時が飲んでいると、そこにふらりと土方が現れた。既に過剰にアルコールを摂取していたようだが、これが飲まずに帰れるかなどとブツブツ言いながら銀時の隣で飲み始めたのだ。
馬の合わない同士が隣り合えば、当然飲み比べのようになってしまい、先に酔い潰れた方が奢るなんて話になった。結果、先に潰れたのは土方であった――。
「様子が変ってのは、具体的に何かあったんですかィ」
「いや、何がどうってわけじゃねーんだけど・・・」
腕を組んでまた記憶の糸を辿る。そもそも銀時にしたって酔っていたのだから、ふわふわとした夢と現実の区別さえつかないような曖昧な記憶しかない。
だがそんな曖昧な記憶の中の土方は、酒の入ったコップを何度も掴みそこね、トレードマークとも言うべき煙草も持ち合わせておらず、酒を煽りながら何者かに対する敵意をずっと口にしていた。
やはり様子は変だった。銀時は確信する。頷きながら、新たに思い出した事――。
「あ、そういやアイツ財布持ってなかったわ」
「! 財布・・・ですかィ」
「なんだよ、えらく含んだ言い方だな」
一瞬鋭く目を光らせたのが気になった。ただの夫婦喧嘩ではなく、厄介な面倒事の匂いがする。
沖田はそれまでの飄々とした雰囲気から打って変わり、寒空に似合いの静かな研ぎ澄まされた気を全身から放ち、すぅーっと辺りを見回した。低めの声音でボソッと呟く。
「ここは、何の問題も無ェみてーだな」
「どういう事だ? また面倒な事に巻き込むつもりじゃねーだろうな」
嫌そうな顔をする銀時に対し、否定も肯定もせずに沖田は話し出した。
「昼飯食いに屯所に戻った時、門前で妙な気配を感じたんでさァ」
「妙な気配?」
銀時の言葉に頷く沖田の双眸は、真剣そのものだ。
「見張られてる――そんな気配だ。複数の視線を感じたが殺気は感じなかったんでね、かえって気味が悪ィ。そこへ来て、紗己があの調子ときたもんだ」
「それとどういう関係があんだよ?」
軽く立てた親指で二階を指す。沖田の言う『妙な気配』と紗己との繋がりは見えない。
「財布でさァ、財布」
沖田は静かに言った。
「例の芸者は、野郎の財布を届けるために屯所を訪ねてきたんでさァ。昨夜、部屋に忘れてったんだと」
「つーことはなに、アイツ本当にその芸者としっぽりして、部屋に財布忘れてったってのか?」
はたしてあの土方が、仕事絡みの席でそこまで醜態を晒すほど飲むだろうか。土方の失態をからかおうとさえしないのは、その行動と結果に疑問を抱いているからだろう。そしてそれは沖田も同じだった。
「変だと思わねーですか。旦那」
沖田は視線を紗己が居る二階に移し言葉を続ける。
「本当にシロだってんなら、そうはっきり紗己に言ってやりゃァいいだけの話だ。なのにあの野郎はそうしなかった・・・いや、できなかった んじゃねェかってね」
「アイツが何かの厄介事に巻き込まれてると?」
真剣な声音で言葉を返した銀時に、沖田は小さく頷いた。
「女の行動にしても、どこか臭いやせんか。忘れてった財布を届けに来た、正当な言い分だがどうもしっくりこねェんでさァ。アンタの昨夜の話と照らし合わせても、どうにも出来すぎてるように俺は思うんだけどねィ」
「・・・確かに、何か裏がありそうではあるな」
「少なくとも、惚れた腫れただけの行動とは思えねェ。屯所前でのあの気配と、何か関連してる可能性もなきにしもあらずってね」
「目的は別にあって、財布はその道具ってことか」
銀時の声の調子がさらに慎重なものに変わった。その疑問に沖田はやんわりと首を振る。
「そいつァ分かりませんが、疑わしきはとことん疑うのが俺達警察でね。ま、そんなわけで紗己もここに連れて来た方が安全かと思ったんでさァ」
そう言うと、もういつも通りの飄々とした沖田に戻っていた。
一方、紗己の身の安全性を持ち出されると、文句を言いにくいのが銀時だ。俯き、ひょっとしたら泣いているかも知れない紗己の姿が頭に浮かび、仕方無いといった様子で頭を掻いた。
――――――
カタカタと風に軋む玄関引き戸の前で、銀時はフゥと息をついた。
自宅に戻ろうとしているだけなのに変に緊張してしまう。万事屋の客は、皆こういう気分でここに立っているのだろうか。思いながらも、寒いのでさっさと入ることにする。
引き戸に手を掛け、わざと大きな動作で靴を脱ぎ、しっかりとした独り言を言いながら部屋に入った。
「あー外はさみーな。あー中は暖けぇな」
「お、かえりなさい…」
手前側のソファに座っていた紗己が、俯かせていた顔を少しだけ上げた。
テーブルの上には、分かってはいたが何も無い。他所の家に来て自発的に台所を拝借するような性格じゃないのは承知しているが、ここで一人心細くしていたのではないかと思うと少々胸が痛む。
銀時は冷えた手を擦り合わせながらスタスタと台所へ向かうと、冷蔵庫から紙パックを取り出し、淡いピンクの液体をコップ二つに注いで、それを両手に居間へと戻った。
どこに座ろうか・・・迷いながらもソファの無い面から腰を屈めて、また顔を俯かせた紗己の目の前にコップを置く。しんとした室内にコトン・・・と響いたその音に反応した紗己は、視線を落としたまま軽く頭を下げた。
その姿はあまりにも弱々しく、とてもじゃないが向かい合う気分になれない銀時は、結局紗己の右隣に腰を下ろした。座った反動でソファの座面が深く沈み、紗己の身体がふわっと跳ねたが、お構いなしに自分のコップに手を伸ばす。
「・・・あの、沖田さんは・・・」
「おー、仕事に戻るってよ」
「そう、ですか」
か細い声も静かな室内では鮮明に響き、それが余計に切なさを際立たせる。
今日に限って賑やかな仲間達は出払っていた。せめて定春だけでも居てくれれば良かったのに。
胸中で呟くと、銀時は好物のいちご牛乳を苦々しい表情で一気に飲み干した。
昨晩川沿いの屋台で銀時が飲んでいると、そこにふらりと土方が現れた。既に過剰にアルコールを摂取していたようだが、これが飲まずに帰れるかなどとブツブツ言いながら銀時の隣で飲み始めたのだ。
馬の合わない同士が隣り合えば、当然飲み比べのようになってしまい、先に酔い潰れた方が奢るなんて話になった。結果、先に潰れたのは土方であった――。
「様子が変ってのは、具体的に何かあったんですかィ」
「いや、何がどうってわけじゃねーんだけど・・・」
腕を組んでまた記憶の糸を辿る。そもそも銀時にしたって酔っていたのだから、ふわふわとした夢と現実の区別さえつかないような曖昧な記憶しかない。
だがそんな曖昧な記憶の中の土方は、酒の入ったコップを何度も掴みそこね、トレードマークとも言うべき煙草も持ち合わせておらず、酒を煽りながら何者かに対する敵意をずっと口にしていた。
やはり様子は変だった。銀時は確信する。頷きながら、新たに思い出した事――。
「あ、そういやアイツ財布持ってなかったわ」
「! 財布・・・ですかィ」
「なんだよ、えらく含んだ言い方だな」
一瞬鋭く目を光らせたのが気になった。ただの夫婦喧嘩ではなく、厄介な面倒事の匂いがする。
沖田はそれまでの飄々とした雰囲気から打って変わり、寒空に似合いの静かな研ぎ澄まされた気を全身から放ち、すぅーっと辺りを見回した。低めの声音でボソッと呟く。
「ここは、何の問題も無ェみてーだな」
「どういう事だ? また面倒な事に巻き込むつもりじゃねーだろうな」
嫌そうな顔をする銀時に対し、否定も肯定もせずに沖田は話し出した。
「昼飯食いに屯所に戻った時、門前で妙な気配を感じたんでさァ」
「妙な気配?」
銀時の言葉に頷く沖田の双眸は、真剣そのものだ。
「見張られてる――そんな気配だ。複数の視線を感じたが殺気は感じなかったんでね、かえって気味が悪ィ。そこへ来て、紗己があの調子ときたもんだ」
「それとどういう関係があんだよ?」
軽く立てた親指で二階を指す。沖田の言う『妙な気配』と紗己との繋がりは見えない。
「財布でさァ、財布」
沖田は静かに言った。
「例の芸者は、野郎の財布を届けるために屯所を訪ねてきたんでさァ。昨夜、部屋に忘れてったんだと」
「つーことはなに、アイツ本当にその芸者としっぽりして、部屋に財布忘れてったってのか?」
はたしてあの土方が、仕事絡みの席でそこまで醜態を晒すほど飲むだろうか。土方の失態をからかおうとさえしないのは、その行動と結果に疑問を抱いているからだろう。そしてそれは沖田も同じだった。
「変だと思わねーですか。旦那」
沖田は視線を紗己が居る二階に移し言葉を続ける。
「本当にシロだってんなら、そうはっきり紗己に言ってやりゃァいいだけの話だ。なのにあの野郎はそうしなかった・・・いや、
「アイツが何かの厄介事に巻き込まれてると?」
真剣な声音で言葉を返した銀時に、沖田は小さく頷いた。
「女の行動にしても、どこか臭いやせんか。忘れてった財布を届けに来た、正当な言い分だがどうもしっくりこねェんでさァ。アンタの昨夜の話と照らし合わせても、どうにも出来すぎてるように俺は思うんだけどねィ」
「・・・確かに、何か裏がありそうではあるな」
「少なくとも、惚れた腫れただけの行動とは思えねェ。屯所前でのあの気配と、何か関連してる可能性もなきにしもあらずってね」
「目的は別にあって、財布はその道具ってことか」
銀時の声の調子がさらに慎重なものに変わった。その疑問に沖田はやんわりと首を振る。
「そいつァ分かりませんが、疑わしきはとことん疑うのが俺達警察でね。ま、そんなわけで紗己もここに連れて来た方が安全かと思ったんでさァ」
そう言うと、もういつも通りの飄々とした沖田に戻っていた。
一方、紗己の身の安全性を持ち出されると、文句を言いにくいのが銀時だ。俯き、ひょっとしたら泣いているかも知れない紗己の姿が頭に浮かび、仕方無いといった様子で頭を掻いた。
――――――
カタカタと風に軋む玄関引き戸の前で、銀時はフゥと息をついた。
自宅に戻ろうとしているだけなのに変に緊張してしまう。万事屋の客は、皆こういう気分でここに立っているのだろうか。思いながらも、寒いのでさっさと入ることにする。
引き戸に手を掛け、わざと大きな動作で靴を脱ぎ、しっかりとした独り言を言いながら部屋に入った。
「あー外はさみーな。あー中は暖けぇな」
「お、かえりなさい…」
手前側のソファに座っていた紗己が、俯かせていた顔を少しだけ上げた。
テーブルの上には、分かってはいたが何も無い。他所の家に来て自発的に台所を拝借するような性格じゃないのは承知しているが、ここで一人心細くしていたのではないかと思うと少々胸が痛む。
銀時は冷えた手を擦り合わせながらスタスタと台所へ向かうと、冷蔵庫から紙パックを取り出し、淡いピンクの液体をコップ二つに注いで、それを両手に居間へと戻った。
どこに座ろうか・・・迷いながらもソファの無い面から腰を屈めて、また顔を俯かせた紗己の目の前にコップを置く。しんとした室内にコトン・・・と響いたその音に反応した紗己は、視線を落としたまま軽く頭を下げた。
その姿はあまりにも弱々しく、とてもじゃないが向かい合う気分になれない銀時は、結局紗己の右隣に腰を下ろした。座った反動でソファの座面が深く沈み、紗己の身体がふわっと跳ねたが、お構いなしに自分のコップに手を伸ばす。
「・・・あの、沖田さんは・・・」
「おー、仕事に戻るってよ」
「そう、ですか」
か細い声も静かな室内では鮮明に響き、それが余計に切なさを際立たせる。
今日に限って賑やかな仲間達は出払っていた。せめて定春だけでも居てくれれば良かったのに。
胸中で呟くと、銀時は好物のいちご牛乳を苦々しい表情で一気に飲み干した。