第十章
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「狙いかね? そりゃあ、君たち真選組の繁栄と、金だよ」
「フッ・・・前者はねェだろうよ。金ってのは、どういうからくりで動かすつもりだ」
「書類上の額通り、ご購入いただくだけでございますよ」
斜向かいの商人が割って入ってきた。表面上はひとの良さそうな温和な人物が、やたら嬉しげに不正の内情を語り出す。
「私どもは、正規の売値に『少々』上乗せした価格で見積もり、勘定所にはその価格で決済していただくのです」
「取引後、上乗せ分の利益を双方で仲良く分けるというからくりだ」
「・・・」
したり顔の二人を前に、土方は終始無表情を貫く。
謂うところの、水増し請求だ。ここで言う上乗せ分が『少々』でないのは明白で、当人逹だけでなく、その周辺で手を貸している者をも潤すくらいの額だろう。
問屋側は、正規の売値でまともに売却したところで十分儲けはある。吹っ掛けた上乗せ分を店の売上として計上しなくとも、赤字になるようなことはないのだ。おまけに主自らが動いているのだから、帳簿を誤魔化すくらいわけないはずだ。
だが、勘定所は違う。幕府の名の下に金を動かすのだから、書類に穴がないか、細かいチェックも徹底されているだろう。むしろ『書類』にさえ不備が無ければ、不正は行われやすい――。
「・・・確かに。書類だけなら何の問題もねェな。売り買いの形さえ正当なら、相手が取引で得た収入をどう使おうが、役所も知ったこっちゃねーだろう。その繋がりが表立ってなければな」
言い終えてから猪口の中身を飲み干すと、普段よりは抑え気味の、それでも十分鋭い双眸がキラリと光った。
「だが、卸した武器と金額が釣り合わねえんじゃ、勘定所もそう簡単に首を縦に振らねェぜ」
突き放すように冷たく言う。
物には本来あるべき値というものがある。度を越した、洒落にならない値を付けられた『商品』など、正常な判断力を有する人間は普通相手にもすまい。
勘定所にしてもそのはずだ。しかしその勘定所で要職に就く髭の男は、自信に満ちた表情で土方の発言を打ち消した。
「心配には及ばんよ。君が力を貸してくれれば、万事うまくいく」
「貸す程の力はねーよ」
「いやいや、そんなことはない。君さえ値段に見合う良い武器だと言ってくれれば、勘定所 はすんなりと判を押すことが出来る」
我々役人は武器には素人だからねえ、と呟きながら、自身の猪口に酒を継ぎ足していく。まるで自宅に居るような寛ぎ具合だ。
「俺に嘘八百並べろってか」
「嘘も方便と言うだろう」
「勿論、謝礼はたんまりと」
悪巧みの相棒同士、顔を見合わせてにやりと笑った。警察官相手に公金横領計画を打ち明ける。いや、警察官に犯罪計画を持ち掛けている時点で、なかなか肝が座った男共だ。
しかし土方には、端から悪事に加担するつもりなど毛頭ない。彼にとってこの宴席は、それ自体が馬鹿馬鹿しく、時間の無駄だとしか言い様がないのだ。
冗談じゃない。綺麗事を並べるつもりはないが、こっちは金のために刀を振るっているわけじゃないんだ。
呆れる気持ち半分と、金で動く人間だと思われていることに対しての腹立たしさ半分。だんだんと不愉快さが増してきて、眉をひそめて男達を一瞥した。
「何にしても、そう簡単にことが運ぶとは思えねェがな。現状取り引きのある武器問屋はどうする。いきなり乗り換えるには、それなりの理由ってモンが必要になる」
「他にいい卸が見つかった、それで十分じゃないのかね」
しれっと言ってのける。それ以外に何があると言わんばかりに、表情一つ変えやしない。自分達がいい卸でいい取り引き相手だと、本当にそう思っているのだろう。
頼み事をしている割には高圧的な物言いに、どうにか鼻っ柱をへし折ってやりたくなってくる。土方は冷笑を浮かべると、腕を組んで視線を投げた。
「同じ程度の性能の武器を、はるか高値で売り付けるいい卸がか? そんなありきたりな理由じゃ、間違いなく裏を探られるだろうな」
「ふーん・・・では、不満を感じていることにすればいい」
皮肉ったはずなのに、伝わらなかったのか面の皮が厚いのか。臆面もなく言うあたり、相当したたかな男だ。
土方は口中で小さく舌打ちをした。現状の取引問屋に不満など感じていないし、何よりも不満なのはこの状況だ。
まあしかし、相手がいくら幕府の高官であっても言いなりになる気はない。それ以前に、そんな漠然とした理由では簡単に取引を解消出来ないのだ。
「端から不満なんか感じちゃいねェが、どのみち俺の一存じゃどうにもならんな。武器を使うのは俺一人じゃねーんだ」
「心配しなくとも、君の言うことなら皆聞き入れるさ」
「あ? 別に心配とか・・・」
そういう問題じゃないと言いかけたところを、髭の男が遮るように言葉を被せてきた。
「君の言葉は真選組の総意として受け入れられる。どうだろうか、君の力が必要なんだよ」
「・・・アンタらは何か勘違いしてんじゃねーか? 俺の意思が、丸々真選組の総意にはなりゃしねェよ。俺はあくまでも副長、だぜ」
上にはまだ、真選組『局長』がいる。さっきもそう言ったはずだ――。
出来るだけ静かに話すことで、沸々と沸き上がる不快感を抑え込む。外音を遮断して、己の声だけに耳を傾けるような感じで。
短気な彼のもう一つの冷静な一面にその裏側を見たかどうかは定かではないが、男は澄ました顔で土方に揺さぶりをかける。
「おや、実質真選組を動かしているのは君だろう? 真選組『副長』、土方十四郎君」
「・・・」
「そんな怖い顔で睨まないでもらいたいねえ。これでも褒めているつもりなんだが」
「ハッ、世辞にもなっちゃいねェがな」
呆れたように言いながらも、怒りを滲ませた双眸は真っ直ぐ前に向けられている。
大切な仲間であり、護るべき真選組の大黒柱を馬鹿にされたのだ。怒らせることに何の得があるのかは読めないが、少なくとも土方の左手は、反射的に腰の左側へと動いていた。普段ならば、刀の有るべきその位置に。
座敷に刀は持ち込めない。土方も例に漏れず、愛刀を下に預けてきている。そこに何の感触も無いことに、分かっていつつも苛立ちが込み上げてくる。実際に刀を抜かないまでも、威嚇するには十分だったのに。
それなりに情報収集は出来た。これ以上此処に居る理由はもう無えな。
当然手を組むつもりは無いが、かといって性急に捕まえる訳にもいかない。企てを実行していない今の段階では、結局は泳がせておくより他ないのだ。
土方は唇を一文字に引き締めると、立ち上がろうと腰を浮かせた。しかしそれを制するように髭の男が呼び止める。
「そう言えば君・・・」
「あ?」
「最近結婚したそうじゃないか、土方君」
「っ!」
思わぬ言葉に土方は目を見開いた。
「フッ・・・前者はねェだろうよ。金ってのは、どういうからくりで動かすつもりだ」
「書類上の額通り、ご購入いただくだけでございますよ」
斜向かいの商人が割って入ってきた。表面上はひとの良さそうな温和な人物が、やたら嬉しげに不正の内情を語り出す。
「私どもは、正規の売値に『少々』上乗せした価格で見積もり、勘定所にはその価格で決済していただくのです」
「取引後、上乗せ分の利益を双方で仲良く分けるというからくりだ」
「・・・」
したり顔の二人を前に、土方は終始無表情を貫く。
謂うところの、水増し請求だ。ここで言う上乗せ分が『少々』でないのは明白で、当人逹だけでなく、その周辺で手を貸している者をも潤すくらいの額だろう。
問屋側は、正規の売値でまともに売却したところで十分儲けはある。吹っ掛けた上乗せ分を店の売上として計上しなくとも、赤字になるようなことはないのだ。おまけに主自らが動いているのだから、帳簿を誤魔化すくらいわけないはずだ。
だが、勘定所は違う。幕府の名の下に金を動かすのだから、書類に穴がないか、細かいチェックも徹底されているだろう。むしろ『書類』にさえ不備が無ければ、不正は行われやすい――。
「・・・確かに。書類だけなら何の問題もねェな。売り買いの形さえ正当なら、相手が取引で得た収入をどう使おうが、役所も知ったこっちゃねーだろう。その繋がりが表立ってなければな」
言い終えてから猪口の中身を飲み干すと、普段よりは抑え気味の、それでも十分鋭い双眸がキラリと光った。
「だが、卸した武器と金額が釣り合わねえんじゃ、勘定所もそう簡単に首を縦に振らねェぜ」
突き放すように冷たく言う。
物には本来あるべき値というものがある。度を越した、洒落にならない値を付けられた『商品』など、正常な判断力を有する人間は普通相手にもすまい。
勘定所にしてもそのはずだ。しかしその勘定所で要職に就く髭の男は、自信に満ちた表情で土方の発言を打ち消した。
「心配には及ばんよ。君が力を貸してくれれば、万事うまくいく」
「貸す程の力はねーよ」
「いやいや、そんなことはない。君さえ値段に見合う良い武器だと言ってくれれば、
我々役人は武器には素人だからねえ、と呟きながら、自身の猪口に酒を継ぎ足していく。まるで自宅に居るような寛ぎ具合だ。
「俺に嘘八百並べろってか」
「嘘も方便と言うだろう」
「勿論、謝礼はたんまりと」
悪巧みの相棒同士、顔を見合わせてにやりと笑った。警察官相手に公金横領計画を打ち明ける。いや、警察官に犯罪計画を持ち掛けている時点で、なかなか肝が座った男共だ。
しかし土方には、端から悪事に加担するつもりなど毛頭ない。彼にとってこの宴席は、それ自体が馬鹿馬鹿しく、時間の無駄だとしか言い様がないのだ。
冗談じゃない。綺麗事を並べるつもりはないが、こっちは金のために刀を振るっているわけじゃないんだ。
呆れる気持ち半分と、金で動く人間だと思われていることに対しての腹立たしさ半分。だんだんと不愉快さが増してきて、眉をひそめて男達を一瞥した。
「何にしても、そう簡単にことが運ぶとは思えねェがな。現状取り引きのある武器問屋はどうする。いきなり乗り換えるには、それなりの理由ってモンが必要になる」
「他にいい卸が見つかった、それで十分じゃないのかね」
しれっと言ってのける。それ以外に何があると言わんばかりに、表情一つ変えやしない。自分達がいい卸でいい取り引き相手だと、本当にそう思っているのだろう。
頼み事をしている割には高圧的な物言いに、どうにか鼻っ柱をへし折ってやりたくなってくる。土方は冷笑を浮かべると、腕を組んで視線を投げた。
「同じ程度の性能の武器を、はるか高値で売り付けるいい卸がか? そんなありきたりな理由じゃ、間違いなく裏を探られるだろうな」
「ふーん・・・では、不満を感じていることにすればいい」
皮肉ったはずなのに、伝わらなかったのか面の皮が厚いのか。臆面もなく言うあたり、相当したたかな男だ。
土方は口中で小さく舌打ちをした。現状の取引問屋に不満など感じていないし、何よりも不満なのはこの状況だ。
まあしかし、相手がいくら幕府の高官であっても言いなりになる気はない。それ以前に、そんな漠然とした理由では簡単に取引を解消出来ないのだ。
「端から不満なんか感じちゃいねェが、どのみち俺の一存じゃどうにもならんな。武器を使うのは俺一人じゃねーんだ」
「心配しなくとも、君の言うことなら皆聞き入れるさ」
「あ? 別に心配とか・・・」
そういう問題じゃないと言いかけたところを、髭の男が遮るように言葉を被せてきた。
「君の言葉は真選組の総意として受け入れられる。どうだろうか、君の力が必要なんだよ」
「・・・アンタらは何か勘違いしてんじゃねーか? 俺の意思が、丸々真選組の総意にはなりゃしねェよ。俺はあくまでも副長、だぜ」
上にはまだ、真選組『局長』がいる。さっきもそう言ったはずだ――。
出来るだけ静かに話すことで、沸々と沸き上がる不快感を抑え込む。外音を遮断して、己の声だけに耳を傾けるような感じで。
短気な彼のもう一つの冷静な一面にその裏側を見たかどうかは定かではないが、男は澄ました顔で土方に揺さぶりをかける。
「おや、実質真選組を動かしているのは君だろう? 真選組『副長』、土方十四郎君」
「・・・」
「そんな怖い顔で睨まないでもらいたいねえ。これでも褒めているつもりなんだが」
「ハッ、世辞にもなっちゃいねェがな」
呆れたように言いながらも、怒りを滲ませた双眸は真っ直ぐ前に向けられている。
大切な仲間であり、護るべき真選組の大黒柱を馬鹿にされたのだ。怒らせることに何の得があるのかは読めないが、少なくとも土方の左手は、反射的に腰の左側へと動いていた。普段ならば、刀の有るべきその位置に。
座敷に刀は持ち込めない。土方も例に漏れず、愛刀を下に預けてきている。そこに何の感触も無いことに、分かっていつつも苛立ちが込み上げてくる。実際に刀を抜かないまでも、威嚇するには十分だったのに。
それなりに情報収集は出来た。これ以上此処に居る理由はもう無えな。
当然手を組むつもりは無いが、かといって性急に捕まえる訳にもいかない。企てを実行していない今の段階では、結局は泳がせておくより他ないのだ。
土方は唇を一文字に引き締めると、立ち上がろうと腰を浮かせた。しかしそれを制するように髭の男が呼び止める。
「そう言えば君・・・」
「あ?」
「最近結婚したそうじゃないか、土方君」
「っ!」
思わぬ言葉に土方は目を見開いた。