第八章
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「え?」
振り返り、自分を見据える上司の顔を不思議そうに見た。
聞こえなかったわけではないだろう。言い直す気の無い土方は、早く話せと無言で顎をしゃくる。それを受けて山崎は、彼が自分に何を訊いてきたか、まだ耳に残ったままの上司の言葉の記憶を引っ張り出した。
そこで、何で知っているのかと訊かれた気が・・・と、自分の独り言に対して土方が食いついてきたのだと認識する。
自分の知ることを皆まで話していいのかと、山崎は一瞬躊躇った。しかし彼の訊き方から読み取れば、既に彼もその事実を知っているという言い方だった。
ならばこれはただ単にやきもちの一種で、自分の知らない時間帯の彼女のことを把握したいだけなのだろう――そう判断した山崎は、ここは素直に話しておいた方が得策だと、身体をきちんと土方の方に向き直して答えを返した。
「ああ、昼間に買い物帰りの紗己ちゃんと、屯所の前で会ったんですよ。その時に、万事屋の旦那に町で会ったんだって言ってて」
「・・・ふーん」
「シュークリームの匂いに足を止めてたら、そこに偶然旦那が通り掛かって、奢ってもらったって言ってましたよ」
あるがまま、実際に紗己から聞いたことを話す。だが、それを聞いた土方はあまり面白くなさそうな顔をしている。
実際は、安心しているところもあるのだ。やはり妻の言っていたことに嘘は無く、二人は本当に疚しい関係ではないのだと確信できた。
山崎に銀時とのことをさらっと話していること自体、彼女が銀時に対し特別な感情を抱いていないという表れでもある。
でもそれは、あくまでも男女間での特別な感情を抱いていないというだけで、紗己にとって銀時が信頼を寄せるに足りる男だという事実は明らかなのだ。
それが土方としては、どうにも釈然としない。
友人がいるのは良いことだ。妻の交友関係にいちいち口を挟む気もない。そうは思っていても、すっきりとしないのは何故だろう。
紗己が自分を裏切るようなことをするわけがないと思っているし、愛されている自信は十分にある。それに銀時のことは気に入らないにしても、少なくともそこまで見境の無い男だとは思っていない。
けど、何となく不愉快。その理由がはっきりと自分でも分からなくて、それが彼を面白くなさそうな顔にしているのだ。
土方は不愉快ながらも、ふいっと天井に目線を逸らしてはなんとも無いような顔を作る。
いや、いいんだけどな? 別に、アイツが誰と仲良くしようが構わねーし? そんなことは俺が口挟むようなことでもねーし?
心の声さえも、どこか言い訳しているようだ。些細なことにこだわる小さい男だと、自分自身をそう思いたくないからだろう。
しかしそんな微妙な表情の変化に、山崎は勿論気付かない。いや、そもそも面白くなさそうな顔をしていること自体、さして気にも留めていないのだ。
だが、彼がこの話題について少なからずやきもちを焼いているとは思っている。そうでなければ、わざわざあの状況から呼び止めたりしないだろう、と。
となれば、その僅かな嫉妬心をくすぐりたい気持ちに駆られてしまうのも、人の性と言えようか。
普段鬼と称される男の恋愛事で慌てる様は、微笑ましくもあり極上の笑いのネタでもある。要するに山崎は、再び上司をからかいたいのだ。
立ち去るどころか一歩土方に近付くと、そこでチラッと彼の様子を窺う。
左脇にタオルと着替えを挟み持ち、脱いだベストを右肩に引っ掛けている土方は、山崎の視線を感じて天井に向けていた目線をすっと下ろした。
何じろじろ見てんだ、とでも言いたげなその目付きに怯むことなく、むしろそれすらからかいの対象になっているのか、山崎は三白眼をニンマリとさせ話し出す。
「あれ、副長? ひょっとして二人のこと疑ってるんですか?」
「ばば、馬鹿なこと言ってんじゃねーよ! んなわけねえだろっ」
「そりゃそうですよね~、まさかこんなことくらいで疑ったりしないですよね~」
「っ・・・あ、当たり前だ!」
まんまと乗せられてしまっている。焦りを隠すために出した強めの声も、その真意がバレバレだ。これには仕掛けた山崎も大いに満足した。
目的達成、後はさっさとこの場を立ち去るのみ。なのだが、次へ、また次へと求めてしまうのも愚かな人の性なのか。引き際を誤った山崎は、自分の欲求に素直に従い口を動かす。
「でも万事屋の旦那も、万年金欠の割にはなかなか面倒見がいいですよねー。あ、相手が紗己ちゃんだからかな、ねェ副ちょ・・・」
流暢に話してる最後の方、つい言葉を切ってしまった。物凄い殺気を感じたからだ。
「え? ふ、副長・・・・・・?」
「・・・そりゃァどういう意味だ。相手が紗己だからなんだってんだよ」
「や、やだなァ副長ってば! ふ、深い意味なんてありませんってー」
地を這うような土方の凄みある声に、慌てて訂正を入れる。しかしそれが、余計に土方の神経を逆撫でしたらしい。
「じゃァどんな意味で言ってんだ! テメー人をおちょくってんのかっ」
「ひっ!!」
今にも殴り掛かりそうな勢いで、一歩大きく踏み込んできた土方。それに恐れをなした山崎は、後ろに飛びずさると床板を蹴って上司に背を向けた。
「おお俺そそそれじゃァ行ってきますからっ」
「おいコラ待てテメーっ!」
この状況で制止を聞き入れるはずも無く、部下はあっという間に廊下の向こうへと消えてしまった。
まあ、いくら腹が立っているとはいえ、任務を疎かにされては困る。ここで一発殴ればすっきりしなくもないかもしれないが、それで任務に支障が出ては問題だ。
土方は不愉快そうにチッと舌打ちをすると、肩から落ちそうになったベストを着替えとタオルと一緒に左手に持ち替えた。
また静かになった廊下を、少し大きめの足音を立てて歩く。自室を出た時とは種類が違ってしまったモヤモヤを、早くすっきりさせたいと風呂場へと急いだ。
振り返り、自分を見据える上司の顔を不思議そうに見た。
聞こえなかったわけではないだろう。言い直す気の無い土方は、早く話せと無言で顎をしゃくる。それを受けて山崎は、彼が自分に何を訊いてきたか、まだ耳に残ったままの上司の言葉の記憶を引っ張り出した。
そこで、何で知っているのかと訊かれた気が・・・と、自分の独り言に対して土方が食いついてきたのだと認識する。
自分の知ることを皆まで話していいのかと、山崎は一瞬躊躇った。しかし彼の訊き方から読み取れば、既に彼もその事実を知っているという言い方だった。
ならばこれはただ単にやきもちの一種で、自分の知らない時間帯の彼女のことを把握したいだけなのだろう――そう判断した山崎は、ここは素直に話しておいた方が得策だと、身体をきちんと土方の方に向き直して答えを返した。
「ああ、昼間に買い物帰りの紗己ちゃんと、屯所の前で会ったんですよ。その時に、万事屋の旦那に町で会ったんだって言ってて」
「・・・ふーん」
「シュークリームの匂いに足を止めてたら、そこに偶然旦那が通り掛かって、奢ってもらったって言ってましたよ」
あるがまま、実際に紗己から聞いたことを話す。だが、それを聞いた土方はあまり面白くなさそうな顔をしている。
実際は、安心しているところもあるのだ。やはり妻の言っていたことに嘘は無く、二人は本当に疚しい関係ではないのだと確信できた。
山崎に銀時とのことをさらっと話していること自体、彼女が銀時に対し特別な感情を抱いていないという表れでもある。
でもそれは、あくまでも男女間での特別な感情を抱いていないというだけで、紗己にとって銀時が信頼を寄せるに足りる男だという事実は明らかなのだ。
それが土方としては、どうにも釈然としない。
友人がいるのは良いことだ。妻の交友関係にいちいち口を挟む気もない。そうは思っていても、すっきりとしないのは何故だろう。
紗己が自分を裏切るようなことをするわけがないと思っているし、愛されている自信は十分にある。それに銀時のことは気に入らないにしても、少なくともそこまで見境の無い男だとは思っていない。
けど、何となく不愉快。その理由がはっきりと自分でも分からなくて、それが彼を面白くなさそうな顔にしているのだ。
土方は不愉快ながらも、ふいっと天井に目線を逸らしてはなんとも無いような顔を作る。
いや、いいんだけどな? 別に、アイツが誰と仲良くしようが構わねーし? そんなことは俺が口挟むようなことでもねーし?
心の声さえも、どこか言い訳しているようだ。些細なことにこだわる小さい男だと、自分自身をそう思いたくないからだろう。
しかしそんな微妙な表情の変化に、山崎は勿論気付かない。いや、そもそも面白くなさそうな顔をしていること自体、さして気にも留めていないのだ。
だが、彼がこの話題について少なからずやきもちを焼いているとは思っている。そうでなければ、わざわざあの状況から呼び止めたりしないだろう、と。
となれば、その僅かな嫉妬心をくすぐりたい気持ちに駆られてしまうのも、人の性と言えようか。
普段鬼と称される男の恋愛事で慌てる様は、微笑ましくもあり極上の笑いのネタでもある。要するに山崎は、再び上司をからかいたいのだ。
立ち去るどころか一歩土方に近付くと、そこでチラッと彼の様子を窺う。
左脇にタオルと着替えを挟み持ち、脱いだベストを右肩に引っ掛けている土方は、山崎の視線を感じて天井に向けていた目線をすっと下ろした。
何じろじろ見てんだ、とでも言いたげなその目付きに怯むことなく、むしろそれすらからかいの対象になっているのか、山崎は三白眼をニンマリとさせ話し出す。
「あれ、副長? ひょっとして二人のこと疑ってるんですか?」
「ばば、馬鹿なこと言ってんじゃねーよ! んなわけねえだろっ」
「そりゃそうですよね~、まさかこんなことくらいで疑ったりしないですよね~」
「っ・・・あ、当たり前だ!」
まんまと乗せられてしまっている。焦りを隠すために出した強めの声も、その真意がバレバレだ。これには仕掛けた山崎も大いに満足した。
目的達成、後はさっさとこの場を立ち去るのみ。なのだが、次へ、また次へと求めてしまうのも愚かな人の性なのか。引き際を誤った山崎は、自分の欲求に素直に従い口を動かす。
「でも万事屋の旦那も、万年金欠の割にはなかなか面倒見がいいですよねー。あ、相手が紗己ちゃんだからかな、ねェ副ちょ・・・」
流暢に話してる最後の方、つい言葉を切ってしまった。物凄い殺気を感じたからだ。
「え? ふ、副長・・・・・・?」
「・・・そりゃァどういう意味だ。相手が紗己だからなんだってんだよ」
「や、やだなァ副長ってば! ふ、深い意味なんてありませんってー」
地を這うような土方の凄みある声に、慌てて訂正を入れる。しかしそれが、余計に土方の神経を逆撫でしたらしい。
「じゃァどんな意味で言ってんだ! テメー人をおちょくってんのかっ」
「ひっ!!」
今にも殴り掛かりそうな勢いで、一歩大きく踏み込んできた土方。それに恐れをなした山崎は、後ろに飛びずさると床板を蹴って上司に背を向けた。
「おお俺そそそれじゃァ行ってきますからっ」
「おいコラ待てテメーっ!」
この状況で制止を聞き入れるはずも無く、部下はあっという間に廊下の向こうへと消えてしまった。
まあ、いくら腹が立っているとはいえ、任務を疎かにされては困る。ここで一発殴ればすっきりしなくもないかもしれないが、それで任務に支障が出ては問題だ。
土方は不愉快そうにチッと舌打ちをすると、肩から落ちそうになったベストを着替えとタオルと一緒に左手に持ち替えた。
また静かになった廊下を、少し大きめの足音を立てて歩く。自室を出た時とは種類が違ってしまったモヤモヤを、早くすっきりさせたいと風呂場へと急いだ。