第十章
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廊下を歩く沖田の足音も遠ざかり、やがて聴こえなくなった。布団に座り込んだまま項垂れる土方は、視界を翳らせる前髪を乱暴に掻き上げ盛大に溜め息を落とす。
静けさが漂う部屋の中、無機質でいて規則的な時計の音が耳障りで仕方が無い。自室であるにも関わらず、どうしようもなく居心地が悪くなった土方は、重たい腰を上げて布団を片し始めた。何かをしていないと落ち着かないのだ。
押入れを開け、上段に仕舞ってある紗己の布団の上に乱雑に自分の布団を乗せる。ぼすんと音がして布団が軽く沈み、まだそれを抱えたままでいる両手にちょうど良い重みが掛かる。土方は眉根を寄せてきつく両目を閉じると、後悔が滲んだ背中を丸めて折り畳まれた布団に顔を埋めた。
何やってんだ、何やってんだ! 何やってんだ!!
顔面を布団にぐっと押し付けてそう繰り返せば、くぐもった声が自分の耳にも届く。強い語調になったのは、他でもない、自分自身に対する怒りだ。
女なんてもんはやたらすぐに怒って拗ねてみせて結局は構ってほしいだけで、お前だけだよなんて甘いこと言ってやればすぐに機嫌直すもんだ――。
一瞬でもそんなふうに思ってしまった自分を、もしも時間を巻き戻せるのなら力一杯殴りつけたい。彼女の痛みを軽んじなければ、不必要に傷付けずに済んだのだ。
「紗己・・・・・・」
低い声で愛しい妻の名を呟けば、唇をわななかせながら触らないでと涙を流していた紗己の姿が瞼の裏に浮かび上がり、可哀想なことをしてしまったと布団に額を押し付けたまま吐息する。
あの時紗己は怒りの感情から部屋を出て行ったのではなく、言い訳もくれない土方の態度に胸が張り裂けんばかりに深く傷付き、悲痛な思いを抱えて出て行ったのだ。
部屋を出たあとの紗己の様子を沖田から聞かされ、そのことにようやく気付いた土方だったが、それでもまだ動き出そうとはしない。いや、動き出せない理由が土方にはあった。
ここから玄関までは少し距離があるので、人や車の出入りの様子は掴めないが、もうそろそろ紗己は沖田に連れられ屯所を出る頃だろう。
今ならまだ間に合うかもしれない。たとえ間に合わなかったとしても、その先を止めようと思えばいくらでも方法はある。ストレートに一言「行くな」と言ってもいい。思いはするも、彼女を引き止めることに二の足を踏んでしまうのは、真実を伝えることが今は出来ないからだ。
何も答えられずにまた傷付けるくらいなら、沖田の言うように万事屋に行った方がまだ彼女の気も紛れるだろう。
紗己と銀時が友人であるのは間違いなく、それは土方も渋々認めるところで、言うなれば年の離れた兄妹のようだとも思っている。
男としての独占欲が二人の関係を認めたくないと主張してくるが、万事屋に行けば紗己の気も多少は晴れることだろう。それは確かだ。
そこで銀時が彼女を元気づけ、仲直りを薦めてくれればなお良い。顔を合わせれば口喧嘩というくらいに馬が合わない人物に命運を託すなど、どうかしてると思うけれど。
ちょっとでも成果があるんなら、背に腹は変えられねェしな。それに・・・あの野郎なら、昨夜の俺のことも――
「悪いようにはしねェだろうけど・・・」
呟きながら、やんわりと頭を振った。
今まで散々紗己との仲を取り持ってくれたんだ、邪な気持ちがあるとは思っていない。多分・・・いや、きっと無いはずだ。
これ以上ここで悶々としていても何も解決しない。考えなければいけないことがちゃんとあるだろう。胸中で自身に言い聞かせると、土方は不安を断ち切るように押入れを閉めた。
冴えない頭では判断力も鈍る。だからろくな事が起こらないんだ――うまくいかない事を全て寝起きと二日酔いのせいにして、顔を洗いに行こうと居間に足を踏み入れた時。
何かに意識の端を引っ張られ、土方はふと足元に視線を落とした。そこには、畳の上にどこか申し訳なさそうに転がっている自身の財布が。
そう思えるくらいには心境も変化していた土方は、嘆息しながら腰を屈めて財布を拾い上げる。
帰ってくるまでには・・・直せねーよなァ。
手に持った財布に視線を落としてから、陥没の跡も生々しい襖に目をやった。
たとえ迎えに行って連れ戻ったとしても、その時点で仲直りしていなければ、これを目にした紗己をまた傷付けてしまいそうだ。
いっそ襖ごと取り外してしまうか。本気で思ったのは一瞬で、さすがにそれはマズイかと嘆息しながら財布を戸棚の上に置く。
「・・・ん?」
行き過ぎようとした土方を、視界に入った『違和感』が呼び止めた。引き寄せられるように再度戸棚に近付き、もう一度財布を手に取ってみる。すると札入れの隙間から、明らかに札とは色味の違う紙がチラッとはみ出していることに土方は気付いた。
「なんだ、こりゃァ・・・」
紙切れで爆死する事などあり得ないが、警戒しながら慎重にそれを抜き取る。黄味がかった二つ折りの和紙の内側には、何やら文字らしきものが書かれているようだ。
昨日の記憶を辿っても、これは土方が入れた物ではなく、ましてや偶然札入れに収まったと考えるにも無理がある。となると何者かが意図的に――。
「どういうことだ・・・・・・?」
紙切れを開いて文面に目を這わせると、やけに掠れた声が土方の口から漏れ出た。
静けさが漂う部屋の中、無機質でいて規則的な時計の音が耳障りで仕方が無い。自室であるにも関わらず、どうしようもなく居心地が悪くなった土方は、重たい腰を上げて布団を片し始めた。何かをしていないと落ち着かないのだ。
押入れを開け、上段に仕舞ってある紗己の布団の上に乱雑に自分の布団を乗せる。ぼすんと音がして布団が軽く沈み、まだそれを抱えたままでいる両手にちょうど良い重みが掛かる。土方は眉根を寄せてきつく両目を閉じると、後悔が滲んだ背中を丸めて折り畳まれた布団に顔を埋めた。
何やってんだ、何やってんだ! 何やってんだ!!
顔面を布団にぐっと押し付けてそう繰り返せば、くぐもった声が自分の耳にも届く。強い語調になったのは、他でもない、自分自身に対する怒りだ。
女なんてもんはやたらすぐに怒って拗ねてみせて結局は構ってほしいだけで、お前だけだよなんて甘いこと言ってやればすぐに機嫌直すもんだ――。
一瞬でもそんなふうに思ってしまった自分を、もしも時間を巻き戻せるのなら力一杯殴りつけたい。彼女の痛みを軽んじなければ、不必要に傷付けずに済んだのだ。
「紗己・・・・・・」
低い声で愛しい妻の名を呟けば、唇をわななかせながら触らないでと涙を流していた紗己の姿が瞼の裏に浮かび上がり、可哀想なことをしてしまったと布団に額を押し付けたまま吐息する。
あの時紗己は怒りの感情から部屋を出て行ったのではなく、言い訳もくれない土方の態度に胸が張り裂けんばかりに深く傷付き、悲痛な思いを抱えて出て行ったのだ。
部屋を出たあとの紗己の様子を沖田から聞かされ、そのことにようやく気付いた土方だったが、それでもまだ動き出そうとはしない。いや、動き出せない理由が土方にはあった。
ここから玄関までは少し距離があるので、人や車の出入りの様子は掴めないが、もうそろそろ紗己は沖田に連れられ屯所を出る頃だろう。
今ならまだ間に合うかもしれない。たとえ間に合わなかったとしても、その先を止めようと思えばいくらでも方法はある。ストレートに一言「行くな」と言ってもいい。思いはするも、彼女を引き止めることに二の足を踏んでしまうのは、真実を伝えることが今は出来ないからだ。
何も答えられずにまた傷付けるくらいなら、沖田の言うように万事屋に行った方がまだ彼女の気も紛れるだろう。
紗己と銀時が友人であるのは間違いなく、それは土方も渋々認めるところで、言うなれば年の離れた兄妹のようだとも思っている。
男としての独占欲が二人の関係を認めたくないと主張してくるが、万事屋に行けば紗己の気も多少は晴れることだろう。それは確かだ。
そこで銀時が彼女を元気づけ、仲直りを薦めてくれればなお良い。顔を合わせれば口喧嘩というくらいに馬が合わない人物に命運を託すなど、どうかしてると思うけれど。
ちょっとでも成果があるんなら、背に腹は変えられねェしな。それに・・・あの野郎なら、昨夜の俺のことも――
「悪いようにはしねェだろうけど・・・」
呟きながら、やんわりと頭を振った。
今まで散々紗己との仲を取り持ってくれたんだ、邪な気持ちがあるとは思っていない。多分・・・いや、きっと無いはずだ。
これ以上ここで悶々としていても何も解決しない。考えなければいけないことがちゃんとあるだろう。胸中で自身に言い聞かせると、土方は不安を断ち切るように押入れを閉めた。
冴えない頭では判断力も鈍る。だからろくな事が起こらないんだ――うまくいかない事を全て寝起きと二日酔いのせいにして、顔を洗いに行こうと居間に足を踏み入れた時。
何かに意識の端を引っ張られ、土方はふと足元に視線を落とした。そこには、畳の上にどこか申し訳なさそうに転がっている自身の財布が。
そう思えるくらいには心境も変化していた土方は、嘆息しながら腰を屈めて財布を拾い上げる。
帰ってくるまでには・・・直せねーよなァ。
手に持った財布に視線を落としてから、陥没の跡も生々しい襖に目をやった。
たとえ迎えに行って連れ戻ったとしても、その時点で仲直りしていなければ、これを目にした紗己をまた傷付けてしまいそうだ。
いっそ襖ごと取り外してしまうか。本気で思ったのは一瞬で、さすがにそれはマズイかと嘆息しながら財布を戸棚の上に置く。
「・・・ん?」
行き過ぎようとした土方を、視界に入った『違和感』が呼び止めた。引き寄せられるように再度戸棚に近付き、もう一度財布を手に取ってみる。すると札入れの隙間から、明らかに札とは色味の違う紙がチラッとはみ出していることに土方は気付いた。
「なんだ、こりゃァ・・・」
紙切れで爆死する事などあり得ないが、警戒しながら慎重にそれを抜き取る。黄味がかった二つ折りの和紙の内側には、何やら文字らしきものが書かれているようだ。
昨日の記憶を辿っても、これは土方が入れた物ではなく、ましてや偶然札入れに収まったと考えるにも無理がある。となると何者かが意図的に――。
「どういうことだ・・・・・・?」
紙切れを開いて文面に目を這わせると、やけに掠れた声が土方の口から漏れ出た。