第九章
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先程の触れるだけのものとは違い、時折角度を変えては甘い唇を味わう。土方は紗己の腰を抱く腕を片方にすると、自由になった右手で彼女の滑らかな髪を撫でるように後頭部を包み込んだ。
それは慈しみの動作であると同時に、拘束の意味も含んでいる。勿論、意図的ではなくあくまでも無意識なのだが。
その無意識の拘束に身体の自由を奪われている紗己は、緊張と興奮に震える手で、土方の上着をギュッと掴む。その必死にしがみついてくる様子が堪らなく愛しくて、
「っ、紗己・・・」
上唇が触れ合ったまま、掠れた声で愛しい名を呼んだ。
そこから漏れ出す吐息が、薄く開いた彼女の唇からのものと交わる。顔にかかる熱に身体の芯がじんと疼き、また時間が惜しいとばかりに土方は口付けを再開した。
温もりを確かめ、感触を楽しむように唇を押し付け重ね合う。それでも彼にはまだ理性もちゃんと残っているらしく、極端に激しい行為には及ばない。ディープすぎる内容にならないよう、ギリギリのラインを保っているようだ。
口付けにも段階があるとの持論を掲げ、彼女を想い気遣って順を追っているらしい。一番初めに順番を大きく違えてしまったからこその、譲れないこだわりなのだろう。
とはいえ、いくら強い想いを持っていても、愛しい妻を抱き締め口付けていては、だんだんと欲情してしまうというものだ。これでは理性のネジも外れかねないと思った土方は、致し方無いと気持ちに折り合いをつけて拘束を緩めた。名残惜しそうに唇をも解放する。
「っふ・・・、あ・・・」
「・・・息、苦しかったか?」
「い、いえっ」
真っ赤な顔をした紗己がぶんぶんと首を横に振る。今の今まで自分に起こっていたこと――それをまるで別世界のように感じていたため、土方に普通に話し掛けられたことにより現実味が増してきて、一気に恥ずかしさが込み上げてきたのだ。やはりこれは、夢ではないのだと。
そんな紗己の心の内を容易く見透かした土方は、目を細め優しく彼女を抱き締めた。ふわりと鼻をくすぐる甘い匂いに、彼もまたこれが現実であることの幸せを噛み締める。
ここまでの遠回りも、案外悪くなかったな。
結果論と言えばそうなんだろうが、と軽く自身に突っ込みつつも、この幸福に充ちた一時に自然と穏やかな表情になる。
それも当然のことだろう。ようやく彼女に対して『男』でいられるのだから。
更にこうして口付けを交わせたことで、夫婦としても真に一つになれた気がしている。自信を失いかけていた彼にとっては、これは大きな前進なのだ。
とはいえども、やはり心の内には冷静な年相応の男もいて。
これはこれで幸せなんだが・・・・・・。口付けだけで一つになれた気になってたら、ちゃんと『一つ』になったらそん時はどうなっちまうんだ?
「・・・なんとでもなるか」
何とも幸せな悩みに、自分でも少し呆れたらしい。実際はもう既にちゃんと一つになっていて、だからこそ彼女は身籠ったのだ。
だがその時の記憶が欠片もない土方にとっては、一つになっているという意識は無いに等しい。
なるようになるさとはいかず、あれやこれやと気を揉んでしまうのも、仕方のないこととも言えるだろう。
赤ん坊が無事に産まれて、コイツも身体が落ち着いたら、な。そん時が、俺にとっちゃァ初めてコイツを――
「・・・・・・ん?」
あれやこれやと考えてみて、とある引っ掛かりにちょっと待てよと低く唸りを上げて眉をしかめる。腕の中には愛しい妻が頬を赤らめているのだが、お構い無しに眉間に皺を寄せ始めた。
よくよく考えてみりゃ、俺に記憶は無くてもコイツにはしっかりとした記憶があるってことだよな? 俺はともかく、コイツは酒なんて飲んでなかったんだし。
記憶に無いのだから確信は持てない。しかし普段の、自身の『経験』から考えてみると、一つ引っ掛かるところがある。
土方は僅かな心の乱れを悟られぬように静かに深呼吸をすると、両手を紗己の肩に乗せて重たく口を開いた。
「・・・なあ紗己」
頭の中で考えをまとめながら、どこか少し躊躇いを含んだ声が紗己に届けられる。
彼女はピクッと睫毛を揺らして、向かい合う土方を見上げた。だが、思いの外真剣な表情が見てとれて、照れ臭さはすぐに鳴りを潜め、つられるように背筋を伸ばす。目線の先の男の喉仏が上下に動いた。
「その、あの時のことなんだが」
「あの時?」
「ああ、えー・・・あの夜の、な」
「あの夜?」
気まずそうに言葉を濁し、軽く顎を引けば、きょとんとした顔で数回瞬きを繰り返す紗己と視線が合わさった。
そんな言い方では伝わるものも伝わらないだろうし、ましてや相手は鈍感の部類に属する紗己だ。
分かっていて、それでも直球を投じるのが躊躇われた土方だったが、やはりこれではいかんと意を決する。
それは慈しみの動作であると同時に、拘束の意味も含んでいる。勿論、意図的ではなくあくまでも無意識なのだが。
その無意識の拘束に身体の自由を奪われている紗己は、緊張と興奮に震える手で、土方の上着をギュッと掴む。その必死にしがみついてくる様子が堪らなく愛しくて、
「っ、紗己・・・」
上唇が触れ合ったまま、掠れた声で愛しい名を呼んだ。
そこから漏れ出す吐息が、薄く開いた彼女の唇からのものと交わる。顔にかかる熱に身体の芯がじんと疼き、また時間が惜しいとばかりに土方は口付けを再開した。
温もりを確かめ、感触を楽しむように唇を押し付け重ね合う。それでも彼にはまだ理性もちゃんと残っているらしく、極端に激しい行為には及ばない。ディープすぎる内容にならないよう、ギリギリのラインを保っているようだ。
口付けにも段階があるとの持論を掲げ、彼女を想い気遣って順を追っているらしい。一番初めに順番を大きく違えてしまったからこその、譲れないこだわりなのだろう。
とはいえ、いくら強い想いを持っていても、愛しい妻を抱き締め口付けていては、だんだんと欲情してしまうというものだ。これでは理性のネジも外れかねないと思った土方は、致し方無いと気持ちに折り合いをつけて拘束を緩めた。名残惜しそうに唇をも解放する。
「っふ・・・、あ・・・」
「・・・息、苦しかったか?」
「い、いえっ」
真っ赤な顔をした紗己がぶんぶんと首を横に振る。今の今まで自分に起こっていたこと――それをまるで別世界のように感じていたため、土方に普通に話し掛けられたことにより現実味が増してきて、一気に恥ずかしさが込み上げてきたのだ。やはりこれは、夢ではないのだと。
そんな紗己の心の内を容易く見透かした土方は、目を細め優しく彼女を抱き締めた。ふわりと鼻をくすぐる甘い匂いに、彼もまたこれが現実であることの幸せを噛み締める。
ここまでの遠回りも、案外悪くなかったな。
結果論と言えばそうなんだろうが、と軽く自身に突っ込みつつも、この幸福に充ちた一時に自然と穏やかな表情になる。
それも当然のことだろう。ようやく彼女に対して『男』でいられるのだから。
更にこうして口付けを交わせたことで、夫婦としても真に一つになれた気がしている。自信を失いかけていた彼にとっては、これは大きな前進なのだ。
とはいえども、やはり心の内には冷静な年相応の男もいて。
これはこれで幸せなんだが・・・・・・。口付けだけで一つになれた気になってたら、ちゃんと『一つ』になったらそん時はどうなっちまうんだ?
「・・・なんとでもなるか」
何とも幸せな悩みに、自分でも少し呆れたらしい。実際はもう既にちゃんと一つになっていて、だからこそ彼女は身籠ったのだ。
だがその時の記憶が欠片もない土方にとっては、一つになっているという意識は無いに等しい。
なるようになるさとはいかず、あれやこれやと気を揉んでしまうのも、仕方のないこととも言えるだろう。
赤ん坊が無事に産まれて、コイツも身体が落ち着いたら、な。そん時が、俺にとっちゃァ初めてコイツを――
「・・・・・・ん?」
あれやこれやと考えてみて、とある引っ掛かりにちょっと待てよと低く唸りを上げて眉をしかめる。腕の中には愛しい妻が頬を赤らめているのだが、お構い無しに眉間に皺を寄せ始めた。
よくよく考えてみりゃ、俺に記憶は無くてもコイツにはしっかりとした記憶があるってことだよな? 俺はともかく、コイツは酒なんて飲んでなかったんだし。
記憶に無いのだから確信は持てない。しかし普段の、自身の『経験』から考えてみると、一つ引っ掛かるところがある。
土方は僅かな心の乱れを悟られぬように静かに深呼吸をすると、両手を紗己の肩に乗せて重たく口を開いた。
「・・・なあ紗己」
頭の中で考えをまとめながら、どこか少し躊躇いを含んだ声が紗己に届けられる。
彼女はピクッと睫毛を揺らして、向かい合う土方を見上げた。だが、思いの外真剣な表情が見てとれて、照れ臭さはすぐに鳴りを潜め、つられるように背筋を伸ばす。目線の先の男の喉仏が上下に動いた。
「その、あの時のことなんだが」
「あの時?」
「ああ、えー・・・あの夜の、な」
「あの夜?」
気まずそうに言葉を濁し、軽く顎を引けば、きょとんとした顔で数回瞬きを繰り返す紗己と視線が合わさった。
そんな言い方では伝わるものも伝わらないだろうし、ましてや相手は鈍感の部類に属する紗己だ。
分かっていて、それでも直球を投じるのが躊躇われた土方だったが、やはりこれではいかんと意を決する。