第九章
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「おっ、トシ! 良かった、今部屋に行くところだったんだ」
「・・・近藤さん、アンタかよ・・・・・・」
言ってからがっくりと肩を落とすと、右手で額を覆った。
苦い表情で眉間を押し上げる、目の前の男の見るからに疲れた様子に、どうかしたのかと近藤が声を掛けてきた。
「どうした、頭痛か?」
「いや、何でもねェよ」
「そうか、ならいいんだが」
安心したように快活な笑みを見せると、近藤は左手に持っていた書類をスッと差し出した。その動きが視界に入り、土方は眉間から指を離すと近藤から数枚の紙を受け取る。
「昨夜の書類か」
「ああ、訂正した分に新たに署名を入れておいた。これで良かったんだな?」
「ああ大丈夫だ。問題ない」
全てに目を通すと、書類の端をピンと弾いてそう答える。
昨夜不備が見つかった書類に手を入れ直して、夜中ではあったが近藤の部屋に届けておいたのだ。真選組局長の署名が入っていないと、出張に持っていく意味が無い。
その書類を、土方は出発前に近藤の部屋に受け取りに行こうと思っていたのだ。
「わざわざ持ってきてもらって、悪かったな」
「構わんさ、もう出発の時刻だからな。それよりお前、厠にでも行くところだったんじゃないのか?」
「あ? いや、別に」
厠に用などなかったので、いきなりそんな事を言われ土方は怪訝な表情を見せる。
すると近藤は、土方の装いを確認するように一瞥してから首を捻った。上着も着ていなければ荷物も持っていないので、てっきり出発前に厠に行こうとしていたのだと思ったらしい。
「なんだ違うのか。ならどうした、一服か?」
「あー、いやその・・・」
別にそうだと言っても良かったし、何なら厠に行こうとしていたことにしても良かったのだが、つい口ごもってしまう。
嘘をつくのが嫌だという明確な意思があったわけではないが、適当に誤魔化す気にもなれなかった。かと言って一から説明するのは長すぎるし、何でもかんでも明け透けにする必要は無いとも思う。
そんなふうに考えていたら、うまく言葉が出てこなかった。
気まずそうな土方を見て、やはり一服するつもりだったのかと近藤は思い込んだ。紗己の身体を気遣って彼女の前では喫煙しないことを、彼もまた知っていたのだ。
「まあなァ。彼女の前では吸えんし、気持ちは分からんでもないが・・・」
言いながら腕を組むと、しっかりと土方を見据えて言葉を続ける。
「一服なら道中でいくらでもできるんだし、せめて出発までの時間くらいは彼女の側に居てやったらどうだ?」
「え・・・」
「きっと寂しがってるぞ、紗己ちゃん」
まるで父親のような穏やかな表情で言われ、痛いところを突かれた土方は手にしていた書類を落としそうになった。あまりにタイムリーな話題に、つい過剰反応してしまう。
「っ、あー・・・まあ、な」
全く動揺などしていないぞと言った具合に平静を装う土方に対し、近藤も特別な反応を見せないので、恐らく動揺していることに気付いていないのだろう。
土方は少しばらついた書類たちを筒のようにして持ち直すと、それで首をトントンと叩きながら話し掛けた。
「な、なあ近藤さん。アイツ・・・紗己が寂しがってるって、やっぱりそう思うか?」
「そりゃあ思うさ!」
「そ、そうか・・・」
見た目とそぐわない弱い声で返事をしたのは、近藤の勢いに気圧されたからだ。普段は鋭い双眸もやや伏せ気味に、首を叩いていた誤魔化しの行為の手も止めた。
あまりに力一杯に言われたため、彼女の気持ちをまるで分かっていないと、何となく責められている気分になってしまう。確かに、勝手な思い込みから勘違いはしていたが。
そんな土方の様子に気付いているのかいないのか、近藤は腕を組み替えると自身の発言を更に深めていく。
「お前には仕事という大義があるが、彼女は三日間ここでお前を待つ身だからな」
「待つ・・・」
「普段と変わりない生活を一人で過ごすんだ。待つだけの方が、ずっと寂しいもんさ」
「・・・・・・」
そうだよな・・・俺は仕事のために家を空けるけど、アイツはいつもと同じ、何の変化もない中で俺を待つんだよな。
こうして他者の意見を聞くことで、改めて気付かされる。この条件、状況下では、紗己は寂しくて当然なのだと。
なのに夫である自分は、今さっきまで彼女は寂しがっていないと思っていた。あのいじらしい行動を目撃していなければ、きっと今でも、出張中もずっとそう思い続けていたことだろう。
熟年夫婦じゃあるまいし、一人寝を快適に思うことはまずねえよな。
いや、思われてても困ると、土方は自身の発想に胸中で軽く突っ込みを入れると、持っていた書類を反対の手に持ち替え、首の後ろを撫でて吐息した。心持ちすっきりとした表情だ。
「ありがとな、近藤さん」
「ん? 何がだ? ああ書類のことか。全然構わんさ、大した手間じゃないからな」
「あーいや・・・いや、そうだな」
訂正することもないかと表情を和らげて苦笑いすると、土方は背中をほんの少し丸めて、首の後ろを撫でていた手をポケットに突っ込んだ。そしてちらり目線を後方に、廊下の奥にある自室へと向ける。
出発までにはもうそんなに時間は残されていないが、僅かな時間でも紗己と居たい――そんな気持ちを胸に、土方は近藤に視線を戻した。
「近藤さん、俺部屋に戻るよ」
「おう! それがいい、まだちょっとなら時間もあるだろうしな」
「ああ、じゃあな・・・」
そう言って互いに手を上げかけた時。近藤の後ろに延びている廊下の先から、一人の隊士が姿を現した。
「あ、副長! 車の準備できましたよ」
「「・・・・・・」」
その言葉に、二人顔を見合わせて苦い顔をする。
せっかく部屋に戻る話になっていたのに。いや、どちらにせよ荷物を取りに戻らねばならないが、これでは紗己とゆっくり語らう時間は取れそうにない。
「副長? 荷物運びましょうか?」
「いや! あー・・・自分で持っていくからいい。表で待ってろ」
思いの外大きな声が出てしまい、それをはぐらかすように常より低い声音で指示を出した。
それでなくとも時間が無い中で、これ以上紗己との時間を奪われたらたまったもんじゃない。そんな思いが働いたようだ。
「・・・近藤さん、アンタかよ・・・・・・」
言ってからがっくりと肩を落とすと、右手で額を覆った。
苦い表情で眉間を押し上げる、目の前の男の見るからに疲れた様子に、どうかしたのかと近藤が声を掛けてきた。
「どうした、頭痛か?」
「いや、何でもねェよ」
「そうか、ならいいんだが」
安心したように快活な笑みを見せると、近藤は左手に持っていた書類をスッと差し出した。その動きが視界に入り、土方は眉間から指を離すと近藤から数枚の紙を受け取る。
「昨夜の書類か」
「ああ、訂正した分に新たに署名を入れておいた。これで良かったんだな?」
「ああ大丈夫だ。問題ない」
全てに目を通すと、書類の端をピンと弾いてそう答える。
昨夜不備が見つかった書類に手を入れ直して、夜中ではあったが近藤の部屋に届けておいたのだ。真選組局長の署名が入っていないと、出張に持っていく意味が無い。
その書類を、土方は出発前に近藤の部屋に受け取りに行こうと思っていたのだ。
「わざわざ持ってきてもらって、悪かったな」
「構わんさ、もう出発の時刻だからな。それよりお前、厠にでも行くところだったんじゃないのか?」
「あ? いや、別に」
厠に用などなかったので、いきなりそんな事を言われ土方は怪訝な表情を見せる。
すると近藤は、土方の装いを確認するように一瞥してから首を捻った。上着も着ていなければ荷物も持っていないので、てっきり出発前に厠に行こうとしていたのだと思ったらしい。
「なんだ違うのか。ならどうした、一服か?」
「あー、いやその・・・」
別にそうだと言っても良かったし、何なら厠に行こうとしていたことにしても良かったのだが、つい口ごもってしまう。
嘘をつくのが嫌だという明確な意思があったわけではないが、適当に誤魔化す気にもなれなかった。かと言って一から説明するのは長すぎるし、何でもかんでも明け透けにする必要は無いとも思う。
そんなふうに考えていたら、うまく言葉が出てこなかった。
気まずそうな土方を見て、やはり一服するつもりだったのかと近藤は思い込んだ。紗己の身体を気遣って彼女の前では喫煙しないことを、彼もまた知っていたのだ。
「まあなァ。彼女の前では吸えんし、気持ちは分からんでもないが・・・」
言いながら腕を組むと、しっかりと土方を見据えて言葉を続ける。
「一服なら道中でいくらでもできるんだし、せめて出発までの時間くらいは彼女の側に居てやったらどうだ?」
「え・・・」
「きっと寂しがってるぞ、紗己ちゃん」
まるで父親のような穏やかな表情で言われ、痛いところを突かれた土方は手にしていた書類を落としそうになった。あまりにタイムリーな話題に、つい過剰反応してしまう。
「っ、あー・・・まあ、な」
全く動揺などしていないぞと言った具合に平静を装う土方に対し、近藤も特別な反応を見せないので、恐らく動揺していることに気付いていないのだろう。
土方は少しばらついた書類たちを筒のようにして持ち直すと、それで首をトントンと叩きながら話し掛けた。
「な、なあ近藤さん。アイツ・・・紗己が寂しがってるって、やっぱりそう思うか?」
「そりゃあ思うさ!」
「そ、そうか・・・」
見た目とそぐわない弱い声で返事をしたのは、近藤の勢いに気圧されたからだ。普段は鋭い双眸もやや伏せ気味に、首を叩いていた誤魔化しの行為の手も止めた。
あまりに力一杯に言われたため、彼女の気持ちをまるで分かっていないと、何となく責められている気分になってしまう。確かに、勝手な思い込みから勘違いはしていたが。
そんな土方の様子に気付いているのかいないのか、近藤は腕を組み替えると自身の発言を更に深めていく。
「お前には仕事という大義があるが、彼女は三日間ここでお前を待つ身だからな」
「待つ・・・」
「普段と変わりない生活を一人で過ごすんだ。待つだけの方が、ずっと寂しいもんさ」
「・・・・・・」
そうだよな・・・俺は仕事のために家を空けるけど、アイツはいつもと同じ、何の変化もない中で俺を待つんだよな。
こうして他者の意見を聞くことで、改めて気付かされる。この条件、状況下では、紗己は寂しくて当然なのだと。
なのに夫である自分は、今さっきまで彼女は寂しがっていないと思っていた。あのいじらしい行動を目撃していなければ、きっと今でも、出張中もずっとそう思い続けていたことだろう。
熟年夫婦じゃあるまいし、一人寝を快適に思うことはまずねえよな。
いや、思われてても困ると、土方は自身の発想に胸中で軽く突っ込みを入れると、持っていた書類を反対の手に持ち替え、首の後ろを撫でて吐息した。心持ちすっきりとした表情だ。
「ありがとな、近藤さん」
「ん? 何がだ? ああ書類のことか。全然構わんさ、大した手間じゃないからな」
「あーいや・・・いや、そうだな」
訂正することもないかと表情を和らげて苦笑いすると、土方は背中をほんの少し丸めて、首の後ろを撫でていた手をポケットに突っ込んだ。そしてちらり目線を後方に、廊下の奥にある自室へと向ける。
出発までにはもうそんなに時間は残されていないが、僅かな時間でも紗己と居たい――そんな気持ちを胸に、土方は近藤に視線を戻した。
「近藤さん、俺部屋に戻るよ」
「おう! それがいい、まだちょっとなら時間もあるだろうしな」
「ああ、じゃあな・・・」
そう言って互いに手を上げかけた時。近藤の後ろに延びている廊下の先から、一人の隊士が姿を現した。
「あ、副長! 車の準備できましたよ」
「「・・・・・・」」
その言葉に、二人顔を見合わせて苦い顔をする。
せっかく部屋に戻る話になっていたのに。いや、どちらにせよ荷物を取りに戻らねばならないが、これでは紗己とゆっくり語らう時間は取れそうにない。
「副長? 荷物運びましょうか?」
「いや! あー・・・自分で持っていくからいい。表で待ってろ」
思いの外大きな声が出てしまい、それをはぐらかすように常より低い声音で指示を出した。
それでなくとも時間が無い中で、これ以上紗己との時間を奪われたらたまったもんじゃない。そんな思いが働いたようだ。