第九章
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――――――
綺麗に片付けられた天板の上。紗己は緑茶の入った湯呑みを、そっと土方の前に置いた。
「はい、どうぞ」
「おう」
コト、という音と紗己の穏やかな声に、一瞬だけ彼女を見やる。それでもまだ土方は新聞に目を通したまま、出された湯呑みを手に持った。適温の茶を少量喉の奥に流し込むと、土方はふと昨日の紗己との会話を思い出した。
そういやコイツ、俺とこうして茶を飲むために、帳尻合わせて紅茶断ってんだよな。
紗己が大好きな紅茶を断っているのは、カフェインによる胎児への影響を考えてのことだ。
一日に一杯程度のカフェイン摂取なら許容範囲だが、その貴重な一杯を紗己は大好きな紅茶ではなく、土方と一緒に飲む緑茶に回している。
それは夫が、この食後の夫婦でのひと時を気に入っていると、彼女もそう分かっているからだった。
昨日もその心遣いに胸を熱くした土方だったが、今こうして小さな湯呑みで薄めの緑茶を飲む紗己を見ていると、改めて胸が熱くなる。
昨日までもこうしてたはずなのに、な。
言われなければ、きっと今日も明日も、これからもずっと気付かなかっただろう。そう思った途端に、愛しさに次いでまた寂しさが込み上げてきた。
しかしそれをどうしても認めたくない土方は、これは寂しいのではなく、出張という特殊イベントを前にセンチメンタルになっているだけだと自らに言い聞かせる。とはいえ、感傷的になってしまうことも、結局は寂しいからなのだが。
違う、違うぞこれは。寂しいとかそういうのじゃなくて・・・大体俺はそんなこと考えてたんじゃねーだろ! あれだよあれ、そうそう甘いモンも我慢してるんだったよなコイツは。
読みかけの新聞をガサガサと捲り、無理矢理違うことを考えて寂しさを紛らそうとする。その姿を不思議そうに紗己が見つめているのだが、妻の視線に土方が気付くことはない。
ろくに記事の内容も頭に入らないスピードで、なおも音を立てて新聞を捲り続ける。すると左手を大きく動かした瞬間、土方は自分の湯呑みを倒してしまった。
ゴトン、と重たい音と共に、中に入っていた緑茶がサァッと天板に広がっていく。その様子を一部始終見ていた紗己は、一瞬小さく声を漏らしたが、特別慌てたりはせずに布巾でさっと天板を拭いていく。
「あ・・・悪ィ」
「いえ、熱くないですか?」
「・・・ああ」
彼女の邪魔にならないように、新聞を顔の位置まで上げてそう返事をする。そのまま顔の前でそれを畳むと、もう読む気は無いのか自身の後方にポンと置いた。その間に紗己は、空になってしまった湯呑みに再び茶を注いでいる。
出発の時刻が近付いているというのに、くだらないことで手間を掛けさせてしまい、何となく気恥ずかしくなった土方は、それを誤魔化すために何とか話を・・・と口を開いた。
「あー、そのなんだ・・・」
「はい? あ、どうぞ」
「あ、ああ」
新たに緑茶で満たされた湯呑みを受け取ると、やむなくそれに口をつける。
話し掛けたはいいが、何を話すかなどは全く考えていなかった土方は、この短い時間の中で何か有意義な話はできないものかと、喉を潤しながら懸命に思考を巡らせる。
そもそも俺は何を考えてたんだった? あーそうそう、そうだ、紅茶と緑茶のことを考えてて・・・それをコイツが我慢してくれてるから・・・・・・。
考えながら、同時に昨日の彼女とのやり取りも記憶の引き出しから引っ張り出してきた。
大好きなものを、生まれてくる子供のために我慢してくれている紗己。紅茶だけでなく、そこには彼女の大好きな甘いものも含まれていた。
それを思い出した途端、流れのままにもう一人、別の人物とのやり取りが頭に過ぎった。
昨日の夜、風呂に向かう途中で遭遇した山崎が言っていたこと。昼間に紗己が銀時と会った話を、山崎もまた彼女からそう聞いていたのだ。
それは別に構わない。二人が疚しい関係ではないと判ったのだから。
しかし、最後に山崎が言い残した言葉が気に掛かる。
『万事屋の旦那も、万年金欠の割りにはなかなか面倒見がいいですよねー。あ、相手が紗己ちゃんだからかな』
相手が紗己だから、という部分がどうにも引っ掛かって仕方がない。だからきっと、夢にまでそれが反映されてしまったのだろう。
いくら面倒見がいいっつっても、これは種類が違うんじゃねーか?
もし自分がその立場なら、気の無い女にそこまで良くしてやったりしないだろうと土方は思う。
とはいえ、本当に気があるのであれば、わざわざその夫に対して二人の仲を取り持つようなことをしないだろうとも思う。
紗己に疑う余地が無いことは、十分に分かっている。だが、銀時の気持ちが土方には読めないのだ。
綺麗に片付けられた天板の上。紗己は緑茶の入った湯呑みを、そっと土方の前に置いた。
「はい、どうぞ」
「おう」
コト、という音と紗己の穏やかな声に、一瞬だけ彼女を見やる。それでもまだ土方は新聞に目を通したまま、出された湯呑みを手に持った。適温の茶を少量喉の奥に流し込むと、土方はふと昨日の紗己との会話を思い出した。
そういやコイツ、俺とこうして茶を飲むために、帳尻合わせて紅茶断ってんだよな。
紗己が大好きな紅茶を断っているのは、カフェインによる胎児への影響を考えてのことだ。
一日に一杯程度のカフェイン摂取なら許容範囲だが、その貴重な一杯を紗己は大好きな紅茶ではなく、土方と一緒に飲む緑茶に回している。
それは夫が、この食後の夫婦でのひと時を気に入っていると、彼女もそう分かっているからだった。
昨日もその心遣いに胸を熱くした土方だったが、今こうして小さな湯呑みで薄めの緑茶を飲む紗己を見ていると、改めて胸が熱くなる。
昨日までもこうしてたはずなのに、な。
言われなければ、きっと今日も明日も、これからもずっと気付かなかっただろう。そう思った途端に、愛しさに次いでまた寂しさが込み上げてきた。
しかしそれをどうしても認めたくない土方は、これは寂しいのではなく、出張という特殊イベントを前にセンチメンタルになっているだけだと自らに言い聞かせる。とはいえ、感傷的になってしまうことも、結局は寂しいからなのだが。
違う、違うぞこれは。寂しいとかそういうのじゃなくて・・・大体俺はそんなこと考えてたんじゃねーだろ! あれだよあれ、そうそう甘いモンも我慢してるんだったよなコイツは。
読みかけの新聞をガサガサと捲り、無理矢理違うことを考えて寂しさを紛らそうとする。その姿を不思議そうに紗己が見つめているのだが、妻の視線に土方が気付くことはない。
ろくに記事の内容も頭に入らないスピードで、なおも音を立てて新聞を捲り続ける。すると左手を大きく動かした瞬間、土方は自分の湯呑みを倒してしまった。
ゴトン、と重たい音と共に、中に入っていた緑茶がサァッと天板に広がっていく。その様子を一部始終見ていた紗己は、一瞬小さく声を漏らしたが、特別慌てたりはせずに布巾でさっと天板を拭いていく。
「あ・・・悪ィ」
「いえ、熱くないですか?」
「・・・ああ」
彼女の邪魔にならないように、新聞を顔の位置まで上げてそう返事をする。そのまま顔の前でそれを畳むと、もう読む気は無いのか自身の後方にポンと置いた。その間に紗己は、空になってしまった湯呑みに再び茶を注いでいる。
出発の時刻が近付いているというのに、くだらないことで手間を掛けさせてしまい、何となく気恥ずかしくなった土方は、それを誤魔化すために何とか話を・・・と口を開いた。
「あー、そのなんだ・・・」
「はい? あ、どうぞ」
「あ、ああ」
新たに緑茶で満たされた湯呑みを受け取ると、やむなくそれに口をつける。
話し掛けたはいいが、何を話すかなどは全く考えていなかった土方は、この短い時間の中で何か有意義な話はできないものかと、喉を潤しながら懸命に思考を巡らせる。
そもそも俺は何を考えてたんだった? あーそうそう、そうだ、紅茶と緑茶のことを考えてて・・・それをコイツが我慢してくれてるから・・・・・・。
考えながら、同時に昨日の彼女とのやり取りも記憶の引き出しから引っ張り出してきた。
大好きなものを、生まれてくる子供のために我慢してくれている紗己。紅茶だけでなく、そこには彼女の大好きな甘いものも含まれていた。
それを思い出した途端、流れのままにもう一人、別の人物とのやり取りが頭に過ぎった。
昨日の夜、風呂に向かう途中で遭遇した山崎が言っていたこと。昼間に紗己が銀時と会った話を、山崎もまた彼女からそう聞いていたのだ。
それは別に構わない。二人が疚しい関係ではないと判ったのだから。
しかし、最後に山崎が言い残した言葉が気に掛かる。
『万事屋の旦那も、万年金欠の割りにはなかなか面倒見がいいですよねー。あ、相手が紗己ちゃんだからかな』
相手が紗己だから、という部分がどうにも引っ掛かって仕方がない。だからきっと、夢にまでそれが反映されてしまったのだろう。
いくら面倒見がいいっつっても、これは種類が違うんじゃねーか?
もし自分がその立場なら、気の無い女にそこまで良くしてやったりしないだろうと土方は思う。
とはいえ、本当に気があるのであれば、わざわざその夫に対して二人の仲を取り持つようなことをしないだろうとも思う。
紗己に疑う余地が無いことは、十分に分かっている。だが、銀時の気持ちが土方には読めないのだ。