第九章
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まだ廊下に立ったままで、土方は部屋の中を凝視していた。
震える心を落ち着かせようと、ぎこちなく息を吸っては吐き出す。それでも熱いものが込み上げてきて、何とかそれを抑え込もうと苦しげに眉を寄せた。
声に、言葉になり損ねた吐息を隠すように、左手で口元を覆う。手のひらにかかる自身の熱い息に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
なんで俺は・・・馬鹿じゃねーのか、俺は・・・ほんっと馬鹿すぎるだろ・・・・・・!
昨日から先程までの自分を思い返して、どうして気付かなかったのかと唇を噛んだ。
きっと、仕事に専念できるようにと気遣いから「寂しい」とは言わなかったのだと、今になれば想像はつく。
それなのに、紗己は寂しがっていないのだと思い込んで決め付けて。勝手に一人で腹を立てて部屋を出て。寂しいのは自分だけなのだと、いじけてしまっていたのだ。
何も気にしていないと決め付けていた紗己の、想像もしなかった行動。
もっと早く彼女の想いに気付いていれば――そうすれば、出発前の貴重な時間を無駄にはしなかったのにと、土方はさっきまでの自分を一発殴りたい気分になった。
あー・・・なんで気付かなかったんだよ、ちょっと考えてみりゃ分かりそうなことじゃねーか。
いつでも仕事をしやすいように気遣ってくれている紗己が、簡単に寂しいなんて言うはずがない。今更ながらにそう思う。
こうなってみてやっと、その想いに気付かされるなんて。むしろ鈍感なのは自分の方ではないのかと、土方は首を横に振って吐息した。
コイツの性格も考え方も、分かってるつもりでまだまだだったってことか・・・・・・。
思いながら、手前の部屋へと視線を移す。
この部屋で共に暮らし始めて、まだたったの一週間。交際期間があったわけでもないのだから、互いの全てが分からなくて当然なのだ。
紗己のことなら何でも分かっていると思っていたが、その考え自体が間違いだったと土方は思う。
これからの人生の方が長いんだから、焦らずゆっくりいけばいい――。
結婚式の夜に紗己に言った言葉が、ふと頭に過ぎった。
世間一般の夫婦とは異なった経緯でここまできているため、早くそれに肩を並べなければと、知らぬ間に気が急いていた。そんな自分にも、今になってようやく気付く。
だが、紗己の後ろ姿が教えてくれた。焦る必要なんてない。ゆっくりと分かり合えばいいのだと。
分かり合おうとすることこそが、何よりも大事なことなのだと。
ひとしきり反省して気を取り直した土方は、奥の部屋にいる紗己に視線を戻した。自分の上着を強く抱き締め顔を埋めているその姿に、改めて愛しさが込み上げてくる。
寂しがっていないと思い込んでいた彼女が、実はこんなにも寂しがっているなんて。その事実が、土方はとても嬉しいのだ。
紗己は、我が儘も言わない代わりに甘えてきたりもしない。
それは俗に言う『強い女』とは全く別物で、生来の性格に加えて育った環境が影響しているのか、周囲を気遣うばかりで甘える事を知らないのだ。
おまけに恋愛経験が全く無かったために、異性に甘えるどころか、感情を表に出した方が喜ばれると、それすら分かっていない節がある。
それは楽といえば楽だし、その楽さに甘えていたのは確かだ。しかし土方は、紗己にもっと甘えてきてほしいとも思っていた。
愛されていることは百も承知だが、たまには恋愛感情を見せてくれないと不安にもなる。大人の男がそう思ってしまうくらいに、紗己は一定の穏やかさで日々を生きているのだ。
しかし今、彼女の感情的な一場面を見て、その不安は見事に払拭された。
ちゃんと愛されている。そのことが堪らなく嬉しくて、彼女の取ったいじらしい行動に今すぐにでも抱き締めたい衝動に駆られる。
そうだ。今すぐに抱き締めたい。それを躊躇う理由が一体どこにある――?
土方は自分の気持ちを後押しするように力強く頷くと、障子戸の引き手に掛けていた指先に力を込め、中へと入ろうとした。が、その時。
「・・・っ!」
瞬時に肩を強張らせた。廊下を歩く何者かの足音が微かに聞こえたのだ。
土方と紗己の住まうこの部屋は、屯所内の一番端に位置している。土方が立っているこの廊下も、当然ここで行き止まりだ。隊士達の行き交う区域と合流するまでは、基本土方と紗己しかここを通らない。
つまり足音が聞こえるということは、確実にこの部屋に、恐らくは土方に用のある者がこちらに向かっているということで、ならば今このまま部屋に入っていったとしても、紗己と熱い抱擁を交わす前に足音の主が到着してしまうだろう。
こういう時って、必ず邪魔が入るんだよな・・・・・・。
土方は嘆息すると、踏み出そうとしていた片足を半歩後ろに下ろした。そのまま音を立てず気配も殺して、そっと後退していく。
そうして慎重かつ足早に一つ角を戻ると、その先の角を、とある人物が曲がってきた。
震える心を落ち着かせようと、ぎこちなく息を吸っては吐き出す。それでも熱いものが込み上げてきて、何とかそれを抑え込もうと苦しげに眉を寄せた。
声に、言葉になり損ねた吐息を隠すように、左手で口元を覆う。手のひらにかかる自身の熱い息に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
なんで俺は・・・馬鹿じゃねーのか、俺は・・・ほんっと馬鹿すぎるだろ・・・・・・!
昨日から先程までの自分を思い返して、どうして気付かなかったのかと唇を噛んだ。
きっと、仕事に専念できるようにと気遣いから「寂しい」とは言わなかったのだと、今になれば想像はつく。
それなのに、紗己は寂しがっていないのだと思い込んで決め付けて。勝手に一人で腹を立てて部屋を出て。寂しいのは自分だけなのだと、いじけてしまっていたのだ。
何も気にしていないと決め付けていた紗己の、想像もしなかった行動。
もっと早く彼女の想いに気付いていれば――そうすれば、出発前の貴重な時間を無駄にはしなかったのにと、土方はさっきまでの自分を一発殴りたい気分になった。
あー・・・なんで気付かなかったんだよ、ちょっと考えてみりゃ分かりそうなことじゃねーか。
いつでも仕事をしやすいように気遣ってくれている紗己が、簡単に寂しいなんて言うはずがない。今更ながらにそう思う。
こうなってみてやっと、その想いに気付かされるなんて。むしろ鈍感なのは自分の方ではないのかと、土方は首を横に振って吐息した。
コイツの性格も考え方も、分かってるつもりでまだまだだったってことか・・・・・・。
思いながら、手前の部屋へと視線を移す。
この部屋で共に暮らし始めて、まだたったの一週間。交際期間があったわけでもないのだから、互いの全てが分からなくて当然なのだ。
紗己のことなら何でも分かっていると思っていたが、その考え自体が間違いだったと土方は思う。
これからの人生の方が長いんだから、焦らずゆっくりいけばいい――。
結婚式の夜に紗己に言った言葉が、ふと頭に過ぎった。
世間一般の夫婦とは異なった経緯でここまできているため、早くそれに肩を並べなければと、知らぬ間に気が急いていた。そんな自分にも、今になってようやく気付く。
だが、紗己の後ろ姿が教えてくれた。焦る必要なんてない。ゆっくりと分かり合えばいいのだと。
分かり合おうとすることこそが、何よりも大事なことなのだと。
ひとしきり反省して気を取り直した土方は、奥の部屋にいる紗己に視線を戻した。自分の上着を強く抱き締め顔を埋めているその姿に、改めて愛しさが込み上げてくる。
寂しがっていないと思い込んでいた彼女が、実はこんなにも寂しがっているなんて。その事実が、土方はとても嬉しいのだ。
紗己は、我が儘も言わない代わりに甘えてきたりもしない。
それは俗に言う『強い女』とは全く別物で、生来の性格に加えて育った環境が影響しているのか、周囲を気遣うばかりで甘える事を知らないのだ。
おまけに恋愛経験が全く無かったために、異性に甘えるどころか、感情を表に出した方が喜ばれると、それすら分かっていない節がある。
それは楽といえば楽だし、その楽さに甘えていたのは確かだ。しかし土方は、紗己にもっと甘えてきてほしいとも思っていた。
愛されていることは百も承知だが、たまには恋愛感情を見せてくれないと不安にもなる。大人の男がそう思ってしまうくらいに、紗己は一定の穏やかさで日々を生きているのだ。
しかし今、彼女の感情的な一場面を見て、その不安は見事に払拭された。
ちゃんと愛されている。そのことが堪らなく嬉しくて、彼女の取ったいじらしい行動に今すぐにでも抱き締めたい衝動に駆られる。
そうだ。今すぐに抱き締めたい。それを躊躇う理由が一体どこにある――?
土方は自分の気持ちを後押しするように力強く頷くと、障子戸の引き手に掛けていた指先に力を込め、中へと入ろうとした。が、その時。
「・・・っ!」
瞬時に肩を強張らせた。廊下を歩く何者かの足音が微かに聞こえたのだ。
土方と紗己の住まうこの部屋は、屯所内の一番端に位置している。土方が立っているこの廊下も、当然ここで行き止まりだ。隊士達の行き交う区域と合流するまでは、基本土方と紗己しかここを通らない。
つまり足音が聞こえるということは、確実にこの部屋に、恐らくは土方に用のある者がこちらに向かっているということで、ならば今このまま部屋に入っていったとしても、紗己と熱い抱擁を交わす前に足音の主が到着してしまうだろう。
こういう時って、必ず邪魔が入るんだよな・・・・・・。
土方は嘆息すると、踏み出そうとしていた片足を半歩後ろに下ろした。そのまま音を立てず気配も殺して、そっと後退していく。
そうして慎重かつ足早に一つ角を戻ると、その先の角を、とある人物が曲がってきた。