第九章
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――――――
ブチュッという音と共に、クリーム状のモノが茶碗の白米を飲み込んだ。土方がマヨネーズをかけたからだ。
あのまま二度寝することなく活動状態に入ったため、比較的ゆっくりと食事をしている二人。目の前でマヨネーズ技を披露されても、相変わらず紗己は全く気にしている様子はない。
いつでも共に朝食を取れるわけではない。夜勤明けの時などはそれに伴い当然朝も遅いので、紗己は食堂で先に朝食を済ますことにしている。
だから、こうして共に食卓に着けるのは紗己にとっては貴重なことなのだ。いくら夫の嗜好が変わっているからと言って、いちいちそれを気にしてなどいられない。
妻がそんなふうにこの時間を想ってくれていることに気付いているのかは不明だが、味噌汁で口内をすっきりさせた土方が、九十度の位置に座る紗己にちらりと視線を送った。
「紗己」
「はい?」
「今日の予定は、どうなってる」
「はい、いつも通りですよ」
一旦箸を置いて、穏やかな笑顔でそう答える。
いつもと何も変わらない会話。土方はこうして朝食時、もしくは出勤時に必ずこれを紗己に訊ねるのだ。その日一日、彼女がどういったスケジュールで動くのか、ある程度は把握しておきたいらしい。
そして一日の終わりには、また「今日はどうだった」と必ず訊いてくる。
本日も例に漏れず普段と同じことを訊く土方に、彼女もまた普段と同じ言葉を返す。
ここで言う「いつも通り」とは、家事をこなし、昼になったら散歩がてらに買い物に行く、という意味だ。とりたてて変わったことはない、ということでもある。
ふーん、と気のない返事をした土方は、また食事を口に運びながら話を続ける。
「三日間・・・」
一人でいるのは寂しいだろう、と言おうとしたのだが、途中で切ってしまった。そんなことないですよ、と笑顔で言われたらどうしようという意識が働いたからだ。
「え?」
「あ、ああ、三日間一人だったら退屈だろうから、誰か呼んでもいいんだぞ」
「誰かって、え?」
「ほら、お前と同郷の友達、こっちに住んでるっつってたろ」
マヨネーズご飯山盛りの茶碗を置くと、訊き返す紗己にそう話す。
先日、土方は妻の友人と初めて会った。結婚式は内内のものだったため、その二日後に屯所に祝いに来てくれたのだ。
その日土方は仕事で外出していたのだが、たまたま食事を取りに屯所に戻ってきた際、ちょうど帰るところだったその友人と見送りの紗己に玄関先で遭遇した。
ほんの数分立ち話をしたその友人は、紗己より2歳年上の、所謂幼馴染だという。針子として働くために紗己よりも早く江戸に出てきていて、そうしょっちゅう会うわけではないが紗己の良き友だ。
見た感じの印象は、紗己に比べれば利発で気が強そうに思えたが、悪い印象は持たせない明るい娘。妻の友人が、地味とは思わないが決して派手なタイプではなかったことに、土方は内心ホッとしていた。勿論、そんな態度はおくびにも出さなかったが。
その時のことを思い出しながら、退屈しのぎにここに呼べばいいと、土方はそう紗己に話す。
すると彼女は、手に持っていた椀をそっと天板に戻した。
「そんな、退屈だなんて。それに、彼女も仕事がありますから、突然呼び出すわけにもいきませんし」
彼女の言うとおり、こちらの都合で会いたいと言ったところで、皆がみな予定が空いているわけではない。
確かにそうだと、そこは素直に彼女の言葉に頷く。
「まァ・・・そりゃそうだな」
「はい。でも、ありがとうございます」
「ああ」
気遣いに対し礼を言ってきた彼女に、ややぶっきらぼうに返事をすると、土方は再び箸を進め出した。それに合わせるように、紗己もまた食事を続ける。
寂しいだろうとは訊けなかったので、あえて退屈だろうと言い方を変えてはみたが、どちらにせよ紗己にそのような様子は一切ない。
寂しい思いをさせたくないと気にしてはいるが、やたらと気に掛けているのは自分の方ではないのか――?
本当は自分が寂しいだけじゃないのかと、うっすらとそう思ってしまう。
味噌汁を啜りながら、椀で顔を隠してちらりと紗己を一瞥する。黙々と食事をしている彼女は、これからの三日間を特別意識しているようには見えない。
それが何だか腑に落ちないが、そう思っていると悟られないように、土方は無表情を装って食事に集中した。
ブチュッという音と共に、クリーム状のモノが茶碗の白米を飲み込んだ。土方がマヨネーズをかけたからだ。
あのまま二度寝することなく活動状態に入ったため、比較的ゆっくりと食事をしている二人。目の前でマヨネーズ技を披露されても、相変わらず紗己は全く気にしている様子はない。
いつでも共に朝食を取れるわけではない。夜勤明けの時などはそれに伴い当然朝も遅いので、紗己は食堂で先に朝食を済ますことにしている。
だから、こうして共に食卓に着けるのは紗己にとっては貴重なことなのだ。いくら夫の嗜好が変わっているからと言って、いちいちそれを気にしてなどいられない。
妻がそんなふうにこの時間を想ってくれていることに気付いているのかは不明だが、味噌汁で口内をすっきりさせた土方が、九十度の位置に座る紗己にちらりと視線を送った。
「紗己」
「はい?」
「今日の予定は、どうなってる」
「はい、いつも通りですよ」
一旦箸を置いて、穏やかな笑顔でそう答える。
いつもと何も変わらない会話。土方はこうして朝食時、もしくは出勤時に必ずこれを紗己に訊ねるのだ。その日一日、彼女がどういったスケジュールで動くのか、ある程度は把握しておきたいらしい。
そして一日の終わりには、また「今日はどうだった」と必ず訊いてくる。
本日も例に漏れず普段と同じことを訊く土方に、彼女もまた普段と同じ言葉を返す。
ここで言う「いつも通り」とは、家事をこなし、昼になったら散歩がてらに買い物に行く、という意味だ。とりたてて変わったことはない、ということでもある。
ふーん、と気のない返事をした土方は、また食事を口に運びながら話を続ける。
「三日間・・・」
一人でいるのは寂しいだろう、と言おうとしたのだが、途中で切ってしまった。そんなことないですよ、と笑顔で言われたらどうしようという意識が働いたからだ。
「え?」
「あ、ああ、三日間一人だったら退屈だろうから、誰か呼んでもいいんだぞ」
「誰かって、え?」
「ほら、お前と同郷の友達、こっちに住んでるっつってたろ」
マヨネーズご飯山盛りの茶碗を置くと、訊き返す紗己にそう話す。
先日、土方は妻の友人と初めて会った。結婚式は内内のものだったため、その二日後に屯所に祝いに来てくれたのだ。
その日土方は仕事で外出していたのだが、たまたま食事を取りに屯所に戻ってきた際、ちょうど帰るところだったその友人と見送りの紗己に玄関先で遭遇した。
ほんの数分立ち話をしたその友人は、紗己より2歳年上の、所謂幼馴染だという。針子として働くために紗己よりも早く江戸に出てきていて、そうしょっちゅう会うわけではないが紗己の良き友だ。
見た感じの印象は、紗己に比べれば利発で気が強そうに思えたが、悪い印象は持たせない明るい娘。妻の友人が、地味とは思わないが決して派手なタイプではなかったことに、土方は内心ホッとしていた。勿論、そんな態度はおくびにも出さなかったが。
その時のことを思い出しながら、退屈しのぎにここに呼べばいいと、土方はそう紗己に話す。
すると彼女は、手に持っていた椀をそっと天板に戻した。
「そんな、退屈だなんて。それに、彼女も仕事がありますから、突然呼び出すわけにもいきませんし」
彼女の言うとおり、こちらの都合で会いたいと言ったところで、皆がみな予定が空いているわけではない。
確かにそうだと、そこは素直に彼女の言葉に頷く。
「まァ・・・そりゃそうだな」
「はい。でも、ありがとうございます」
「ああ」
気遣いに対し礼を言ってきた彼女に、ややぶっきらぼうに返事をすると、土方は再び箸を進め出した。それに合わせるように、紗己もまた食事を続ける。
寂しいだろうとは訊けなかったので、あえて退屈だろうと言い方を変えてはみたが、どちらにせよ紗己にそのような様子は一切ない。
寂しい思いをさせたくないと気にしてはいるが、やたらと気に掛けているのは自分の方ではないのか――?
本当は自分が寂しいだけじゃないのかと、うっすらとそう思ってしまう。
味噌汁を啜りながら、椀で顔を隠してちらりと紗己を一瞥する。黙々と食事をしている彼女は、これからの三日間を特別意識しているようには見えない。
それが何だか腑に落ちないが、そう思っていると悟られないように、土方は無表情を装って食事に集中した。