第九章
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無理矢理話を終わらせた土方だったが、そういえば・・・と言い忘れたことがあるのに気付く。
「おい紗己、もし万事屋に行く時は籠屋で行けよ」
「籠屋ですか?」
「ああ。距離もあるし、疲れないようにそうしろ」
あくまでも、彼女の身体を心配している体で指示をする。
勿論心配はしているし、そのために車を利用してくれとも思っている。だがその優しさを建て前に、土方の真意は別にあった。
しかし紗己は基本的に言葉の裏をかかない人間なので、夫の言葉もそのまま額面通りに受け取った様子だ。
「はい、分かりました」
つい先程声を荒らげた男が見せた気遣いに、素直に笑顔を見せる。
「あー・・・それと、万事屋に着いてもそのまま車は待たせとけよ。渡すモン渡したらすぐに戻ってこい」
「え? すぐに・・・ですか?」
夫の発言がどういう意味を持っているのか分からず、紗己は首を傾げる。
唐突に菓子折りを持っていけと言ってきたかと思えば、用が済んだらすぐに帰れと言う。そもそも土方の目的が何なのかと、ここで彼女が疑問を抱いてもおかしくはない。
しかし土方は、紗己に考える時間を与えはしない。間髪入れずに話を進めていく。彼女が疑問に思うよりも前に、早急にその芽を摘んでおく算段だ。
「そうだ、すぐにだ。玄関先で済ませればいい」
「はあ・・・玄関先で、ですか・・・」
片手を頬に当てて、やや俯きがちに呟く。納得がいかないというよりは、いまいち話自体が見えていないらしい。
それもそのはずだ、目の前の男はそれを狙っているのだから。
妻の困惑した様子を見れば、自分の本心が知られていないのは一目瞭然だ。そう思った土方は、ここで一気に畳み掛ける。
「こっちの用は、玄関先だけで十分事足りるだろ。仕事もあるだろうし、あんまり長居したら向こうにも迷惑だからな」
思ってもいないことを、サラリと言ってのける。涼しい顔をしてちらり紗己を見やれば、ああなるほど、といった表情で静かに頷いている。
本音と建て前をうまく使い分ける大人の手法だ。丸々嘘をついているわけではないので、紗己に対してもそう心が痛むことはない。
籠屋を使えと言った真の理由は、彼女を万事屋に長居させないためだった。
車を待たせていれば、早くに帰らざるを得ない。おまけに、もし銀時が送ると言ってきてもその必要すら無いのだ。土方にとってはまさに一石二鳥である。
いくら銀時の元に紗己を向かわせるとは言えども、端から長居させる気など毛頭ない。目的は借りを返すということだけなのだから。
だからこそ、用は玄関先で済ませればいいと言ったのだ。
自分の女房を、余所の男と密室で二人きりになんてさせるわけねーだろ。妊婦に手ェ出すほど見境無い野郎だとは思わねーが、間違いが起こる可能性をつくるわけにはいかねェ。
万事屋の他の面々が居ない時のことを想定している土方は、気難しい表情で顎をさすりながら、すっかり納得した様子の妻を一瞥した。
迷惑という言葉を使えば、気遣い性な紗己は必ず納得する。そう確信があったからこそ、彼女が自分の本音に気付く前に、いかにもそれらしい言葉を並べてみたのだ。
全て土方の思惑通り。素直な紗己はすっかり言いくるめられてしまった。
これで一安心といったように、土方は首を鳴らして息をついた。
気掛かりな問題はとりあえずは片を付けた。あとは出発までの短い時間、のんびりと紗己と会話を楽しみたい――そんな風に思っていたのだが、次の瞬間、その目論見は脆くも崩れ落ちてしまった。
「あの、土方さん」
「なんだ?」
「銀さんに、どんな物を持っていったらいいですか?」
「・・・・・・ああ?」
もう済んだと思っていた話題が持ち越されていることに、不快感丸出しの返事をしてしまう。
今からの時間は、しばしの別れを惜しむ時間にしようと思っていたのに。愛しい妻の口から出たのは、なんと自分以外の男の名前だ。
これには土方もムッときた。苛立ちも露わに、座卓に乗せた右手指で天板をトントンと叩くと、かなりぶっきらぼうに答える。
「・・・どんなモンでもいいだろ、食えるんなら別に」
「ふふ、そうですね」
夫の嫉妬心に火が点いたことには気付かずに、紗己は可愛らしく小さく笑う。
紗己は夫の本心を知らない。菓子を持っていけと言ったのは土方なので、それは善意のものだと思い込んでいる。本心を隠しているのは土方なのだし、彼女が建て前を信じてしまうのも仕方の無いことだ。
普段であれば、その笑顔をとても幸せな気分で見ていられるのだが、今の土方には彼女のその笑みも苛立ちを助長させるものでしかない。しかし、話し掛けられれば無視出来ない。
「甘いものなら何でも喜んでくれますよね、銀さんなら」
「・・・だろうな」
一応返事はする。こんな時にでも、嫌われたくないという思いは働いているようだ。
だがその声は、常よりも遥かに低く吐き出されたもの。不規則なリズムを刻んでいた指も、心の内を表すように乱雑な動きを見せる。
何で俺があの野郎を喜ばせなきゃなんねーんだ! 理解れよそれくらい!!
胸中で派手に吐き捨てると、土方は込み上げる不快感に顔を歪ませそっぽを向いた。しかし、何を持っていこうかな、なんてやけに楽しそうにしている紗己の姿が、嫌でも視界に入ってくる。
彼女に悪気が無いことは分かっているし、これに限ってはそうさせているのは自分自身だとも分かっている。
それでも。気に入らないのだ。腹が立ってしまう。出発の時間はもうすぐだというのに、どうしてそんなに平気そうにしているのか。
お前が寂しがらないことで、俺はこんなにも――。
「っ・・・」
指の動きをぴたっと止めると、その手でギュッと拳を作る。そこに体重を掛けて唐突に立ち上がった土方は、大股で文机へと近付いた。
「土方さん?」
突然の夫の行動に、どうかしたのかと紗己が声を掛ける。優しい声音に、逞しい背中が一瞬ピクッと反応した。
しかし土方は無言のまま文机に置いてあった煙草とライターを掴み取ると、そのまま振り向くことなく畳を踏み込んで部屋を横切り、障子戸に手を掛けて足を止めた。
「・・・一服してくるっ」
乱暴に言葉を残すと、上着も羽織らずにそのまま部屋を出て行ってしまった。
「おい紗己、もし万事屋に行く時は籠屋で行けよ」
「籠屋ですか?」
「ああ。距離もあるし、疲れないようにそうしろ」
あくまでも、彼女の身体を心配している体で指示をする。
勿論心配はしているし、そのために車を利用してくれとも思っている。だがその優しさを建て前に、土方の真意は別にあった。
しかし紗己は基本的に言葉の裏をかかない人間なので、夫の言葉もそのまま額面通りに受け取った様子だ。
「はい、分かりました」
つい先程声を荒らげた男が見せた気遣いに、素直に笑顔を見せる。
「あー・・・それと、万事屋に着いてもそのまま車は待たせとけよ。渡すモン渡したらすぐに戻ってこい」
「え? すぐに・・・ですか?」
夫の発言がどういう意味を持っているのか分からず、紗己は首を傾げる。
唐突に菓子折りを持っていけと言ってきたかと思えば、用が済んだらすぐに帰れと言う。そもそも土方の目的が何なのかと、ここで彼女が疑問を抱いてもおかしくはない。
しかし土方は、紗己に考える時間を与えはしない。間髪入れずに話を進めていく。彼女が疑問に思うよりも前に、早急にその芽を摘んでおく算段だ。
「そうだ、すぐにだ。玄関先で済ませればいい」
「はあ・・・玄関先で、ですか・・・」
片手を頬に当てて、やや俯きがちに呟く。納得がいかないというよりは、いまいち話自体が見えていないらしい。
それもそのはずだ、目の前の男はそれを狙っているのだから。
妻の困惑した様子を見れば、自分の本心が知られていないのは一目瞭然だ。そう思った土方は、ここで一気に畳み掛ける。
「こっちの用は、玄関先だけで十分事足りるだろ。仕事もあるだろうし、あんまり長居したら向こうにも迷惑だからな」
思ってもいないことを、サラリと言ってのける。涼しい顔をしてちらり紗己を見やれば、ああなるほど、といった表情で静かに頷いている。
本音と建て前をうまく使い分ける大人の手法だ。丸々嘘をついているわけではないので、紗己に対してもそう心が痛むことはない。
籠屋を使えと言った真の理由は、彼女を万事屋に長居させないためだった。
車を待たせていれば、早くに帰らざるを得ない。おまけに、もし銀時が送ると言ってきてもその必要すら無いのだ。土方にとってはまさに一石二鳥である。
いくら銀時の元に紗己を向かわせるとは言えども、端から長居させる気など毛頭ない。目的は借りを返すということだけなのだから。
だからこそ、用は玄関先で済ませればいいと言ったのだ。
自分の女房を、余所の男と密室で二人きりになんてさせるわけねーだろ。妊婦に手ェ出すほど見境無い野郎だとは思わねーが、間違いが起こる可能性をつくるわけにはいかねェ。
万事屋の他の面々が居ない時のことを想定している土方は、気難しい表情で顎をさすりながら、すっかり納得した様子の妻を一瞥した。
迷惑という言葉を使えば、気遣い性な紗己は必ず納得する。そう確信があったからこそ、彼女が自分の本音に気付く前に、いかにもそれらしい言葉を並べてみたのだ。
全て土方の思惑通り。素直な紗己はすっかり言いくるめられてしまった。
これで一安心といったように、土方は首を鳴らして息をついた。
気掛かりな問題はとりあえずは片を付けた。あとは出発までの短い時間、のんびりと紗己と会話を楽しみたい――そんな風に思っていたのだが、次の瞬間、その目論見は脆くも崩れ落ちてしまった。
「あの、土方さん」
「なんだ?」
「銀さんに、どんな物を持っていったらいいですか?」
「・・・・・・ああ?」
もう済んだと思っていた話題が持ち越されていることに、不快感丸出しの返事をしてしまう。
今からの時間は、しばしの別れを惜しむ時間にしようと思っていたのに。愛しい妻の口から出たのは、なんと自分以外の男の名前だ。
これには土方もムッときた。苛立ちも露わに、座卓に乗せた右手指で天板をトントンと叩くと、かなりぶっきらぼうに答える。
「・・・どんなモンでもいいだろ、食えるんなら別に」
「ふふ、そうですね」
夫の嫉妬心に火が点いたことには気付かずに、紗己は可愛らしく小さく笑う。
紗己は夫の本心を知らない。菓子を持っていけと言ったのは土方なので、それは善意のものだと思い込んでいる。本心を隠しているのは土方なのだし、彼女が建て前を信じてしまうのも仕方の無いことだ。
普段であれば、その笑顔をとても幸せな気分で見ていられるのだが、今の土方には彼女のその笑みも苛立ちを助長させるものでしかない。しかし、話し掛けられれば無視出来ない。
「甘いものなら何でも喜んでくれますよね、銀さんなら」
「・・・だろうな」
一応返事はする。こんな時にでも、嫌われたくないという思いは働いているようだ。
だがその声は、常よりも遥かに低く吐き出されたもの。不規則なリズムを刻んでいた指も、心の内を表すように乱雑な動きを見せる。
何で俺があの野郎を喜ばせなきゃなんねーんだ! 理解れよそれくらい!!
胸中で派手に吐き捨てると、土方は込み上げる不快感に顔を歪ませそっぽを向いた。しかし、何を持っていこうかな、なんてやけに楽しそうにしている紗己の姿が、嫌でも視界に入ってくる。
彼女に悪気が無いことは分かっているし、これに限ってはそうさせているのは自分自身だとも分かっている。
それでも。気に入らないのだ。腹が立ってしまう。出発の時間はもうすぐだというのに、どうしてそんなに平気そうにしているのか。
お前が寂しがらないことで、俺はこんなにも――。
「っ・・・」
指の動きをぴたっと止めると、その手でギュッと拳を作る。そこに体重を掛けて唐突に立ち上がった土方は、大股で文机へと近付いた。
「土方さん?」
突然の夫の行動に、どうかしたのかと紗己が声を掛ける。優しい声音に、逞しい背中が一瞬ピクッと反応した。
しかし土方は無言のまま文机に置いてあった煙草とライターを掴み取ると、そのまま振り向くことなく畳を踏み込んで部屋を横切り、障子戸に手を掛けて足を止めた。
「・・・一服してくるっ」
乱暴に言葉を残すと、上着も羽織らずにそのまま部屋を出て行ってしまった。