第十章
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――――――
昼下がり――ソファに寝転んで意識が遠退いては戻る感覚を楽しんでいた銀時の耳に、玄関引き戸を叩く音が飛び込んできた。戸にはめられた硝子が軋む音に浅い眠りを妨げられ、銀時の眠そうな顔が不機嫌に歪む。
「おーい誰か来たぞー」
言ってから、そういえば今ここには自分しかいないのだということを思い出す。
起き上がるのも億劫でこのまま放っておこうという気になりかけていると、先程よりもさらに遠慮の無い力加減で戸を叩かれた。
あーうるせェ。誰が出てやるものかと変に反抗的な気分になったが、ここは自宅兼事務所であり、来客はありがたがるのが当然だ。
銀時は溜め息を落としつつ重そうに身体を起こすと、常からボサボサの頭を更に掻き乱しながら、のそのそと玄関へと向かった。
「・・・んだよ、今開け・・・」
引き戸を三分の一ほど開けたところで、視界に映り込んだ人物を見るや否や、銀時は不快感を滲ませた表情のまま固まった。
「・・・・・・」
「よう旦那」
相手が軽く手を上げて挨拶をしてきたが、あまりにも胡散臭い満面の笑みを浮かべていたために、思わず戸を引き戻してしまう。が、ガラガラと外側から開けられ、
「ひでェや旦那、せっかく会いに来たってのに」
にこやかな、しかし口調は平坦な沖田が身体をずいっと玄関に割り込ませてきた。
「るせーよ、せっかくゆっくりして・・・あれ?」
死んだ魚のような目で沖田を一瞥した銀時だが、彼の背後にまだ訪問者がいたことに気付く。
「なんだ、紗己も一緒・・・」
沖田に隠れるようにして立っている紗己の顔を見た瞬間、銀時は思わず言葉を飲み込んだ。
誰がどう見てもそのようにしか見えない、泣き腫らした目元。百歩譲って両目にものもらいが多発したとも見えなくもないこともないような・・・・・・どちらにしても言葉を失うには十分なインパクトだ。
形容し難い複雑な顔をした銀時の視線が、紗己から沖田へと移る。沖田は玄関の壁に寄り掛かると、立てた親指をひょいと後方に向けた。
「旦那、悪ィが紗己を預かってくれやせんか」
「はあ? いきなり何言ってんだテメーは」
「行く宛てがねーんでさァ、ここ以外には。なあ、紗己?」
「あ、あの・・・私・・・・・・」
乾いた空気を伝わって紗己のか細い声が銀時の耳に届き、腹の辺りでおはしょりをぎゅうっと掴む両手も、声同様に震えているのが分かった。
詳しい事情は知らないものの、今の彼女に「ごめんなさい」と言わせたくない銀時は、ハァっと吐息して首の後ろを撫でながら玄関土間に降り、引き戸を開ききって紗己に入室を促す。
「んなトコ突っ立ってると風邪引くぞ。ほら入れ」
「お邪魔、します・・・」
「おう」
一礼して入ってきた紗己が草履を脱いだのを確認すると、銀時は後に続こうとする沖田の前に背中を向けて立ちはだかり、そのまま素知らぬ顔で段差に乗りかけた沖田の脛を後ろ足で蹴りつけた。
「痛ってェ、何しやがんでィ旦那」
飛び上がる程ではないが、地味に痛い脛の疼きに沖田は顔をしかめる。だが銀時は背後からの批難に眉一つ動かさず、どうかしたのかと振り向いた紗己に薄い笑みを見せた。
「銀さん?」
「あー、そういやコイツに用があったんだったわ。お前は中で適当に寛いでろよ、俺ァ沖田とちょっと話してくるからさ」
「はあ・・・」
「茶でも淹れて、楽にしてていいから」
怪訝そうに見つめてくる紗己の視線を振り切るように背中を向けると、銀時は半ば強引に沖田の首根っこを掴んで、引き摺り出すように外へと出て行った。
――――――
大きめの歩幅と等間隔で、階段へと続く通路の手すりが鈍い音を立てて震動する。銀時が乱暴な手付きで叩きながら歩いているからだ。
胸の内を浸食していく不快感を吐き出すための行動なのだが、それが誰に対しての感情なのかは彼自身にも分からない。
とにもかくにも不機嫌な足取りで階段を降り続ける。すると突然銀時が、背後の沖田の行く手を阻むように階段途中、地面まで一段残してどかっと腰を下ろした。大きく開いた両足の間に視線を落とす。
「で、アレなに」
溜め息をつくと同時に言葉を吐き出した。
疑問を投げ掛けられた沖田は軽く肩を竦めつつ、自分よりも大きな背中の横を通り過ぎて地面に降り立った。くるりと軽快に銀時へと向き直り、いつも通りの淡々とした口調で言ってのける。
「なにって、紗己じゃねーですか。土方の野郎の嫁の紗己でさァ」
「んなこた分かってるわ! 俺は何でそのマヨネーズ馬鹿の嫁のアイツが、あんな面してうちに来てんだって訊いてんだよっ」
分かりきった事を言われたからか、はたまたその情報自体が不快だったのか。銀時は唾を飛ばして声を荒らげる。
そんな目の前の男の様子を軽く流して視線を外すと、沖田は両の手をズボンのポケットに入れて低い空を見上げながら、
「喧嘩でさァ、喧嘩」
割に穏やかな声音で、銀時が知りたがっている紗己が訪ねてきた理由を告げた。
しかし銀時は釈然としない様子だ。訊きたい事が訊けたのはいいが、納得したわけではないし、全て引き受けようという気にもならない。
分かりやすい呆れ顔を浮かべ、またも盛大に溜め息を落とすと、がりがりと頭を掻いて投げやりに吐き捨てるように言った。
「・・・あんなァ、んなモンうちの定晴だって食わねーよ? 喧嘩くらいすんだろ、ほっときゃいいんだよほっときゃ」
「へェ? 随分冷てーじゃねェですか」
「ああ? どこが冷たいんだよ。夫婦の問題に他人が首突っ込むことねェっつってんだよ」
面倒臭そうな表情の割に、足先が階段の上で不規則なリズムを刻んでいる。
言葉ほどクールではないことは沖田にも十分伝わったようで、軽く胸を反らせて銀時を一瞥すると、少し愉しげに口元を緩める。
「とか何とか言いながら、結局頼られたらほっとけねーんでしょ。つーか、何苛ついてんですかィ」
「うるっせーよ! テメーがわざわざ連れて来るから腹立ってんだろーが!!」
銀時は怒鳴りながら勢いよく腰を上げると、込み上げる苛立ちをぶつけるかのように、階段の手すりを思い切り平手で打った。
昼下がり――ソファに寝転んで意識が遠退いては戻る感覚を楽しんでいた銀時の耳に、玄関引き戸を叩く音が飛び込んできた。戸にはめられた硝子が軋む音に浅い眠りを妨げられ、銀時の眠そうな顔が不機嫌に歪む。
「おーい誰か来たぞー」
言ってから、そういえば今ここには自分しかいないのだということを思い出す。
起き上がるのも億劫でこのまま放っておこうという気になりかけていると、先程よりもさらに遠慮の無い力加減で戸を叩かれた。
あーうるせェ。誰が出てやるものかと変に反抗的な気分になったが、ここは自宅兼事務所であり、来客はありがたがるのが当然だ。
銀時は溜め息を落としつつ重そうに身体を起こすと、常からボサボサの頭を更に掻き乱しながら、のそのそと玄関へと向かった。
「・・・んだよ、今開け・・・」
引き戸を三分の一ほど開けたところで、視界に映り込んだ人物を見るや否や、銀時は不快感を滲ませた表情のまま固まった。
「・・・・・・」
「よう旦那」
相手が軽く手を上げて挨拶をしてきたが、あまりにも胡散臭い満面の笑みを浮かべていたために、思わず戸を引き戻してしまう。が、ガラガラと外側から開けられ、
「ひでェや旦那、せっかく会いに来たってのに」
にこやかな、しかし口調は平坦な沖田が身体をずいっと玄関に割り込ませてきた。
「るせーよ、せっかくゆっくりして・・・あれ?」
死んだ魚のような目で沖田を一瞥した銀時だが、彼の背後にまだ訪問者がいたことに気付く。
「なんだ、紗己も一緒・・・」
沖田に隠れるようにして立っている紗己の顔を見た瞬間、銀時は思わず言葉を飲み込んだ。
誰がどう見てもそのようにしか見えない、泣き腫らした目元。百歩譲って両目にものもらいが多発したとも見えなくもないこともないような・・・・・・どちらにしても言葉を失うには十分なインパクトだ。
形容し難い複雑な顔をした銀時の視線が、紗己から沖田へと移る。沖田は玄関の壁に寄り掛かると、立てた親指をひょいと後方に向けた。
「旦那、悪ィが紗己を預かってくれやせんか」
「はあ? いきなり何言ってんだテメーは」
「行く宛てがねーんでさァ、ここ以外には。なあ、紗己?」
「あ、あの・・・私・・・・・・」
乾いた空気を伝わって紗己のか細い声が銀時の耳に届き、腹の辺りでおはしょりをぎゅうっと掴む両手も、声同様に震えているのが分かった。
詳しい事情は知らないものの、今の彼女に「ごめんなさい」と言わせたくない銀時は、ハァっと吐息して首の後ろを撫でながら玄関土間に降り、引き戸を開ききって紗己に入室を促す。
「んなトコ突っ立ってると風邪引くぞ。ほら入れ」
「お邪魔、します・・・」
「おう」
一礼して入ってきた紗己が草履を脱いだのを確認すると、銀時は後に続こうとする沖田の前に背中を向けて立ちはだかり、そのまま素知らぬ顔で段差に乗りかけた沖田の脛を後ろ足で蹴りつけた。
「痛ってェ、何しやがんでィ旦那」
飛び上がる程ではないが、地味に痛い脛の疼きに沖田は顔をしかめる。だが銀時は背後からの批難に眉一つ動かさず、どうかしたのかと振り向いた紗己に薄い笑みを見せた。
「銀さん?」
「あー、そういやコイツに用があったんだったわ。お前は中で適当に寛いでろよ、俺ァ沖田とちょっと話してくるからさ」
「はあ・・・」
「茶でも淹れて、楽にしてていいから」
怪訝そうに見つめてくる紗己の視線を振り切るように背中を向けると、銀時は半ば強引に沖田の首根っこを掴んで、引き摺り出すように外へと出て行った。
――――――
大きめの歩幅と等間隔で、階段へと続く通路の手すりが鈍い音を立てて震動する。銀時が乱暴な手付きで叩きながら歩いているからだ。
胸の内を浸食していく不快感を吐き出すための行動なのだが、それが誰に対しての感情なのかは彼自身にも分からない。
とにもかくにも不機嫌な足取りで階段を降り続ける。すると突然銀時が、背後の沖田の行く手を阻むように階段途中、地面まで一段残してどかっと腰を下ろした。大きく開いた両足の間に視線を落とす。
「で、アレなに」
溜め息をつくと同時に言葉を吐き出した。
疑問を投げ掛けられた沖田は軽く肩を竦めつつ、自分よりも大きな背中の横を通り過ぎて地面に降り立った。くるりと軽快に銀時へと向き直り、いつも通りの淡々とした口調で言ってのける。
「なにって、紗己じゃねーですか。土方の野郎の嫁の紗己でさァ」
「んなこた分かってるわ! 俺は何でそのマヨネーズ馬鹿の嫁のアイツが、あんな面してうちに来てんだって訊いてんだよっ」
分かりきった事を言われたからか、はたまたその情報自体が不快だったのか。銀時は唾を飛ばして声を荒らげる。
そんな目の前の男の様子を軽く流して視線を外すと、沖田は両の手をズボンのポケットに入れて低い空を見上げながら、
「喧嘩でさァ、喧嘩」
割に穏やかな声音で、銀時が知りたがっている紗己が訪ねてきた理由を告げた。
しかし銀時は釈然としない様子だ。訊きたい事が訊けたのはいいが、納得したわけではないし、全て引き受けようという気にもならない。
分かりやすい呆れ顔を浮かべ、またも盛大に溜め息を落とすと、がりがりと頭を掻いて投げやりに吐き捨てるように言った。
「・・・あんなァ、んなモンうちの定晴だって食わねーよ? 喧嘩くらいすんだろ、ほっときゃいいんだよほっときゃ」
「へェ? 随分冷てーじゃねェですか」
「ああ? どこが冷たいんだよ。夫婦の問題に他人が首突っ込むことねェっつってんだよ」
面倒臭そうな表情の割に、足先が階段の上で不規則なリズムを刻んでいる。
言葉ほどクールではないことは沖田にも十分伝わったようで、軽く胸を反らせて銀時を一瞥すると、少し愉しげに口元を緩める。
「とか何とか言いながら、結局頼られたらほっとけねーんでしょ。つーか、何苛ついてんですかィ」
「うるっせーよ! テメーがわざわざ連れて来るから腹立ってんだろーが!!」
銀時は怒鳴りながら勢いよく腰を上げると、込み上げる苛立ちをぶつけるかのように、階段の手すりを思い切り平手で打った。