第九章
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「紗己・・・」
癖のある声が、吐息混じりに小さく囁く。
このまま離れられるわけがない――強い想いに背中を押されるように、土方の左手が紗己の頬に触れた。
林檎のように紅く染まった頬をそっと包めば、紗己は夫の動作一つにビクッと肩を震わせる。その反応に土方は一旦動きを止めると、『鬼の副長』としての常からはかけ離れた、とても穏やかな目をして小さく笑った。
「・・・大丈夫だ。目、閉じとけ」
優しく言えば、紗己は言われた通りに両目を瞑る。しかしきつく目を閉じているため眉間には皺が出来てしまっていて、それを見て土方は声には出さないが、口内で笑いを噛み殺す。
そうしてなお、なんと可愛い奴だとますます愛しさが込み上げてきて、心の底から彼女を欲する気持ちに引っ張られるように、背中を曲げて顔をグッと近付けた。
手の平に伝わる紗己の体温に同調するように、身体の深部から熱がわき上がってくる。それでも、過度の衝撃を与えないためにと理性を保っているからか、熱に急かされることはない。
彼女を気遣いつつもこの時間を楽しむように、土方はスローモーションのような動きでそっと唇を重ねた。
触れるだけの、優しい口付け――。
心地よい弾力を僅かに感じたところで、土方はゆっくりと顔を離していく。とはいっても息がかかる近さに変わりはなく、紗己の頬も包んだままだ。
どんな顔をしているのだろうか。思うだけで心が弾む。
これが初めてなのだ、きっと恥ずかしそうにしているだろう。そう予想を立てて、土方は軽く顎を引いて艶やかな唇の持ち主を見やる。するとその目に映った愛しい妻は、予想通りの真っ赤な顔で瞳を潤ませていた。
「紗己」
口付けと同じくらい優しい声で呼び掛ける。しかし返事は聞こえない。どうしたのかと思いながらも、緊張からすぐに言葉が出ないだけなのだろうと結論付ける。
土方はフッと息をついて微笑むと、触れている彼女の頬を指先で軽く撫でた。武骨な指とは対照的な、もちっとした感触が心地良い。
紗己はぴくんと睫毛を揺らしてそれに反応を示した。しかし何も言おうとはせず、土方を見上げたまま――いや、言えないのだ。
返事をしたいのか微かに口元が動いたが、そこから声は漏れてこない。その代わりにと、清らかな雫が潤んだ瞳からスウッと零れ落ちた。
「あ・・・っ」
「紗己・・・」
「や、そ・・・の、これ・・・っは・・・」
驚いた表情の土方を前に、紗己は慌てて濡れた頬を拭おうとしたが、顔へと持っていった左手は目的を達する前に捕まえられてしまった。
ポケットから引き抜いた土方の大きな手が、遥かに華奢な手首をがっちりと掴んでいる。
「あ・・・土、方さ・・・」
「何泣いてんだよ、ったく・・・」
そう言いながら掴んだ手首をグッと引き寄せると、トン、と胸に倒れてきた紗己の身体を力強く抱き締めた。
爪先から頭のてっぺんへと、激しくも甘い痛みが駆け抜けて、身体の芯からじんと熱くなる。
それは不快なものではなく、むしろ喜びの感情に近いようにも思える。震える胸に広がる充足感が、いかに今が幸福かを物語っていた。
こんなにも俺のこと、想ってくれてんだな・・・・・・。
口付けに感涙してくれた妻に、どれだけ愛されているのかを改めて知る。どれだけ愛しているのか、改めて気付く。そして今更ながら気付かされる。疑う余地など無かったのだと。
こんなふうに誰よりも近くに感じ合えるのは、どちらにとっても自分たちだけなんだ。
柔らかな温もりが、そんな当たり前のことを教えてくれる。当たり前だろうと言われているような気がして、余計に胸が詰まる。
「・・・んと・・・お前って奴ァ・・・」
声の震えを隠そうと、ほのかに香る軟らかい髪に顔を埋めた。
愛してる――。
掠れた声で紡がれた言葉は、時計の秒針の音よりも遥かに小さくて。聞き取れたのか否かは定かではないが、腕の中の紗己は溢れる涙を土方の胸に押し付けた。
広い背中には、ぎこちなく伸びた腕。誰よりも近くに感じ合える。
癖のある声が、吐息混じりに小さく囁く。
このまま離れられるわけがない――強い想いに背中を押されるように、土方の左手が紗己の頬に触れた。
林檎のように紅く染まった頬をそっと包めば、紗己は夫の動作一つにビクッと肩を震わせる。その反応に土方は一旦動きを止めると、『鬼の副長』としての常からはかけ離れた、とても穏やかな目をして小さく笑った。
「・・・大丈夫だ。目、閉じとけ」
優しく言えば、紗己は言われた通りに両目を瞑る。しかしきつく目を閉じているため眉間には皺が出来てしまっていて、それを見て土方は声には出さないが、口内で笑いを噛み殺す。
そうしてなお、なんと可愛い奴だとますます愛しさが込み上げてきて、心の底から彼女を欲する気持ちに引っ張られるように、背中を曲げて顔をグッと近付けた。
手の平に伝わる紗己の体温に同調するように、身体の深部から熱がわき上がってくる。それでも、過度の衝撃を与えないためにと理性を保っているからか、熱に急かされることはない。
彼女を気遣いつつもこの時間を楽しむように、土方はスローモーションのような動きでそっと唇を重ねた。
触れるだけの、優しい口付け――。
心地よい弾力を僅かに感じたところで、土方はゆっくりと顔を離していく。とはいっても息がかかる近さに変わりはなく、紗己の頬も包んだままだ。
どんな顔をしているのだろうか。思うだけで心が弾む。
これが初めてなのだ、きっと恥ずかしそうにしているだろう。そう予想を立てて、土方は軽く顎を引いて艶やかな唇の持ち主を見やる。するとその目に映った愛しい妻は、予想通りの真っ赤な顔で瞳を潤ませていた。
「紗己」
口付けと同じくらい優しい声で呼び掛ける。しかし返事は聞こえない。どうしたのかと思いながらも、緊張からすぐに言葉が出ないだけなのだろうと結論付ける。
土方はフッと息をついて微笑むと、触れている彼女の頬を指先で軽く撫でた。武骨な指とは対照的な、もちっとした感触が心地良い。
紗己はぴくんと睫毛を揺らしてそれに反応を示した。しかし何も言おうとはせず、土方を見上げたまま――いや、言えないのだ。
返事をしたいのか微かに口元が動いたが、そこから声は漏れてこない。その代わりにと、清らかな雫が潤んだ瞳からスウッと零れ落ちた。
「あ・・・っ」
「紗己・・・」
「や、そ・・・の、これ・・・っは・・・」
驚いた表情の土方を前に、紗己は慌てて濡れた頬を拭おうとしたが、顔へと持っていった左手は目的を達する前に捕まえられてしまった。
ポケットから引き抜いた土方の大きな手が、遥かに華奢な手首をがっちりと掴んでいる。
「あ・・・土、方さ・・・」
「何泣いてんだよ、ったく・・・」
そう言いながら掴んだ手首をグッと引き寄せると、トン、と胸に倒れてきた紗己の身体を力強く抱き締めた。
爪先から頭のてっぺんへと、激しくも甘い痛みが駆け抜けて、身体の芯からじんと熱くなる。
それは不快なものではなく、むしろ喜びの感情に近いようにも思える。震える胸に広がる充足感が、いかに今が幸福かを物語っていた。
こんなにも俺のこと、想ってくれてんだな・・・・・・。
口付けに感涙してくれた妻に、どれだけ愛されているのかを改めて知る。どれだけ愛しているのか、改めて気付く。そして今更ながら気付かされる。疑う余地など無かったのだと。
こんなふうに誰よりも近くに感じ合えるのは、どちらにとっても自分たちだけなんだ。
柔らかな温もりが、そんな当たり前のことを教えてくれる。当たり前だろうと言われているような気がして、余計に胸が詰まる。
「・・・んと・・・お前って奴ァ・・・」
声の震えを隠そうと、ほのかに香る軟らかい髪に顔を埋めた。
愛してる――。
掠れた声で紡がれた言葉は、時計の秒針の音よりも遥かに小さくて。聞き取れたのか否かは定かではないが、腕の中の紗己は溢れる涙を土方の胸に押し付けた。
広い背中には、ぎこちなく伸びた腕。誰よりも近くに感じ合える。