第九章
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明瞭に聞こえなかったそれに、俯いていた顔をゆっくりと上げた紗己。すると不意に、強い力に抱き締められた。
突然のことに驚いた彼女は、逃れようとはしないものの、土方の様子が気になって上体を起こそうと試みる。だがそれを阻止するかのように、男の強い腕が再び紗己の身体をきつく拘束してしまう。
「っ、土方さん・・・・・・?」
「・・・いいんだよ・・・」
「え?」
「いいんだ、お前はそれで・・・」
そのままで、いい――軟らかな髪に頬と額を擦り付け、そこから伝わってくる熱に胸を疼かせながら吐息混じりにそう囁く。
願いを懸けるようにも聞こえるその言葉には、愛しい妻への謝罪の意も込められていた。
コイツが演技なんてするわけないって、疑うまでもねェじゃねーか。どれが初めてだとか、んなことはどうでもいい。すまねえ紗己・・・馬鹿なのは俺の方だ。お前はそのままでいい、変わる必要なんてねェんだよ。
変わってほしくないと心の隅で思っている自分がいることに、土方は静かに吐息する。
紗己と出会ってから今に至るまで、もう何度も同じ事を思った。小さな問題にぶつかる度に、互いの心に触れ合う度に。
時に想像もつかないほどの鈍さを見せる紗己に勝手に翻弄されながらも、彼女のそういうところをとても愛おしく思ってきたのだ。
ならばその鈍さを踏まえて、端から疑わなければいいだろうという話だが、毎回肩透かしを食らいその都度紗己の本音に触れて己の未熟さを痛感する姿は、むしろその一連の流れを楽しんでいるようにも見える。勿論、土方自身に楽しんでいる自覚はないが。
ともあれ、早とちりな疑念は晴れた。次いで彼女が重大な事柄を忘れてしまった理由も分かり、ようやく得心がいく。
土方は感情のままに抱き締めていた紗己の身体を、腕を緩めてふんわりと包むように抱き締め直した。
互いの間に僅かな隙間が出来て、ひんやりとした空気の流れを感じる。多少の自由が与えられた身体を紗己は軽く反らして、逞しい胸の主を見上げる。
「あの・・・」
何を言えばいいのかも思い付いていないのに、つい声を掛けてしまった。そのため早く次を繋げなければとかえって焦りが募り、うまく言葉が出てこない。
今更視線を逸らすことも出来ず、引っ込みがつかなくなっている彼女の様子に、土方は表情を和らげた。自分を見つめる瞳が戸惑い気味に揺れているのが見てとれて、それがやけに可愛らしく思えたのだ。
土方は愛しい妻を優しく抱き締めたまま、穏やかな表情で声を掛ける。
「お前は馬鹿なんかじゃねーよ」
「でも、私忘れてて・・・」
「忘れてたんなら、それはそれでいい。変な事訊いて悪かったな」
「そっ、そんな! 土方さんは何も悪くないです!」
思いの外素直な夫に、紗己は驚き露わに目を見開いた。ましてや謝られてしまってはどう切り返せばいいのか分からず、困った彼女は必死にかぶりを振る。
その乱暴な仕草に、纏めていなかった髪がしなやかに波打って、数本が彼女の唇に挟まってしまった。
精一杯な姿を見せられ肩の力が抜けた土方は、普段は鋭い双眸をすぅっと細めた。口元の髪を取り除けてやろうと、彼女の腰に回していた右手をそこから離す。
漆黒の隊服を纏った腕が、白いシャツの袖口を覗かせスッと伸びてくる。骨ばった長い指先の行方を、紗己が息を呑んで見つめる中、彼は優しい所作で口元の髪を彼女の耳に掛けてやった。
ほんのりと色付いた耳朶を、感触を確かめるように摘まんでは静かに言葉を掛ける。
「忘れてたってんならそれで構わねえよ。どのみち俺は覚えちゃいねーんだしな」
言いながら耳に触れていた指をまた口元へと移動させ、今度は親指の腹で瑞々しい唇をそっとなぞった。
「っ・・・」
小さな動きに、紗己の身体は芯から痺れるようにびくっと震える。その反応に気を良くした土方だが、そう悟られないようにいたって冷静なふりを装う。
「だからさっきのが、俺逹にとっちゃァ初めてだったってわけだ」
少し曲げた人差し指を紗己の顎の下に添えて、くいっと押し上げながら口端を上げる。
「いいだろ? それで」
「そそ、そんな私は・・・土方さんが決めてくださったんなら、私は全然・・・」
上向きに顔を固定され、視線を外すことも出来ない。
先程よりも色気漂う夫の瞳に、何かを期待するように心臓が乱れ打つ。息苦しいまでに高まる緊張感から逃れたいと、紗己は目線だけを少し下にずらした。
目に留まったのは、つい先程重ね合ったばかりの唇。妙に生々しく感じながらも見惚れていると、薄く開いた形の良いそれが彼女の名を呼んだ。
突然のことに驚いた彼女は、逃れようとはしないものの、土方の様子が気になって上体を起こそうと試みる。だがそれを阻止するかのように、男の強い腕が再び紗己の身体をきつく拘束してしまう。
「っ、土方さん・・・・・・?」
「・・・いいんだよ・・・」
「え?」
「いいんだ、お前はそれで・・・」
そのままで、いい――軟らかな髪に頬と額を擦り付け、そこから伝わってくる熱に胸を疼かせながら吐息混じりにそう囁く。
願いを懸けるようにも聞こえるその言葉には、愛しい妻への謝罪の意も込められていた。
コイツが演技なんてするわけないって、疑うまでもねェじゃねーか。どれが初めてだとか、んなことはどうでもいい。すまねえ紗己・・・馬鹿なのは俺の方だ。お前はそのままでいい、変わる必要なんてねェんだよ。
変わってほしくないと心の隅で思っている自分がいることに、土方は静かに吐息する。
紗己と出会ってから今に至るまで、もう何度も同じ事を思った。小さな問題にぶつかる度に、互いの心に触れ合う度に。
時に想像もつかないほどの鈍さを見せる紗己に勝手に翻弄されながらも、彼女のそういうところをとても愛おしく思ってきたのだ。
ならばその鈍さを踏まえて、端から疑わなければいいだろうという話だが、毎回肩透かしを食らいその都度紗己の本音に触れて己の未熟さを痛感する姿は、むしろその一連の流れを楽しんでいるようにも見える。勿論、土方自身に楽しんでいる自覚はないが。
ともあれ、早とちりな疑念は晴れた。次いで彼女が重大な事柄を忘れてしまった理由も分かり、ようやく得心がいく。
土方は感情のままに抱き締めていた紗己の身体を、腕を緩めてふんわりと包むように抱き締め直した。
互いの間に僅かな隙間が出来て、ひんやりとした空気の流れを感じる。多少の自由が与えられた身体を紗己は軽く反らして、逞しい胸の主を見上げる。
「あの・・・」
何を言えばいいのかも思い付いていないのに、つい声を掛けてしまった。そのため早く次を繋げなければとかえって焦りが募り、うまく言葉が出てこない。
今更視線を逸らすことも出来ず、引っ込みがつかなくなっている彼女の様子に、土方は表情を和らげた。自分を見つめる瞳が戸惑い気味に揺れているのが見てとれて、それがやけに可愛らしく思えたのだ。
土方は愛しい妻を優しく抱き締めたまま、穏やかな表情で声を掛ける。
「お前は馬鹿なんかじゃねーよ」
「でも、私忘れてて・・・」
「忘れてたんなら、それはそれでいい。変な事訊いて悪かったな」
「そっ、そんな! 土方さんは何も悪くないです!」
思いの外素直な夫に、紗己は驚き露わに目を見開いた。ましてや謝られてしまってはどう切り返せばいいのか分からず、困った彼女は必死にかぶりを振る。
その乱暴な仕草に、纏めていなかった髪がしなやかに波打って、数本が彼女の唇に挟まってしまった。
精一杯な姿を見せられ肩の力が抜けた土方は、普段は鋭い双眸をすぅっと細めた。口元の髪を取り除けてやろうと、彼女の腰に回していた右手をそこから離す。
漆黒の隊服を纏った腕が、白いシャツの袖口を覗かせスッと伸びてくる。骨ばった長い指先の行方を、紗己が息を呑んで見つめる中、彼は優しい所作で口元の髪を彼女の耳に掛けてやった。
ほんのりと色付いた耳朶を、感触を確かめるように摘まんでは静かに言葉を掛ける。
「忘れてたってんならそれで構わねえよ。どのみち俺は覚えちゃいねーんだしな」
言いながら耳に触れていた指をまた口元へと移動させ、今度は親指の腹で瑞々しい唇をそっとなぞった。
「っ・・・」
小さな動きに、紗己の身体は芯から痺れるようにびくっと震える。その反応に気を良くした土方だが、そう悟られないようにいたって冷静なふりを装う。
「だからさっきのが、俺逹にとっちゃァ初めてだったってわけだ」
少し曲げた人差し指を紗己の顎の下に添えて、くいっと押し上げながら口端を上げる。
「いいだろ? それで」
「そそ、そんな私は・・・土方さんが決めてくださったんなら、私は全然・・・」
上向きに顔を固定され、視線を外すことも出来ない。
先程よりも色気漂う夫の瞳に、何かを期待するように心臓が乱れ打つ。息苦しいまでに高まる緊張感から逃れたいと、紗己は目線だけを少し下にずらした。
目に留まったのは、つい先程重ね合ったばかりの唇。妙に生々しく感じながらも見惚れていると、薄く開いた形の良いそれが彼女の名を呼んだ。