第九章
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――――――
あー・・・ちょっと感じ悪かったか・・・・・・。
紫煙を吐き出しながら、ぼんやりと思う。
今土方が一服しているのは、自室から程近い場所。廊下を少し歩き、角を曲がった先の縁側だ。
どのみち食後の一服はしたかったのだが、こんな形で部屋を出てくるつもりはなかったと頭を掻く。出発まで、もうそんなに時間も無いというのに――。
「何やってんだ、俺は・・・」
低い空を見上げぽつり呟くと、咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けた。そのままハァッと項垂れて、さっきまでの自分を思い出し盛大に溜め息を落とす。
銀時に借りを返すべく、紗己に菓子折を持っていくよう指示したのは自分だ。何を持っていけばいいのかと訊いてきたことだって、何らおかしな話じゃない。
腹を立てるくらいなら後日自分が行けばよかったんじゃないのかと、今更ながらにそう思う。
アイツは別に悪くねーだろ。会いに行けっつったのも俺なんだし。
「でも、ムカついたんだよな・・・・・・」
ボソッと呟くと、箱から新たな煙草を取り出した。
左手で風を避けて火を点け、苦味と煙たさを存分に味わう。肺まで煙を送り込むと、頭の芯がキュッと熱くなった。
「寂しくねェのかよ・・・」
ゆらゆらと立ち昇る煙を見つめながら、腹を立てた一番の理由を思い返す。
済んだ話だと思っていたところに銀時の名を出されたことも、それなりに不愉快にはなった。しかしそれよりも、紗己がちっとも寂しくなさそうなことの方が気に障ったのだ。
たかが三日と言えばそれまでだが、新婚ホヤホヤの夫婦にとっての三日間はかなりの重みのはず。なのに紗己は、まだ一言も「寂しい」と口にしていない。
出張の準備をしている時も、その話題が出た時も。気をつけてくださいね、といった無事を祈る発言ならいくつもあったが、それ以外は何もなく、ひょっとしたら日帰りと勘違いしているのではと思ってしまうくらいに、まるで気にしていない様子なのだ。
ちょっとくらい寂しがってくれたっていいだろ。
昨日から思ってはいたが、今日になっても平然としている彼女にますます募る不満。
寂しい寂しいと駄々をこねられるのも困りものだが、それでも何も言われないよりは遥かに良い。
むしろ今ならば、ちょっとくらいの我が儘であればなんて可愛いヤツだと思えるに違いないと、土方は一人頷いている。
普通逆じゃねェのか? 甘えたくて我が儘言ってみたり、女ってのはそういう盛り上がるのが好きなんじゃねーのかよ。
もしそうしてくれれば、それだけで満足なのに。
ほんの少しでいい、気にしている素振りを見せてくれたら――。
出来るだけ早く帰るから
俺もちょっとは寂しいんだぞ
そう甘い言葉を囁いて、愛されていることに心満たされ気分良く出発できるというのに。
この季節の朝の廊下は、本格的に寒さが身に凍みる。
土方は背中を曲げて身を縮こまらせると、左腕で自身の身体をギュッと抱き締めた。
上着を持って出てこなかったことを激しく後悔しつつ、白い息を吐く。だがまだ気持ちが落ち着いていないので、今は部屋に戻りたくない。
もしこのまま戻って、笑顔で「お帰りなさい、そろそろお時間ですよ」なんて言われたら――やっぱり何も言ってはくれないのかと、落ち込まされるのは必至だ。寂しがっているのは自分だけだと現実を突き付けられ、余計に寂しく思うことだろう。
出発前にそんなダメージを受けるのは、是非とも避けたいと土方は眉を寄せる。
「期待するなって話か・・・」
言ってから、また煙を深く吸い込んだ。
気を紛らそうと髪を掻き上げれば、思いの外指先も髪も冷えていたことに気付く。風こそ吹かないが、薄着でじっとしているには寒すぎる。これでは冷えて当然だと、土方は煙草を咥えたまま苦笑した。
空いた両手を、腕を組むようにして両脇に挟んだ。じんわりと己の体温で温められていくのが分かる。
今朝、起き抜けに顔を洗うためここを通った時には、塀に沿って並ぶ木々の頭に冬霞がかかっていた。だが今はそれも晴れて、朝の光の中葉を纏わないその姿もはっきりと見える。
確実に時間は過ぎていくのだ。何をしても、何もしなくても。
こうしているうちにも、貴重な時間は立ち昇る煙のように消えていく。土方は、咥えた煙草の先を目で追いつつそう思った。おまけにこの時間の浪費の原因は、理由はどうであれ結局は自分が作ったのだと呆れるしかない。
もう時間も時間だし、そろそろ戻るか・・・・・・。こんなくだらねェことでいつまでもいじけて・・・いやいや別に俺はいじけてなんかねえぞ?
自分で思ったにも関わらず、それに突っ込むように必死に首を振る。その勢いで煙草の灰が、火種を連れてボトリと落ちてしまった。
「あー・・・」
何の意味も持たなくなってしまったモノを、仕方無しに口から外す。それを携帯灰皿に押し込むと、脇に置いていた煙草の箱を手にして嘆息した。
「何やってんだか、俺は・・・」
言いながらも、また頭の中で言い訳を始める。
アイツは元々鈍感な女じゃねーか。俺だっていい加減慣れてきてるし? さすがにちょっとは寂しい気もしたが、いい年した男がいつまでもいじけて・・・いやだからいじけてねーよ。いや、ほんといじけてるとかそんなんじゃ・・・なァ?
誰に対し、同意を求めているのだろうか。土方は首の後ろを撫でながら、手にしていた煙草の箱に視線を落とした。
「そろそろ戻らねェと、な」
新たな一本は取り出さずに、そのままズボンのポケットにそれを仕舞おうとしたのだが、座っているためにうまく押し込めない。
それを理由にしたいのか、ようやく重たい腰を上げると、肩を落として吐息しながら、余裕のできたポケットに一服セットをグッと押し込んだ。
あー・・・ちょっと感じ悪かったか・・・・・・。
紫煙を吐き出しながら、ぼんやりと思う。
今土方が一服しているのは、自室から程近い場所。廊下を少し歩き、角を曲がった先の縁側だ。
どのみち食後の一服はしたかったのだが、こんな形で部屋を出てくるつもりはなかったと頭を掻く。出発まで、もうそんなに時間も無いというのに――。
「何やってんだ、俺は・・・」
低い空を見上げぽつり呟くと、咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けた。そのままハァッと項垂れて、さっきまでの自分を思い出し盛大に溜め息を落とす。
銀時に借りを返すべく、紗己に菓子折を持っていくよう指示したのは自分だ。何を持っていけばいいのかと訊いてきたことだって、何らおかしな話じゃない。
腹を立てるくらいなら後日自分が行けばよかったんじゃないのかと、今更ながらにそう思う。
アイツは別に悪くねーだろ。会いに行けっつったのも俺なんだし。
「でも、ムカついたんだよな・・・・・・」
ボソッと呟くと、箱から新たな煙草を取り出した。
左手で風を避けて火を点け、苦味と煙たさを存分に味わう。肺まで煙を送り込むと、頭の芯がキュッと熱くなった。
「寂しくねェのかよ・・・」
ゆらゆらと立ち昇る煙を見つめながら、腹を立てた一番の理由を思い返す。
済んだ話だと思っていたところに銀時の名を出されたことも、それなりに不愉快にはなった。しかしそれよりも、紗己がちっとも寂しくなさそうなことの方が気に障ったのだ。
たかが三日と言えばそれまでだが、新婚ホヤホヤの夫婦にとっての三日間はかなりの重みのはず。なのに紗己は、まだ一言も「寂しい」と口にしていない。
出張の準備をしている時も、その話題が出た時も。気をつけてくださいね、といった無事を祈る発言ならいくつもあったが、それ以外は何もなく、ひょっとしたら日帰りと勘違いしているのではと思ってしまうくらいに、まるで気にしていない様子なのだ。
ちょっとくらい寂しがってくれたっていいだろ。
昨日から思ってはいたが、今日になっても平然としている彼女にますます募る不満。
寂しい寂しいと駄々をこねられるのも困りものだが、それでも何も言われないよりは遥かに良い。
むしろ今ならば、ちょっとくらいの我が儘であればなんて可愛いヤツだと思えるに違いないと、土方は一人頷いている。
普通逆じゃねェのか? 甘えたくて我が儘言ってみたり、女ってのはそういう盛り上がるのが好きなんじゃねーのかよ。
もしそうしてくれれば、それだけで満足なのに。
ほんの少しでいい、気にしている素振りを見せてくれたら――。
出来るだけ早く帰るから
俺もちょっとは寂しいんだぞ
そう甘い言葉を囁いて、愛されていることに心満たされ気分良く出発できるというのに。
この季節の朝の廊下は、本格的に寒さが身に凍みる。
土方は背中を曲げて身を縮こまらせると、左腕で自身の身体をギュッと抱き締めた。
上着を持って出てこなかったことを激しく後悔しつつ、白い息を吐く。だがまだ気持ちが落ち着いていないので、今は部屋に戻りたくない。
もしこのまま戻って、笑顔で「お帰りなさい、そろそろお時間ですよ」なんて言われたら――やっぱり何も言ってはくれないのかと、落ち込まされるのは必至だ。寂しがっているのは自分だけだと現実を突き付けられ、余計に寂しく思うことだろう。
出発前にそんなダメージを受けるのは、是非とも避けたいと土方は眉を寄せる。
「期待するなって話か・・・」
言ってから、また煙を深く吸い込んだ。
気を紛らそうと髪を掻き上げれば、思いの外指先も髪も冷えていたことに気付く。風こそ吹かないが、薄着でじっとしているには寒すぎる。これでは冷えて当然だと、土方は煙草を咥えたまま苦笑した。
空いた両手を、腕を組むようにして両脇に挟んだ。じんわりと己の体温で温められていくのが分かる。
今朝、起き抜けに顔を洗うためここを通った時には、塀に沿って並ぶ木々の頭に冬霞がかかっていた。だが今はそれも晴れて、朝の光の中葉を纏わないその姿もはっきりと見える。
確実に時間は過ぎていくのだ。何をしても、何もしなくても。
こうしているうちにも、貴重な時間は立ち昇る煙のように消えていく。土方は、咥えた煙草の先を目で追いつつそう思った。おまけにこの時間の浪費の原因は、理由はどうであれ結局は自分が作ったのだと呆れるしかない。
もう時間も時間だし、そろそろ戻るか・・・・・・。こんなくだらねェことでいつまでもいじけて・・・いやいや別に俺はいじけてなんかねえぞ?
自分で思ったにも関わらず、それに突っ込むように必死に首を振る。その勢いで煙草の灰が、火種を連れてボトリと落ちてしまった。
「あー・・・」
何の意味も持たなくなってしまったモノを、仕方無しに口から外す。それを携帯灰皿に押し込むと、脇に置いていた煙草の箱を手にして嘆息した。
「何やってんだか、俺は・・・」
言いながらも、また頭の中で言い訳を始める。
アイツは元々鈍感な女じゃねーか。俺だっていい加減慣れてきてるし? さすがにちょっとは寂しい気もしたが、いい年した男がいつまでもいじけて・・・いやだからいじけてねーよ。いや、ほんといじけてるとかそんなんじゃ・・・なァ?
誰に対し、同意を求めているのだろうか。土方は首の後ろを撫でながら、手にしていた煙草の箱に視線を落とした。
「そろそろ戻らねェと、な」
新たな一本は取り出さずに、そのままズボンのポケットにそれを仕舞おうとしたのだが、座っているためにうまく押し込めない。
それを理由にしたいのか、ようやく重たい腰を上げると、肩を落として吐息しながら、余裕のできたポケットに一服セットをグッと押し込んだ。