第九章
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あの野郎、本当は紗己のこと・・・いやでも、それなら俺たちがうまくいく方向に持っていくってのはおかしいだろ・・・・・・。
一応、親切にされているとの自覚はある。
実際に結婚前にしても、最大の危機を彼が救ってくれたようなものだ。銀時が紗己を慰め励ましてくれなければ、彼女はあのまま田舎へと帰っていたかもしれないのだから。
だとしたら、銀時に対してそこまで嫉妬を感じる必要は無いだろう。だがしかし、土方は明らかに銀時に対して嫉妬を抱いている。
紗己の銀時への感情は、傍から見ていても男性と意識している感じではない。恋愛関係になる手前の、互いに意識しながらもあえて友達のフリをしている、よくある男女の形ではないと土方はそう認識している。
当てはまるとしたら、年の離れた兄妹といった感じだろうか。
実際に山崎辺りは、紗己と銀時のことをそんなふうに思っている。昨日は土方をからかいたいばかりに、わざと不安を煽るようなこと言っていただけで。
そんな山崎の真意には気付かないが、土方も紗己と銀時の関係をそう思っているし、あれが年の離れた妹に接している兄だと思えば、それなりに納得はいく。
だが問題なのは、二人は全くの他人であり兄妹ではないということだ。
確かにそういった『妹』的、『兄』的な関係の者たちは世に多く存在しているが、それが自分の妻だとしたらあまりいい気はしない。
常に信頼されていて、滅多な事がないと嫌われたりもしない立ち位置。それが紗己から見た銀時の、『兄』的なポジションなのだ。
だから余計に、土方は銀時に対し嫉妬を感じてしまう。自分は嫌われないように必死なのに、向こうは時々気の利いたことをサラッと言うだけで好感度が上昇するのだから。
とはいえ、紗己の人間関係に口出しをしたくはない。それは勿論、彼女に嫌われたくないからだ。
ならば極力余計な嫉妬を感じないで済むように、銀時に『借り』を作らなければいい――世話になってしまうから腹が立つ。複雑な心情ではあるが、これが正直なところだ。
土方は自身の中で出た結論を形にするべく、湯呑みの茶を一気に飲み干すと、紗己を強く見据えた。
「紗己」
「はい?」
「今日、どっかに出掛ける予定あんのか」
既に今日の予定を訊いてはいたが、返事がいつも通りだったのでもう少し踏み込んでみた。
しかし、いつも通りの予定以外に特別なことが無い紗己は、どう答えていいか一瞬迷ってしまう。それでも、無い予定をあるとは言えず、
「はあ、買い物くらいは、行くと思いますけど・・・」
曖昧に答えた。出掛けるといえば、散歩ついでか買い物ついでに散歩かというくらいなのだから、微妙な答えでも仕方がない。
それを聞いた土方は、小さく頷くと言葉を続けた。
「体調はどうだ」
「体調ですか? 悪くないですよ」
「そうか。もし出掛けるんなら、菓子折りでも買って万事屋に渡して来い」
「え?」
夫の口から出たその言葉が意外すぎて、すぐには理解出来なかった紗己は、もう一度首を傾げて土方を見やった。するとそこには、腕を組んで眉間に皺を寄せる夫の姿が。言っている内容の割には機嫌は良くなさそうだ。
「あの、それってどういうことですか?」
唐突に菓子折りを持っていけと言われ、彼女の疑問も最もである。
土方も、自分の言ったことをすぐに紗己が理解出来るとは思っていなかったようだ。ハアッと溜め息を落として腕を組み替えると、顎を引いて紗己を一瞥する。
「お前・・・昨日あの野郎に奢ってもらったんだろ。だからその分、何か持っていけ」
「シュークリームのことですか?」
紗己の問いに、土方は無言で頷く。
夫からの言葉に紗己は少々驚いた様子を見せる。
お礼なら今度会った時にでも、と考えていた程度で、菓子折りを手に訪ねるとまでは考えてもいなかった。第一祝儀だと言われ奢られたのに、翌日にわざわざ礼に行けば、かえって気を遣わせてしまうのではとも思ってしまう。
そしてそれ以前に、昨日のことを銀時が重要視しているとは紗己にはどうしても思えず、その気持ちがつい口をついて出てしまう。
「訪ねるのは、全然構わないんですけど・・・たぶん銀さんは、昨日のこと気にされてないと思いますよ?」
気難しい表情を浮かべる夫とは対照的に、あっさりとした口調で話す。あまり深い考えも無く、単純にそう思っただけなのだ。
しかし土方は、紗己の発言に語気を強めて捲し立てる。
「アイツがどう思ってようが、んなこたァ関係ねえ! 俺が嫌なんだよっ」
「はあ・・・」
「っ・・・」
突然怒鳴られても怯えたりはしないが、困惑に満ちた表情を浮かべる紗己に、土方は次の言葉をぐっと飲み込む。
確かに彼女の言うように、銀時がいちいち細かいことを気にするとは土方も思っていない。けれどその発言通り、彼自身が嫌なのだ。金額が安かろうが理由がなんであろうが、嫌なものは嫌。
自分の妻が奢られたのであれば、その『借り』は早々に返したい。銀時の紗己への親切行為は、土方にしてみれば彼に対する借りにあたるのだ。
だが土方は、それを紗己に言うつもりは無い。変に意識をさせるのは本意ではないし、小さい男だとも思われたくないからだ。彼女は彼女で、自然に振舞っていればいいと思っている。
それならば、わざわざ声を荒らげる必要など無かったのだが、銀時の気持ちを代弁するかのような彼女の発言に少し腹が立ってしまった。
若干の申し訳なさはあるが、しかしここで謝って話を広げたくはない。土方は組んでいた腕を解いて首の後ろを掻くと、この気まずさを打破するため無理矢理話を終わらせようとする。
「と、とにかくそういうことだ!」
「はあ・・・はい」
そう言われてしまったら、首を縦に振るしかない。深く考える前に、丸め込まれてしまったような形だ。
まあ、元より彼女には反抗する気などさらさら無く、彼がそう言うのならそうした方がいいのだろうと、その程度にしか思っていないのだが。