第九章
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――――――
「おお、来たか!」
いつにも増して明るい声が、廊下を進み最後の角を曲がった土方と紗己に届いた。二人は顔を見合わせると、紗己はにこりと微笑み、土方は眉を軽く寄せてそのまま声の主の元へと歩を進める。
正面玄関には、太い腕を胸の前で組んだ偉丈夫、近藤勲が立っていた。大きな身体を更に大きく見せるように背筋をぐんと伸ばし、両足の幅を広くとって立ち構えている。
爽やかな朝にあまり似つかわしくないその姿は、ここが武装警察真選組の屯所であり、即ち男所帯であることを表しているようだ。
近藤が護るようにして立っている玄関に辿り着いた土方は、首を捻り問い掛けた。
「何やってんだよ、ここでずっと待ってたのか?」
出発する際に一声掛けていこうとは考えていたが、まさか待っているとは思わなかった。
近藤はそれには答えず、ハハハと明るく笑って見せる。と、そこへ、制されるように彼の背後に立っていた一人の隊士が、物言いたげな視線を近藤に送った。先程車の準備ができたことを伝えに来た隊士だ。
それに気付いた近藤は、頷き抑え気味の声で何かを告げた。もういいぞ、と言ったように見える。
すると隊士は、そそくさと土方と紗己の元へと近付き二人に軽く会釈をした。そして土方が持っている荷物へと手を伸ばす。
荷物を受け取った隊士は三人に向けて頭を下げると、何やら含んだ笑みを浮かべて、表に待機している車へと小走りに去って行った。
その一連の流れを、常から鋭い目を更に鋭くして見ていた土方は、隊士の姿が見えなくなった途端、盛大に溜め息を落とした。どうして近藤がここに居るのか理由が分かったのだ。
先程とは打って変わりきまり悪そうな表情で、耳の裏を掻いて近藤を見やる。
「迎えに来させねェようにしてくれてたんだな。悪かったな、待たせちまって」
「いいいい、構わんさ! それよりも、しばしの別れをしっかりと惜しめたか?」
「っ、ま・・・まあ、な」
瞬時に顔を赤らめる。これが他の者に言われたのなら、顔を赤らめるまでは同じでも、照れ隠しに大声で怒鳴り上げているかも知れない。
だが相手は他ならぬ近藤で、とりわけ彼の気遣いに感謝している土方は、どこの好青年かと言いたくなる程に素直に答えた。内心では彼に対し、この素晴らしい気遣いをどうして己の恋愛に発揮出来ないのかと少しばかり思ったりはするのだが。
二人が話をしている間に、紗己は夫の靴を下駄箱から取り出していた。土方は玄関土間に降りてきちんと揃えられたそれに履き替えると、紗己の隣にどしりと立つ近藤を一瞥した。
「俺が居ない間のことは任せたからな、近藤さん」
「ああ」
「急ぎの仕事は、一通り済ませておいた」
「ああ」
「あとは・・・あー、勤務表も作ってあるし、事務仕事は片を付けたし・・・」
「ああ」
視線を泳がせながら、どうでもいいような細かいことまで言い並べる土方に笑顔で頷くと、近藤は一歩前に出て土方の肩をガシガシと叩いて笑った。
「ハハハ、心配するなトシ! 大丈夫だ、紗己ちゃんのことは俺に任せておけ!!」
「っ、なっ何言ってんだ俺は別に・・・」
思わぬ発言に耳まで真っ赤にして必死に否定しようとしたのだが、紗己がじっとこちらを見つめているのが分かり、土方は観念したように深く息を吐き出した。肩の力を抜いて咳払いをしてから、目の前の近藤に言葉を掛ける。
「まあ・・・たかだか三日なんだが、コイツのことよろしく頼む」
「ああ」
「出掛ける時は、声を掛けてから行くように言ってあるから、悪ィがほどほどに気に掛けといてほしい」
「ああ」
「それと、すぐに無理しちまうから、コイツが望んできてもあんまり用事とか言いつけないでやってくれ。あとは、ちゃんと飯食ってるか、夜更かししてねェか・・・」
「トシ」
「あ?」
話を遮るように名を呼ばれ、眉を上げて少し間の抜けた声を出した土方。だが、向けられた近藤の目はあまりに優しいもので、これには彼もいかに自分が恥ずかしい程の愛妻家ぶりを披露していたかに気付く。
「ま、まァ・・・別に大したアレでもねーけどな! たかだか三日の話だし・・・」
ばつが悪そうに、首の後ろに手を当てて言い訳めいたことを言う。近藤にはその反応も想定内だったらしく、ますます父親のような穏やかな表情で土方と紗己を交互に見た。
「まだ新婚ホヤホヤだもんなあ、そりゃァ心配も尽きないか!」
「し、心配とかそういうんじゃ・・・」
「なーに、心配したっていいじゃないか!ましてや紗己ちゃんは身重なんだから、心配するのも当然だ。なあ、紗己ちゃん?」
明るく笑って、隣に立つ紗己に視線を落とした。
だが突然話を振られた紗己は、どう答えたら良いものか困ってしまう。心配されるのは、それだけ自分を想ってくれていることの表れであり、正直嬉しい。しかしその心情は、夫婦水入らずでいる時に伝えた方がいいことのようにも思える。
紗己は近藤を見上げ、返事の代わりにと遠慮がちで控え目な笑みを浮かべた。そしてそのまま愛する夫へと向き直り、今度は本心を映し出した柔らかい笑顔を彼に披露した。嬉しい、ありがとうと言っているように見える。
「っ、あー・・・」
紗己の気持ちを正確に受け取った土方は、嬉しさと恥ずかしさを押し込めるように小さく咳払いをしてから、表情をぐんと引き締めた。真面目な声が、目の前に立つ近藤に届けられる。
「・・・コイツのこと、よろしく頼む。何かあればすぐに連絡してくれ」
「ああ、任せておけ!」
言葉と同時に、近藤は力強く自身の胸を叩いた。と、その時――。
「局長ー!」
一人の隊士が、廊下の先から急ぎ足で近付いてきた。
「なんだ、どうかしたか?」
「あ、あの! 沖田隊長が、急用だからすぐに来てほしいって、局長を呼んでます!!」
「総悟がか?」
言いながら首を傾げた近藤だが、そう言われれば放ってはおけない。
「わかった、すぐに行く。というわけだ、トシ」
「ああ、早く行ってやれよ」
「すまんな、見送りはここまでだ。紗己ちゃんのことは心配せんで大丈夫だから、気を付けて行ってきてくれ」
「ああ」
短く返事をして、軽く右手を上げる。見送るはずの相手に見送られ、言付けにきた隊士と共に、近藤は早足でその場を立ち去った。
「おお、来たか!」
いつにも増して明るい声が、廊下を進み最後の角を曲がった土方と紗己に届いた。二人は顔を見合わせると、紗己はにこりと微笑み、土方は眉を軽く寄せてそのまま声の主の元へと歩を進める。
正面玄関には、太い腕を胸の前で組んだ偉丈夫、近藤勲が立っていた。大きな身体を更に大きく見せるように背筋をぐんと伸ばし、両足の幅を広くとって立ち構えている。
爽やかな朝にあまり似つかわしくないその姿は、ここが武装警察真選組の屯所であり、即ち男所帯であることを表しているようだ。
近藤が護るようにして立っている玄関に辿り着いた土方は、首を捻り問い掛けた。
「何やってんだよ、ここでずっと待ってたのか?」
出発する際に一声掛けていこうとは考えていたが、まさか待っているとは思わなかった。
近藤はそれには答えず、ハハハと明るく笑って見せる。と、そこへ、制されるように彼の背後に立っていた一人の隊士が、物言いたげな視線を近藤に送った。先程車の準備ができたことを伝えに来た隊士だ。
それに気付いた近藤は、頷き抑え気味の声で何かを告げた。もういいぞ、と言ったように見える。
すると隊士は、そそくさと土方と紗己の元へと近付き二人に軽く会釈をした。そして土方が持っている荷物へと手を伸ばす。
荷物を受け取った隊士は三人に向けて頭を下げると、何やら含んだ笑みを浮かべて、表に待機している車へと小走りに去って行った。
その一連の流れを、常から鋭い目を更に鋭くして見ていた土方は、隊士の姿が見えなくなった途端、盛大に溜め息を落とした。どうして近藤がここに居るのか理由が分かったのだ。
先程とは打って変わりきまり悪そうな表情で、耳の裏を掻いて近藤を見やる。
「迎えに来させねェようにしてくれてたんだな。悪かったな、待たせちまって」
「いいいい、構わんさ! それよりも、しばしの別れをしっかりと惜しめたか?」
「っ、ま・・・まあ、な」
瞬時に顔を赤らめる。これが他の者に言われたのなら、顔を赤らめるまでは同じでも、照れ隠しに大声で怒鳴り上げているかも知れない。
だが相手は他ならぬ近藤で、とりわけ彼の気遣いに感謝している土方は、どこの好青年かと言いたくなる程に素直に答えた。内心では彼に対し、この素晴らしい気遣いをどうして己の恋愛に発揮出来ないのかと少しばかり思ったりはするのだが。
二人が話をしている間に、紗己は夫の靴を下駄箱から取り出していた。土方は玄関土間に降りてきちんと揃えられたそれに履き替えると、紗己の隣にどしりと立つ近藤を一瞥した。
「俺が居ない間のことは任せたからな、近藤さん」
「ああ」
「急ぎの仕事は、一通り済ませておいた」
「ああ」
「あとは・・・あー、勤務表も作ってあるし、事務仕事は片を付けたし・・・」
「ああ」
視線を泳がせながら、どうでもいいような細かいことまで言い並べる土方に笑顔で頷くと、近藤は一歩前に出て土方の肩をガシガシと叩いて笑った。
「ハハハ、心配するなトシ! 大丈夫だ、紗己ちゃんのことは俺に任せておけ!!」
「っ、なっ何言ってんだ俺は別に・・・」
思わぬ発言に耳まで真っ赤にして必死に否定しようとしたのだが、紗己がじっとこちらを見つめているのが分かり、土方は観念したように深く息を吐き出した。肩の力を抜いて咳払いをしてから、目の前の近藤に言葉を掛ける。
「まあ・・・たかだか三日なんだが、コイツのことよろしく頼む」
「ああ」
「出掛ける時は、声を掛けてから行くように言ってあるから、悪ィがほどほどに気に掛けといてほしい」
「ああ」
「それと、すぐに無理しちまうから、コイツが望んできてもあんまり用事とか言いつけないでやってくれ。あとは、ちゃんと飯食ってるか、夜更かししてねェか・・・」
「トシ」
「あ?」
話を遮るように名を呼ばれ、眉を上げて少し間の抜けた声を出した土方。だが、向けられた近藤の目はあまりに優しいもので、これには彼もいかに自分が恥ずかしい程の愛妻家ぶりを披露していたかに気付く。
「ま、まァ・・・別に大したアレでもねーけどな! たかだか三日の話だし・・・」
ばつが悪そうに、首の後ろに手を当てて言い訳めいたことを言う。近藤にはその反応も想定内だったらしく、ますます父親のような穏やかな表情で土方と紗己を交互に見た。
「まだ新婚ホヤホヤだもんなあ、そりゃァ心配も尽きないか!」
「し、心配とかそういうんじゃ・・・」
「なーに、心配したっていいじゃないか!ましてや紗己ちゃんは身重なんだから、心配するのも当然だ。なあ、紗己ちゃん?」
明るく笑って、隣に立つ紗己に視線を落とした。
だが突然話を振られた紗己は、どう答えたら良いものか困ってしまう。心配されるのは、それだけ自分を想ってくれていることの表れであり、正直嬉しい。しかしその心情は、夫婦水入らずでいる時に伝えた方がいいことのようにも思える。
紗己は近藤を見上げ、返事の代わりにと遠慮がちで控え目な笑みを浮かべた。そしてそのまま愛する夫へと向き直り、今度は本心を映し出した柔らかい笑顔を彼に披露した。嬉しい、ありがとうと言っているように見える。
「っ、あー・・・」
紗己の気持ちを正確に受け取った土方は、嬉しさと恥ずかしさを押し込めるように小さく咳払いをしてから、表情をぐんと引き締めた。真面目な声が、目の前に立つ近藤に届けられる。
「・・・コイツのこと、よろしく頼む。何かあればすぐに連絡してくれ」
「ああ、任せておけ!」
言葉と同時に、近藤は力強く自身の胸を叩いた。と、その時――。
「局長ー!」
一人の隊士が、廊下の先から急ぎ足で近付いてきた。
「なんだ、どうかしたか?」
「あ、あの! 沖田隊長が、急用だからすぐに来てほしいって、局長を呼んでます!!」
「総悟がか?」
言いながら首を傾げた近藤だが、そう言われれば放ってはおけない。
「わかった、すぐに行く。というわけだ、トシ」
「ああ、早く行ってやれよ」
「すまんな、見送りはここまでだ。紗己ちゃんのことは心配せんで大丈夫だから、気を付けて行ってきてくれ」
「ああ」
短く返事をして、軽く右手を上げる。見送るはずの相手に見送られ、言付けにきた隊士と共に、近藤は早足でその場を立ち去った。