序章②
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角を曲がる銀時の背中を見送ると、紗己は軽く息をついた。と、その時―――。
「紗己」
「っ・・・副長、さん?」
背後から地を這うような低い声で名を呼ばれ、紗己は驚きのあまりビクッと肩を震わせ、声の主へとゆっくりと視線を合わせた。だが、辺りが暗くなり始めているために、土方がどんな表情をしているのか全く分からない。
まだ親しくなりだしてから日も浅いとは言え、普段の、自分の知る土方とはまるでかけ離れた今のその雰囲気に、紗己は戸惑いを隠せない。
「紗己、ちょっと来い」
早口にそう言うと、土方は大きな歩幅であっという間に距離を詰め、その場に立ちつくす紗己の細い手首を乱暴に掴んで引っ張った。
ゴトゴトッ・・・と重く鈍い音と共に、紗己が抱えていた洗剤の箱が地面に落ちる。
異様な緊張感が立ち込めるこの場には、明らかに似合わない爽やかな匂いが一帯に広がった。
自分の手から落ちていった洗剤の箱の損傷と、そこから零れ出た中身が気になる紗己を尻目に、土方は強い力で手首を掴んだまま先へ行こうと歩き出す。
「ちょ、ちょっとあの・・・副長さん? 待って、洗剤が・・・」
「山崎、それ片付けとけ」
土方は紗己の言葉を遮るように抑揚の無い言い方で言葉を残すと、地面に落ちた洗剤を気にして何度も後方を振り返る紗己を、強引に連れて行ってしまった。
「何なんだよ、あの人・・・・・・」
地面に残された洗剤の山にげんなりしながら、溜息混じりに山崎が愚痴をこぼす。
(紗己ちゃん、大丈夫かな・・・・・・)
銀時と言い争いをしている時と違って、怖いまでに静かになった土方を思い出すと、連れて行かれた紗己のことが心配で堪らない。
だからといって、この問題に自分が立ち入るべきではないのは百も承知だ。
夕闇の中、肩を落として嘆息する山崎の耳に、ガチャッと車のドアが開く音が聴こえてきた。振り向けば、そこには伸びをしながら車から出てくる沖田の姿が。
山崎は年若い上官に対し、非難の声を上げる。
「沖田隊長! 何でさっき止めに入ってくれなかったんですか!」
「あぁ? 何で俺が止めに入らなきゃなんねえんでェ。はっ、土方のヤローいい気味だぜ」
不敵な笑みを浮かべて言い切ると、沖田は車のドアをバタンと閉め、怪訝な表情で自分を見つめる山崎を手伝うわけでもなく、一人屯所へと入っていった。
――――――
ずんずんと床板を鳴らして歩く土方に引っ張られ、紗己は前のめりのまま必死に足を動かす。
着物では大股にもなれず、それでも土方はスピードを遅めたり握力を緩めようとはしない。
「あのっ・・・副長さん、待ってくださ・・・」
戸惑いを含んだ言葉が宙を舞う。
掴んでいた手を突然離されたと同時に、ピシャン! と鼓膜が痛くなるほどの乾いた音が響いた。ここは土方の自室だ。
乱暴に開けた障子戸を閉めるために、土方は紗己の目の前から移動する。それまで黒い大きな背中しか映らなかった視界が急に開けたため、バランス感覚を失った紗己はヨロヨロとその場にへたり込みそうになった。
「いたっ・・・」
突然両の二の腕に強い力がかかり、思わず声が漏れてしまう。
へたり込みそうになった紗己の姿勢を保つように、背後から土方が柔らかな二の腕を掴んで支えたのだ。だが、それが思いやりからの行動かどうかは疑わしい。
「座れ」
短く言うと土方は二の腕から手を離し、紗己の横を通り過ぎてドサッと畳に腰を下ろした。
「・・・・・・」
まるで状況が飲み込めず、逆らうという判断も浮かばない紗己は、言われるがまま大人しく座る。
しばらくの沈黙の後、土方は胸ポケットから煙草の箱を取り出した。
落ち着こうとしているのか、それとも手持ち無沙汰だからだろうか。軽く箱を振り一本取り出して火を点けると、紗己の顔にかからないように横を向いて煙を吐いた。
その横顔には、不快感がありありと滲み出ている。
「・・・どうしてあの野郎と一緒にいた」
常よりも低く威圧感のある声音に、何故か責められているような気になってしまう。
紗己はごくり息を呑むと、伏し目がちに土方のほうを見た。
「紗己」
「っ・・・副長、さん?」
背後から地を這うような低い声で名を呼ばれ、紗己は驚きのあまりビクッと肩を震わせ、声の主へとゆっくりと視線を合わせた。だが、辺りが暗くなり始めているために、土方がどんな表情をしているのか全く分からない。
まだ親しくなりだしてから日も浅いとは言え、普段の、自分の知る土方とはまるでかけ離れた今のその雰囲気に、紗己は戸惑いを隠せない。
「紗己、ちょっと来い」
早口にそう言うと、土方は大きな歩幅であっという間に距離を詰め、その場に立ちつくす紗己の細い手首を乱暴に掴んで引っ張った。
ゴトゴトッ・・・と重く鈍い音と共に、紗己が抱えていた洗剤の箱が地面に落ちる。
異様な緊張感が立ち込めるこの場には、明らかに似合わない爽やかな匂いが一帯に広がった。
自分の手から落ちていった洗剤の箱の損傷と、そこから零れ出た中身が気になる紗己を尻目に、土方は強い力で手首を掴んだまま先へ行こうと歩き出す。
「ちょ、ちょっとあの・・・副長さん? 待って、洗剤が・・・」
「山崎、それ片付けとけ」
土方は紗己の言葉を遮るように抑揚の無い言い方で言葉を残すと、地面に落ちた洗剤を気にして何度も後方を振り返る紗己を、強引に連れて行ってしまった。
「何なんだよ、あの人・・・・・・」
地面に残された洗剤の山にげんなりしながら、溜息混じりに山崎が愚痴をこぼす。
(紗己ちゃん、大丈夫かな・・・・・・)
銀時と言い争いをしている時と違って、怖いまでに静かになった土方を思い出すと、連れて行かれた紗己のことが心配で堪らない。
だからといって、この問題に自分が立ち入るべきではないのは百も承知だ。
夕闇の中、肩を落として嘆息する山崎の耳に、ガチャッと車のドアが開く音が聴こえてきた。振り向けば、そこには伸びをしながら車から出てくる沖田の姿が。
山崎は年若い上官に対し、非難の声を上げる。
「沖田隊長! 何でさっき止めに入ってくれなかったんですか!」
「あぁ? 何で俺が止めに入らなきゃなんねえんでェ。はっ、土方のヤローいい気味だぜ」
不敵な笑みを浮かべて言い切ると、沖田は車のドアをバタンと閉め、怪訝な表情で自分を見つめる山崎を手伝うわけでもなく、一人屯所へと入っていった。
――――――
ずんずんと床板を鳴らして歩く土方に引っ張られ、紗己は前のめりのまま必死に足を動かす。
着物では大股にもなれず、それでも土方はスピードを遅めたり握力を緩めようとはしない。
「あのっ・・・副長さん、待ってくださ・・・」
戸惑いを含んだ言葉が宙を舞う。
掴んでいた手を突然離されたと同時に、ピシャン! と鼓膜が痛くなるほどの乾いた音が響いた。ここは土方の自室だ。
乱暴に開けた障子戸を閉めるために、土方は紗己の目の前から移動する。それまで黒い大きな背中しか映らなかった視界が急に開けたため、バランス感覚を失った紗己はヨロヨロとその場にへたり込みそうになった。
「いたっ・・・」
突然両の二の腕に強い力がかかり、思わず声が漏れてしまう。
へたり込みそうになった紗己の姿勢を保つように、背後から土方が柔らかな二の腕を掴んで支えたのだ。だが、それが思いやりからの行動かどうかは疑わしい。
「座れ」
短く言うと土方は二の腕から手を離し、紗己の横を通り過ぎてドサッと畳に腰を下ろした。
「・・・・・・」
まるで状況が飲み込めず、逆らうという判断も浮かばない紗己は、言われるがまま大人しく座る。
しばらくの沈黙の後、土方は胸ポケットから煙草の箱を取り出した。
落ち着こうとしているのか、それとも手持ち無沙汰だからだろうか。軽く箱を振り一本取り出して火を点けると、紗己の顔にかからないように横を向いて煙を吐いた。
その横顔には、不快感がありありと滲み出ている。
「・・・どうしてあの野郎と一緒にいた」
常よりも低く威圧感のある声音に、何故か責められているような気になってしまう。
紗己はごくり息を呑むと、伏し目がちに土方のほうを見た。